女子高生の後ろで紳士になるのは難しい
女子高生に抱き締められたと言っても俺の胸に彼女が顔を埋めたようなかっこうだ。
ラバーソールが背伸びをしていていじらしい。
抱き締められたより、胸に顔をうずめられたと言った方が、ヤバい感じがするな。
俺は余った手をどうしたらいいのか。
そもそもこれはどういう状況なのか、俺はぽよぽよの決勝をやりに来てたのではなかったか。
ぽよぽよ……。
うさみーさんってさては着痩せするタイプですか。
胸の方が。
だとしても別に僕は何とも思いませんけどね。
不健康そうな体とか言ってすいませんでした。
言ってないけど。
俺が手を彼女の背に回すべきか回さないべきか考えている間に、彼女はすっと俺の胸から離れ、驚く周囲の人々をよそに置いて店の中の方へ入っていってしまった。
いや背なに手を回すのが正解の筈は無いのだが。
そんな事は俺にだってわかっているのだが。
大会の準決勝で俺は彼女、ぽよぽよ、こと、うさみー、と当たった。
直前にそんな事があって集中力を欠いた俺がどうなったかは、言わぬが華でしょう。
そのあと俺は一昨日の面子でファミレスに行くのはよしておいた。
うさみー氏に手を曳かれて駅前の喫茶店に行き、生まれてはじめて「エクストラコーヒービターキャラメルフラペチーノ」を食する事と、なったのである。
「は、はじめまして、エースです」
知られている筈の方の名前を名乗っておく。どもってしまって、情けない。
「……βテスターを現実で見るのははじめてです」
「そ、そうですか、俺もはじめてです」
接し方をはかりかねる。
まともに女性と対面で話した事がないので挙動不審になってしまう。
俺自身、自分が自分をよく見せようとしているのがわかる。
抱きつかれた事と関係が無い訳でもないが。
最初抱きついたのは何だったのか訊いてみた。得意気に言ってきた。
「あれは「味見」っていうスキルで、相手のステータスが普通に観察するよりよくわかるんですよ」
味見。
そんな事だろうとは思っていた。
あの場で捕食する事も出来たということか。
だがお前別の所でβテスターを見かけても同じような事はするなよ。
絶対にだ。俺以外にはな。
「はい」
くれぐれもな。
で、この後先考えない系の女子がどんなアホなプレイをしているのか俄然気になってきた。
「ぽよぽよさん……うさみーさん……? はドリームウォーカーではどんな冒険をしているのですか」
「私は最初フィールドに出てスライムとかを倒してたら、魔物勢力のヘイトを食らって、殺されそうになったから返り討ちにしてたらめっちゃレベル上がりました。
あとぽよぽよでいいです」
「えっ……、ぽよぽよさんは自分もスライムなんですよね」
「はい。今は種族が進化しましたが」
バカか。思わずそう思った。
だが俺と同じだった。俺はバカだ。
この子の方が強い分始末が悪い……ということくらいしか変わりがない。
いや、でも、自分がスライムなんだろ、こいつ。歩いてるスライムを殺したらどうなるかわかりそうなものだけどな。このバカの俺でさえさすがに同族のエルフは殺していない。
「てゆーかモンスターで始まったらモンスター殺したらあかんっていうのが理不尽やと思うんですよ」
ほう。
「せめてどっちの勢力で始めるか最初から選ばせろって話ですよ。
最初のシーンからしてあースライムが5、6匹集まってるわ、チュートリアル戦闘やわあって思って必死で戦ってたら「発狂したやつがいる」とか言われたんスよ。
スライム言語でな!
幸いスライムは倒した相手を吸収したり自分も分裂したりできて継戦性能に長けていたから事なきを得たけども」
「ちょっとちょっと待って」
見た目は清楚な感じなのに喋らせるといきなり雰囲気ヤンキーみたいになってきたぞ。
いや、清楚でもないか。
長い黒髪で、紺色で長袖の制服、スカーフは紅色だ。目元に入ったラメ入りのシャドウはかえって幼い印象を受ける。
「そうは思わないスか」
「思う思う。実は俺もな」
俺はエルフで、初日にフィールドに出てモンスターを殺してたら、翌日仲間を殺すなんてって言われてぐるぐる巻きにされて追放とか言われたんだよー。
それから街を目指して歩いてきたけど入れないようだ、次にどうしたら良いのかよくわからないってワケ。ハハハ。
口にしてみて、思った以上に自分の状況は悪いな。
ぽよぽよさんは同情してくれたような雰囲気だ。
境遇が同じだからな。
バカだと思われてはいないだろうな。
「協力し合いましょう」
「喜んで」
「まずは仲間を作ることよね。スタープレイヤーについてどのくらい知ってる?」
敬語じゃなくなった。
スタープレイヤーについてか。彼女もスタープレイヤーに取り入るのが攻略の糸口だという話を聞いたようだ。
ゲーム内ではコミュニケーションを取った相手は居たらしい。
その相手はどうなったのか。
「wikiに書いてある事くらいしか」
「wiki?」
その相手は、wikiを教えなかったらしいね。
敬語については、親近感をもってくれたと思ったらいいか。
俺は気圧されながら、携帯電話から件のwikiにアクセスした。
急いで。やってるうちに彼女が席を立つ。
どうしたのかと思っていると隣に座ってきた。狭い席に。
何事か、今度こそ喰うつもりかと思ってぽよぽよさんの顔を見た。
俺の携帯に夢中だ。
「何このサイト!? すごい!」
知らんかったのでお気に召したらしい。そいつは重畳。
俺も教えてもらったばかりだったが。で、二人で顔を寄せあってスタープレイヤーたちの情報を見る。
スタープレイヤーに与するのが良さそうだというのは彼女も同意見のようだった。
で、下のような表を見た。
現時点でわかっているスタープレイヤーの一覧
魔王吸血鬼レイチェル
彼女は残酷で世界征服を目標にしていますが、可愛いので正義です。
夜の都に住んでいます。彼女が支配する領域は半永久的に夜になります。
領域に住んでいる人間や魔物から少しずつ力を吸収して強くなります。
見た目に反して、結構かしこく、戦略的で、陰謀をめぐらしたりもするようです。部下の言うこともよく聞いてくれます。しかも可愛いです。いい子です。理想の上司です。
勇者オーグメンティン
都市オーグメントで讃えられている勇者です。
魔物の話を聞くと単騎で殺しにいこうとします。
アホです。基本的に魔物に関係する話を聞かせない方が良いです。
何でも切れる剣を使います。
※人間しか仲間になれません!
幻術召喚士カスミガカリ
獣人です。仙人です。召喚士です。
魔獣系のプレイヤーをクランに入れているみたいです。
本人は魔物なのですがどの勢力とも敵対しません。何故か勇者オーグメンティンにカスミガカリとその仲間の話を聞かせても大丈夫みたいです。
クランメンバーになると求めに応じて色々な場所に召喚してくれます。
銀の森に行けば会える筈です。
金色夜叉
人間なのですが、犯罪の天才です。
行動は無秩序で、部下やついてくる人も平気で殺してしまいます。
クランはまともに機能していませんが、彼自身人の心を掌握するのがうまいみたいです。
長い金髪、金の眉、金の目で、なんだか敏捷が高いみたいです。
所在地は不明です。遭遇したら逃げましょう。
皇帝サンダーボルト
皇帝兼冒険者ギルドのギルドマスターです。
帝都に住んでいます。
本人は人類最強みたいです。
冒険者ギルドはNPCの所属も入れると最大勢力のようです。騎士団という少数精鋭も擁しています。
良い装備をたくさん持っているので分けてくれるかもしれません。
詳細は冒険者ギルドの項目を参照してください。人間以外も入れます。
多分軍隊を動員する固有の能力が有ります。
なおおそらく歴史的な理由からエルフを差別し、嫌っています。悪しからず。
神
神本人は誰も見たことがなくて実在するかも不明瞭です天使バンザイ。
NPCの天使たちが代行して意思を伝えてきます神様バンザイ。天使は一人一人がスタープレイヤー並みに強いです天使バンザイ。開発者と関係が有るのかもしれません神様バンザイ。
各地に有る教会で祈れば誰でも傘下に入れるようですが裏切ったり敵対行動を取ると天から雷が降ってきて殺されます天使バンザイ。
現実世界でも雷が降ってきます、回避不能です神様バンザイ。
目的はよくわかりませんが、急に別の勢力への攻撃を命じてきたりするみたいで命令に従わないと殺されます神様バンザイ。天使バンザイ。こいつらの仲間にはならない方がいいd
表は不意に終わってしまっていた。
俺は表を見ているふりをして途中からぽよぽよさんの後頭部を眺めていた。
匂いをかぐ勢いでかなり顔を近づけて眺めていた。
肩を縮めて前かがみになっている高校生女子の後ろ姿素晴らしい。
長い髪だが片側に流しているので、耳やうなじも少しだけ見えた。
「あの思うんだけど」
と言いながらいきなり振り返ったぽよぽよさんと顔を見合わせるかっこうになった。
「えっ、わっ、何」
顔のすぐ前に俺の顔があったのに驚いて飛びのかれたがそもそも近づいたのは君からだったんじゃないのか。
俺は何でもなかったかのように落ち着き払って、うなじが気になって今読めなかった部分を確認しながら、いや急に動いたので髪が少し乱れているぽよぽよさんの姿をも確認しながら、これからのゲームの事を考える。
なんでそんな落ち着いてるのかって慌てたらまるでやましいことをしていたみたいじゃないか。
それで、「なるほど、スタープレイヤーは、一旦関わらないようにするという手も有る」、と俺は言った。
ぽよぽよさんも、まだ少し顔を赤くしていて、下唇を噛んで恥ずかしがっているのが残ってるような風情だったけれども、目つきは、「あれ? さっき必要以上に顔が近かったのは、気のせいだったのかな?」という表情になってきた。
そうだよ。考えてもみるがいい。
だいたい女の子の後頭部に顔を近づけたって何にもならないではないか。
視覚的に、まるでさらに一回り小さい子を膝の上に乗せてだっこしているような感覚と適度な興奮が有ったのと、シャンプーの香りがしたと、それとは別に甘く、少しスモーキーで、形容しがたい、あの幼い女の子の匂いがしただけだ。
わかっていただけるかな。
俺が真顔で言うとぽよぽよちゃんも無言でうなずいた。
ぽよぽよちゃんと。
そういう、上記のような見解を共有できたように感じた。