第1話 『無線LAN』
ーーまずい、非常にまずいーー
そんなことを思いながら、少年は家を出た。
彼の名は中村繋。 繋はどこにでもいる普通の17歳だが、社会人でも学生でもない、引きこもりニートである。引きこもった理由はたくさんあるが、一番の原因は家族問題が挙げられる。
そんな繋は、根っからの『アニヲタ』、妹の由香からはクズオタ、キモオタなどと罵られることもある。
「そもそも『オタ』じゃねぇよ。 『ヲタ』なんだよ。」
繫の価値観で言うと、『オタ』は現実に存在する物に夢中になっている人達の事を指している。
だが、『ヲタ』は違う。『ヲタ』は二次元、つまり画面の向こう側に夢中になり、恋した人達のことである。
そんなことを考えながら、明るい路地を、電器屋に向かって猛ダッシュで駆ける。と言っても、特に早いわけではないが…
繋は今ーーヤバイ、そうヤバイのだ。
普段運動しない繋が猛ダッシュで電器屋へ走っているのは、引きこもりやアニヲタにとって欠かせない物
ーーーー 無線LAN(Wi-Fi)ーーーー
が、壊れたのだ。
これじゃ、アニメが見れない。家族もそこそこ困っているらしい。
「ハァ、ハァ、ついて…な…い。」
そんな事を呟きながら、息切れした繋は、猛ダッシュとは程遠い速度で走った、いや、歩いた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あざしたーー」
「ふぅ〜、買えた買えた!」
最新の無線LANが買えた繋はご機嫌だった。繋は最新の無線LANを見つめて、今度からはちゃんと大切にすると、心に決めた。
「あいつら、少しは喜んでくれるかな…」
引きこもってからもう、何年経つだろうか。 優しい兄に見放され、かわいい妹二人からは軽蔑され、親からはとっくに見放された。今家族と会話を交わすことなんて、ほとんどない。あるとすれば、長女(繋からすれば妹)の由香に、
「クズオタ死ね…」
と言われるぐらいである。 でも、今の俺からしたら、会話があるだけでも嬉しい。今、唯一会話してくれる由香とは、昔とても仲が良かった。その時の慈悲でも発動しているんだろうか? 由香の真意は全くわからない。
(てか、クズオタ死ねって言われて嬉しいとか変態かよ俺……)
「末期だな…こりゃ」
こんなことしてる場合じゃない。引きこもりにとって真夏の日光は天敵、早く冷房の効いた自室に向かわなければ。
「にしても、今日は暑いなぁ… 溶けそうだ…」
さっきまで走っていたため、今になって蒸し暑さが襲ってくる。
(やべ、なんか意識が朦朧としてきた…)
ふらふらと、真夏の日光によって輝いている路地を歩く。
そこ曲がったら家、そこ曲がったら家……
「あれ?」
その『そこ』を曲がるとーー
目の前が真っ暗になった。
「は?」
( なんだ、何が起こった… 今は真昼間だったは ずなのに……)
「死んだわけじゃあるまいし」
RPGゲームの死亡シーンを思い浮かべて、繋は苦笑する。
「なんだー、なんのいたずらだ? 今ならお兄さん許してあげるから出ておいでー」
今この状況は、誰かのいたずらによって作られている設定にして、優しく語りかける。
(こういうのは向こうの警戒心を解くことから始めないとな。)
目の前を真っ暗にするいたずらなんて、あって欲しくない、正直怖すぎて体が震える。
「お、おーい。誰かいるの…ーーゴバッ!」
ーー 誰かに殴られた!? くそっ! いてぇ
繋は理解不能な痛みに耐えれず、その場で転げ回った。 血が周りに飛び散り、見るに堪えない光景になっているだろう。 腕の感覚がない…… 腕を切られた⁉︎
「いってぇぇ! あぁぁ、がぁぁぁ、いってぇよ〜!」
ー痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いーーー
ここまでの痛みを、人生の中で味わう人は果たしているのだろうか? そんな風に思わずにはいられない、そんな痛み。 だがーー
ーーあれ? 痛いのに痛い場所がワカンねぇ……血が出ているはずなのに出ている場所がわからない!?ーー
(どういうことだ⁉︎ 腕じゃねぇのか⁉︎ ヤバイ、死ぬ…)
よくわからないが、致命傷を負ったことぐらいはわかる。どこからか発信される痛みが、嫌でもそれを教えてくれる。
ーーー意識が遠のいて…行くー
人間って死ぬ時は死ぬってわかるんだな…
という場違いな思いを抱き、
中村繋は絶命した。