第二章.40
クルイローの街から暫く飛んだ先で、僕は球体に拘束されたままガチガチとぶつかる歯の音だけを響かしていた。
ルルとチチリの召喚により元々弱っていた所へ、何の対策も無しに空中を移動した事で身体が一気に冷え、体力をどんどんと奪われた事が原因である。
月の光も無い真っ暗な世界の中で、文字通り地に足がついていない事が不安で仕方ない。
運が悪かったのは病院から飛び降りた時に水で濡れていた事で、これが体温の低下を大きく進めてしまい、止めとばかりに拘束した僕の体は正面に向けられたので風の直撃を受けているのだ。
大きな球体に生えた1体が、こちらを見ながら笑っていたので、これもアザルストの趣味なのだろう。
お蔭で僕は全身を震わせ、ただひたすら寒さに耐えていた。
方角や時間等、本来であれば助かる為に少しでも情報を仕入れていたのだが、朦朧とする意識ではそれさえも儘ならない。
途中で何度も意識が落ちそうになったが、中からフロウとプラフィが励ましてくれたので、なんとか頑張れている。
もし1人だったら諦めて、次に目を覚ました時は陵辱中だろう。
仲間って素晴らしい。
それからまた暫くすると、球体達はようやく高度を下ろし、平原のど真ん中で止まった。
改めて辺りを見渡したが、ここが何処かは分からない。
僕を拘束している球体が地面に降り立つと、足元に赤い魔法陣の様なものが描かれる。
(ヴァーフと使った時の『雨』よりも、ずっと高度な魔法だ・・・・)
魔法陣を見ながらぼんやりする頭で考えていると、全く見た事が無い筈なのに、魔法陣の一部が少しだけ読み取れた。
何てことは無い。
それはアザルストの世界で使われる転移魔法が、こちらの様式にアレンジされたものである。
最初に誘拐された時に叩き込まれた知識が今更役に立つのかと自嘲気味な笑みを浮かべて、ようやく僕は今の危険性に行き着いた。
『た、助けて!! これ、もうアブダクト寸前じゃん!? 』
『フロウ、何とかしなさい!! 』
『こっちも手が離せないって!! 』
なけなしの気力を振り絞り、残っている2人に助けを求める。
だが今の彼らは僕の生命維持に全力を注いでいるので、残念ながら対処のしようがない。
色々なものを失いたくない一心で凍りついた脳をフル回転させるが、解決策は浮かばず、ゆっくりと地面に赤い線が引かれていく。
残念ながら僕もフロウもプラフィも、打開策を一向に思いつかない。
普段なら駄目でもほんの少しだけ粘るのだが、終わりが見えていると人間諦めがつくのか、肉体だけでなく僕の心もどんどんと冷えて行く。
『2人とも、今まで本当にありがとう。いざ思い返すと短い間だったけどさ、皆のお蔭で現代にいた頃よりもずっと濃密で楽しい日々を送れたよ。あいつらとお別れぐらい――』
『主様、諦めてはいけません!! 』
超弱気になってしまった僕をプラフィは何とか励まそうとするが、絶望的過ぎる行き先を考えると空元気すら湧かなかった。
短い人生だったよ・・・・
何もかもを諦めた瞳でぼんやりと空を見ると、少し遠くにチチリと自身の周りを優しく照らす緑色の鳥が一緒に飛んでいるのを見つける。
あれはジナイーダさんの使い魔だ。
前に英雄と一緒に訓練で戦ったので間違いない。
何より秒殺された苦い経験がある。
それからすぐ森へ入るようになり、あの子の強さに憧れてチチリを召喚した記憶も今では懐かしい。
周りを気にする余裕が無かったので気が付かなかったが、あの様子だとようやく追いついたのだろうか?
『姉さんしっかりしろって! 助けが来たぞ!! 』
過ぎ去っていく温かな記憶に浸っているとフロウが大声で叫び、ゆっくりとその事を理解し始める。
球体達もこちらの援軍に気が付いたのかチチリ達の方を見上げると、病室で戦った大玉が迎撃に上がった。
僕を拘束している小玉は魔方陣を描き続けている。
恐らく世界間転移の為に工数が多いのだろう。
その作業量に僕が助かるかどうかが掛っているので、是非複雑であって欲しい。
地面から目を離して空を見ると、使い魔君に大きな魔力のうねりが複数見えた。
隣を飛んでいるチチリは慌てて距離を取り、轟音と共に大玉へと1発が放たれる。
属性を込めない魔力の塊は目標に命中すると、巨体を吹き飛ばして距離を作り、動きを鈍らせた。
使い魔君はこちらを一瞥すると、狙いをこっちへと変えて突っ込んでくる。
狙いが本体なのか魔法陣なのかは分からないが、僕は本能のままに叫ぶ。
『障壁ッ! とにかく障壁張って!! 』
『駄目です、魔力が足りません!! 』
プラフィからもたらされる残酷な情報に涙が浮かんだ。
『た、対ショック姿勢!! 』
『姉さんがやるんだって!! 』
半ばパニックを起こしながら喚くと、フロウから怒られた。
そんなやり取りをしていると、使い魔君から魔法が数発放たれ、一切の慈悲なくこちらへと降り注いだ。
「わぁぁぁぁぁっ!? 」
『フロウ! 』
『わかってる! 』
家族たちが何か言っていたが、衝撃で煽られている僕にそれを理解するだけの余裕は無い。
光弾は球体と足元の魔法陣に降り注ぎ、相手の狙いを完膚なきまでに破壊する。
衝撃に耐えきれなかったのだろう。
直撃を受けた球体は後方へと吹き飛びながら、拘束している僕を落とした。
「ぐっぅ! 」
勢いを付けて転がった事で少しだけ地面に摩り下ろされたが、何とか無事を確認する。
自転車で駆けずり回った頃に、何度もキスしたコンクリートに比べれば青々とした草原なんて軽いものだ。
むしろ長い髪を捲き込んだ事の方が痛い。
仰向けに転がりながら空を見ていると、使い魔君が上空で心配そうにこちらを見ていた。
口だけを動かし『ありがとう』と言いながら軽く笑ってやると、彼は嬉しそうにロールして仕事に戻る。すごく格好いい。
口の中に広がるシャリシャリした食感と血の味に辟易していると、チチリが飛んできて僕の顔に身体を擦り付ける。
「あはは、助かったよチチリ。良く連れて来てくれたね。」
本音を言うと撫でてあげたいのだが、命の危機から脱した身体は、自身が異常に冷えている事を思い出して動かなくなっていた。
喋るだけでも辛い。
チチリはそんな姿を見兼ねたのか寂しそうな表情を浮かべ、優しく一鳴きすると僕の中へ戻る。
身体にじわじわと魔力が浸透して行く感触を感じ、深呼吸を数回すると、次は地面に手をついてゆっくりと体を起こした。
体の冷えは徐々に治まっているのだろうが、まだまだこの場にいるのは危険すぎる状態であり、この動作1つで体が重くなる。
(くそっ、依頼中にエネルギー切れを起こしたレ○ヴンってこんな気持ちなんだろうな。)
棺桶に片足を入れた状態からなかなか抜け出せない事に苛立ち、何とか四つ這いの姿勢にまでなると、辺りが花火の様に明るくなる。
何事かと思って空を見上げると、そこでは使い魔君と2つの球体が空戦を繰り広げていた。
あの子は偵察などが専門の筈だが、上手く誘導する事で僕へと狙いが向かないように立ち回ってくれている。
無事に帰ったら、思いっきり撫で回してあげよう。
使っている魔法も、遠くから見える様に炎や雷と言った強い光を放つもので、こちらに向かっているであろうジナイーダさん達に場所を伝えているのだと思う。
僕は四つ這いのまま体を動かし、チチリの指示する方向へと向かった。
大した距離を稼げるわけではないが、魔法1つ撃てない今の状態では、これぐらいしか出来る事が無いのだ。
魔法で明るくなる度に平原を睨みつけて英雄と堅を探すが、その姿は一向に現れない。
(役立たず共め、頼むから早く助けに来い。)
心の中で悪態を吐いて苦笑する。
でも結局の所、僕はあいつらを信じているのだ。
そうでなければ、こんな絶望的な状況での移動なんて出来ない。
必死に手足を動かして距離を取り、穴が開くほど前を見続けるが、なかなか迎えが来ないのでもういっそ自分で戦おうかと悩みだす。
家族たちから全力で反対の声が上がるので渋々諦めるが、なかなか状況が動かないのがもどかしいのだ。
そんなじりじりとした感情を抱いていると、前方の空から待ちに待った声が降りかかる。
「やっと見つけたぞ、この、ゼ○ダ姫!! 」
「散々心配させやがって・・・・ルル、罰として甘噛みしてやれ! 」
「ウォン! 」
涙を堪えながら上を見ると、赤色の大きな鳥がこちらへと降り立つところで、その背中にうちのメンバーが乗っていた。
しっかりと防寒具などを着こんでいて羨ましい。
それと堅、ピ○チ姫にしなかった事は評価してやろう。
英雄のルルに対する指示も悪くない。いやむしろ良い。
地面に降りた彼らはすぐに僕の下へ駆け寄り、英雄が僕の体を支えながら座らせ、毛布と一緒に暖房等で使われる軽い炎魔法を掛けてくれる。
温かい。
ルルはそれを見ると甘噛みせずに僕の中へと戻り、大分体を楽にしてくれた。
これでもう少し体温が戻れば、戦闘に参加できそうだ。
「遅いよ。」
「英雄の選んだ道が混んでてな。」
僕がムッとしながら文句を言うと、堅は苦笑しながら水筒を渡してくれる。
中に入っていたのはすぐに飲める温度のホットココアで、今は泣く程嬉しい。
「どうしたんだよ、今日のお前らは今までにないほど格好良いぞ? 」
「お前が泣くほど弱ってるだけだっての。それと、俺は普段から格好良いぞ。」
目元を袖で拭いながら絞り出すと、英雄が軽く微笑んで答える。
「泣いてないし。」
「わかったから、ほら、これ使え。」
妙に気恥ずかしくて強がると、堅がお湯で濡らしたタオルを渡してくれる。
こら、撫でるな。
「他に応援は? 」
僕が2人に聞くと、彼らは非常に微妙な表情で僕を見る。
聞きたく無くなってきたが、そうも行かないので親友達が口を開くのを待つ。
「遊馬、良く聞いてくれ。実はな、ジナイーダさんが遠くから見てるんだが、今回の戦闘を試験の一環とするらしい。」
「も、もし落ちたら? 」
真剣な表情で語る英雄に、僕は頬を引き攣らせながら聞く。
「許可が出るまで、別の街への旅は禁止だそうだ。今回の件を『王国の人間が帝国の大精霊持ちを襲った。』という筋書きにするかららしい。」
「ギルドだけじゃなく、国の人間にも自衛が出来る事を証明しないといけないんだとさ。」
面倒そうな顔をしながら英雄が語り、堅が肩を竦めて理由を言う。
「どっちにしろ監視は付くけど、実力の証明さえ出来れば、行動の制限は少ないって事? 」
僕が言うと彼らは頷く。
それを見て溜息を吐くと、空にいる元凶どもを睨みつける。
「今の所、戦いを見ているのはジナイーダさんだけだから、血とか使うなら早くしろってさ。」
「使い過ぎて疑われるのは拙いけど、兎に角重要なのは自分達で殺れって事か・・・・」
「あ、言い忘れてた。空に上がった時はジナイーダさんが叩き落すらしいから、そこは気にしなくて良いぞ。」
英雄の言葉に僕が呟き、それを聞いた堅は非常にありがたい情報を教えてくれた。
体調が少しだけよろしくないが、時間との勝負となれば動かない訳にもいかない。
「さて、行きますか。2人とも、エスコート宜しくね。」
「英雄、足を踏まれない様にな。」
「その時は、個人レッスンに付き合わせるさ。」
毛布と水筒を自分のポーチに仕舞って武器を出す。
英雄と堅も防寒着を直していつでも戦える状態になった。
3人で頷き合うと、英雄が代表して指笛を吹く。
最初から取り決めがしてあったのだろう、それを合図に使い魔君が高度を上げ、球体の片方に上から魔法を叩きつけて地面へ落とす。
最初の獲物は小玉の様だ。
相変らず青白く脈打つ肌が気持ち悪い。
今まであれに拘束されていた事を改めて思いだし、背筋を寒いものが駆け抜ける。
「ホラーは大っ嫌いなんでね。さっさと終わらせてもらうよ! 」
僕の言葉を皮切りに、英雄と堅が楽しそうに飛び出した。
見てやがれアザルスト、人間のしぶとさを魅せてやる。




