追放と火炎魔法
「おはようエース、昨日はどこにいってたの?」
ダリヤの声が頭上からかかる。
快い。
ベッドになっている紫の草むらまでもが快い。
ゲームをはじめたのがちょうど夜になって実存の不安を感じていた所だった。
平たく言うとこんなに働いてなくてお金も身よりも無くて将来大丈夫かと思っていた所だったから、ちょうど13歳の架空の女の子と話したい気分になっていた。
ましてや望みもしないのに訳のわからないパワーを得ておりいつ国家からの刺客が来て解剖されるかわかったものじゃない。
彼女の、短い金髪はくすんだ色だが、決して不快な感じではなく清潔感が有る。
麻で出来た服の下には、おそらく、ブラジャーはしていない!!
こうして木の下から見上げると非常に無防備だ。それにぷるんとした唇!
「昨日は戦いに行っていた。 言ってなかったかな、俺は強いのだよ」
「本当? さすがはエースね」
「本当だとも、そっちに上がっても良いかい?」
「もちろん。二人の家だもんね」
光輝くような笑顔で、二人の家だと申したか。
では、俺は昨日はゲーム大会なんかに行くためにこの子に一人寝の寂しさを。
そんな勿体ない、いや申し訳ない事をしていてよかったのか。
というかゲーム開始の本拠地を家の中にしておはようのキスか何かでゲームが始まるように設定しておいたら良いのに。
もうずっとこの人の家で寝起きしよう。このゲームはラブコメとして楽しむことにしよう。レベル上げとか、いいや。
そわそわして梯子を上る。
「今日はどうしよっか。釣りでも行く?」
薄着の少女が言う。
「他のやつはどうしてるのかな」
適当な事を言ってみる。
「他って、リリイたちのこと?
いーけないんだあ、許嫁の前で他の女の子の話なんかして。
リリイは、あと三ヶ月は戻ってこないでしょ」
ごめんごめん。
いいなずけ。
親が決めた結婚相手。
そして、この里に今、若いエルフは二人しかいない。
たぶん。リリイがいなかったらもう二人しかいないだろう。
だとしたら、やる事は釣りじゃないでしょう。
草を編んだベッドが置かれていて心持ち大きい。多分だが、二人で寝ることを想定した大きさだ。
しばらくベッドに視線をやってから、ダリヤの顔を見る。
近い距離から顔を見合わせる格好になった。
ダリヤの瞳と唇が、微かに濡れている。頬が紅色に染まっている。表情は艶かしいものに変わった。唇が柔らかい。
「エースは家にいるか」
何だいいところで。
邪魔が入った。
窓から見下ろすと男のエルフばかり十人ほどが皆厳しい表情で家を取り囲んでいた。
興醒めだ。だが俺は胸を張って答えることにする。
よくわからんが、情けないところを見せる訳にはいかない。
「いかにも。俺がエースだ」
「えっ……」
窓の外を見て、ダリヤの表情が変わる。青ざめたものに。
何て表情豊かなんだ。いとおしい。
それからどうも登ってくる気はないようだったから、二人で梯子を降りる。
先に俺が降りて、次にダリヤだ。
「エースか」
「そうだ」
答えるや否や、俺は拳で殴られる。レベル30で50歳のエルフに。俺かダリヤの父親かもしれない。逆らわぬ方が得策か。
何だお前ら。13歳の子と喋るのが、良くなかったか。
実はこの子はエルフの姫で、俺なんかが喋って良い存在ではなかったのかもしれぬ。
体力が減っている。俺は、命の危機を感じる。
ダリヤはうつむいて泣いている。
ちょっと待て。おいお前。かばってくれよ。
「お前は昨日、蛇の腹に行ったな」
「何だそれは。知らん。」
顔を殴られて痛い。たまらず逃げ出そうとする。
ふんじばられてぐるぐる巻きにされる。
巻いた年老いたエルフのクラスが、「縄師」になっているのを観察した。そんなものもあるのか。
腰の剣も取り上げられてしまった。
「とぼけるな」
また殴る。殴るなよ。
口の中に血の味が広がる。どこか切れたな。
普通の、今までのバーチャルリアリティ系ゲームは、痛覚はほぼシャットアウトされるようになっていた。
これは、改善ポイントだな、はは。
痛くて抵抗もできない。
つとめて他人事のように自分の状況を見ていた。
「蛇の腹の向こうで魔物を15体殺したか」
「あの抜け道は蛇の穴っていうのか。
そ、それなら殺した。たぶんもっと殺したが」
「許されないことをしたな」
「追放だ」
「追放」
「追放だ追放」
追放だ。
俺は追放されるらしい。
魔物を殺してはいけなかったのか。何か掟に触れる行為だったらしい。
エルフだしな。平和主義者で、攻撃してくる相手しか攻撃しないみたいな掟が有ってもおかしくはない。
そんなら教えてくれよと思ったが、特に情報収集せず平原に駆け出して行ったのは俺だ。
ダリヤとももう会えないのか……。
しかしどうも殺されないらしい。それは良かった。
俺は簀巻きにされたまま、外に運ばれた。
「蛇の腹」の反対側、石垣が有る方面からごろごろと転がされてしまって、目が回った状態で、草の生えた平原に放置されてしまった。
体の至る所が痛い。口の中も。
俺はこのようにして、何がなんだかわからないうちに、エルフの里から追放されてしまった。
しかし一番近い出口から出て野生の魔物を倒したらダメって酷くないか。
追放されてしまったものは仕方ない。
とにかく縄を解かなければならない。このままではゴブリンにでも襲われたらひとたまりもない。
芋虫のようにじりじり動く。体をよじっても、縄もとても緩む気配がない。これはダメだ。
途方にくれたところで、目の端に、「クラスの変更条件が解禁されました」と表示されたのを見た。
しょうがないので、それを見て「剣士レベル3」から「盗賊レベル1」に変更してみる。
アクティブスキル「縄ぬけ」を発動すると、縄からは簡単に抜けられた。
たぶん違法行為、これが盗賊の解禁条件だろう。
ステータスを確認しよう。
<PC> エース レベル10 19歳♂
種族:ダークエルフ
勢力:魔
クラス:盗賊 レベル1、剣士 レベル3
クラスレベル:4/100
所持金:500G
装備:麻の服、碧のケープ+2、草の靴
体力 35/35
魔力 44/44
スタミナ 37/38
攻撃 30
防御 28
魔攻 23
魔防 29
敏捷 100
運 120
種族まで、変わってやがる。
ダークエルフ。
顔を触ってみると、目の横に鱗のような、ひび割れのような、模様が追加されているのがわかる。心持ち悪そうな顔になっているかも。
肌の色も浅黒く変わっている。
追放の刑罰を受けたのだから村の中の本拠地は使えないだろう。
だがまあ一応残しておいて、近くの木陰に本拠地2を設定する。
エルフの集落を眺めて思う。
……生きよう。
生きようと思った。
考えると凄い体験だった。今までゲームをしていてこれほどの体験はなかったかもしれぬ。
何が有っても結局自分にとって都合よく物事が進むと勘違いしていたらしい。
ゲームの中だから余計に。
痛みを伴うゲームというのは、初体験だが、教育効果が有るようだ。
これは教えてやらねばならぬ。βテスターとして。
特に俺のような心根の腐っている人にとっては。
やはりゲームは人間を育てる。ありがとう。
そして俺は必ず俺を追放した奴らをぶっ殺してやると決意した。
今のは痛かった。教育ということとは、話が別だ。幸い、燃えやすそうな地形だ。
これはなんとかして、火炎魔法を習得しよう。
金閣寺炎上だ。