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月と盗賊

レベルが高くなって悪いことはないと思ったので、魔物を倒してレベルを上げながら、エルフの村から離れる方向に移動していった。

空は真っ赤なので、方角も時間も全然わからない。

しかしいつか戻ってきて可哀想なあのダリヤを救いだし、邪痴暴虐の村人どもを皆殺しにすることを考えると場所を覚えておかねば話にならない。

そういう訳でなるべく一直線に進んだ。

最初2、3戦素手で戦うことになりこれはものすごく大変だったが、気合いでモンスターを倒して鉄の剣を入手し直してクラスを剣士に設定し直すと、レベルが上がったことも有ってさくさくと敵を倒せるようになってきた。

しかしながらレベルは全然上がらなくなってきたのだよ。

多分この辺に居る魔物のレベルが低いせいだろう。

更に進むにつれて、余計に魔物が弱くなってくる。スライムとかレッサーゴブリンとかばっかり、しかもレベルも1か2のものしか出てこない。

もうひとつ変化が有った。空が赤紫から青になったのだ。

それはいきなり変わった。ある場所で、天にまっすぐな線がひかれているように、それより手前が赤、向こうが青、と色が分かれている。

なかなか壮観だ。境目あたりの岩場を本拠地に再設定しておく。

それでわかったのだが太陽の方向からして、俺はどうやら南向きに歩いてきたらしい。


「魔物の強いゾーンだと、空が赤くなるのかもしれない」


つまりここから先は人間様の領域なのではないか。

人間ってこのゲームで見たことないし、居るのかわからんけど。

となるとますますレベルアップの効率が悪くなり、戦闘は減り安全になるのか。

いや。

盗賊に囲まれている。

盗賊に囲まれている事に気付いた。

俺ははじめて人間の姿を見た。

こいつら、結構背が大きい。俺が小さいのかもしれない。

前方に3人。いつの間にか尾行され、うしろに1人。

いでたちがいかにも盗賊という感じ。観察すると、クラスも盗賊だ。レベル10、12、14と出た。

横目に見て確認する。後ろのやつは11。いずれもNPCだ。

俺のレベルは12。

やっかいだ。俺は今、明らかに、この状況を打開しうる方策を有してはいない。

まだ明確に交戦状態に入ってはいないが既に隠さずに俺の方をねめつけてくる。

特にレベル14の盗賊の立ち居振る舞いは堂に入っており、飾りのついた立派な剣を携えている。

にやにや笑っているような気がする。気のせいか。


青く澄み渡る空の下だ。

交渉が通じるか? わからない。

戦いになるかもしれない。ここで殺されるかも。

空気がピリピリする。


しょうがない。

俺はログアウトした。

残念だったな盗賊ども。










依然、ネットサーフィンでは有用な情報が無かった。

ゲームそのものに関する情報やプレイ報告、プレイ日記の類いもまるで上がってこない。

だからといって自分で「ドリームウォーカーオンラインをしてたら力が異様に強くなったんだけど」などと今誰かに、ないしネット掲示板で、相談するというのは愚の骨頂と思われた。

月並みに言ったら政府の研究機関に連れていかれてしまうとか、目をつけられて殺されてしまうような危険も有る。

俺はつまらない人間なので、友達は少ない。信頼できる友人と言えるような人は皆無だ。


いずれにせよ、情報収集と実験をしない訳にはいけない。何しろゲーム内で死んだ場合のペナルティもわからないのだ。

無理はできない。

盗賊との戦いだって避けざるを得ない。

いきなりログアウトしたのも、無理はない事なのだ。


4時間くらい無為にネットを見ていたら、ゲームの大会で知り合ったブロガーで、ドリームウォーカーオンラインを入手したと書いていた奴が居たことを思い出した。

あいつのブログのアドレスはどうだったか。

貰った名刺で調べて、アクセスした。

最新の日記は……2日前だ。ドリームウォーカーオンラインを今晩から始めるということが書かれていた。


「ダメか」


その後、更新なし。

コメント欄を見てみる。

毎日更新していたブログだ。

しかもかなり人気が有ったらしい。

早く更新しろと、罵詈雑言が飛び交い始めている。

ザッピングしていくと一つの書き込みが目に入った。


「マサキの家族です。マサキは日本眠り病にかかったので、しばらく更新できません。悪しからず」


と有る。

そっけないコメント。



日本眠り病。

半年ほど前から流行っている、前触れもなく、眠った人が目覚めなくなるという奇病だ。

呼吸や代謝などの活動は損なわれないので、点滴などで栄養を補給すれば生命は簡単に維持できる。

目を覚ました人は居ない。

原因はウイルス感染という説が有る。

報告患者は世界で100人ほど。アジアに多い。


……と調べると載っている。

……いや、いやいやいや。

いや、ドリームウォーカーオンラインのβ版が配布されたのはここ数日の事だ。

せいぜい一週間以内のことだ。

時系列は全然合わない。合わないが……、関係が無いとも言い切れない。

実はウイルス感染などではなくこのゲームのせいなのかも。

心に留めておく必要は有るだろう。

そのコメントはほとんどいたずらと思われて無視され、ブロガーのマサキ氏は、新しいゲームのあまりの魅力に更新がおろそかになっているのだと、訪れる人たちには決めつけられているようだった。





「キーブレイク」


部屋のドアに鍵をかけて、盗賊レベル2で習得した魔法を使ってみた。

発動しない。MPの消費さえ起こらない。

しかしこれは鍵の構造が向こうの世界と違うとか、そもそもそういう魔法じゃないとか理由が有るかもしれない。

何しろドリームウォーカーの世界でまだ鍵のかかった扉を見ていない。

比較対照実験になっていないのだ。

試しに、腰にベルトを巻いて「縄ぬけ」のスキルを使ってみるとベルトが外れた。

ベルトの構造はあっちの縄とは全然違うだろうに、スキルは発動している。

スキルは発動するが、魔法は発動しない疑いが有る。

この事も頭に置いておかないといけない。

何故かって、この事が事実ならば、もし魔法主体の戦い方をして強くなった場合、その強さは現実世界に持ち込めないが、スキル主体であればそれは持ち込むことができるということになるからである。

検証を続けるとともに、できれば、スキルを主体に戦略を組み立てる事にしよう。


その日はそれから特に何もなく、家から一歩も出ずに、一日を終えた。










本拠地にした岩場のまわりを盗賊が取り巻いている可能性も考えてログインと同時に真空波を使ってみたがどうやら杞憂だったようだ。

当たり前だが今日はエルフの里の中には出れない。

「もう、昨日はどこに行ってたの?ぷんぷん」

ってダリヤの声からゲームが始まることは、しばらくないだろう。

いや、永遠にか。

昨日の状況は、思うのだが、アクティブな戦闘状態には、まだなっていなかった。

普通バーチャルリアリティ系のゲームでは、アクティブな戦闘状態になっていれば、ログアウトは制限される。

このゲームではゲーム中に体が眠っている関係上、戦闘状態になっていてかつ肉体が危機的状況に陥っていたり、尿意があったりとか、そういう場合に完全にログアウトを制限してしまうとまずいことになるだろうから、どんな処理が行われるのかはよくわからないが、とにかく本当に危機的な状況では昨日のような脱出方法は取れないと考えておいた方が良いだろうな。

初日に使ったような5分間の一時離席というのも有るかもしれないが、あれは戻ってきたとき隙だらけだろうし。

それにしても、死んだら日本眠り病にかかる可能性も有るのだ。

最悪の場合。俺は震え上がる。

だとしたらゲームをやらなければいいのではないか。

それはそうかもしれない。

だが未知の事を未知のまま放っておくことになるし、レベルを上げておいた方が、何か有った時に有利かもしれない。

結局、このゲームをやりたいってだけなんだけどね。

死ぬかもしれないけど。

まあいいさ。

一時離席して、従妹にメールをして、またゲームに戻る。

もし今後数日の間、全然連絡が無かったら申し訳ないが様子を見に来るか警察に連絡して欲しいと。

眠り病にかかるのはまだしも、放っておかれて死にたくはない。


かなりの距離を、今度は何事もなく進んだ。

尾行には注意しながら。いくらなんでも、ちょっと進んで盗賊に囲まれるたびにログアウトしてリセットというのは、やっていられない。

護衛を連れた隊商が通るのを遠くから見た。俺は盗賊じゃないのだから襲いはしない。

レベルは見えないがたぶん勝てないだろう。多勢に無勢だ。

昨日の盗賊もそうだが、ああいうのが居るということは、そろそろそれなりに街が近いということだ。

ギルドとか、依頼の掲示板とか、そういった、この種のRPGにつきもののアレが、街には有る筈だ。

そもそも何が悲しくて人っ子一人いない荒野を俺は徒歩で進んでいるのだ。

こんな道は本来馬か何かに乗って通る道に違いない。

嫌になってきた。

更に南に進んでいくと、街道に突き当たった。

周りが草木の所々生えた荒野になっているのに対して、草が刈られて、石が避けられて、馬車や馬が通りやすいようになっている。

人が居れば誰かにどっちに行けば大都市か聞きたかったが、居ないのでひとまず東方面に向かった。

街道に沿って少し進んだところで、その場で立ち尽くして茫然としてしまった。


前からやってきた集団。

その中に、異様な姿の男が居たからだ。

黒いゴシック調の服。

その上にマント。

襟の上に首はない。

襟の上15cmのところにクレーターまで明らかな月が浮いている。

月は直径1mほど。はじめて見た「月」という種族だった。





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