サイキッカーと縄師
ついに戦闘シーンです。
街を目指して街道をずんずんと進んできたけれども、街には入れないとわかった訳で。
ゲーム内で食事を摂ったりする必要が無くて良かった。
元気ってパラメーターが有るシステムだったら10回は 餓死している。
完全に当てが無くなってしまったので、草原をうろうろしながらレベル上げをしている。
確かめるために街に行ってもいいが。
筋のとおる話だし、殺されるおそれもある。
本当に何もやる事がなくなるまではやめておこう。
街道から離れると一面に青々とした草原が広がっていた。木もほとんど生えていない。
北海道みたいだ。あるいはモンゴルみたいと言った方が良いか。
モンゴルだってこんな海みたいに草でいっぱいの土地は無いのではないか。
まったくの平原という訳ではなく大地にはけっこう起伏が有った。
これは戻ろうと思ったときに街道に戻っていけるか不安だ。なるべくまっすぐ進もうとするが、ランドマークが全くない場所も有るので戦闘など有れば簡単に方角がわからなくなる。
少し行くとひときわ高く盛り上がっている丘が有った。
一番上に出ると、亀の甲羅のようなエメラルド色の構造物が眼下に見えた。
それがある所はゆるやかな窪地になっているのだが、回りで一番高いこの場所からみてようやく全体がわかる。
近くに行くと、平べったいドームである。といっても、近づいてわかったのだが高さは俺の背丈の4、5倍くらいでかなりでかい。
甲羅が手前側の端のほうで一部崩れたようになっており、そこから下に降りる広い階段が見える。
観察すると「草の迷宮」であるとわかった。
迷宮。
迷宮の入り口だ。
迷宮なんてものがこの世界に有ったのか。
俺はまわりをゆっくりと一周して、様子を調べた。
入り口になっているのは一ヶ所だけのようだった。
迷宮の入り口の前に戻ったところで、ふっと、後ろから見られているのを感じた。盗賊の件が有って以来、尾行に注意していたお陰だ。
といっても街道から尾行され続けていたとしたらかなり長い距離の同行を許した事になるが。
皆まで言わぬが華でしょう。
長い草の陰にかくれていたのは、最初老人かと思ったが白い髪の若い男だった。
さっきのモンデンキントたちのパーティに居た、レベル16の種族人間の男、クラス:サイキッカーだ。
尾行者が居る状態で迷宮に入っていくのは危険だろう。人知れず、始末されるおそれがある。
俺は立ち止まった。
迷宮の入り口の正面を背にして立ち、尾行者が隠れているあたりを睨み付け、話しかけてくるのを待った。
交渉してくるかもしれぬ。違うかもしれないが。
「……モンデンキントは見逃したが、私の意見は違う」
がさっと出てきた。話しかけてくる。
でかした。
というのも隠れたまま攻撃されていたらかなり危険だったからだ。サイキッカーというからには遠距離攻撃手段も持っているだろうし、この世界での戦闘に慣れていない俺にとって苦戦は必至だっただろう。
しかし、ははあ。名乗りを聞いてわかること。
どうやら、こいつはPK上等という立場のようだ。
説明しておくとPK行為とはプレイヤーを殺すということだ。
仲間内でも意見が違うのか。何と言って抜けてきたのだろう。トイレとかかな。一旦ログアウトしたのかもしれない。
パーティを組んだ事がないからわからないが、簡単に再集合する方法が何か有る筈だ。
パーティそのものを本拠地に設定できるとか。
それが、PK行為をしようと思ったが少しは罪悪感ってものが有って、不意打ちをしなかった、そんなところか。
「先ほどお目にかかった。サイキッカーのシュウだ。
勇者オーグメンティン様は、出会った魔物を皆殺しにする事を望んでおられる」
それは口ぶりからそうだろうと思ったけども。
「いやいやいやいやいや、でも、なんでわざわざやるんだよ。
勇者オーグメンティンとかの命令は、逆らうと殺されるのか?」
自分が死ぬ恐れも有るのに。戦いになれば。
どちらかはやられるのだ。
しかも、今、死んだらどうなるかわからないのに。
いや、こいつらは死んだらどうなるか、知ってて教えてくれていない可能性も有るんだが。
これはただのゲームじゃないんだぜ。たぶん。
「いや違う。はっきり言って、PKは割りが良いからだな」
正直に言いやがる。
割りが良い。多分得られる経験値が多いのだと思う。
装備や持ち物も奪えるし。
それにしてもまるでやったことが有るみたいな口ぶりだ。
ゲームが始まってからこの短い期間に。死んだ場合のペナルティもわかっていない段階なのに。
ヤバいやつだ。
しかも名乗るとは。
罪悪感かと思ったが考えを変えた。普通に考えて名乗ったらいかんのだ、こいつは。
PKした相手が「戻ってこない」という事をもう知っている場合以外は。
考えすぎか?
このシュウという白い髪の男は、白い髪のせいで老けて見えるが、観察では17歳らしい。
緑の目にはそういう目で見ると、何か狂気が宿っているような感じがする。
背景はいつの間にか夕暮れになっている。
街道はまだそう遠くないはずだ。草原の、ダンジョンの入り口の、ほど近く。
サイキッカーのシュウは両手で一本の素朴な木の杖を持っている。
更に、空中に武骨な、分厚い肉切り包丁が一つ浮かんでいる。
サイキッカーの能力なのだろう。
強そうだ。
いやどうか。
刃物系のスキルを有しているかどうかだ。あれで真空波を使ってこられたらけっこう厄介だ。
シュウが口元でごにょごにょと何か言っている。
何だ? と思ったらいきなり緑の矢が飛んできた。
魔法の矢だ!
さっきのは詠唱か。はじめて見た。
辛くもかわせた。
地面を踏み切って幅跳び、ジャンプ切りで仕掛ける。
これはどう考えても接近戦に持ち込まねばなるまい。
振りかぶった鉄の剣は空中に浮いた肉切り包丁に阻まれた。
包丁は防御担当か。
連打で振り下ろしてみるが的確に受けられる。包丁は何かに支えられているようにがっちりして動かない。
といってもしかし、剣士であるお陰か、パワーでは明らかに押している。
このまま押せば倒せる! と楽観視していると受けられて動きが止まったところに、魔法の矢を受けてしまった。痛い! たまらず敵から距離を取った。追撃は飛んでこない。連続では打てないらしい。
魔法防御が高めな事もあってか、魔法の矢では俺はあまりダメージを受けない。短期的には良いだろう。だがあんまり何発も受けると不味いだろうな。HPの最大値もそんなにないのだ。
踏みきって、飛び込んだ。2回目である。
また、包丁に邪魔される。
「ふん、私にダメージはないぞ!」
草がちぎれて舞い散り、あたりに巻き上がる。砂も舞う。目潰しか、または魔法の矢の起こりを見えにくくする作戦か。
攻撃パターンを変えてきた訳だ。
俺は同じ攻め方で行ってみる。
3回目、飛び込む。がきん。とすごい音を立てて受けられる。
いや、真空波を使いたいのだが的確に受けられるので間合いに入れないのだ。
4回目、5回目。俺は同じように、踏み切って飛び込むのを繰り返す。
また魔法の矢を受けてしまった。参ったな。通用しないか?
更に今度は追撃が有った。ひるんで飛び込めない隙にブーメランみたいに包丁を飛ばしてきやがったのだ!
かっこいい戦い方をするやつだ。
重くて遅いので、当たらなかった。しかし当たったらこれは致命傷だ。
更にもう一度、俺は飛び込んだ。ちょうど戻ってきた分厚い包丁に阻まれて、ついに、細い鉄の剣が折れた。
キイイイイイン、と、あたりに音が響く。
にやり。
サイキッカーのシュウが笑う。
これで近距離で肉切り包丁の連打をされても俺は受けられず対応できない。
そう思っているのだろう。その通りさ。だがな。
俺は剣を折られたのを幸いに、突進の勢いをそのまま緩めずに敵の懐に飛び込んだ。
着地し、その瞬間に「真空波」を放ったのだ。
驚き、次の瞬間に膝をついて倒れる、シュウ。
そうだ、格闘ゲームに慣れている俺ならではの戦闘法かもしれぬ。
俺はプロゲーマーだから格闘ゲームに慣れているが、その多くはバーチャルリアリティ系なのだ。
通常着地してバランスを整えるために数瞬、誰でも体は硬直するのだが、しかし俺の体は、腕は、強制的に動いて真空波を放った。
着地キャンセルというテクニックだ。
現実世界で、折れた木刀でも同じ間合いで真空波を打てる事は最初に確認済みだ。
「真空波」
更に、やつの動きが止まった所にもう一撃叩き込む。
今度は落ち着いて。
これで杖も破壊した。
力なく、肉切り包丁が転がって落ちる。拾って、没収する。
鉄の剣の代わりも必要だからな。悪く思うなよ。われは盗賊。
ざくっ、と、折れた剣の切っ先が草原に刺さった。
敵は地に伏せて動かない。
これでほぼ、無力化できたと考えて良いだろう。
2、3回踏みつけて詰問する。
「おい、お前、死んだらどうなるか、知っているのか?」
「わ、わからない」
「あとだ、もしかしてマサキってプレイヤーを知ってるか?」
「知らない……!」
知らんらしい。
もしこいつが殺したと言ったら死んだら眠り病にかかることの傍証になるのだが。
まあいい。俺は育ちが良いので舌打ちはしない。
あとはここでPKの効能を試してみるかどうかだが、どうか。
相手を日本眠り病にしてしまうかもしれないし、やはり寝覚めが悪いし、やめておくか。
さっき自分が殺されかけた所だけれども。
そんなに危なげなく勝てた訳だし、まあ敢えて殺さなくても良いだろう。
だいたい既にこの世の全ての勢力と敵対しているような状況なので、PKなんかしてこれ以上敵を増やすのは好ましくない。
レベルが2、3上がったとしても割りに合わない。
いや割りに合わないだろ。
一体どれだけ経験値貰えるんだろう。レベルが倍くらいになるのかな。
気絶したようなのでもう聞けない。
「とりあえず殺さないことにする」
追放された時に使われた縄を持っていたので、適当にぐるぐる巻きにした。
すると縄師のクラス取得条件を満たした。マジか。
ともかく盗賊のクラスが有ればすぐにでも抜け出てこれるだろうし、そうでなくとも仲間たちが助けに来るだろう。
多分。
丘の高いところから転がす。 俺が追放された時と同じ感じだ。
そういえば迷宮を知られてしまったな。まわりの人や勇者オーグメンティンに報告されてしまうかもしれない。
こいつを生かして帰したならば。
まあ、しょうがないか。