第二章.19
食事を終え、改めて護衛の隊長さんから襲撃された位置を聞くと、目的地である水精霊の泉付近とは関係なさそうだったのでこのまま依頼は続行する事にした。
治療の為に思ったより多くの魔力を消費したので少し長めに休憩を入れるとゾーヤさん達に挨拶をして休憩施設を後にする。
「凄いパワーだったね・・・・」
「ああ、何人もアプローチを掛けて来たもんな。」
「数名は鬼気迫るものが有りましたよね。」
改めて彼女たちの事を話し合い僕達は溜息を吐く。
出発するまでに向こうの男性陣から泊まっている宿や恋人の有無など色々と聞かれたのだ。筋骨逞しい男達に四方を囲まれては小柄な僕など脱出できず、英雄とエゴールに助けを求め様にも別働隊が遮断し封殺された。このチームワークが生還の理由だろう。
傍から見ると凄く背徳的で嗜虐心がそそるとは英雄の言で迷わず殴ったのだが、後ろに付いた奴の視線と気迫が凄かったのだ。笑い事では無い。
「ゾーヤさんを含めた女性陣が助けてくれなかったら、また簀巻きにされて誘拐されるところだった。」
「なんで昔も今も、お前の周りは愉快な奴ばかりなんだ?」
僕が遠い目をして言うと、エゴールと交代して御者台に座る英雄から突っ込みを受ける。
「待て、お前だってそのうちの1人だろ。というか筆頭じゃないか。」
「俺はお姫様を守るナイトの1人だったから問題ない。それに俺達のカップリング本も多かったし、ある意味公認だろ?」
甚だ遺憾であるが、現代でこいつは僕とのカップリング率は4割を超えていたそうだ。
他の友人達も言っていたので嘘ではないだろう。そう言えば嫌がる素振りを見せていなかったが・・・・まさかな?
学生時代に周りから変質者と同じ視線を女の子から感じた事が度々あったが、あの頃の若い僕では、どう見ても自分が年齢性別を問わない街の人から熱烈に攻められる本を見て正気でいられるほどタフではないので黙っていてくれたこいつらは優しいと思う。
事実、卒業した後に持ち込まれた鬼畜ショタに襲われる本を見た時は泣いた。後半では謎の薬で女の子になって、追加された薬物でロリ化していたが脳が理解する事を拒んでくれたのでその場は凌いでいる。
無知とは罪だが、蓋をする事も必要なのだ。
ちなみに当時から僕が女体化する本は多く、これについては在学中にも知っており、残念ながら人気は非常に高かったらしい。
18禁にもかかわらず校内の裏マーケットで取引が行われていたと聞き、魔女狩りを行おうとしたのだが、何故か真顔になった親友連中から全力で止められた。しっかり裁判も受けさせる予定だったのに信じてくれないとは酷い連中だろう。
男の時の総受けや女体化後にファンタジー生物から姫騎士されるぐらいならまだ良かったが、作り物とは言え数人に監禁されたり調教されたり文字通り捕食される作品類は心へダメージを負う事となり、友人が持つエロ本の中にそれが有った時の絶望感は今でも覚えている。
あいつは件の本を見つけられた時『一応言っておくがネタだからな?』と言っていたが、当時男の僕が出る本を買った時点でアウトだろう。
良く分からない義務感に駆られ、そいつの首を両手で絞めたのだが英雄に止められて消すことは叶わなかった。
今だから思えるのだが、僕が題材のBL本もかなりの人気だった事から、男でこっちに来ても危なかったのかもしれないと考えたのは間違っていないと筈だ。
英雄も熱いアプローチを受けているし。
そうやって思い返して行くと変質者の魔手からこの身を守り、道を誤ろうとした時に助けてくれた騎士様は確かにいたのだ。皆優しかったし男前ではあったと思う。
問題はその中に薄い本を所持していない奴は1人もいなかった事だが、過去の話として忘れる事にした。
「残ったナイトは君だけか。僕の求心力も底が知れるね。」
「今の事を知ったら大挙して押し寄せるかもな。血で血を洗う戦いが始まるぞ。」
自嘲気味に笑う僕へ返された英雄の言葉は背筋を凍りつかせるには十分だ。
異世界で女になったなんて知れたら本当に黒魔術とかに傾倒してこちらに来かねない。
最悪の場合は全員が共謀して、多対一をやらされる羽目になる。女歴1年未満で男経験無しの僕では耐えられないだろう。
「ご友人の方々については分かりませんが、事実として多くの男性陣からギラついた視線を送られていたので気を付けてくださいね。」
エゴールからも心配する声が上がり僕は項垂れる事しかできなかった。
他人事だと思って、御者台でゆっくりと伸びをする親友が羨ましくてたまらない。
「覚えてろ英雄。お前の事を思ってやまない彼氏達に素敵なナイト様の事をたっぷり話してやる。」
僕とエゴールは彼が一瞬だけ硬直したのを見逃さずに笑い合い、目的地へと進んで行くのだった。
それからしばらく進み、予定していたポイントより少し進んだ所で野営をする事にした。隊商が襲われた地点よりだいぶ進んでいるので単発的な襲撃こそあれ、群れに襲われることは無いだろう。
ルルとチチリにはしっかりと警戒をしてもらっている。
当然僕達も談笑こそすれ気は抜いていない。
手早く料理を作り、英雄と交代で見張りをしながら夜明けを待つ。
僕が明け方を担当するのは朝食の関係だ。フロウとプラフィがいる為、頃合いになると警戒を任せて準備ができるので無駄な時間が減るのだ。
日の出と共に2人を起こして食事を出す。
今日で3日目、このまま問題が無ければお昼頃には目的地に着くだろう。
エゴールは楽しみにしていただけあってかなりそわそわしていたが、気持ちは分かる。
逸る彼を押さえて踏み固められた森の中へと進んで行く。優しく降り注ぐ木漏れ日が気持ち良い。
ロマン溢れる古代遺跡までもう少し。
「うわぁ・・・・」
「話には聞いていましたが、これは本当に美しいですね。」
「確かにな。ん?おい、あそこに見えるのが目的の遺跡じゃねえか?」
僕らが森の中に広がる、日の光を反射する透明に澄んだ泉とその周辺を囲む青々とした木々を見て感嘆の声を上げていると、辺りを見回していた英雄が奥に小さく見える石造りの人工物を指差して言った。
「ええ、あれに間違いありません!」
目を輝かせるエゴールに僕達は苦笑してもう一度辺りを見回す。
「やっぱり僕達だけだね。」
「気を使わなくていいのは助かるが、防衛は少し面倒かもな。」
「取り分や仲間割れを考えなくても良いと考えようよ。それよりも、早く遺跡に向かおう。キャンプの設営もあるからね。」
そう言って馬車を歩かせ、フロウを加えた4人で遺跡の下見をして回り、とりあえず拠点を作る。
前の調査隊の人達が使った跡がちらほらと見えたので場所選びにはそんなに困らなかった。
他に人もいないので拠点は選び放題である。
とりあえず遺跡と泉の中間地点にテントを設置し終えると男性陣とチチリは日が暮れるまで遺跡に向かい、僕はルルに警戒を任せて夜食を作る。いつも通りプラフィがスタンバイしているので何かあっても大丈夫だろう。
皆が帰って来て食事などを済ませると夕日に染まる泉で軽く水浴びをした。
3日間風呂なしだったので水とは言え生き返る気持ちだ。早く温かいお風呂に浸かりたい。
ちなみに英雄は覗きには来ないでしっかりと護衛をしていた。本人も『仕事とオフの区別はしっかり付ける』と言っていたが、大丈夫であれば覗くという事だろう。少し羨ましい。
今日はもう寝る事にしたのだが、少し前から気になっていた事を2人に確認してみた。
「ねえ、さっきから変な感じがしない?」
僕がそう言うとエゴールは首を傾げ、警戒を担当していた英雄が雰囲気を変えた。
「ああ、違う違う! 魔物とかじゃなくてさ、なんて言うんだろう・・・・こう、あからさまに見られてる様な感じとか、体に触れられてる感じがしないかって事。」
2人が怪訝な表情でこちらを見る事から、やはり何も感じていない様だ。
「遊馬、他の連中にはもう相談してるんだよな?」
英雄の確認に頷く。
「中の皆は何も感じないって言うから僕の勘違いだと思ってたんだ。念の為1度全員に戻ってもらってリンクを最大にしても悪意や敵意は感じないかな。プラフィは『もしかしたら精霊じゃないか?』って言ってる。」
僕がそう告げるとエゴールは顎に手を当て悩み、英雄は軽く溜息を吐きながら困った様に軽く頭を掻いた。
「感知出来ない精霊が相手だとどうしようもないぞ?」
街の訓練で何度もやられた相手だけに英雄は苦い顔をしている。
「アスマさん、仮にそれが精霊だとして、悪意は感じないんですよね? それでしたらおそらく大丈夫だと思います。」
エゴールの言葉に僕らは彼を見る。
「精霊が見えない人間でも彼らに好かれる事は多くあるんです。その中でも精霊と親和性の高い者は何となくですが相手を感じる事が出来るそうなので、アスマさんはそう言ったタイプなのではないでしょうか?」
英雄と2人で顔を合わせる。心当たりとしてはこの呪われた神様製スペシャルボディぐらいだろうか?
『神の器』なんて大層なお名前だし、これの副次効果だと思われる。
その後エゴールから似た様な事例をいくつか聞き、改めて敵意が無いと確認する事で寝る事にした。
怖くないと言えば嘘になるが、見えない以上どうしようもないので諦めたのだ。
後日PTにエルフを確保した方が良いのか相談する事にしよう。
そんなこんなで遺跡に到着してから3日が経った。精霊達は何もしてこない。
後続の学者は現れなかったがエゴールの調査は順調に進んでおり、今日で工程の全てを終え、明日にはここを発つ予定だ。
専門知識の無い僕らではこの遺跡の凄さはあまり分からなかったが、場の空気を楽しめたし、これを作った者達に対する純粋な尊敬の念を抱けたので来た甲斐は十分にあった。
隠し扉とか地下に封印された何かを期待したのだが、さすがに発掘され終わっていたのでそんな夢は残っておらず、オ○ガノイドとか古代ゾ○ド人とかは見つからなかったのだ。無念である。
魔物の襲撃は数回ほどで特に問題らしい問題も無く、みんな動物型だったので美味しく頂いている。持ち込んだ食材が余り気味なので帰り道は派手に行く事が決定して3人で喜んだのは仕方のない事だろう。
それから一夜明けて帰る為に片づけを始めようとしたのだが、なんか空気がおかしい。
「んー・・・・」
「どうかしましたか?」
唸る僕にエゴールが心配そうに声を掛けてくる。
「うん。今日は精霊が一切寄ってこないんだ。今まで友好的だったから不思議でさ。ちょっと寂しいね。」
僕がそう言って苦笑すると彼もなるほどと笑って自分の道具整理に戻った。
「おいおい、また厄介事じゃないだろうな?」
笑いながらこちらを見る英雄を軽く睨みつけるが今までの経験から否定できないのが辛い。
それからある程度の作業が終わり、大物であるテントの片づけを始めようとした時にそれに気が付く。
全身を走る凄まじい怖気を感じたのだ。
3人で一斉に泉の方角を見ると、そこには全身が水で出来た女性が水面に立ち、両手で頭を抱えながら左右に振っている。顔も水なのでマネキンの様だが、その顔は苦悶に満ちている。気になるのは体が澄んだ青色と濁った泥の様な色へ交互に変色している事だろうか。
明らかに異常事態だろう。
「あれは、まさか!?」
エゴールが驚愕を顔に張り付けて言った所を見るとかなりよろしくない状況だろう。
「お友達か?」
そんな事は無いと分かりつつも英雄は冗談を交えてエゴールに状況を聞く。
正直に言って、こんな軽口を混ぜないとやってられないのだ。先ほどから明らかに圧力が増している。
「通常の場合人型になれる精霊はいません。」
彼の額を冷や汗が流れる。
「過去の記録で人の姿をとったのは全て精霊の中でも力のある大精霊と呼ばれる者達だけです。」
その話を聞きつつ英雄が大剣を抜き、深呼吸をして相手を見据える。
「精霊って滅多に危害を加えないんじゃなかったの? それにあの色は?」
質問をしながら僕も剣を抜きルル、チチリ、フロウを呼び出す。皆異常事態だと分かっているので全員が臨戦態勢だ。
「申し訳ありません、精霊学はエルフの専門でして・・・・」
僕らの邪魔にならない様に少し下がり、エゴールは困惑を深めている。
泉の中心で苦しむ大精霊の動きが止まり完全に土色になった時、彼女を中心に嫌な風が吹き乱れ、煽られた僕達も顔を覆う。
濁った霧が体に纏わりついて気持ちが悪くなる事を感じ、これが拙い物だという事は全員直感で理解する。
『主様、これは瘴気です!!』
プラフィが僕の中から叫び、それを聞いて顔を上げた僕が見たのは、こちらを見据え、一本の槍を持った敵の姿だった。
水上では戦えないので、少しだけ下がった所で相手がゆっくりと動き出す。
「来るぞッ!!」
僕が上げた叫び声と共に槍を構えた大精霊が足元へ水柱を上げながらこちらへと向かって来るのだった。




