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第三章.1


「ほらアスマ、起きなさい。これで撮影は終わりだそうよ。帰ってお昼にしよ。」


暖かな日差しの降り注ぐ公園で、膝に頭を乗せるルルを撫でながらウトウトしていると、アドリアーナから声を掛けられる。

最後に頭を1撫でしてやると、ルルは自分からスッと頭を上げてお座りした。

名残惜しさを少しだけ感じ、ベンチから重い腰を上げると両腕を上に挙げて目一杯伸びをする。


「ん~っ、お疲れ様でした。」


僕が気の抜けた声でそう言うと彼女は苦笑しながらルルを撫でる。

誰にでも撫でさせてくれる子ではないのだが、このPTには心を開いているのだ。


「ごめんね遅くなって。なーんか写り方がしっくりこなくてさ。」


「気にしないで良いよ。しかしアドリアーナ達みたいなシルバーになると、こういうのに慣れてるかと思ってた。」


申し訳なさそうな彼女に返事をしながら軽い疑問をぶつける。

だがそれに答えてもらう前に商人ギルドの女性がこちらへとやって来た。


「どうもお疲れ様です。出来上がった冊子は1度各ギルドへ通しますので、完成品はその時にご覧ください。焼き増しや使用した写真の変更依頼についてもその時に受けますので、今日はこれで終わりです。ご苦労様でした。」


彼女は楽しそうにそう言うと僕達から離れて行き、機材の片付けに入ったスタッフ達に混ざって行く。


「商人ギルドの試験ってホント多彩よねぇ・・・・」


アドリアーナの呟きに僕とルルも頷く。


「昇格審査の内容が、各ギルドの広告物作成だもんね。らしいと言えばらしいけどさ。」


作業にあたるスタッフさん達は商人ギルドDランク(ブロンズ)の皆さんで、僕らは昇格試験のお手伝いをしていた。

仕事内容はモデルさんである。

と言っても、パンフレットに載せる写真の被写体になるだけなのでそんなに大した仕事ではない。

現に僕達が撮影に使ったのは景色の良い平原だったり公園だったりで、撮影も言われた通りにするだけで既に終了しているし、他の女性たちも駆り出されている。

迫力のある戦闘系は家の男共が他のマッシブな先輩達と一緒に撮影へ行っていた。

僕もそちらへ行きたかったのだが、まだ退院してから1週間ほどなのでリハビリしとけと置いて行かれたのだ。


ちゃんとお給料は出るのだが、個人的にはそろそろ次の街へと冒険したかったので少しだけ焦燥感が募っていた。

それもこれもジナイーダさんの試験に3人で仲良く落ちたのが原因である。

英雄は迷子で大きく減点され、堅は1番戦闘力が高い癖に油断から大怪我した事で凄く減点され、僕は意識を失った事から論外という事で点数すら貰えなかった。

さすがに皆で不服を申し立てたのだが、僕が笑顔のイヴァンさんからグーで頭をゴツっとされた事で男共は評価を甘んじて受け入れ、それでも引かなかった僕はジナイーダさんから杖による2撃目をゴンっと頭に喰らって渋々受け入れたのである。


手加減してくれているのは分かるけど、滅茶苦茶痛かった。

初撃の段階で目に涙を浮かべながら口をパクパクさせていたのだが、止めの攻撃はさすがに涙が零れたものだ。


まあ、何と言うか子供時代に親から怒られた感じで悪い気はしなかったのだが痛いのは痛い。

あまりに不憫だったのか英雄と堅が帰りに甘いものを買ってくれたので実はあんまり気にしていなかったりする。

いつも子供に飴を上げたりする側なので偶にはこういうのも良いだろう。


「前に手伝った時は、お祭りで使う食材とか材料を集めに行ったけど、こうなると他に何があるのか気になるわね。」


アドリアーナがルルの首をわしゃわしゃと撫でながら言う。


「採取系は苦手だから、今回は楽に済んで良かったのかな? 」


我慢の限界に達した僕がルルの頭を撫でながらそう言うと、彼女は少しだけ考え込む。

美人は悩む姿も絵になるので良いと思います。


「だからって被写体は想定外だったわねー。なんか顔の写りを妙に意識しちゃって、何度も取り直してもらっちゃったし。」


少し反省した様に頬を掻くその姿をもう少し眺めていたかったのだが、先程の疑問を思い出した僕は、もう1度聞く事にした。


「あ、さっきの続きなんだけどさ、シルバーの冒険者って取材とかって無いの? あんまり撮り慣れてない感じだったけどさ。」


それを聞いた彼女は苦笑する。


「レイラさんみたいなBなら兎も角、同じシルバーでもCじゃ全然よ。悔しいけど完全に扱いが違うわ。」


アドリアーナは少し屈むと、首を傾げるルルの鼻をチョンと突き、ぺろりと舌を出した所で指を引く。


上手い。


僕も良くやるが、自分の場合は退避が間に合わなくて指を舐められるのだ。


「私も聞きたいんだけどさ、アスマは何であんなに撮られ慣れてるのよ? 」


彼女の疑問に僕は『ああ』と思い、古い記憶を思い返す。


「クラスメートに撮影されたりとか隠し撮りされたりとか事欠かなくてね、自然と身に付いたんだ。あと僕の場合は余っ程変顔じゃない限り撮り直しをしないから、尚更慣れて見えるのかも。」


その時の事を思い出し、少し落ち込みながらそう言うと、彼女は『ご愁傷様』と笑いながら納得してくれた。

友人カメラ曰く、被写体になるコツは堂々とする事らしい。

ほんと、何でこんな必要のない技術だけ身に付くのかと悲しくなるが、変な所で役に立つから困る。

そしてこう言った事がチラホラと有るから、部屋の片付けの際にこれはもしかしたら使うかもと言って捨てられなくなるのだ。


「ふふっ、ルルもしっかりと撫でた事だし、帰りましょうか。」


僕が本当にどうでもいいことを考えているとアドリアーナがそう言い立ち上がる。


「そうだね、家の馬鹿共が宣言通りに活躍してるか審査してやらなきゃ」


英雄と堅が出発前にしていた自慢気な顔を思い出すと、彼女に続いて立ち上がり、落ち込んだ彼らをどうやって笑おうか考える。

そんな楽しい想像からか自然と笑みが漏れ、それを見たアドリアーナが苦笑していた。


「本当に活躍してても知らないわよ~?」


隣を歩く彼女の意地悪そうにおどけた顔と、煽る様に顔の横で振る右人差し指を見て、僕は自信満々に腕を組んで1つ頷く。


「それは無いね。僕がカッコイイ所を撮影してないのに、あいつらだけそんな美味しい事をしてるなんて神が許さないよ。」


「随分と偏った神様だこと。まあ良いわ、負けたら約束通り美味しい珈琲淹れてよね。」


言い切った僕に呆れた彼女は右腕をおろし、仕事前の賭け事を出してきた。

左隣を歩くルルがこちらを見上げる姿が可愛く、微笑んでやる。

少しだけこちらをじっと見つめた後、僕の腕に軽く頭を擦ると、この子はそのまま僕の中へと帰って行く。


「ふふん、その時は美味しいじゃなくて、滅茶苦茶美味しい珈琲を御馳走してあげましょう。」


ルルやチチリの協力で、僕の五感は現代に居た頃よりも鋭くなっている。

そのおかげで僕のバリスタとしてのレベルは飛躍的に上昇し、イヴァンさんやジナイーダさんの様な富裕層すら楽しめる技量なのだ。

まだ試してはいないが、ヴァーフの協力で桁違いに質の良い水が準備できるようになったので、能力はさらに伸びたと言っても良いだろう。


まあ、所詮は借り物の力なので、ちゃんとアシストを外しての訓練もしている。

補助なしの腕は親友達曰く、美味しいけど僕のお父さんには遠く及ばないらしい。

それはそれで父が誇らしいのだが、息子・・として弟子として1人のバリスタとして、いつかは超えたいものである。


勝ちを確信したこちらの顔を見た彼女は、ニヤリと笑う。


「期待してるわよ。」


「そっちこそ、負けたら前に言ってた限定ドーナツだからね。」


勝算があると言った雰囲気では無く、純粋に遊びを楽しむ彼女にこちらも余裕の態度で微笑み返した。


そう、僕が勝利した場合は、以前彼女が話していた高級店のお菓子セットを奢ってもらえる予定なのだ。

負けても僕は趣味の一環で良く、勝てば美味しい思いの出来る条件を出したのは彼女なので有難い事この上ない。

アドリアーナからしても、勝てば大精霊の水で作った飲み物を飲めて、負けても十分お小遣いの範囲で出来る買い物を自分のついでにするだけだから全く問題無いのだそうだ。


何の面白味も無いのでやるつもりは全くないが、大精霊印でブランドを立ち上げたら一儲けできそうな感じである。


僕らはお互いに挑発的に笑い合うと、くすりと笑い合い、ゆっくりとギルドへの道を歩んで行った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


その後ギルドに帰った僕らは辺りを見回し、似た様な仕事の感想を漏らしあう同僚達を眺める。

いつもと一味違う新鮮な感覚だったから、皆の表情は明るい。


その中で目的の人物を見つけると、彼らもこちらに気が付いたようで、野生動物の様にしなやかな身体つきをした男が腕を上げる。

その隣には遠目からでも分かる筋肉質の大きな男が腕を組んで不敵に笑っていた。

とりあえずの無事を確認した僕は軽く手を振ってそちらへと向かう。


「へへっ、怖気づいて逃げたりはしなかったようだな。」


近くまで歩いた僕へ、妙に気合の入ったダミ声で英雄が言う。


「ヘイ、セニョール、明日からスカートを穿く準備は出来てるか? 」


腕を下ろした堅はハイテンションにこちらを煽って来る。


それは良いのだが、何故お前らはそんなにボロボロなのだ。


「おいおい堅、この玉無しがそんな大それた事を出来る訳ないだろ? 」


普段の声音で嘲るように笑う糞マッチョは、おどける様に腕を上げシニカルに肩を竦める。

それを見た糞脳筋は、右手をお腹に当てて大袈裟に笑う。


「そりゃそうだ ! 俺とした事が悪い事をしちまったぜ、ハハハッ ! 」


あまりにも歯に布着せぬ言葉に僕の頬が引き攣る。


「うるせぇオプション共、黙っていれば好き放題言いやがって・・・・そもそも誰が玉無しだ。」


僕がそう言うと周りから『ん ? 』と言う雰囲気が広がった。

そして後ろに立つアドリアーナが深い溜息を吐くと、呆れながら言い放つ。


「あんたに玉は無いでしょうが。」


そう言われた僕は軽く愕然とするが、振り返りながらも必死に口を開く。


「はぁ ? た、玉ぐらい付いてるよ ! 」


苦しそうに表情を歪めた僕がそう言うと、彼女は容赦なく退路を断つ。


「何処によ ? 」


「こ、心 ? 」


自分でもおかしいと言うのは分かっている、だがどうしても認められないのだ。

昔から散々ネタにされて来たモノだけに、コレを無いと言われると条件反射的に否定してしまうのだ。


「あたっ! 」


アドリアーナはもう一度溜息を吐くと、僕の額を指で弾き、後ろに控える自分のPTへと帰って行く。

お姉さんズは僕らのやり取りを苦笑しながら見ていた。

ちょっと恥ずかしい。


まあ彼女たちは置いといて、今は家のゴミ虫どもから片づけよう。


「お前らさっきから偉そうに言うけどさ、本当に活躍して来たんだろうな ? と言うか何だよその恰好は。今更セクシー路線に変更 ? 」


所々布が破け、そこから鍛え上げられた筋肉がチラリと顔を出し、削れた金具や装備品類が歴戦のつわもの感を出していて格好良いのだが、決して口には出さない。


「ふ、これこそが俺と堅が活躍した証しなのだよ。能書きは良いからとっとと映像見やがれ。」


「そうだそうだ。撮り直しの度に傷が増えて大変だったんだぞ。英雄なんて何回吐いた事か・・・・」


親友達がブーブー言うので僕は溜息を吐くと、隣で控えながら、ずっと苦笑しているフロウから映像用魔道具を受け取る。

この丸い石1つで録画も再生も出来とは羨ましい。


再生を始め、映像が空中に投影されると、そこでは映像越しでも熱気が伝わるかの様な、燃え盛る火の海が広がっていた。


「な、なにこれ? 実写版のナ○シカ? 」


まるでオープニングで巨○兵が行進しているワンシーンの様な地獄絵図を見て、僕は頬を引き攣らせながら絞り出す。

背中を滝のように変な汗が流れ出て気持ちが悪く、冗談だよなと親友達に視線を移した。


「ひっく、えっぐ・・・」


その先で堅が嗚咽を堪え、


「いきてて、生きでて本当に良かった・・・・良がっだ・・・・」


両手で顔を覆った英雄が震える声でそう漏らす。


この続きを当事者であるこいつらに見せて本当に大丈夫なのか本気で心配する程度には、彼らの様子はおかしい。


「ねえ、引き分けで良いからさ、もう見るの止めよ? ね? 」


不憫な彼らにそう言うと、2人は暫く考えた後に、ゆっくりと首を横に振った。

その姿に困った僕がフロウを見ると、大丈夫だと微笑みながら頷く。

可愛い弟だと思っていたが、マッシブなイケメンが微笑むと絵になるのですこしドキリとする。





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