第二章.21
今では静かな森の中で暖かな陽光を受けて輝く、美しい泉の周りに数名の人間が転がっている。
息も絶え絶えに倒れた者達へ回復魔法を掛けている女性や、その周りに広がる荒れた地面を見れば、どれだけの激戦が繰り広げられたのかが何となくだが分かるだろう。
生存を喜び合う彼らからは見えない場所で、場違いなスーツを着崩した男が心底うんざりするように溜息を吐いた。
「まったく、こんな所だけくじ運が良くても困るんだがな・・・・」
男は頭痛を堪える様に頭を押さえ呟く。
「お仕事ご苦労様です。どうですか、調子は?」
その後ろから別の男がやんわりと声を掛ける。
彼も森の中でスーツを着ているのだが、こちらはネクタイを少し緩めているものの、しっかりとしていた。
傍から見れば、出張帰りと仕事明けのサラリーマンである。
彼らの上司はそれぞれ別だが、決して仲が悪いと言ったものでは無く、むしろ友好的だ。
「あ、どうも。それが最優先の捜査対象を偶然見つけてしまって、喜んでいいのか悲しめばいいのか・・・・すいませんね、こちらの仕事でご迷惑をお掛けして。」
「いえ、お気になさらないで下さい。うちの上司もこれぐらいであれば問題無いと言っておりますので。」
着崩した男が本当に申し訳なさそうに何度も頭を下げるのに対して、もう1人は苦笑しながら手を振って答える。
「しかし、こんなに早くそちらへ見つかるとは思いませんでしたよ。あの2人は何重にも偽装を掛けて、何度も選定を重ねた候補地の中でも真ん中ぐらいだったこの国に召喚したと言うのに・・・・どうやって絞り込んだんですか?」
頭を上げた男へ、ネクタイを締めた男が思案顔で聞く。
「それが本当に偶然でして。本音を言うと、アザルスト様へ報告しない方が良いかもしれないと悩んでいる所ですよ。」
困った風に、眉尻を下げながら笑う彼へ哀愁を感じながらも、それ以外の何かを感じたもう1人の男が聞く。
「もしかして、彼女の前世とはお知り合いでしたか?」
「ええ、まだ私が人間だった頃に。当時私達は小さな村の子供同士で、彼女の兄とは親友でした。良くある話で、初恋の相手だったのですが、親友と戦争に行って村に帰って来たら村は焼失し、村民の殆どは殺されて彼女もその時に。女子供は奴隷として売られた者も多いので良いのか悪いのか。」
男の声音は遠い過去を懐かしむものであって、悲哀は感じられない。
「それはまた壮絶な体験ですね・・・・」
「その後に親友共々結婚して子供や孫にも恵まれ、傭兵家業をしていたのに寿命まで生きたので文句や後悔は一切ありませんがね。ですが験担ぎの様なもので彼女から貰った木彫りのお守りだけは未だに手放せないんですよ。経緯を知っているから、上さんは見る度に少し面白くなさそうな顔をしましたが、どんな仕事からも無事に帰って来るものだから今では忘れると私が怒られます。」
彼は苦笑しながら言うと、木を削って作られた鳥と思われる不出来なお守りをポケットから出して、その背を親指で軽く撫でる。
「下手でしょ? 不器用なのに、戦争へ行くと話を伝えたその日に急いで作った物だからさらに酷くて・・・・親友と受け取った後に、出発は1週間後だと切り出すのが気まずくてあの時は大変でした。そちらは全体的にかなり力が入っていますが、何か関係が?」
その後に一悶着あったのか、着崩した男はバツが悪そうに視線を逸らしてネクタイの男に聞いた。
「ええ、こちらは完全に身内の様なものですね。当時いらっしゃった私の先輩方によると、マレフィ様が神様になられた最初の年に担当された魂の1つで、同期の方と勝負中に事故で神界へと引き込んだ事が始まりらしいです。彼女は自分の世界に帰るまで色々と手伝いをしていたのですが、その時に私は初めて彼女と出会いました。」
ネクタイの男は話しながら遠くを見つめる。だが纏う空気は懐古や憐憫では無く、ある種の気恥ずかしさだ。
「あの頃の彼女は『絶対に主人と子供の所に帰る。』と言って色々と動いていたのですが、神族では無い事を上手く利用してマレフィ様の片腕的活躍をしていたんですよ。それがエリート意識の高かった当時の私には面白くなくて、表面には出していませんでしたが彼女にとても嫉妬していました。あの頃の自分を思い出すと、本当に浅ましくて恥ずかしくなりますよ。」
目元を押さえて何かに耐えながら震える姿はその事を忘れたくて仕方がない事が窺える。
「それから『あいつも出来るのなら自分でも出来る。』と実力を履違えた私は自惚れから大きなミスをして大陸を1つ沈めてしまいそうになるのですが、そこを彼女に救われて今ではこうして更生した上にクビになる事無く働いています。私からしたら仕事の出来る素敵な先輩で、文字通り命の恩人なので全力でお手伝いしているのです。マレフィ様もその時の縁ですね。」
短くまとめて言い切った彼の顔にはとても苦い色が広がっており、それ以外にもいろいろあった事が窺えるのだが、着崩した男も突かれたくない事が有るので、2人はお互いに頷くだけでこの話を終わる事にした。
それからも仕事や上司の愚痴を言いながらお互いに必要な情報を交換して行き、話が終わろうとした時にネクタイの男がハッと思い出した様に言う。
「そうそう、次回から大精霊を狂わせるほどの瘴気は流石に控えてくださいね。」
「勿論ですよ。今回のコレは近くの街にかなりの凄腕が数名いる事が分かっていてやった事ですからね。元人間ですし人への被害は最小限に抑えたいものです。では、私はこれで。」
着崩した男は頭を下げて足元からふわりと透明になり消えて行った。
「はぁ・・・・あれがアザルスト様後任の最有力候補か。苦労してそうだなあの人。」
ネクタイを解き、両腕を上げてぐっと伸びをすると男も徐々に透けて行く。
「明日の我が身だなぁ・・・・」
森に彼の悲痛な声が1つ響くと共に、世界を超えた神族同士の話し合いは人知れずに終了した。
「頭痛い、体痛い・・・・」
「料理作ったら先に休め。見張りは俺とルル達でやるから。」
「状況が状況ですし、非常食で構いませんよ?」
僕が痛む体を引き摺りながら料理をしていると英雄とエゴールが心配して声を掛けてくれる。
「それじゃあお言葉に甘えて、今日は御粥ね。」
「それが良いだろうな。俺も最後に体内を揺さぶられたから軽いやつが良い。」
英雄が頬を引き攣らせながらお腹を擦る。近距離であのドームを喰らったのだ、自慢じゃないが僕の耐久値なら即死していただろう。
なんでも怖くて魔力を反射的に防御へ回したことが功を奏したらしい。
あの後倒れていた英雄とフロウを回復し、騒ぎが収まった事に気が付き近寄ってきたエゴールと合流した。その時にフロウは回収している。
英雄の怪我は全て治せたのだが、1つだけ問題が発生した。僕である。
最後の一撃に使った魔力が多すぎて身体が耐え切れなかったのだ。おかげで全身が筋肉痛の様になり、両手は軽く握るだけで辛い。
肉体へ操作できない量を流し込んだら最悪爆散するので今回は軽い症例なのだが、痛いものは痛い。
しかもこれは体内の魔力を流す道の方が昨日の雷魔法を撃った後よりも酷く傷ついているので、今の僕では治せないのだ。
で、その後の話し合いで戦力回復の為に、ここへもう一泊する事が確定した。
「大精霊は流石に予想外でしたね。師匠への良い土産話が出来ましたよ。」
「こっちはまた九死に一生シリーズが増えて皆から何言われるか地味に怖い。」
ホクホク顔で語るエゴールへ英雄が疲れた様に答える。
「早く旅に出たいけど、またジナイーダさんの訓練コースに叩き込まれるかもね。」
「俺はイヴァンさんに絶対揉まれる。というか遊馬、今回のは流石にヤバかった。あと1ヶ月は街で訓練を積もうぜ。俺は痛感した、このまま行くのは自殺行為だ。それにもう少し粘れば魔道具屋でアレが買えるしな。」
英雄の言葉に僕は頷く。
流石にこのレベルが出てくるのは稀だが、僕達はこの調子でトラブルに遭遇するだろう。誠に遺憾ながらそこだけは神に愛されてる。
別の街や国でチンケな盗賊から大規模な組織の抗争に巻き込まれたりする自信が有る。
『遊馬、今の俺達なら宇宙から来たオーバーテクノロジーを持つ連中と出会えるんじゃねえか?』
『その前に細菌兵器を使われて石にされるよ・・・・』
エゴールに聞こえないように冗談を言い合うのだが、正直な話ありえないとは言い切れないのが悲しい。英雄も石の件で目を逸らしたから間違いないだろう。僕だって行けるのなら星の海を渡りたいさ。
そうやって馬鹿話をしつつ調理を終え、食事後に少しだけ3人で話すと僕は先に休ませてもらった。もう限界です。スプーン重い。
翌朝ルルに起され、しっかりとモフモフを堪能しつつテントを出る。
「おはよう、調子はどうだ?」
「おはよう。昨日よりはましってぐらいかな。近接はきついけど魔法戦なら行けるよ。」
挨拶をしてきた英雄に答えると辺りを見回して少しだけ思案する。
「ねえ、朝ごはんって御粥と卵焼きで良い?」
「別に構わないけどどうしたんだ?」
英雄が怪訝な顔をして聞いてくる。エゴールには聞いていないが、昨日の反応を見る限り大丈夫だろう。
「汗掻いたし髪に泥っぽさが残ってるから水浴びしたい。」
僕がそう言うと彼は苦笑して答える。
「良いぞ行ってきて。さすがに覗く元気は無いからしっかり落として来い。これからまた長いぞ。」
話の分かる親友に許可を貰ったので簡単に朝食を作ると泉へ向かい、プラフィを呼び出して水に浸かる。
「冷たいけど生き返るぅー」
「主様、お気持ちは分かりますが長く入り過ぎると体を冷やしますよ。」
優しく笑うプラフィに髪を梳いてもらい、改めて泥を落とす。その後背中を拭いてもらっていると隣に全身が水で出来た女性が浮かび上がってきた。
「・・・・プラフィ、甘くなっていだろうけど、僕は警戒を一切解いてないよね?」
つい昨日激戦を繰り広げた相手が隣に現れた事で軽く冷や汗が流れる。
「はい、一応申しておきますが私もチチリも気が付きませんでした。」
どうやら僕達程度は発見すらできないらしい。地味に傷つく。
敵意を感じないので相手の出方を覗っていると、彼女は微笑みながら僕の胸元へと手を伸ばす。
「え!?」
大精霊の腕は僕の胸を通り抜けて身体にどんどんと浸透していく。全身に温かな魔力と心地良い水の感覚が広がり緊急事態であることを忘れてほっとしてしまう。
プラフィが心配そうにこちらを見ているがどうしようもないので仕方がない。
「遊馬!!」
色々と諦めてされるがままにしていると、少し遠いが横合いから呼ばれてそちらを向く。
「ごめん、説明できない。」
僕がそう言うと、英雄はこちらとプラフィを交互に見て、最後に大精霊に視線を向ける。
「すまん、理解できそうにない。」
それはそうだろう。これは非常に困った。
「お2人とも、終わり次第マレフィ様にご連絡しましょう。」
眉尻を下げて困惑を深めているプラフィがそう言うと僕達は頷き、事の成り行きを見守る事にしたのだが大精霊はそのまま僕を抱擁して姿を消した。
「主様、お加減は?」
「うん、特にないけどこれって・・・・」
2人で悩んでいると英雄が泉の淵へ歩いてくる。
「問題は無いのか?」
振り返ると声音と同じ真剣な表情でこちらを見てくるので僕は頷く。
「今の所全く問題ないよ。むしろ良くなったかな? 両腕の痛みがかなり引いてる。」
そう答えると彼は溜息を吐いてこちらをジトーっと見てくる。
「こんな状況で嘘を言う訳ないだろ。ただ間違いなく分かるのは、彼女は僕の中にいるって事かな。ルル達とは違う所に入った感じがする。」
文句を言いたいのはこちらなので前半は少し不満げに、後半は困惑しながら言う。
「はぁ、もうどうにでもなれ・・・・」
空を見上げて投げ遣りに吐き出した僕の心情は、誰に取られる事も無く中空へと霧散した。




