第二章.23
椅子で眠っていた俺はプラフィに起してもらう事で眠い頭を振って立ち上がる。時間はあれから1時間ほどだ。
隣のベッドでは遊馬が少し苦しそうに寝ている。
大丈夫なんだろうなこれ?
プラフィにお礼を言うと顔を洗い、眠気を飛ばしてスペアキーを返しに行く。
部屋に戻り、魔力操作の訓練をして30分ほどで来客があった。
「どちら様ですか?」
元々予定が有ったので冗談めかして聞きながら俺はドアへ向かって歩く。
念の為腰にはアイテムボックスを下げ、中身は予備の片手剣を仕舞ってある。
「医者と保護者どっちが良い?」
外から聞きなれたジナイーダさんの声が聞こえ、ちらりと見たプラフィも問題ないと頷いたので俺は彼女を招き入れた。
「お邪魔するわね。」
「お邪魔しまーす。」
意外な事に入って来たのはジナイーダさんだけではなく、アドリアーナも一緒だった。
「ヒデオ、気配確認を怠っては駄目だと教わらなかった? もしもこの子が悪意を持っていたら大変な事になるわよ?」
微笑みながら忠告されて俺は肩を竦める。
完全に油断していたので、普段なら気付けたはずの軽く気配を消したアドリアーナに気が付かなかったのだ。非常に悔しい。
「肝に銘じます。」
俺がそう言って、横目で彼女を見ると苦笑された。
後で聞いたら彼女たちのPTも昔同じ事をされたらしい。精霊使い2人と獣人が2人いて完全に誤魔化されたので、ジナイーダさんから少しだけ指導が入ったそうだ。
遠い目をしていたので中身までは聞けなかったが、恐ろしく反省したらしい。
そのお蔭で宿へ侵入してきた暴漢達に後れを取る事が無かったので心の底から感謝したそうだ。
2人は部屋に入って数歩で顔付きを変え、遊馬を見る。
プラフィは頭を下げると、邪魔にならない様に遊馬の中へと戻り、ジナイーダさんは迷わず遊馬の隣まで歩き額に手を添え、アドリアーナは困惑気味に辺りを見回していた。
「ねえヒデオ、2人は精霊魔法って使えないし、精霊を見る事も出来ないわよね?」
眉尻を下げながらアドリアーナが聞いてくるので俺は頷く。
「ああ、どっちも無理だな。」
どうしたのかと視線で問いかけると彼女は遊馬を見ながら口を開く。
「アスマの周りにね、かなり高い魔力が充満しているの。それも人間の持つタイプじゃなくて、精霊が持つ物よ。純度が恐ろしく高くて、私の精霊達が困惑しているわ。しかも周りに漏れない様に、あの子を中心に結界まで張られてる。」
そこで一区切りすると今度は俺を見て言う。
「でも私からしたら、アスマよりもあんたが異常に見えるわ。なんでこの魔力の中で当てられないの?」
そう言われて俺は首を傾げた。
「すまん、全く心当たりがない。」
そのまま体調にも変化がない事を告げると、変なものを見る様な目で見られた。傷つくぜ。
「なるほどね、大体だけど分かったわ。」
俺達が話していると遊馬を見ていたジナイーダさんが安心したように息を吐く。
彼女は振り返りこちらを見ると苦笑しながら口を開いた。
「これはこのまま放っておいて大丈夫よ。簡単に言うと筋肉痛ね。」
あまりにもあっさりした解答に俺は固まり、辺りの魔力を感じているアドリアーナは怪訝な表情をしている。
「大精霊がアスマの中にいる事は間違いないわ。精霊からの魔力供給が大き過ぎてこの子の体が耐え切れなかったのよ。周りの魔力は吸収しきれなかった分を逃がした物ね。包む結界はそれを使って構築された遮断と迎撃用のものだわ。アスマは精霊達の魔力と供給に適用するよう内側から改造されている所で、この熱はそれが原因よ。」
ジナイーダさんはそう言って遊馬の頬を撫でた。
「あ、何となく分かったかも。私達が初めて精霊と契約する時の規模が大きい版って事ですか?」
アドリアーナがそう言うと、彼女は良く出来ましたと言った風に頷いた。
なんでもエルフが最初に精霊と契約する時にも、ここまで酷くは無いが同じ事が起きるらしい。たいていは1日寝れば治まるそうだが、遊馬は実力にそぐわない相手だった為にダウンしたらしい。心配させやがって。
俺が安堵して溜息を吐いた所でジナイーダさんが口を開く。
「とりあえず今日1日は私とプラフィが付くわ。英雄は部屋を取ってきて頂戴。」
俺は頷き部屋を出るとマルコヴナさんから隣の2人部屋を借りて遊馬を運んだ。
ジナイーダさんは荷物を取りに一度戻り、その間はアドリアーナとプラフィに留守番を頼んで、俺は最初の個室で寝る事にする。
息子君にベッドメイキングを頼み、終わるまでは隣の部屋でアドリアーナと話していたのだが、その時にとんでもない爆弾発言を聞いた。
「アスマも可哀想に、これでファンクラブにエルフが追加されるわ・・・・」
「どういうことだ?」
心の底からの憐憫を感じて俺が聞くと、彼女は溜息交じりに答えてくれた。
「大精霊ってエルフの中では伝説的な扱いなのよ。見た者や話した者はいるけど多くはないし、実際に契約した事が有るのは物語に語られる方々ぐらいで、勇者と一緒に旅をした方や、疫病から国を救ったお姫様なんかがそうね。」
何となく分かって来た事で俺も遊馬に目を向ける。知らずに眠っている事がこれほど幸せとは思わなかった。
「それ以外にもエルフの好む創作上の物語に多く出演しているから『大精霊』ってだけで私達の中では憧れとかが凄いのよ。実際ジナイーダさんから様子を見に来る話を受けた時は二つ返事で頷いたし、落ち着いた今は凄くドキドキしているもの。」
「いや、でも中身も外側も遊馬だぜ? 期待しすぎると後が辛いんじゃないか? 俺達が昔見た物語でも『会えば伝説じゃなくなる。』って言ってたぞ。」
俺が苦笑して言うとキッと視線を向けられて熱弁される。
「甘いわね。大精霊が人間臭いのはとっくの昔に周知されているのよ。だからこそ大精霊を扱ったフィクションって多いの。擬人化から始まり年齢性別思いのままで、ジャンルもコメディとかホラーにアクションと何でもあるわよ。私の一押しはアクションね。」
そう言って笑った後に視線を遊馬へと向ける。
「正直に言うとこのまま連れて帰りたいぐらいよ。この子の体質の事を考えると、襲っちゃいたいぐらいね。」
その言葉に俺は苦笑する。
「常識人のお前がそうなら、高確率で狙われるな。今度はどんなネタを提供してくれるのか・・・・」
それを聞いたアドリアーナは意地の悪い顔をして言う。
「あら、ヒデオも他人事じゃないわよ? エルフは美形が多いからアスマもクラっとくる相手がいるかもしれないし。」
耳の痛い事を言われて目元を押さえると更に追い打ちがかかった。
「エルフは寿命が長くて、他の種族より同性婚に肝要だから注意しなきゃ駄目よ。私だってその気が無いのにこう思ってるんだから。」
「そりゃあ本気でマズイな。仲間内におかしな動きが有ったらすぐに教えてくれ。それとアドリアーナからもこいつに気を付けろって言っておいてくれると助かる。」
そう言うと笑って頷いてくれたが、遠い目をして『このズレた子相手にどれぐらい効果が有るかしらね・・・・』と言った事を俺は忘れない。
それから少しするとドアがノックされ、息子君からベッドメイキングが終わった事を告げられる。
警戒を考えた俺はルルに出て来てもらい、一緒に自室へと戻りゆっくりと寝る事にした。
きっとこれから稽古をつけてくれる先輩が増えるであろう事から目を背けたのだが、今だけは許してほしい。
翌朝、ルルと隣の部屋に行くと遊馬は起きていて、ジナイーダさんに調査されている所だった。
「おはようございます。お、だいぶ回復したみたいだな。」
「おはよう。ごめん迷惑かけて。体長はもうバッチリだよ。」
「こら、今日までは安静にしてなさいって言ったばかりでしょうが。おはようヒデオ、今言った通りだから、今日は宿に閉じ込めておきなさい。」
俺は不満そうにする遊馬を見て苦笑すると頷いた。
ルルが邪魔にならないように遊馬の隣まで行き、ベッドに両足を掛けて心配そうに覗き込む。
「ルルにも心配かけたね。」
そういって頭を両手でわしゃわしゃと撫でる。嬉しそうに尻尾を振っているのでこっちはこれで良いだろう。
「さて、それじゃあ私は帰るわね。くれぐれも今日は無茶させない事。どうしても出たいと言うなら、ヒデオにずっと運んでもらいなさい。それじゃあね。」
ジナイーダさんはそう言うと笑って帰って行った。
その後ろ姿を見送って俺は言う。
「じゃあ、出かけるか。」
「うん、今日は体調がよろしくないから止めとくよ。食堂ぐらいなら自分でも歩いて良いみたいだし、ご飯に行こう。」
俺の優しい提案は眩しい笑顔で返されたのだが、まあ良いだろう。
今は元気になった事だけでも良しとする事にした。
食後にエルフの話をした時の反応が楽しみで仕方ないが、どんな顔をしてくれるのだろう? 実に楽しみである。




