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第二章.25

目の前の大きな公園で、小学校低学年の子供達が遊んでいる。

そのうち目を付けた1つのグループの中で2人は間違いなく男の子だが、1人は女の子と見紛う容姿だ。

だが、少なくても僕だけは見間違うことは無い。何故ならあれは子供の時の僕の姿だからだ。

そう感じて、今見ているこれが夢であると理解する。

今や遠い遠い場所になってしまった公園と、無邪気に燥ぎ回る自分達を見て、知らずに笑みがこぼれる。

男にとって子供時代の思い出は、恥ずかしくて決して思い出したくないものも多いが、これは違う。これは大切な親友が自分の人生を変えた分岐点となるものだ。

あいつが酔った時に話してくれた、未来の姿を大きく変える大切な出来事。


そして、後に僕が防犯グッズを持つに至る、とてつもなく忌まわしい事件だ。


子供達の中で一番大柄の子と、細身の男の子が当時テレビでやっていたモータ駆動で走る四駆のスイッチを入れる。

動力がギヤを伝い、各シャフトを通じてタイヤを回し、高い音が響く。


あまりの懐かしさに、口元を押さえて笑いそうになるが、当時の子供達である目の前の自分達は違った反応をする。


『わっ!?』

『おぉ!! かっけぇ!! いくぞ、ソニ○ク!!』

『へへっ、かっとべ、マグナ○ム!!』

実物を初めてみた僕が驚き、マシンの後部を持ち地面に設置する男の子たちが愛機の名前を呼ぶ。


一応言っておくが、悪気があって公園でミニ○駆を走らせようとしたのではない。地方であり近くにはコースが無かったし、当時のちびっ子には別口でそこまで手は出ないのだ。

ネットが無いので、今の様に設置店を調べる事などできなく、そもそも田舎過ぎてお店にすら設置されていなかった。

ちゃんと人通りが少なく車が通らない場所を選んだので目を瞑って欲しい。


走らせたマシンは凄いスピードで駆け抜け、僕達3人は慌てて追いかける。

結局子供の足では追い付けず、石や溝に引っ掛かった所を何とか回収した。

全力疾走した為に、皆息切れを起こしているが、その顔は満足そうだ。


『れ、レーサーってたいりょくがいるんだね・・・・』

『ねえ、もう1かいはしらせようよ!!』

『よーし、いこうぜ!!』

未だにぜぇぜぇ言っている僕を他所に、大柄な子と細身の子はマシンを片手へ大事そうに抱えて、反対側の手で僕の手を引っ張る。それぞれに両手を引かれる形だ。


それを見てくすりと笑う。

「英雄もけんもこの頃からずっと変わらないなぁ・・・」

片方にはもう会えない事から少しだけ寂しくなる。

ちなみに大柄の子が英雄で、細身の子が堅だ。

今と違って二人とも可愛い。

どうしてあんな邪悪に育ってしまったのだろう?


時間の無情さに胸を痛めて辺りを見回すと、ベンチに座りながら舐める様に子供達を見ている女性がいた。茶髪で髪は短く、その目は濁っている。少しだけ息が荒いのだが、これから数日後に起こる事を知っている僕は強く嫌悪感を抱き、盛大に溜息を吐く。

「そっか、あんたはこの時から見ていたのか・・・・」

正直に言えば知りたくなかったので胸が重くなるが、夢が覚めないので仕方がない。

せめて視界に入れない様にして懐かしきあの頃を眺めていたのだが、しばらくすると景色が変わった。

次々に移り変わる映像の中で、力一杯に遊ぶ自分達を見て温かいものが湧きあがると同時に、二度と触れられない家族や他の友人たちが映り、影を落とす。


そしてあの日がやって来た。


僕達3人が遊んでいると、件の女がゆっくりと歩いてくる。

遊ぶ事へ夢中になっている僕達はその事に全然気が付かない。

いや、気が付いたとしても、まだ小さな子供だ。危険を意識する事なんて無いだろう。ここまで明確な意思を持って他人を害する者なんていないと思っている。

『ねえ君達、おばさんと一緒に来たら玩具もゲームもお菓子も一杯あるんだけど、一緒に遊ばない?』

女がそう言い、粘ついた視線を子供達へ向ける。正確に言うと真ん中にいた僕へと向けて、にちゃりと音のしそうな笑みを浮かべる。

英雄と堅は『何だろうこの人?』と困惑気味に首を傾げていたが、一心に悪意を向けられた僕は身が竦み震えていた。

この時の事は今でも覚えている。こちらを見下ろす女の人がただ純粋に怖かったのだ。両親や友人たちの様な温かさが無い事を本能的に感じ取り、頭が真っ白になっていた。

近い感覚を言うなら、親に引っ付いて一緒に見ていた、週末の洋画に出てくる悍ましい化け物を見た時の様な感覚だ。

そんなものを感じていた小さな僕は、当然失礼なんて考えも無く後ろへと下がり、女はそれを見て一瞬だけ目つきを鋭くするが、またのっぺりと張り付いた笑顔に戻る。

最初に異変に気が付いたのは英雄だった。怯えて数歩下がった僕を見た事で何かを感じたのだろう。堅の袖を引き、後ろへと下がらせて僕らの前に立つ。

漸く堅もこちらの様子がおかしい事に気が付き不安そうに僕と女を見る。

『あ、あのおれたち、これであそぶから、いりません。』

英雄が相手を見上げておずおずと言うが、女はくすりと笑い『そう。』と短く言い、3人を順番に見て、僕で視線を止める。

僕が慌てて周りを見渡し、助けてくれそうな大人がいないかを確認するが、残念ながら遠くにいた数人の子供や、体育館の近くで話している中学生ぐらいの男2人組しか見えない。

今ならこの時を狙ったのだと分かるが、パニックを起こしていた当時の自分では尚更不安を煽るだけで、事実僕は目に涙を溜めていた。

『しらないひとについていったらいけないって、おとうさんとおかあさんにいわれてるから。』

堅がそう言って僕と英雄の手を掴んで走り出そうとするが、女に肩を掴まれて止まる。

『じゃあ君達はいいわ。ねえ一番後ろの君、君は一緒に来てくれるよね?』

彼女はそう言って近づき、堅から僕の左肩へと手を移す。

『あ、ぁ・・・やだ、やだぁ・・・・』

いやいやをするように首を振って下がろうとするが、掴まれた肩に力を入れられて阻害される。

『いたい!! はなして!!』

僕が大声を上げると、女は笑みを深めてもっと力を籠めようとする。

『おい、はなせよ!!』

『あすまちゃん!!』

英雄と堅も声を上げ2人がかりで掴んでいた手を外す。

女は舌打ちをして離脱の遅れた堅の腕を掴み、反対側の手で叩こうとする。

それを見た僕の中で何かが動き、堅を拘束する右腕へと飛び付き、思いっきり噛み付いた。

『っあ!! このっ!!』

女は顔を怒りに染め、腕を勢いよく内から外へ振り払う事で僕の拘束を外し、そのまま振り下ろす事で僕の左頬を打つ。

『ぎゃうっ!?』

女とは言え大人の力で叩かれた僕は地面へと倒れ込み、叩かれた耳元を押さえる。

耳に叩かれた以上の強い痛みが走り、音が上手く聞こえなくなった。

『いたぃ、いたいよぉ・・・・』

泣き出す僕に英雄と堅が慌てて駆け寄り、何が起こったのか分からずに上を向くと、女が憎悪を瞳に宿し僕を見下ろす。

『いいわ、躾はこれからいくらでも出来るんだもの。さあ、来なさい。あんた達も今みたいに叩かれたくなかったら、そこをどきなさい!!』

静かに、だが力の籠った声で告げられて2人の体が震える。


『おい、何やってんだ!!』

そこへ後ろから男の人の叫び声が聞こえて僕達が振り返ると、体育館の前で話していた男の人の片方が、こちらへと走って来ていた。

遠目なので気が付かなかったが、その人は僕達を何度もキャッチボールやサッカー等に混ぜてくれた顔見知りのお兄ちゃんだったのだ。

『だずけて!!』

体を起こした僕が大声で叫び、顔を押さえていた手をどけると、お兄ちゃんはハッとしたように息を呑み、走るスピードを上げて残り20m程の距離を一気に詰めて女と対峙する。

思ったよりも近づかれていた事と、人に見られた事で動揺したのか女は逃げるタイミングを失い、苦虫を噛潰した顔をする。

『お前ら、この女の人は知り合いか?』

お兄ちゃんが左半身になり、戦い易い姿勢になると女から視線を外さずに聞く。

『ちがう!!』

『おにいちゃん、あすまちゃんをたすけて!! ちが!!』

英雄が否定し、堅が僕を支える。

女は余計な事を言うなとばかりに舌打ちし、忌々しそうに2人を見る。

『おい、子供相手に何考えてんだ。安心しろお前ら、俺はこいつよりも強い。だから大丈夫だ。体育館の道具を貸してくれるオジサンがいる所に他の兄ちゃんがいるから、お前たちはそこへ行くんだ。それと、お前は出来る限り頭を動かさないようにしとけ。』

お兄ちゃんは一瞬だけこちらを見ると、僕達に指示を出す。

僕らは慌てて立ち上がり、言われた通りに逃げ出した。女は人質にでもしようと考えたのか追いかけようとしてお兄ちゃんに止められる。

『いいのかしら? 君、中学生ぐらいでしょ? 大人に勝てると思うの?』

『残念だったな、こっちは格闘技やってるから問題ないね。』

あっさりと返すお兄ちゃんに、女は露骨に不快感を表す。

『本気で言ってるの? 道場とかに迷惑がかかるんじゃない?』

『ああ、うちの師範はこういう事を絶対に止める人だから問題ねえよ。それに、これで破門する場所ならこっちから願い下げだ。俺は元虐められっ子だからな、受ける痛みは知ってるんだよ。』

お兄ちゃんは鼻で笑って返すが、虐められっこの件で明らかに女が油断し、侮蔑するように笑う。

女が両手で首を締めようとしたのか、お兄ちゃんに向かい走り出し、彼の左手で軽く手を払われ、腰を回して勢いの乗った右掌底を側面から顎に叩き込こまれて脳を揺らした。

流石に手加減しているだろうが、正当防衛がどうの過剰防衛がどうのと言われる世の中なので見ているこちらとしては少しゾッとする。

お兄ちゃんは、膝から崩れ落ちた女が地面で頭を強打して重症にならない様軽く支えて地面に倒し、右腕の関節を極めて押さえつけた。

彼は何も言わないが、纏う空気とほぼ遊びの無い間隔で右肘を極めている事から、もし女が暴れていたら折っていただろう。

この人のこんな姿を初めて見た事で軽く震えるが、同時に改めて感謝する。

「ありとう、お兄ちゃん。貴方のお蔭で僕は何とか楽しくやっています。」

聞こえていないのは分かっているが、僕は改めてお礼を言い凄まじく紆余曲折があったことを報告して、逃げた先にいる子供達を見た。

そこには事務所にいるオジサンたちと、他のお兄ちゃんが慌てている。

僕はさっきの平手打ちで、鼻血を出すと共に鼓膜を破っていたのだ。

皆は耳から血が出ている事に大分慌てており、その後警察と救急の人が来るまで落ちつくことは無かった。

助けに来たお兄ちゃんは、僕が手をどけた時にそれに気が付いて急いだそうだが、鼓膜は再生する事を知っていた為あまり慌てなかったそうだ。それよりも頭を強く揺らされた事を警戒して急いだらしい。

その後警察が駆けつけて女は逮捕。僕は病院へ直行、怪我は打ち身や擦り傷があるだけで、後遺症などは無かった。

事件の後にお兄ちゃん達とは何度か遊んでもらったりしたが、高校進学を機に地元から出て行ってしまい、それからは他の人も含めて会っていない。

事件の顛末については、当時の僕達が小さかった為に教えてはもらえなかった。

ただ、お兄ちゃんが『今回の件で師範から褒められた。』と嬉しそうに友人たちに語っていたのをこっそり聞いたので、悪い様にはならなかったのだと思う。

この事件をきっかけに、僕は警察の人から防犯グッズを持つように勧められる。

当時は防犯ブザーなど無いので記念すべき1個目は笛だったのだが、何よりも精神的に守ってくれたので大満足だった。

ちなみに、中学に上がると同時に僕の容姿を心配した両親により催涙スプレーが解禁される。事前にみっちり危険性などを叩き込まれたので冗談などには絶対に使わず、これを持っている事を知っているのは仲間内の数人だけだった。


で、この事件から英雄が正式にナイト役(危険時に余裕があれば逃がす役)となり、細身だった堅はお兄ちゃんに憧れて空手を始める事になる。高校時代には全国大会レベルまで伸びたので、結果としては上々だろう。

親友からての語ってくれた、人生最初の分岐点の話。


酔った時に教えてくれたこの時の恐怖と無力感。

そして、僕に襲い来る変質者や馬鹿達クラスメイトと戦えるようになった喜び等。

いろいろと思い出して涙が出る。


「さて、次は僕の番か。今度こそこっちでかっこいい主人公になってやる。」

苦笑しながら言うと、深呼吸して涙を拭う。

僕の異世界生活はまだ始まったばかりなのだ。

20代の内にシルバー昇格と結婚は済ませたいし、子供も欲しい。

向こうの世界同様にやりたい事が一杯あるのだ。僕も堅に恥じない様に、歩いて行こうと思う。


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