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宇宙ゴミ掃除をビジネスにする話  作者: ダイスケ
2章:極東の若者の小さなアイディア
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第13話 手首から中指の先まで

「まずは仕様の議論からだな。デブリについては、どのくらい知ってるんだ?」


「アニメで見た!」と笑顔で答える小林。


「あ、ああ・・・まあ、そうだよな」


スペースデブリの認知度を劇的に高めた漫画については志乃田も知っている。

だが、それは技術のレベルではつまりは、何も知らないということだ。

偏見がない分、却って幸いかも知れない。


「俺もざっと関連サイトをさらってデータを見ただけなんだが・・・」


左手側に端末、右手側にペンと紙ナプキンという珍妙なスタイルで、気になったところを書き出していく。


「デブリと一口に言っても、相当に大きさに差があるらしい。数ミリオーダーから、大型バスぐらいまで。まあ、昔の衛星はデカかったからな。数は・・・すげえな。10cm、この水の入ったコップぐらいの大きさのものだけでも1万以上飛んでるらしい。その下のサイズとなると、1億とも2億とも・・・なるほど、望遠鏡に穴があいちまうわけだ」


数年前に軌道上の天体観測望遠鏡がデブリの衝突で失われた影響は大きかった。

各国の天文学者の観測時間がドミノ式に影響を受け、そのドミノが果てしなく倒された結果として、ただの大学院生に過ぎない志乃田が深夜のファミリーレストランで宇宙開発の今後について頭を働かせることになったのだから、世の中は皮肉な蝶効果バタフライエフェクトが効いている。


「あー、じゃあアニメみたいに宇宙服を来て回収ってのは無理だね」


「確実に死ぬな。装甲服でも着ていない限り、自殺志願者にしか務まらん仕事になる」


「残念・・・」


「いいじゃないか。ロボットが作業の主役になるから、お前の出番もある。デブリ回収が作業員ブルーカラーの仕事だったら、お前には務まらんよ」


小林は小柄な上に手足も筋肉がなく細っこい。この柔らかい髪をした男が工作作業のためにツナギを着ると、いつも何かのコスプレのようにしか見えない。

それでいて、その繊細な手先で旋盤からハンダまで学部の工作室で油と鉄屑に塗れて平気な顔で作業をするのだから志乃田は小林を高く買っている。


ただし、筋力はない。おまけに病的なほど乗り物に酔いやすい。

具体的には飛行機に乗ると気流に巻きこれなくても必ず吐く。

小林をデブリ回収宇宙船に載せるなら、専用の吐瀉物回収装置が必要になるだろう。


「でもさ、そんな数のデブリが飛びかってるんだったら、どの衛星も穴だらけでしょ?GPSだって直ぐに使えなくなるわけじゃない?」


小林が自分の情報端末で地図アプリを見せながら質問をしてきた。

地図アプリの精度は、この数年で飛躍的に精度を増しており、様々な装置も高精度GPSの存在を前提として設計されるようになって久しい。


小林が先の実験で改造ミニ四駆と追跡ドローンの群制御実験を行った際も、数センチ単位で位置情報を提供するGPSの情報を数秒単位で補正しながら使用している。


「そうだな。まあ、GPSも説明を始めると長いが・・・要するにデブリには大きさに偏りがあるように軌道にも偏りがある」


「ああ、かもね。なるほど、そうなるよね」


「口で説明するよりは書いてみるか。これが地上として」


志乃田が、紙ナプキンに一本の線を引く。


「高度2000kmまでが、低軌道。とりあえず1cmぐらいで引いて見るか」


地上の線のやや上に、ペン先を踊るように動かしながら点で低軌道(LEO)の線を引く。


「高度2000kmって、結構高いね。ほら、子供の頃に北朝鮮のミサイルがとか騒いでたときに、高度500kmとか800kmとか言ってた気がする」


「よく憶えてるな」


「昔から数字は忘れないんだ」


当時の自分はどうだったか。記憶を探ろうとして、志乃田は頭を振った。

話がズレかけている。


「で、その上が中軌道。2000kmから上の地球同期軌道、つまりGPSなんかが置いてある軌道までだそうだ」


「同期してないとGPSの意味ないからね。それはわかる。それってどのくらいの高さ?」


「約3万6000kmか。つまり、紙に書くと18cm上になるな」


「あ、じゃあ僕の手首から中指の先までの長さぐらいだね」


「エジプト人か、お前は」


「知ってると定規がないとき便利なんだよ」


志乃田は文句を言いつつもテーブルに置かれた小林の手の長さをガイドにしつつ先の紙ナプキンを縦に2枚足して、ようやく中軌道の点線を書き入れることができた。

テーブルに伸ばされた紙ナプキンの長細く広大なスペースを前にして、小林がうなずく。


「地球半径の5、6個分か。大きいね。これだけあれば確かにゴミを捨てても平気、って気分なるかも」


「これまでは、たしかにそうだな」


大昔の米ソ冷戦時代のように、宇宙開発を行うのが政府機関だけの時代であれば、それで良かったかもしれない。

だが今は打ち上げが大変なGPS衛星一つとってもアメリカの民間企業だけでなく、宇宙開発を国策として積極的に推進する中国、それに近年急速に存在感を増しているインド、そうした宇宙開発の先進グループを形成している国々が自国の安全保障にも繋がるGPSの衛星を大量に打ち上げている。


「どうも中国とインドあたりが参入した時期にデブリも増えてるみたいだ」


環境対策には資金と技術が要る。後発組が先進国集団に追いつこうとすれば、環境技術を削り低コストで事業参入を図る。鉄鋼、化学工業等では何度も繰り返された光景だ。

問題は宇宙軌道は各国のどこのものでもない公共財ということだ。だからこそ汚染されている、とも言えるわけだが。


「インドのアプリ、結構シンプルで好きなんだけどなあ」


小林が情報端末を弄りながらぼやいた。


地球上のどこでも数センチ単位でのナビゲーションが安価に提供されることと引き換えに、デブリという病が地球軌道をじわじわと覆いつつある。


志乃田は微かに怖気を感じ、ファミリーレストランの窓から都会の夜空を見上げた。

ビルの隙間から見える空は狭く、星一つ見つけることができなかった。


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