第一章.7
僕は鏡の前で静かに涙を流しながら自分の裸を見ていた。
まず全体が女性特有の丸みを帯びた形になっている。うんそれは別に良い。
次だ、髪の毛はサラサラで腰より少し高いところまで伸びた黒のストレートだ。
あのまま髪を伸ばせばこうなるだろうからこれも気にしていない。
先に進もう、鏡で見て、顔を下に向けると胸がある。
大きさはB?C?男がそんなもの分かるかよ。
体形にバランス良く合ったサイズと形だ。
僕の胸に対する趣向はバランスと形が良ければサイズは気にしない派だが、だからと言って自分がなるとは思わないっての。
とりあえず腰回りも含めて全体が自分の理想形になっているからこれも別にいいや。
次、下半身。
男は付いて無い。
太腿は肉付き良くなった。
これも気にしない。
というかそもそも自分の趣向以外で善し悪しが分からない。
最後だ・・・・顔と声。
ああ、友人たちがいつも言ってたさ。僕が性転換しても顔と声はそのままでいいってな。でもさ、それが僕にとってのコンプレックスだったんだよ。
なのにね?実際こんな超常現象で性転換したのに、なんで変わってないんだ? 確かに女顔だったし、声も高かったよ。
社会人になってからは、お客さんの女の子たちに、可愛い系のお姉さんと言われていたのも知っていたさ。
これだけが本気で気に食わない。作り変えを要求しよう。
「おーい、ダンベルとお前の服持ってきたぞー」
どうやら英雄が荷物を持って来た様だ。
一旦落ち着こう、怒りに我を忘れて足音にすら気がつかないなんてどうかしてる。
「ああ、ありがとう今開けるよ。」
その言葉に僕はドアノブに手を掛けて開いてやる。
「うお!?なんで服着てねえんだよ!!」
驚いた英雄が視線を逸らせる。
「お前しかいないから大丈夫だろ? それにこの筋力検査が終わったらお風呂に入るんだから一々着直さなくても良いって。ねえ英雄、これが最後になるんだし一緒に入らない?」
自分で言いながら僕は胸が苦しくなった。もう体は女の子になっている。
顔と声がそのままだから、服装次第ではバレないだろうけど、念を押して知り合いには会わない事にした。
こいつは事情を全部知っているので結局最後まで頼りっぱなしだったな。
こんな時ぐらい役得があってもいいだろう。
「俺は男だぞ?さっきの事も忘れたのか?」
英雄が疲れた様に溜息を吐き、僕は先ほどの事を思い出す。
目が覚めた後、英雄に話を聞くととりあえず女になった事だけは自分で触って確認している。
で、僕が着ていた忌々しいウエディングドレスだが、なんと脱ぐ事が出来なかった。
方法が分からないとかじゃなく、僕の身体に呪いの様なものが掛けられているらしく、脱ごうとすると体から力が抜けてしまうのだ。
微塵も未練が無いので破り捨てる事にしたのだが、こちらも力が出なくて千切れなかった。
そこで僕は英雄に破いてもらう事にしたのだ。
効果は抜群で、あの呪いの服が裂けた時の感動は忘れない。
だが次の問題が出てきた純白の下着である。
勿論自分では脱げなく、英雄に頼んで外してもらったのだが、ブラはともかくショーツは死ぬほど恥ずかしかった。
色恋じゃないよ? 怪我とかしているなら兎も角、まともな大人同士でパンツを脱がせてもらうって純粋に辛かったよ。
筋力云々の話はこの時に2人で話した。
で、英雄も健全な男である以上、ウエディングドレスをその手でびりびりして、下着を脱がせるなんてしたから反応してしまったようで、バツが悪そうに謝って来たのだが、それぐらいの理解はある。
と言うかさっきまで男だったのだから気にしていない。
お互いの為という事で僕は彼を部屋に行くように勧め、方法は問わないから落ち着かせろと言って彼のTシャツを借り、脱衣所に来たのである。
そして一糸纏わぬ姿の僕は、脱衣所の鏡で自分を見ながら泣いていたのであった。
「あれぐらい誰でも普通だろう。同じことをしたら僕もそうなる自信があるって。」
英雄は今の僕に距離感が上手く掴めていないらしいが、考え過ぎだよ。
「お前が良いって言うなら本気で入るぞ?」
少しだけ踏み込んで来てくれたのか、おどけた様に言うのを聞いて僕も機嫌よく答える。
「だから構わないって。さっきも言ったけど最後だからさ、一緒に入ろうよ。散々お世話になったからね、お望みならシャツを着てスケスケ状態になってあげるよ?」
笑いながら答える。
二度と会えない家族の事を、友人の事を思い、不安を出さない様に。こんなバカな事でいいから最後に近しい人を笑わせたかった・・・・こんな下らない内容でいいからせめて1人だけでも僕の事を、真実を知っておいてほしかった。
「・・・・いいな、それ。」
そんな僕の気持ちは置いておいて、どうやら英雄は乗ってくるようだ。
まあ、風呂なんて何度も一緒に入ったんだから今更気にする様なものでもないけどね。
その後僕たちはダンベルを使い、結果に愕然として不貞腐れながら、お風呂に入ることにした。
「お前もう少し危機感持ったらどうだ? もう男同士じゃないし、俺がその気になったら1発アウトだぞ? 信頼してくれるのは嬉しいが、その無防備さは見てて怖い。」
まあ正直な話を言うと恥ずかしさなんて、ほんの少しである。
エロ本やAVなんかに慣れれば自分の身体が女になった事に驚きはしても、恥ずかしがることは無い。それは2人とも同じだった。
英雄の言葉を背に受けながら僕は答える。
「その時は僕の見る目が無かっただけさ。よし、流そう。」
僕たちはタオルで隠すと言った事も無く背中を洗い合い、湯船に入る段階で英雄から自前の白いワイシャツを手渡される。
「っく、本来ならこれは僕がするのではなく、されたかったものなのに・・・・」
僕はニヤニヤと笑うこいつをじっとりと睨み、同時に手渡されたタオルで体を拭く。
これは英雄から、『最初から透けていてはダメだ。水気で体が引っ掛かり服をうまく着れないのも良いが、今回は俺が水を掛けたい。』という要望を聞いたからである。
逆の立場なら良く分かったのでやってあげる事にしたのだが、大好評でした。
『俺のシャツを着させるという独占欲と、サイズが合わずダボダボになりながら上目づかいをされる背徳感が最高だぜ!!』とガッツポーズをしたあいつを、僕は責める事が出来ないのは男の性だろう。
「さて、我が家の浴槽は俺が足を伸ばせるほど広い。」
「うん、知ってる。滑るタイプの入浴剤の所為で沈んだ事があるからね。」
僕はあの忌々しい事件を思い出す。
座った後に伸びをしたら、お尻が滑りそのまま沈んでしまったのだ。すぐに縁を掴んで頭を出したが、凄く悲しくなった。
こいつも同じ事をしたらしいが、先に足が壁について沈むことは無かったそうだ。
「どう入る?」
「どうって?」
僕が入り方なんて何があるかと首を傾げるのを見て英雄はヤレヤレと首を振る。
「お互いに向かい合うか、俺の上に乗るかだよ。」
その時僕には電流が走った。この野郎なんて羨ましい。
「どっちがいい?」
僕は聞くまでもないのだが、確認をしてやる。
「上に乗ってください。」
今度は僕がヤレヤレと首を振って答えた。
「地肌はさすがに無理。このままワイシャツを着ている事と、そっちが腰にタオルを巻くことが条件。」
「わかった。」
即答されるとは思わなかったよ。
一緒に湯船に浸かりながら色々な事を話す。
これまでの事を話し、これからの事を話す段階になり、僕は耐え切れず涙を流した。
「ごめ、ん、もう、ぁえなくっな、思っ、ら」
とめどなく溢れ出したものを何度も手で擦る。
手で覆った口から嗚咽が漏れた。
「怖いか?」
その言葉に僕は何度も頷く。
後ろから抱きしめてきた英雄の体温を感じて、失うものの大きさを改めて理解されられた僕は顔を覆う。
言葉が出ないよ。
これから先、知らない土地で、知らない人達と、全然違う常識を相手に1人で立ち向かわないといけないんだよ? それも女としてだ。怖いに決まってるじゃないか!!
もう、お前とこうやってバカなやり取りもできないと思ったら、辛くない訳ないじゃないか。こんな方法でも、誰かに優しくして欲しくなるぐらいは不安なんだよ。
僕は掠れる声で少しずつゆっくりと心の中を吐露する。
「あー、ったく、実は風呂上りにお前に相談することがあってな、その話を聞いたら、たぶん今のお前は無条件で頷くと思う。青臭いこと言うのは分かってるんだけどさ、お前がそんだけ本心で話してくれた以上、俺も正直に話したい事があるんだ。」
英雄は優しく囁くと腕の力を抜いた。
「俺もお前に聞いて欲しい事があるんだよ。だから一度風呂から上がろうぜ。泣き言ならベッドでもどこでも聞いてやるかさ。」
そう言われた僕は涙声で言う。
「わかった、上がろう。それと布団は別に用意してくれ。流石にそこまで行くとお前は間違いなく僕を襲いそうだ。」
僕は少し前からシャツとタオル越しにお尻へ当たる固い物の感触に気がつき涙を止めていた。
「チッ」
今舌打ちしただろ!? この距離で聞こえないとでも思ってんのか!!
しかしこいつ、この状況で当たり前の様に性欲重視って・・・・間違いない。
長い付き合いだ、この状況でお前がシリアスにならないはずがない。
何か僕に隠してるな?しかも結構重大そうなやつ。
その辺も含めて聞き出してやる。
こいつはこんな状態だ。
落ち着かせる必要があると、気を利かせて先に僕だけ風呂から上がり、英雄に僕の自宅から持ってきてもらった寝間着を着たのだが、運動着なので胸が少しきついぐらいでサイズに問題は無かった。
季節は秋だが、まだ暖かいので風通しのいいメッシュの半袖と短パンを持ってきてもらった。髪はロングだが、括れば少しスポーティーな女の子の出来上がりだ。
鏡を見た時に走る、砕きたい気持ちを必死で抑えながら居間で英雄を待つ。
10分ぐらいしたら出てきたのでこいつの相談を聞くことにした。
「・・・・なあ、動き易いし、過ごし易いのは俺も良く分かるけどさ、今はブラ付けないとさすがにアウトだろ。」
「持って無いのにどうしろって言うんだよ。」
僕は胸を腕で隠しながら溜息を吐く。
「そりゃそうなんだけどさ、俺の自制心がね? 先に謝っとく、踏み越えたらごめんな。
んで、相談なんだが、マレフィさんにお願いしたら、お前さえ良ければ俺も一緒に異世界に行って良いって言われたんだ。」
僕はその言葉に固まる。
こいつは何を考えてるんだ? 向こうに行くって事は体が完全に作り変えられるって事だぞ? お前も女になりたいのか?
猜疑の視線を向けると、慌てて弁明される。
「まだ契約は詰めてないから、行くかどうかであって性転換するつもりはねえよ!!
ヒロイン枠はお前一人で十分だろうが!!」
「うるさい、誰が好き好んでヒロイン枠を選ぶか!! 僕だって選べるのなら主人公が良いに決まってるだろ!! このまま姫騎士とか女戦士みたいなバッドエンドしか見えないなんて絶対に嫌だよ!!」
そのまま僕達は10分ほど口論を続けた。
内容は、盗賊とか触手モンスターとか奴隷EDなどについてだ。
2人で息を切らせた所で英雄が本題に入ろうと言ったので僕も頷く。
何を話したかったんだろうね僕達。
「俺が異世界に行きたい理由だよ。お前の不幸に便乗する事になるから、それを謝りたいとか俺の心構えだとか、色々な。」
真面目な顔をして僕を見る。決心した男の顔を見て僕は困惑気味に言った。
「その心構えってさ、前に言ってた常に成長し続けたいって事とか、2人でディグアウタ○みたいな冒険したいとかそういう気持ちで行きたいって事だよね?
それなら全然構わないよ? むしろ『僕が行くから』とか『アニメみたいな展開を期待して』ってだけの理由なら、いくらお前でも絶対に連れて行かないよ。どんな危険があるか分からないからね。」
目を瞬かせる英雄を他所に僕は続ける。
「詳しく聞いてないからどんな世界かはわからないけど、考えても見てよ。目的が『友人の為』に行った奴なんて、もし僕が死んだらその後はどうするのさ? 他にも色々な状況が考えられるけど、知り合いが向こうで『やっぱり願いが叶わなかった』なんて悲観に暮れたり自棄になるのなんて絶対見たくないからね。 英雄みたいに漠然とでいいから何個も目的があって、周りも巻き込みながら、何が何でも生きて行いこうって人間じゃないと危なくて連れて行けないよ。」
そう言って僕は笑う。1人が不安だからと言って僕の我儘で他人を、それどころか親友を巻き込むつもりなんて毛頭ないし、贔屓目で見てるのは間違いないけど、こいつは自分の事をしっかりと考えられる奴だ。本人にどんな理由が有ろうと別に構いやしない。
英雄は笑いながら言った。
「そう言ってくれるなら迷いなく付いて行けそうだな。ありがとうな、チャンスをくれて。」
「後悔しても遅いからね?僕も僕でやりたい事がしっかりとあるんだから、可能な時は全力で巻き込ませてもらうよ。」
親友が一緒に来てくれる心強さに僕は笑顔で答えた。