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宇宙ゴミ掃除をビジネスにする話  作者: ダイスケ
3章:インドは世界を追っている
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第19話 そして赤道へ

ISROでのインターン登録にあたっては、シャルマは一貫して現場経験を積める部署を希望した。

とにかくも、自分の手でロケットの部品を触る仕事をしたかったからだ。


各大学でのVRを利用したeラーニングの後、インド全土からインターン生達は事前研修のためにISRO本部のあるバンガロールへと集められた。なお、インターンの交通費、滞在費は全てISRO持ちである。

貧しくとも、身分が低くとも優秀な人材は国家として厚遇する。一貫した姿勢からもインドという国家の宇宙開発事業への本気度が伺えよう。


インド中央部のムンバイやプネーから南部のバンガロールまでは1000km近い旅になる。

もっとも、事前に航空券が支給されていたので特に遠いというわけではない。

バンガロールは高原にあることもあって、大都市特有の大気汚染以外は、少しプネーに似ているようにシャルマには感じられた。


プネーと違っていたのは、自分たちISROへ向かうインターン生への人々の扱いだった。

プネーでは変わり者の大学生の1人でしかない自分が、ISROへ向かうというだけで熱心に話しかけられることも多く、中には「いつロケットを飛ばすのだ」などと一介のインターン生には何とも答えにくい質問もあった。


空港からの直接送迎バス、幾重もの検問を抜けてISRO本部へと向かう道すがら、運転手や警備員、軍人達が自分達に向けてくる目に期待と尊敬の念が垣間見えて、シャルマは多少の居心地悪さと誇らしさを感じずにはいられなかった。


「なんだ観光は無理か。せっかくバンガロールに来たのに」


「なに、本部勤務になれば幾らでも機会はあるさ」


「そうだな、休日になったら街に繰り出すか」


インド全土から選りすぐられた優秀な、と言っても20歳そこそこの若者達である。

一通りの興奮が冷めると、ISRO本部へ向かうバスの中でも話題は休日にどこで何をするのか、遊びの相談であったりする。


そうして歓談する学生達の輪から外れる者もいた。シャルマも、その1人である。

何度かシャルマも人の輪に加わるべく話しかけてみたのだが、集団になっている学生達はインド工科大学の学生達で既に互いに面識があり、シャルマが「プネー工科大学から来ている」と自己紹介すると多くの学生は関心を失い離れていった。


「どうにもやりにくいな。ロケットは政治じゃ飛ばないよ」


シャルマは彼らに対する失望を小声で抗議するにとどめた。

彼の観るところ、インド工科大学の中でも旧大学と新設大学の中ではまた別のグループができているようであって、ロケットを打ち上げること意外に関心のないシャルマにとって、そうした学生達の政治好きは何とも理解に苦しむ話でもあった。


本部での研修が始まると、内容の高度さに懸命についていかねばならないためか学生達の政治ごっこは影を潜め、少数の非主流派として学閥から弾き出された者同士でシャルマにも多少の友人を作ることができ、そうした鬱憤も少しは慰められた。


「気にすることないわよ。インド工科大学でなければ大学にあらず、と本気で思っている人達だもの。それよりシャルマはどこに希望を出すの?」


デリーのインド工科大学から来ている、女子学生のアーシャも、そうしてできた少数派の友人の1人である。

小柄で濡れたような長い黒髪の、綺麗な英国英語クイーンズ・イングリッシュを話す魅力的な容貌の彼女だったが、どうにもインド工科大学のグループの中では、敬して遠ざけられるというか、少し存在が浮いていた。


アーシャは口を噤んでいるが、どうやら身分だけでなくかなり有力者の一族の娘らしい。

(もし街で出会っても門の先にも入れてもらえないような家柄なんだろうな)と寂しく感じつつも、何が気に入ったのか研修の合間に話しかけてくれる知的で活発な彼女の相手をするのは、年の若い青年であるシャルマにとっても楽しかった。


「やっぱりこの手でロケットを触りたいから、打上センターの方に希望を出すよ。衛星なら大学でも作っているけれど、ロケット本体はまだ計画だけだし」


インド宇宙開発の特徴としてISROが強力に指揮権を発揮し先導している、という点がある。

これは限られた資源リソースの効率的な活用を一貫した宇宙開発戦略の元に実施できるという非常に有利な面がある一方で、シャルマのように、ある意味で好き勝手にいろいろやってみたい学生にとっては、やや窮屈な面もあった。


「大学で学術用のロケットを打上げたいのね?」


「うん。せっかくバンガロールまで来て、エアコンの効いたオフィスビルの仕事に割り当てられたら何のために研究と論文を放り出して夏季休暇を潰しているのかわからないからね」


「あら、あたしはエアコン好きよ?」


「僕は手でモノを組み立てたり弄ったりするのが好きなんだ。もちろん、エアコンが効いてる工作室の方がいいけどね。暑いと部品が伸びるし汗が垂れて精度が狂うんだ」


シャルマの言い方が可笑しかったのか、アーシャは口を手の甲で隠すようにして朗らかに笑った。


◇ ◇ ◇ ◇


シャルマのインターン先は、希望通りに打上センターとなった。

コンピューターの天才、ラップトップ・ジーニアス達の希望が大都市バンガロールの先端的で小綺麗なオフィス勤務に集中したのが幸いしたらしい。


インドにはロケット発射場が2箇所あって、シャルマの勤務インターン先はトゥンバ赤道ロケット打上基地の方である。赤道、と基地の名称にあるように、打上げ基地は赤道にほど近い位置にある。注)


地理で言うと、逆三角形をしたインド亜大陸のほとんど先端の西側にあり、つまりはシャルマは1週間ほどのバンガロール滞在から、またしても数百キロを南に旅することとなったのである。

注)正確には磁力線赤道

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