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第二章.32

「さてアスマ、お前が王国の人間だったとして、目の前に大精霊と契約をした相手が現れたらどうする? 向こうにこちらの素性がばれておらず、相手は今のお前と同クラスだと仮定してだ。」

アズレトさんからそう聞かれて僕は悩む。

王国はこの帝国と戦争したがっているのだから完全に見逃すのは勿体ない気がする。

「うーん、そうですね・・・・僕なら連れ去らずに殺します。そんな大物を捕まえたら、物が物だけに総力を挙げて追いかけられそうですし、国境を越えても安心できなさそうですから。」

近寄って情報を得るスパイ的な事も考えたが、ある程度の役職にいる者でなければ大した情報は無さそうなので止めた。

下手に捕まえて、出国するまで各ギルドと帝国軍による探索を受けるよりはチャンスがある時に殺す事で、国対国のパワーバランスを契約者の出現前に戻した方が良いと思う。


「そうだな、お前たちの実力を考えれば悪くない。」

ニコリと笑って頷くアズレトさんを見て僕は溜息を吐いた。先ほどの『餌』の意味が何となく分かって来たからだ。

「はぁ・・・・状況は分かりました。で、結局のところ僕は何をしたらいいんですか? ここまで入って来て行動を起こせる工作員を相手にするなんて実力的に無理なんじゃ?」

正直にそう聞くとジナイーダさんが答えてくれる。

「工作員にもいろいろと種類があってね、国境や敵地で不満を煽る簡単な連中から、中堅の傭兵とやりあえる凄腕と様々なの。今回のターゲットは戦闘力だけなら貴女達と同じぐらいだから、最悪油断しないで逃げに徹すれば大丈夫よ。サポート兼実動部隊もしっかり付けるから。」

そう言ってアデリーナさんを指差し、指された彼女は自信満々に頷く。

彼女たちのPTなら任せて大丈夫だろう。

英雄と2人掛で病み上がりのアドリアーナと軽く戦った時に、手も足も出なかったのは苦い思い出である。

「アスマにお願いしたいのは魔物討伐戦の間に大精霊を使って参加者をサポートしてもらい、相手に存在を気付いてもらう事がまず1つ目。2つ目は工作員を炙り出す囮となってもらう事よ。アデリーナ達には精霊魔法をレクチャーして貰う為に呼んだの。」

どうやら準備はバッチリの様だ。

ジナイーダさんがサラッと説明するが、どちらも失敗は出来ない仕事なので気が引き締まる。

そのまま現状分かっている事を教えてもらい、一旦打ち合わせは終了となった。


「アスマ、今回の仕事の後にお前の周りが少し騒がしくなるだろうが、大精霊をカモフラージュに使う事で【生命族】である事を隠そうという狙いもある。大精霊も珍しい事に変わりはないが、人に力を貸してくれた事が何度もある以上、隠れ蓑に丁度いいだろう。派手に行って良いぞ。」

アズレトさんが僕の体の事を知っていた事に少しだけ驚くが、普通に考えればイヴァンさん達から教えられていて当然だと思い直して頷く。

と言うか、周りは既に大精霊の件で五月蠅いので今更だ。むしろ何かあっても大精霊の所為にしてしまう事でミスリードを誘える方が圧倒的に良い。

「ごめんなさいねアスマ、私とイヴァンの判断でアズレトには話させてもらったわ。他に知っているのはギルドマスターぐらいだから安心して。」

ジナイーダさんが申し訳なさそうに言う。

「それぐらいなら別に気にしませんよ。むしろ必要だと思ったら迷わず伝えてください。」

僕がそう言うと彼女はありがとうと頷く。

それで話は完全に終わりだと思っていたのだが、意外な所から待ったが掛る。

「ねえアスマ、【生命族】ってどういう事かしら?」

アドリアーナがそう言い、アデリーナさんが『あ』と固まる。

そう言えばこの人、僕が持って来た素材を使ったとしか話していないんだったな。

「えっとね・・・・あのー・・・・うん、実は、そう言う事なんだ。」

あはは、と目を逸らして笑う姉エルフに妹エルフの冷たい視線が突き刺さり何とも言えない空気が広がる。

「そこまでにしておきなさい。今はそれよりもやる事があるでしょ? それに、あそこまで衰弱していた貴女に、悪意のある相手が情報を得ようと近付いて来たら対処出来た?」

ジナイーダさんが優しく諭すと、アドリアーナは悔しそうに俯き、僕をジト目で睨みつけてきた。

え? 何で僕?

「あの解呪薬、かなり美味しかったからそのうち材料の名前だけ聞こうと思ってたけど、アスマだとは思わなかったわよ・・・・」

それを聞いてジナイーダさんとアズレトさんが苦笑する。

そういや完全に忘れていたけど美味らしいね僕ら。

「分かっているとは思うが他言無用だぞ?」

アズレトさんがそう言うとアドリアーナが頷く。

「死の淵から帰って来た私が言うと結構信憑性があるから笑えないですよ。むしろ知りたくなかったかも。」

げんなりした彼女がそう言うのを締めにして僕らは部屋を出る事にした。


それからは女性3人に訓練所の個室へ連行されて精霊魔法の基礎をみっちり教わり、久しぶりに生まれたての小鹿状態となって、今まで以上に酷い格好となった仲間が倒れる席へ運ばれる。

とりあえずフロウは回収しておいた。

「2人とも生きてる?」

「イヴァンさんの斧がな、いきなり爆発したんだ。そのまま何度も追撃されてな・・・・俺、生きてるよな?」

「今までの訓練が優しいぐらい力が入ってたからな。教える側も生き生きしてたよ。」

隣に座るハイライトの消えた目で震える堅を胸元で抱きしめてやり、対面に座る英雄には『お前も良く頑張った』と微笑んでやる。

「少しだけ、少しだけ休もう。」

僕が絞り出すようにそう言うと、英雄はとても嬉しそうにやり切った表情を見せ、テーブルに突っ伏した。

注文を取りに来てくれた女の子の労わる視線が今は凄く嬉しい。

それから30分ほどで漸く全員が何とか動けるレベルまで回復する。

「英雄が強くなるわけだ。」

「どうだ、頑張ってただろ?」

「何が便利って体を壊す事が無いからね。壊しても治る。治ってしまう・・・・」

僕の嘆きに2人は遠い目をしていた。思い出させてごめんね。


堅に背負われて何とか宿屋に帰還した僕らは食事とお風呂を済ませてベッドに倒れ込む。このまま眠ってしまいたいが、もうひと頑張りしなくては。

「2人ともイヴァンさんから話は聞いてるよね?」

僕がそう言うと彼らが頷く。

「ギルド界隈だけとは言え、ここまで大精霊の事が知れ渡ってるんだから、今から打つ手としては悪くないんじゃないか? そもそも隠し通せる物じゃなかったし。」

「大精霊を使うなら術者のお前を洗脳とか手間がかかるけど、神の器ならサクッと殺して材料に出来るからな。救出の可能性が増えるので俺も異議なし。」

英雄と堅が順番に言うのを聞いて僕も改めて覚悟を決めた。

ちなみに大精霊がどれだけバレているかと言うと、すれ違う子供のエルフ達がキラキラした目で見つめてくるほど浸透している。

今はエルフ達だけだが、このままでは時間の問題だったのでそろそろ対処しようと思う。

本当は最初で動くべきなのだが、帰還した時から完全に後手に回ったので仕方がない。

「そうなると、まずは名前だね。何か案がある人?」

僕がそう言うと彼らは視線を逸らす。

「ねえ、僕がキャラデザ出来るゲームでどれだけ時間を潰すと思ってるんだよ? 協力してよ。」

チーム名にキャラ5人に船の名前にスキル構成にって大変だったんだぞ?

ルルとチチリとプラフィは急いだ中ではなかなかだと思う。

「いや、だって俺達ネーミングセンス絶望的だし。英雄パス。」

「俺も似た様なものじゃねえか。エロゲとかから名前貰うか?」

「いや、それも酷いだろ。」

3人で何とか案を出し合ってあーでもないこーでもないと言い合うが、結局シンプルな名前に落ち着いた。


「ではこの子、水の大精霊の名前は『ヴァーフ』にします。」

選考方法は実に簡単で、本日の訓練成果である精霊の具現化を行い、紙に書いた一覧から彼女に選んでもらってこれに決まった。

見た目は戦った時の姿がデフォルメされて、人の頭程の大きさになっている。凄く可愛い。

魔力を多く使うので普段は使われないらしいが、見えない者にも可視化するよう具現化したので僕も含めて全員が見えている。

と言うか今日の魔力切れは殆どこれが原因だ。

「良いと思いまーす。英雄君の『グレート・ベイ』よりもずっといいと思います。」

「お前なんて捻りなく『ウンディーネ』だったじゃねえか! 人の事悪く言うな!」

他にも『ザ・シー』や『グロースヴァッサー』などの案も出たが、気に入らなかったらしい。勇者○ボとかスーパ○ロボット的な響きで嫌いでは無かったのだが少し残念だ。

ちなみに2人が今騒いでいる名前は一瞥されただけだったものである。

ヴァーフに戻ってもらい僕は深く息を吐く。

「つ、疲れた・・・・」

「それ実戦で本当に使えるのか? 見た感じだと今回は堅の方が行けそうだぞ?」

英雄がそう言って水を差しだしてくれる。有難く一口飲んで新戦力けんをジト目で見る。

「堅の成長率がおかしいんだよ! なんでたった1日の訓練で英雄に追いついてるのさ!!」

そうなのだ、非常に遺憾だが堅の奴は今日だけで魔力操作をかなりものにしたらしいのだ。

「いや、俺もドキドキしてたんだけどさ、やってみると意外に出来た。なんでも総量自体がフロウ並に有ったらしくてコツを掴んだら難なく体内に流せたんだ。身体操作は現代でずっとやって来たからその延長線上なんだろうな。あと、扱える量が小さくても当てる瞬間に力を込めるとかの技術がかなり役に立ってる。」

堅が嬉しそうに言うのを聞いて僕も改めて考える。

命を賭けた僕らの約4ヶ月を簡単に追いつかれたのは悔しいが、こいつが打ち込んできた武術の時間の方が圧倒的に長い事を理解出来るからだ。が、悔しいものは悔しい。

「そんな顔するなって。俺から言わせてもらえば、4ヶ月の素人に追いつかれたとか泣きたくなるっての。この街に来るまでの無力感は凄まじいものだったんだぞ? 自分より明らかに動きの悪い10代の子達が俺より活躍しているなんて受け入れるのに1日掛ったわ・・・・」

よっぽど悔しかったのだろう、試合に負けた時ぐらい辛そうな顔をしている。

「あー、うん、ごめんね。」

流石に悪いと思ったので僕は謝る事にした。

「まあとりあえずだ、今日はもう休もうぜ。明日は朝から詰め込みだろ?」

英雄の言葉に僕らは頷く。

時間は明日の昼までしかないので、朝早くから英雄・堅・フロウの3人はイヴァンさん監修の下森へ魔物狩りに行き、僕は今日の3人に精霊魔法を発動する所まで教えてもらう予定だ。何とか仕上げなくては。

「あー、眠ったら明日になって仕事だー。朝早くから出社だー。」

「何なら、サザ○さんのEDでも歌ってやろうか?」

「止めてよ、余りにも現実味が有り過ぎて涙が出てくるじゃん・・・・」

約1週間前まで現代人であった堅から始まった軽口は、僕達に悲壮な決意を抱かせる。

「・・・・もう寝よう?」

僕がそう言うと彼らは深く頷いて、迫りくる何かから目を背ける様に意識を手放すのだった。


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