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第二章.35

「すげぇな。」


「魔法に慣れだしたお前らでもそう思うのか。」


「こんな大規模なのは僕らも見た事無いよ。」


クルイローの街から馬で4時間ほどの平原に架設された臨時の拠点を見て、僕らは思わず声が出る。

そこにはここ数日で魔術師ギルドと商業ギルドの者達が魔法で作った、小さな村が出来上がっていたのだ。

商業ギルドは不動産なども手掛けているので建築や土木の専門家も多い。

そこに魔術師ギルドの人手が加われば、この速さでの建設も可能なのだろう。

それを見越して数日前から拠点入りしていたのか、大分ラフな格好をした傭兵たちもいる。

しっかり娼館もあるのでそっちで困る事はなさそうだ。


「ここだけで補給が済ませられるのは有難いな。」


並ぶ店舗を見て純粋に喜ぶ英雄の言葉に僕らも頷き、冒険者用の拠点に向かう。

そこにイヴァンさん達が先に入っているからだ。

目的の建物に入ると顔馴染みが多くいたので少し安心する。

彼らからイヴァンさん達の場所を聞くと、奥にいる事と、今なら空いている事を教えてもらったのでお礼を言ってそこへ向かった。


「お、来たか。空気に呑まれた感じは無いな。本音を言うと少しだけ心配してたんだが、問題なさそうだな。」


「貴方達さえ良ければいつでも説明を始めるわよ?」


こちらを見つけたイヴァンさんが僕らの顔色を確認し、大丈夫そうな事が分かると、ジナイーダさんが笑いながら言う。


「ええ、お願いします。」


英雄が代表して頷くと、彼らと一緒に別の部屋へ向かう。

2人の話だと防音部屋らしい。

さすがに魔術による盗聴を防ぐレベルになると建築にも時間が掛るらしく、ここでは各ギルドに1部屋しか作られていないそうだ。


「今来たばかりって事はまだ掲示板には目を通して無いだろ?」


イヴァンさんの確認に3人で頷くと1枚の紙を渡される。


「それは無料配布されている物だから後で目を通しておけ。

さて、今回の大発生だが平均より数は少ない。少ないんだが、強力な個体が何体か確認されていてな・・・・まあ、その辺はシルバーや俺達が向かうから気にするな。死にたくなかったら絶対に近づかない様にしておけ。

ヒデオ・ケン・フロウの仕事は他のブロンズと一緒で前線に向かい雑魚を減らす事だ。何度も言ったが囲まれるなよ?」


イヴァンさんの説明に真面目な顔をした2人が頷き、フロウも大丈夫だと僕から伝える。

そのまま一通りの説明が終わると、ジナイーダさんが口を開く。


「次はアスマね。貴女は後衛の中で精霊魔法を使ってもらうわ。

内容は全体の支援よ。他のギルド員にもスピーカー代わりになってもらうから、練習通りプレートを狙って大々的にやりなさい。貴女はとにかく水の大精霊と契約した(・・・・・・・・・・)という事を周りに広める事が重要だから遠慮したら駄目よ?」


他にも細かな事を説明されるが、とにかく僕のやる事は完全に後方支援だった。寂しい。

2人にお礼を言い部屋を後にするが、出発は2時間後らしいので少しだけ休憩する事にした。

昼食を取り終え、散歩がてら色々な所を眺めていると、結構楽しい。

得に残り時間が1時間を切ってからの傭兵たちが素敵だ。


『お前達、今度の作戦内容は全員把握しているな!?』


『『『  フーアー!!  』』』


『覚悟は良いか!?』


『『『  フーアー!!  』』』



「良いなあれ。カッコイイな。」


堅がその様子を眺めがなら呟き、僕と英雄も頷きながら熱い視線を送る。


「これで始まるのがプライベ○ト・ライアンなら泣いて見送るんだけどね。」


「あの浜辺に突っ込む側の俺が言うのもなんだけど、現代からしたら魔物と戦うなんてB級も良いとこだからな・・・・素直に泣けない気持ちは何となく分かる。」


僕と英雄がそう言うと、3人で苦笑する。


「あ、あっちの人達もなかなかだよ。」


そう言って視線だけを送ると、そこでも命を賭ける熱い男達の語らいがあった。


『知らなかった人もいるかもしれませんが俺、実は街に恋人がいるんですよ。戻ったらプロポーズしようと花束も買ってあったりして・・・』


『お、ようやくか。上手くやれよ。』


『へへ、散々皆さんから焚き付けられましたからね。ここらで撃墜して見せますよ!』


仲間であろう傭兵たちが口笛を吹いたりして茶化し合っている。

なんて羨ましく微笑ましい光景だろうか。


「素敵だね。」


「まあ素敵なのは認めるけどさ・・・・なあ堅、あいつ大丈夫なのか?」


「どう考えても駄目だろ。」


無かった事にする僕と憐れむ視線を送る2人で他にも色々と見て回ったのだが、今回はそれ以上の収穫は無かった。

そんなこんなでお仕事の開始時刻となり、各自の持ち場に向かう。

非戦闘員が町を置いて逃げて行くのが死地へと向かう実感を湧き起こした。


「英雄、堅、ヤバくなったら迷わずに使えよ?」


別れる前に、宿を出る時2人へ渡した小瓶の事を思い出させる。


「映像を見たから効力は知ってるが、いざ使うとなると怖いな。」


「お前は零距離戦なんだから自爆には気を付けろよ。」


少し渋い顔をする堅に、それを使って吹き飛んだ英雄が苦笑して言う。


「慣れた頃が一番危ないんだよ? そう言う英雄も取扱注意品だから気を付ける事。」


僕が真面目に言うと、彼らも真剣な顔で頷く。

残念ながら僕がしてやれるのはこれぐらいだろう。


「生きて帰ってこい。こんないい女を1人にしたら、優しい先輩達にぶっ殺されるぞ?」


ニヤリと笑いながら言うと、彼らも笑う。


「じゃあ、行って来る。残念ながらお土産はなさそうだ。拗ねるなよ?」


英雄がそう言って僕の頭をわしゃわしゃ撫でるので軽く胸を叩いてやる。


「いい子にしてたらすぐに帰って来るから、寂しくて泣くんじゃないぞ?」


僕らが離れた所を見計らって堅がそう言う。

『誰が泣くか』と言った風に苦笑し、彼と手を組みあった。

その手を放して2人に言う。名残惜しいが仕方ない。

フロウにも気を付ける様に言って召喚してやり、精一杯笑いながら言ってやる。


「ほら、時間だよ。さっさと行って来い。」


彼らは頷くと、こちらに背を向けて歩いて行く。前線へ向かう人波に混ざり、呑まれる様に姿が消えて行った。


(信じろ。あいつらなら大丈夫だ・・・・)


少しだけ泣きそうな自分を叱咤して、一度深呼吸をすると僕も気持ちを入れ替える。

心の中で『よし!!』と呟くと、自分の仕事場である後衛の流れへと向かって行くのだった。




「ほんと良い女だよな。今頃泣くのを我慢してるぜ、あいつ。」


「全くだ。どうせ泣かせるなら、もっとムードのある時にって、俺達は決めてるんだがな。」


上機嫌な堅に俺も笑いながら返す。


「姉さんが聞いたら怒りますよ?」


苦笑するフロウと3人で目的地に向かい合流した先輩方と談笑していると、時間になったのか奥にある台に立った中年の男が良く通る声で全員に言う。


「紳士淑女がこれだけ集まるのは何度見ても壮観だな。」


その第一声に参加者たちの空気がお祭りから戦う者へと変わり、獰猛な笑みを浮かべだす。

勿論俺達もだ。


「俺達のやる事は単純で、『いつも通り魔物を倒す。』ただそれだけだ。慣れない新米どもは兎に角これだけ覚えておけ、倒せない相手は逃げろ。そいつは自分より強い奴が何とかしてくれる。背伸びせずに自分が倒せる奴だけ倒せばいい。」


彼は俺達が何度もイヴァンさんや先輩方から言われた事を言い、昂った心を冷静にする。


「ベテラン共は子守を忘れるなよ! 中には初めての大規模な補助魔法で、絶対にハイになる奴が出てくる。俺が昔やったから間違いない。ひよっこ共、この歳になってネタにされたくなかったら絶対に自惚れるんじゃないぞ!」


苦笑しながら言う男に、参加者の面々が囃し立てる。

他にもやった事のあるであろう者達が仲間内でネタにされている姿が、アットホームな職場である事を理解させた。

どうして過去の失敗ってあんなに恥ずかしいんだろうな。

そんなこんなで緊張が良い具合に解れていると、大分後ろの方で大きな魔力を感じる。

後衛部隊の大規模補助魔法だ。

その中に泉で感じた大精霊と同じ魔力を感じる。恐らく遊馬だろう。

どうやってこんな出力を出したんだ?


『この透き通る様で力強い意志を思わせながらも温かく包み込んでくれる魔力はまさか!?』


『ああ、間違いない。これはアスマちゃんだ!!』


『やるぞお前ら! 聖母とダンスだ!!』


ファンクラブの会員の方々が気合を入れ直すのを見て俺達は少しあいつが心配になる。

更に酷い事に、非会員であるエルフ達の血走った目が一斉に後方を向いていた。

工作員よりこっちの方が危ない気がする。


「英雄、お前から見てこれは大丈夫なのか?」


見ていられなくなった堅がそう零す。


「これを見て大丈夫だと言えるのなら、そいつの目は飾りだな。間違いない。」


『駄目に決まってるだろ』と返すと、親友は『そうか・・・』と頷く。


「2人とも早く姉さんと身を固めればいいじゃないですか。自室への避難が間に合わなかった時に、ラブコメを特等席で見せつけられる身にもなってください。」


げんなりとしながらフロウは言う。

ちなみにプラフィはリアルタイムで楽しんでいる。

機会があれば現代の少女マンガとか読んでみたいとは彼女の言だ。

今更必要あるのだろうか?


「俺達はストレートに好意を伝えてるんだけど、受け手がなぁ・・・・」


「本丸を落としたくても建物自体が隔離されてたらどうしようもないだろ? 切っ掛けすら掴めないんだからこっちも大変なんだぜ?」


俺達は深い溜息を吐いて愚痴をこぼす。

勝負所は完全に女になってからだと思ってる。楽しみだ。

親友と2人で黒い笑みを浮かべていると、前方で大声が上がる。


『来たぞー!! 魔物の群れだー!!』


その叫び声で少しだけ余裕があった全体の空気が完全に切り替わり、味方の放つ殺気や怒気で肌が引き攣り足は震えそうになる。


「魔物の癖に時間ピッタリとはな・・・・」


中年の男はそう言うと、一呼吸置いてから叫んだ。


「お前ら、派手にやるぞぉっ!!」


「「「「 オオオオオオオオオオオオ!! 」」」」


参加者の雄叫びが怒涛のごとく響き渡り空気を震わす。

後衛から発せられた魔力が俺達を包み、力が漲った。

試す様に軽く魔力を流していると範囲攻撃に長けた魔法使いが集まる中衛から炎や氷といった色とりどりの魔法が空を飛んで行く。

俺達のPTならどれか1発喰らっただけで重傷レベルの威力ばかりで背中が寒くなった。

ここからでは見えないが、進軍する魔物へと降り注いだのだろう、着弾したと思われる場所で轟音が響く。

それを何度か繰り返すと魔法の雨が止む。

とうとう俺達の番だ。

自分達も含めて全員が今か今かと駆け出すのを堪える。

これだけの補助が乗った力を試したい、怖いから早く体を動かしたいと様々な思いが入り乱れ、ギラついた目が正面を捉え続けていた。


「行くぞおおおおおお!!」


そこへ中年の男の叫びが響き渡り、俺達は雄叫びを上げながら人波の一部となって、生き延びる為に駈け出すのだった。


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