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ぽよぽよと安定した仕事

朝目が覚めて、時計を見たら昼だった。最近いっそう荒廃してきた俺の生活にはよくあることだ。

それでふっと手を動かすとバキリと音を立ててベッドが真っ二つに割れた。驚いて飛び上がると頭を天井にぶつけてしまった。

体が大きくなったのではないかと思ったがそうではなかった。寝た姿勢から飛び上がる時に思わず天井まで跳躍したのだ。


昨日の晩は覚えている。新作のオンラインゲームのベータ版を入手したのだ。ドリームウォーカーオンライン。

これまでも、完全なバーチャルリアリティーの中に入ってプレイするゲームは何本か出ていた。

今度のはその中でも最新型。ジャンルはMMO-RPGと謳われていた。


そう、その頃のU市は人が三人以上集まればスーパーヒーローエクセルシオールの話かドリームウォーカーオンラインの話しかしなかった。


「そもそも、これまでのバーチャルリアリティーゲームってのはどんな感じだったの?」

「そうだな、まずは『繭』と呼ばれる巨大な機械に横たわり、何本ものコードを頭につなぐ。

更には発射前のロケットの乗組員みたいに手足にレバーやコントローラーを縛りつけて、筋肉の収縮を読み取って仮想空間内でキャラを動かす仕掛け」

「かなり大がかりな装置だったのね」


とこんな具合。

そうさかなり大がかりな装置で、相当なゲームマニア以外は、ネットカフェで借りて使うので満足していた。

俺は相当なゲームマニアなのでそういう旧世代の『繭』を家に備え付けてある。


「で、今回のドリームウォーカーオンラインはどう違うの」

「まず、超小型なのだ」


そうなのだ。

俺は説明できる。

ドリームウォーカーオンラインはその本体を耳の後ろ、前から見えない位置に装着する。

繭もその中のコックピットも必要ない。

脳波の微妙なコントロールで望む動作を実現させることがその神髄なのさ。

その状態で「眠る」だけで、ドリームウォーカーオンラインの世界に参加できるのだ。

それで眠っている間は明晰夢のようにずっとゲームをプレイし続ける事になる。

画期的なバーチャルリアリティーシミュレーションゲームなのだ。


頭を強かにぶつけたと思ったがあまり痛くない。

俺はコーヒーを飲む。コーヒーメーカーは無くて、箱で買って置いてある缶コーヒーだ。


そんなバカなと思いながら自分を「観察」してみる。

できる。

ゲームの中と同じ感覚でできた。

スティール缶がひしゃげる。俺は別に力自慢ではない。驚いた拍子に勝手に力が入ったのだ。



<PC> エース レベル10 19歳♂

種族:エルフ

勢力:魔

クラス:剣士 レベル3

クラスレベル:3/100

所持金:---

装備:---

体力 35/35

魔力 44/44

スタミナ 37/38

攻撃 30

防御 28

魔攻 23

魔防 29

敏捷 100

運 120


「待て、待て待て待て」


いくら最新型といってもゲームの中で上がった力が現実で反映されるなんて話は無かった。


「まさか」


部屋の隅に木刀が有る。手にとって袋から出す。

剣道をやめた時に叩き折った木刀である。短くなっていて、ほとんど柄の部分しかない。振り回しても安心である。


「そんな」


正面に構える。その場で真空波と念じる…


「バカな事が」


体が何かに引っ張られるかのように勝手に動き食卓を真っ二つにした。

床まで傷が入ってしまった!

俺はバカだ。何故家の中で試したのか。

折れた木刀でも打てるのか。

ダメなら包丁で試す気だったが。

ちなみに懐に薬草は……無かった。アイテムは持ち込んできていないらしい。

服も、昨日寝たときのままの服だ。パジャマだ。もう5日くらい着たきりだ。


このまま2週間は同じのを使う予定です。


「待てよ、そうも言ってられなくなった」


言ってなかったが俺はプロゲーマーなのだ。

今日は、3万も賞金が出る大会の予選の日だ。

行かねばならぬ。

仕事着に着替えねばならぬ。俺は黒シャツと紺のジーンズに着替える。

それをしながら、パソコンを叩き壊さないように気をつけてキーボードを叩き、検索をかけた。


DWO 攻略wiki


まだ無いようだった。

掲示板も、内容を予想する書き込みばかりでβテスターになった人は来てないみたい。

大会だが、今日と明日に予選が有って、今日の午前、午後、明日の午前、午後のどれかに出ればいいのだが、俺は今日の午後に出る事になっている。

明日は行かなくていい。

明後日が決勝だ。

種目はゲームセンターにある落ちものゲーだ。

それでうまくいったら3万が手に入る。俺のいつもの仕事だ。

ちなみに優勝したら全国大会行きの切符が得られるのだが、交通費は出ない。

全国優勝以外だと足が出るので、この大会で優勝しても行かない事にしている。

俺はもう2年くらいずっと、こういう大会に出て金を稼いでいる。

すごいでしょう。

俺の一ヶ月の稼ぎは、一体幾らくらいなのか。

言わぬが華でしょう。




俺は体の異変の事よりつとめて大会の事を考えている。

その事に自分でも気づいている。

もちろん、現実から逃避する為だ。

あともう一つ大事な事は。

ベッドが壊れたから明日から布団を敷いて寝なければならない。


ボロボロのママチャリで15分も走れば駅前のゲームセンターに着く。

それにしても、身体能力が上がったってあんまり利便性が増してないように感じるのは、何故か。敏捷が上がっていないからか。

金がないので駐輪場は使わない。ゲームセンターの中に入れさせて貰う。

ママチャリは通路を塞いでしまって明らかに通行の邪魔だが、15時まではこの大会のために貸し切りなので誰も文句は言わない。


「あー馬鹿エースまた自転車こんなとこに止めやがって。

ちょうどお前の番だぜ、あと1分遅かったら棄権にしていた所だ」


文句を言われた。

誰も文句を言わないと思ったが。

俺の名前は言ったっけ。梅見英輔。エースは俺のハンドルネームだ。

俺は筐体の前に座り、集中力を高めていく。

ところで俺に文句を言ったやつのハンドルネームなんて「ム」だ。本名は近藤。それでハンドルネームの由来はまあ、言わぬが華でしょう。





「それで今のところ、ゲーム自体は普通のMMO-RPGって感じだよ」


大会が終わって、俺は馴染みの友達と、ファミレスで機嫌良くドリンクバーをたしなんでいた。

大会はいつにも増して楽勝だった。

「ぽよぽよ」は古くから有る落ちものパズルゲームだ。

一人プレイならば、集中力と判断力を鈍らせなければいつまでもやっていられる。

対戦プレイは、落ちてくるぽよぽよの順列組み合わせに沿っていかに早く強い破壊の一撃を発動させるかってゲームになる。

今日は心なしか、ちょうど発動させたい絶妙のタイミングでぽよぽよが降ってきたような気がした。

それでストレートに瞬殺できたって訳。まあ元々腕が良いんだが。

伊達に中退してからゲームばかりやっていない。


「へえ、ドリームウォーカーは製品版になったら買った方が良さそう?」

「まだわからん。

 だがもし『繭』を持っていなかったらな、買って入門にするのが良いんじゃないか。設備がいらないから楽だ。

 ただ今まで出てたフィールドバトル系のゲームと比べたら、戦闘が単調なのは否めないな」


実はドリームウォーカーオンラインのβテスターの権利は、ムから譲ってもらったものなのだ。

ムは今年大事な資格試験だから、それに合格してからやろうと。

製品版が出てからやろうと。俺が説得した。

大金を払ったが。


「そう言えば、朝の部でβテスターの人が居たよ」

「ああ、あいつ優勝したよ」


朝から居た奴らが言う。

なんと耳にドリームウォーカーの本体を付けてきて、出場したらしい。

自慢か。

いや、同じβテスターからのコンタクト期待だろう。俺ももう少し頭が働いていたらそうしたかもしれぬ。

なんて良い考えなんだ。

是非そいつとはコンタクトを取らなくては。


「あの子強かったよな」

「女子高の制服で来てたよ、休みの日なのに」


女子高生らしい。

優勝したなら、明後日の決勝で会えるはずだ。

是非会って話をしなければ。是非。

うさみーってハンドルネームらしい。

可愛い。

俺はロリコンではない。

あ、そうだ。


「ほとぼりが覚めるまで、俺があのゲームを持ってるってのは広めないでくれないか」

「え、なんでだよ。自慢してたじゃん」

「すごい話題になってるからな。小さいものだから、家に入って盗まれても困る」


仲間たちは納得してくれたようだ。

防犯という意味も有ったが、あれはある意味では魔法のアイテムみたいなものだ。

どんな揉め事を引き連れてくるかわかったものではない。

力が強くなり、スキルが使えるようになると、個人の利益のためにどんな悪い事を企むやつらがいるかわからない。

俺は今のところ、その予定は無いが。

それにいざ何か悪いことをしようと思った時に、悪いことができるやつだとバレているのとバレていないのとでは全然やりやすさが違うだろう。

自分でプレイヤーだって触れて回るのも、さっきは良い考えだと思ったが、実際のところは一長一短なのかもしれない。

いや、能力を使う予定は有った。

この与えられた能力を限りなく狡猾かつ卑怯なほどに活用して。


……活用して仕事を見つけようとぼんやり思った。ゲーマーではない、安定した仕事を。

まあ早いうちにな。今日は帰ろう。


その日は不良に絡まれたりもせず、俺の強い力を見せつけるような展開はなく一日が終わった。

晩はコンビニでおにぎりを買ってきて食べた。

強くなっても、意味はない。

人生、そう都合の良い展開は無いものだ。





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