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第二章.44

 ヒデオとケンが家の子に救難要請を出したことを眺め、改めて戦闘の後を見る。

敵のランクとしては低いものだったが、あの3人ならかなり苦しかっただろうに、しっかりとやりきった事を見て師として嬉しく思う。


まあ、最後に軽くパニックを起こしていたのは大きく減点だが、今は生き残った事を素直に喜びたい。

最初に2人を運んだ別の子に回収の指示を出して、こちらの仕事は一時休憩だ。


「どうやら終わったみたいですね。」


「ええ。危ない所もあったけど、何とかなったみたいで良かったわ。」


 隣に立つレイラが安堵した様にそう言い、私もそれに答える。


「あの、ジナイーダさん、最後に現れたあいつって何者ですか? 」


 恐怖を剥すかのように自らの腕を擦りながら後ろのカリーナが質問を掛けてくるが仕方ないだろう。

アレは私達が何とかできる生物では無い。

ここにいる彼女達のPT4人だけでなく、1ランク上のレイラでさえ怯えの色が見えるのだ。


「アスマ達がこちらに来た経緯は何か聞いてる? 」


 何処まで話そうかと悩み、一応彼女達に確認を取る。


「いえ、どう見ても訳有だったので聞きませんでした。」


 代表して答えたジーナから帰って来た答えが予想通りだったので少しだけ困るが、あの子達が皆を慕っている事と、本人達がそこまで隠すつもりがない事を念頭に置いて話すことを決めた。


「アスマだけどね、故郷でちょっとよろしくない神に見初められたらしいの」


 私がそう言うと其々から『は? 』と間の抜けた空気を感じる。


「これが御伽噺の様な素敵なお話だったら良かったんだけど、アスマはその神に無理矢理攫われて肉体改造を受けたらしいわ」


「そんな!? 」


 最も仲の良いアドリアーナが驚愕の声を上げるが、それを軽く手で制して話を続けた。


「あの子が男の子として育てられていたのは間違いないのだけど、それはアスマが子供を産めない身体だった事に起因していたの」


 嘘は言っていない。


「そう言った一部の部分を自分好みに改造された所を別の神様に助けられたみたいで、その後にヒデオと一緒にこちらへと飛ばされたそうよ」


 昔話に聞くだけの神域に入れた事は羨ましいが、同じ女としてそれ以外は身の毛がよだつ。

私自身が二児の母である事から、子供を産める様になったという事実だけなら喜べるが、あの子の場合は元から有ったものが無くなった訳なので悲劇でしかないだろう。


「もしかして容姿や性格にも手が? 」


 レイラが痛ましい視線をこちらへと向ける。


「いえ、中身や外側なんかは大丈夫だそうよ。助けてくれた神様が色々と手を打ってくれたらしいわ」


 やはり素は残念な美人である事が分かった為か、先程とは別の悲しい視線がアスマに飛ぶ。

それに関しては私も同感なので止めるに止められない。


 実はイヴァンも私も元男説は大して気にしてないどころか、事実だと分かっていても話半分に聞いていたのでもう少し大人しくなってくれても良いと思っている。

イヴァンに至っては何とか普通の仕事に就かないか色々と誘導していたぐらいだ。

まあすべて徒労に終わっている訳だが。


「話を戻すわね。恐らくだけどさっきから何度か現れたのはその神の分体だと思う。出会ったら逃げなさい。戦闘面に強化された個体であれば、私達のPTが最盛期に捨て身を仕掛けてもどうにもならないわ」


 そう冷たく言い放つと、不承不承と言った雰囲気でそれぞれから了承の声が上がる。


「あの3人、実力面が追い付けばゴールドも目指せたかもしれないんですね。そこだけは嫉妬します」


 落ち込んだ空気を吹き飛ばすかのように、カリーナが努めて明るい声を出す。


「そうね、あの化け物を目の前にしても当たり前のように武器を向けられるんだもの。格上の私でも持たないものを持つなんて嫉妬するわ。元気になったら少しだけ虐めちゃおうかしらね」


 レイラがその話に乗って面白そうに笑う。


 実力面では悪くないのだが、恐怖に打ち勝てず踏み込めない事は近接戦闘を主体とする者には多い。

レイラとカリーナもその1人であり、精神面で圧倒的な差を見せつけた3人に嫉妬の気持ちを持つのも仕方ないだろう。

逆に技術面で完勝中なのであくまで軽い嫉妬だが。

それにこの場にいる全員が分かっているのだ。


 人間である以上あの3人はこれから落ち目を迎える為、決して上には行けない事を。

そして時間が有ったとしても才能が無い為にどこかで頭打ちになる事を。


 何かを始めるのに『遅過ぎる』という事は無い。

だが、ある程度の結果を出そうとすると『遅い』という問題は出てくるのだ。


「それを分かっていながら、あんなに楽しそうに訓練を積んで冒険するって正直凄いですよね、あの子達」


 アデリーナが笑いながらそう言うと私も含めて全員で頷く。

実際にしている事は命の安売りであり全く褒められたことでは無い。

アスマに至っては容姿端麗と来ているので、仮に男だったとしても荒くれ者に捕まった時は悲惨な事になるのだ。

それを覚悟の上であんな無茶をするのだから異常でしかない。


 そしてそんな異常な事を出来ると言うのは、こんな業界だと武器にも弱点にもなる。

今の所は良い方に傾いているが、そんな強い心を持っているという事自体が私達からすると尊敬に値するのだ。

まあ拷問や薬物に耐える訓練が無いかまで聞いて来た時は流石にやり過ぎだと止めたが、あの子達は将来何になりたいのか本気で心配になる。


「さーて、そろそろ撤収するわよ」


 魔力による強化無しで見える程こちらへと近付いて来た使い魔達と、運搬中の重い荷物を眺めながら言う。

私の言葉に全員が頷くと、こちらも帰り支度を始めるのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 石造りの殺風景な大部屋に1人の男が立っていた。

彼は物1つ無い冷えた空間とは対照的な明るい顔をしており、正面を見ながら嬉々とした雰囲気で何かを待っている。


「早く、早く来ないかなー」


 金髪の男は今にも小躍りしそうな声音でそう言い、体を揺らして我慢していた。

それからほんの数秒ほどだろうか、彼の少し前の床がクリーム色に強く光り、そこから漏れた眩さが部屋全体を温かな力で満たしていく。


「来た!! 」


 床から溢れ出た光は、意志を持つかの様に固まりながら上へ上へと楕円形を作っていく。

それを何度も繰り返し、まるで繭の様な形を作り男の胸の辺りで止まる。


「長かった・・・・本当に長かったよ・・・・」


 男は繭の外側に手を添えると愛おしそうに撫で、恋人へと囁く様な甘い声音で言う。

楕円はそのまま少しずつ細くなり形を整えて行った。

時間にして数分ほどだろうか、繭は人の形を取ると、マネキンの様に目や鼻と言った顔立ちを作り、腰の辺りが括れ、胸部と臀部がほどほどに膨らむ。

次に頭から腰に掛けて繭が伸びると、そこで動きを止めた。


「よしっ! 成功だ!! 」


 金髪の男の声が部屋に響き、それを合図としたかの様に、人形の光が薄れて行く。

その下に見えたのは透き通る様な美しい肌だった。

白人程では無く、黄色人種の中でも色白と言った部類のものだが、しみや皺1つ無いきめ細やかな肌は見ただけで純粋に綺麗だと言える。

腰までとどく髪は銀色で、痛んだ所は見受けられずさらさらと揺れていた。

眠っているのか、静かに息をしている唇だけが動く。


「コピーが中途半端なせいで2Pカラーみたいになっちゃったけど、これはこれで味が有っていいか」


 金髪の男はそう言うと、何処からか取り出した上質な大きめの布を女性に掛けてやり、肩から下を隠す。


「気が付いた時に、どんな恐怖顔を見せてくるのか想像するだけでイきそうだよ、遊馬ちゃん(・・・・・)


 アザルストはそう言って顔を嗜虐色に染めると、未だ目を瞑って立ち続ける遊馬の鎖骨に軽く噛み付く。

歯の痕を付けた彼は満足そうに頷くと、耳の付け根へと唇を落として離れて行く。


「さーて、今度はどんな服を着せようかなー」


 揚々と部屋の隅に移動し、急に現れたクローゼットへと歩み始めた彼はノブに手を掛けようとした所で振り返り、目にも止まらぬ速度で遊馬へと駆け寄った。


「この泥棒猫!! 」


 彼は不機嫌を隠さぬ表情でそう叫び、遊馬を横抱きにして逃げた相手へと呪詛を吐く。


「お前が言うな!! 」


 言われた女性もお前にだけは言われたくないと言った怒気を孕んだ声で答えた。


「マレフィ、君がどうやって気が付いたかは分からないが、それは俺のものだ。返したまえ」


 アザルストはそう言うと右手を前に軽く振り、目の前に光の槍が数本浮かぶ。


「生憎だけど答える気はないわね。」


 マレフィは汚いゴミを見る様な目で短くそう言うと、腕の中の遊馬を抱え直す。

そして足元に光の輪を出すと、その中へと落下して行った。


それを見送ったアザルストは舌打ちする。


「自分の領域だから完全に油断していたよ・・・・」


 彼は忌々しそうにそう零すと、宙に浮いた光槍を誰もいない空間へと投げつけた。

槍は周囲の空気を軽く震わせながら飛んだが、壁に突き刺さる寸前で消える。


「やってくれたね・・・・」


 追跡を諦めたアザルストは怒気を込めながらも静かにそう呟くと、自分も霧のように消えて行った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 この数か月で何度も経験した身体の重さと何も見えない真っ暗闇が目に映り、軽いパニックを起こした僕は慌てて身体を跳ね起こした。


「生き、てる? ここは、病院だよね? 」


 自分が本当に生きているのか、実は死んでいたとか、あの後アザルストに捕まったのではないかと嫌な想像が膨らむ。

暗い部屋の中で掛けられていた布団を握りしめながら辺りを見回すと、窓から見える明かりで今が夜である事が分かり、部屋の片隅で何かが規則正しい呼吸をしている事に気が付く。


 こんな無防備な格好で警戒も何もないのだが、僕はそちらをそっと窺う。

月が少しだけ出てはいたが、やはり真っ暗闇なので何がいるのかまでは確認できなかった。


『誰か起きてる? 』


 僕が自分の内へそう聞くと、ルルとチチリが嬉しそうに鳴く。


かわいい。


 この子達が落ち着いているという事は敵ではないのかもしれない。

こちらへと出て来てもらおうとしたのだが、今は出来ないそうなのでチチリの夜目だけを借りてもう1度試す事にした。


幽霊とか見た目がグロイのだったらどうしようと内心で不安になる。

布団をしっかりと握りしめて意を決すると、音の正体を確認する為にそちらへと向いた。


 そしてそこには――


 スヤーっと気持ちよさそうに眠る英雄と堅がいた。

2人を見た瞬間に自然と優しい笑みが零れてしまう。


「お前らさ、なんでソファーに座りながらでそんなに幸せそうなのさ」


 呟きながら彼らを見て、胸に湧いた温かい気持ちが心の底からの安堵である事に気が付いた。

それが無性に照れ臭くなり、慌てて視線を窓の外へと向ける。


「どうしてアドリアーナ達みたいな美女の寝顔じゃないのか、ほんっと残念でならないね。ばーか」


 球体と戦った時は新月だったので、あれから数日は眠っていたのだろう。

また英雄に置いて行かれた事がチクリと胸を刺す。

すぐに追いつきたいと願うが、まだ身体が重い事から今は治す事が先決だという事も理解できる。

とりあえずの目標を立てた僕はベッドから降りると、眠る2人の下へと歩く。

動けない程では無いのが有難い。

彼らのずり落ちたタオルケットを掛け直してやると、また自然と笑みが零れた。

空調が効いているとはいえ、何となく気になっていたのだ。

彼らの寝顔を少しだけ眺める。


「こういう時に恋人なら、頬とか額にキスぐらいしてあげるんだろうけどね」


 そう言って苦笑するとベッドの横へと戻り、併設された棚に置いてあったポーチを漁る。

その中からプラフィと前に買った化粧品に、英雄から取り上げた僕の盗撮写真を1枚取り出す。


「あぁ、少しずつこういう事に嫌悪感を抱かなくなって来た自分が嫌だ・・・・」


 コンパクトミラーを見ながら慎重に赤い口紅を塗り、練習の成果もあって何とか塗りきった。

ちなみにまだリップブラシとかは試していない。

先生プラフィは色々と教えたいみたいなのだが、僕が化粧を嫌がるので渋々と諦めている。


 だが、化粧が正装である事からいつかは覚えないといけないのだ。

また僕の心が大きく削られるのかと大きな溜息を吐く。


 取り出した写真に写る、着替え中の自分に殺意が湧いて自然と舌打ちをする。

ルルとチチリが怯えた声を上げるので、慌てて謝り僕は何度も深呼吸をした。


「引かれたらどうしよう? 」


 自分が今からやる事に今更ながら不安になり、固めた決意が揺らぐ。

それから数分ほど迷っていたのだが、覚悟を決めた僕はついに行動に移した。


「要らないって言ったら、笑い話にして皆で燃やそう。そうしよう」


 僕はそう呟くと、写真に軽くキスを落として唇の痕を付けてやる。

自分でも思っていた以上の綺麗な移り方をし、ちょっとドキドキした。

やっぱり拭き取ろうかという思いがむくりと起き上がるのだが、これは悪乗りだと何度も言い聞かせて沈める。


 口紅の入った写真をデスクに置き、メモ帳に迷惑を掛けた事のお詫びと感謝を軽く綴った。

2人がコレに気付かないで行ってくれる事を願いながら僕は溜息を吐く。


「なにこれ、めっちゃ恥ずかしい」


 顔に熱が集まるのを意識しながら天井を向いて呟き、早く忘れようとベッドへ向かうのだがそこで僕は気が付く。

口紅だけとは言え化粧を落としていないのだ。

 改めて化粧に対する面倒臭さを理解し、こんな面倒なお礼を考え着いた自分を呪う。

洗面台で化粧を落とした僕は、先程までとは別の深い溜息を吐き、いそいそとベッドに戻るのだった。



 後日プラフィから、口紅はクレンジングだけじゃなく専用のリムーバーで落としなさいと怒られた事はまた別の話。




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