第二章.39
草木も眠る丑三つ時、体が冷え過ぎたのか、ふと目を覚ました僕は体を起こす。
病室の窓から見える空は新月なのか月が見えない代わりに満天の星空であり、そのまま首を動かして辺りを見回すとソファーと椅子に眠っている親友達が見える。
彼らを見て安心した僕は無意識に微笑み、それと同時に自分の目が冴えてしまった事に気が付く。
「恨むぞお前ら。」
完全に八つ当たりなのだが、苦笑しながらそう独り言をこぼし、ベッドから降りて顔を洗いに向かう。
鏡に映る自分は少しだけ血色が良くなっていたので復活までそんなに時間は掛らない筈だ。早ければ今日には退院できるだろう。
ベッドに戻る途中で何をしようかと首をひねるが、特に何も思いつかないので椅子を持って窓辺へと向かい、雲1つない星空を楽しむ。
星座とかに詳しくはないが、純粋に綺麗なものは綺麗なので問題は無い。
プラフィ達と話そうかとも思ったのだが、皆は僕の回復に全力を注いでいるので話し相手にするのは気が引ける。
夜空を楽しみだして3分ほどだろうか、中にいるルルとチチリから緊急警告が掛けられた。
意識を切り替え、椅子を倒しながら後ろへ飛び、着地したベッドでさらに後転を決めて距離を取る。
それに続いて夜空から青白い球体が窓へと突っ込んで来た。
『アクアウォール!!』
咄嗟に左手を前に向け、大きな水の壁を作る事で、轟音と共にこちらへと飛び散るガラス片や石などを防ぐ。
「何だ!?」
「遊馬! 英雄! 無事か!?」
「僕は大丈夫! それよりも準備しろ、お客さんだ!!」
寝ていた2人もこの異常事態で目を覚まし、意識を戦闘態勢へ切り替えて騒ぎの原因を睨みつけた。
異常を感知した病院内のアラームがけたたましく鳴り響き、点灯した非常用の魔力灯が相手の姿を浮かび上がらせる。
そこには人間の上半身を何体も生やした青白い肉の球体がおり、人部分は僕らを眺め、人肌の質感を持つ球体部分はドクドクと脈打っていた。
足は無く、空中に浮いている。
はっきり言ってキモイ。
魔力灯の色でオレンジ色に演出されている事が、気味悪さを引き立てる。
「遊馬、いつの間に・・・・七○雄と知り合いになったんだ?」
「いや、7人なんて生易しくないだろアレ。というかあの生えてる連中の顔って工作員の奴等じゃねえか?」
遂にエンカウントしたホラー系の敵を相手にして、英雄と堅が露骨に嫌悪感を表す。
軽口を叩き状況を確認していくのだが、兎に角場所が悪い。
ここでは他の人にも被害が出るし、室内では英雄が武器を振るえない上に、一番重要である数の利を生かせない。
「誘拐されてからまだ1日だろうが!? 早すぎるっての!!」
「運命の女神め!!」
英雄が怒鳴り、僕が悪態を吐くと、人球がゆっくり動き出す。
上半身の連中が、一斉に首と目を動かして僕を見る。
それだけでも気持ち悪いのに、この冒涜的な塊は其々が歓喜に狂った表情を浮かべて笑い出した。
あまりの気味悪さに血の気が引き、全身がゾワリと震えて鳥肌が立つ。
間違いなく今の顔色は真っ青だろう。
涙目になりながら後ろへゆっくり下がると、それに合わせて英雄と堅が壁になる。
「落ち着け、挑発しているだけだ。」
「あの糞野郎の事だ、お前がそんな反応を見せると思ってやらせているのさ。」
2人が『相手に呑まれるな』と僕を落ち着かせ、相手から目を逸らさない様にして深呼吸をした。
僕の場合、あの気持ち悪い塊に近接戦を仕掛ける訳じゃないのだ。
そう考えるだけで気持ちが幾分か楽になり体の硬直が解ける。
「よし、場所を変えるぞ!」
英雄はこちらが動けるようになった事を確認するとそう叫び、後方にあるドアの方へ動こうとするのだが、敵はそこまで許してはくれない。
『『『『――――――――!!』』』』
其々の口が一斉に耳をつんざく様な悲鳴を上げ、それを近距離で聞いた僕らは動きが止まる。
胴体部分と思われる場所から生える上半身たちはそれでも叫び続け、次々に泣き出し、下半身であろう球体の部分が血を吹き出して割れた。
「なっ!?」
「気を付けろ!!」
肉の千切れる音と血の飛び散る音が部屋中に木霊して、血の臭いでむせ返る
壁が無くなったおかげで通気は最高だが、嫌悪感が更に膨れ上がるばかりだ。
あまりの状況に、耳を塞いでいた僕らは言葉を失い、最初に危険を感じ取った堅が警告を上げた。
化け物は体を縦に裂くと、無事な部分で裂いた部分を補う様に覆い、先程よりは小さいがまた球状になる。
ここまでされれば何をしたのか理解できた。
こいつら、分裂しやがったのだ。
「英雄、来るぞ!!」
「遊馬、逃げ――くっ!」
化け物の1体が体を丸めて英雄達に体当たりを仕掛け、そのまま折り畳んだ体を開く事でこちらを分断する。
間髪入れずに残りの一体が天井を削って僕へ迫る。
「こっち来んなっての!!」
そう叫んで後ろへ下がり、魔法で迎撃しようとするが、先に勢いの付いた相手の方が早い。
人部分が球体に抱き付くと共にこちらへと突進した。
「がっ!?」
自分よりも大きな物体が仕掛けてきた体当たりが直撃し、体をくの字に折り曲げて後方へ転がり、背中から壁に当たると俯せで倒れる。
昨日から流動食ばかりだったので吐きはしなかったが、全身の痛みで立ち上がれない。
フロウ達のサポートが無ければ気を失っていただろう。
「チッ! どけえええええええ!!」
何とか状況を捉えようとすると、堅の叫び声が聞こえ、何かを殴った鈍い音が数発響く。
首を動かしてそちらを見ると、あちらの球体は上半身の1つが項垂れており、残りは英雄が片手剣で牽制していた。
その間に堅はこちらへと向かっている。
足を引っ張り申し訳なく思っていると、僕の頭に影が差す。
慌てて左へと転がると、今まで倒れていた所で破砕音が響く。
痛む体に鞭を打って上体を起こし、音の発生場所を見ると球体Bがとてもいい笑顔を浮かべながら地面を殴りつけていた。
貫通している所を見る限り当たれば一溜りも無いが、殴り飛ばしたくなるあの顔とゆっくりとした動作を見れば、球体が僕を嬲ろうとしている事は理解できる。
まったく、いい度胸だ。
僕達はお前らの様な外道では無いので確実に殺してやろう。
「遊馬、立てるか?」
心の中にドロドロとした真っ黒いものを抱きながら相手を睨んでいると、堅が僕の左腕を掴んで立たせてくれ、それと同時に自分に回復魔法を使う。
「ありがとう。ちょっとマズイね、早いとこ場所を変えよう。」
「ああ、ここは英雄に任せて俺達は逃げるってのはどうだ?」
お礼を言いながら地形的に圧倒的不利を悟った僕が堅に言うと、彼は何の迷いも無く言い切る。
確かに今の所球体Aをしっかりと押さえているし、護衛対象と武器を大振りして巻込む相手がいなくなればもう少し行けそうだ。
「あいつはいい奴だったよ。行こうか。」
「ああ。主人公交代だな。」
チラリと英雄を見た後に僕がそう言うと、堅は躊躇い無く頷いた。
「行っても良いから、せめて片方は一緒に連れて行け!!」
そのやり取りを聞いていた英雄は問題無いと答えるが、軽口の方までは反応できないらしい。
これは早く何とかしないと不味そうだ。
後ろのドアに向かい走り出そうとするが、次の瞬間部屋の空気が一気に冷え、巨大な氷が出入口を塞いだ。
犯人である球体Bに生える人間の一体が、歯を剥き出しにして笑っていた。
「ふざけんな!!」
「もういい! ここでぶっ殺すぞ!!」
「落ち着けお前ら!!」
余裕の笑みを浮かべられた事に堅が怒り、だんだん腹の立ってきた僕が叫ぶと、球体Aに片手斧を突き刺した英雄が宥める。
僕と堅はお互いに視線を交わすと頷き合い、次の目的を決めた。
『サンダーアロー!!』
左手を前に向け、雷の矢を4発生み出すと一切の迷いなく全弾を叩き込む。
本音を言えば初級のアローではなく、中級のウェーブをぶち込みたかったのだが、魔力残量で諦めた。
刺さった雷が肉を焦がし、球体Bの全身が軽く痙攣した事を確認すると、僕らは部屋の反対へと駆け出す。
僕らの考えを理解していた英雄も、持っていた武器を投擲する事で胴体部分にダメージを与え、怯んだ所で距離を作った。
3人で壁に空いた大穴の前まで行くと、そこには病院の3Fから見える素敵な夜景が広がり、下には避難した人たちや状況を把握に来たギルド関係者たちが来ている。
さすが本職、対応早い。
「英雄、行けるんだよな!? 信じて良いんだな!?」
「遊馬、ミスったら2人で化けて出るからな!!」
「任せろ!! 僕を信じるんだ!!」
頬の引き攣る玉無し共に僕も引き攣った笑みで答えると、後ろの動き出す気配を感じて一気に行動を始める。
高さ15mほどだろうか? 死ぬほど怖いがやるしかない。
『アクアーウォール!!』
一歩踏み出した場所に先程と同じ水の壁を縦では無く横に作り、それを4mほどの間隔で下に3枚作り、計4枚の簡易マットが完成する。
さすがにガス欠寸前だが、今動かなくては死よりも恐ろしい新婚陵辱生活が待っているのだ、躊躇いこそあれど中止は無い。
5mが着地安全限界で、10mが着水安全限界だったはずなので魔力強化をしている今の僕らなら行ける筈だ。
「最後の地面は水じゃないから気を付けろよ! じゃあ、先に行ってるぜ!!」
「心のリミッター解除で行くしかないな。」
「堅、魔力強化があるから大丈夫だ。自分を信じようぜ。」
皆で諦めた笑いを浮かべると、僕らは軽くジャンプして勇気ある一歩を踏み出した。
少しの浮遊感を感じた直後、水に飛び込んだ感覚が全身を襲う。
次の瞬間、足元が一気に抜けて落下し、覚悟を決めた辺りでまた着水。
それを数回繰り返して、最後は堅い地面に何とか着地した。
両足へ上ってくるジーンとした痛みで泣きそうになるが、他の人が見ているので頑張って耐える。
お供の2人も問題は無いらしく無事だった事に安堵の息を吐くと上を見た。
穴の開いた壁から白い球体が1体出て来てこちらを見ている。
大きさは最初に会った時と同じぐらいなので、また合体したのだろう。
あの高さから落ちてよく無事だったなと、今更ながらお腹の下の方がひゅんとなる。
「堅、遊馬、一旦逃げるぞ。」
「異議なし。」
「場所は?」
英雄の提案に文句がない事を伝えると、堅が聞く。
ここから街の外へはそんなに離れていないが、移動中に襲われて街に被害が出る事が怖い。
「最寄で迷惑かけて良いのなんてギルドしかないだろ。あそが一番近い上に、訓練場があるから場所もあるし、上手く行けば戦力も確保できて、工作員絡みだから後始末も楽だ。」
何で狙われたのかと聞かれてもヴァーフを狙ったと言えば問題無いので、悪い判断では無いだろう。
堅と2人で頷くと、走り打倒した瞬間、僕の体が横から一気に掬われた。
「え?」
身体を浮遊感が襲い、肩・胸・足に回された何かで体を支えられている。
「くそっ!!」
「遊馬!!」
一瞬何が起こったのか分からなかったが、2人の驚愕が下から聞こえ、横から聞こえるドクリと脈打つ音と、視界に入る青白い塊で、自分に何が起こったのかを完全に理解した。
3体の人間が生えた、先程までよりさらに小さい球体Cが僕を完全に拘束したのだ。
『フレイムスロワー!!』
自分が火傷を負う事に構わず、最も火力の高い魔法を叩き込むが、球体Cはそれに耐えながら空へと上がって行く。
間違いなく気を失うが、ヴァーフを使って一気に突破しようとも考えたが、拘束する上半身の一体から聞きたくない声が響いて動きを止める。
『久しぶりだね、遊馬ちゃん。これはもしも君がこいつらに捕獲された時に抵抗を止めず、人質になりそうな者が周りにいた時に流れる設定にしてある。どういう状況か分からないから単刀直入に言うよ。抵抗を止めないと周りの人に無差別攻撃を仕掛けるけど、どうしたい? 優しい君の判断と僕を楽しませる機転を期待してる。ではまたね。』
全身に冷水を掛けられた時の気持ちはこんな感じなのだろう。
それと同時に心の底から怒りが湧き、思いっきり歯を噛み締める。
『プラフィ、ルルとチチリは出られる?』
『可能ですが、そうすると主様の体調がまた悪化しますが構いませんか?』
『構わない。ルル、チチリ、僕はこのまま誘拐されるから、場所の特定をよろしく。』
『ヲン!』
『ホーホゥ!』
頼もしい家族達としっかり反撃の準備を整える。
アザルストの事だから、先程の言葉通り少しぐらい楽しませる分には問題無いだろう。
一番ムカつくのは捕まっても逃げてもあいつを喜ばせるという事実だが、神相手に立ち回ろうと言うのだ、これでも貰い過ぎだと考えを改めなければ。
僕を拘束する球体Cが先ほどの病室まで上がると僕の体が室内を向いた所でルルとチチリに出て来てもらう。
ルルは問題無く部屋に飛び込み、チチリには一度英雄達の下へと向かってもらった。
球体達はそれを見続けていたが、特に手を出さず移動を開始する。
既に行動を開始したのか、英雄と堅は下にいない。
その事に少しだけ心細さを感じるが、あいつらならやってくれると信じてもいる。
見てやがれ糞野郎、僕らがそう簡単に負けると思うなよ?




