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第一章.5

 僕たちは現在、英雄の家にいます。メンバーは僕、英雄、知らない女の人の3人です。

 あの何処までも落ちていくような感覚を受け続けて数十秒ほど落ちた後、速度が徐々に弱まっていき、光が収束する先から出た場所は僕が誘拐された現場である英雄の家だったのです。

時計を見るとあれから10分ほどしか経っておらず、テーブルの上に置いたままにしていたスマホで日付を確認したけど、その日のままでした。

 そしてこちらを見て微笑む親友を見た時、僕は改めて助かったことを理解して子供の様に座り込んで大泣きしてしまいました。

慌てた英雄と女の人は、僕の近くに走り寄ってきて英雄には抱きしめられ、女の人は何かを呟いた後に頭を撫でてくれました。


「ぅぅ、その、本当にご迷惑をおかけしました。」


この歳で大泣きした恥しさから顔を真っ赤にして二人に謝ると、


「気にするな、あれで凹まない人間なんていないさ。むしろ心が大丈夫そうで安心した。」


「ええ、気にしないで。むしろこんな可愛い子の泣き顔が見られて役得よ。それとこの部屋には防音の魔法を使ったからご近所さんにも聞こえてないわ。」


と2人とも何事も無かった様に言ってくれたのだが、何故だろう? この女の人からはあの変態と同じ感じがする。気を付けた方が良いのか?

本能に刷り込まれてしまった恐怖から身が竦んでしまったのだが、女の人は気付いてなさそうなので今のうちにお礼を言っておこう。


「あの、僕は鈴木遊馬と言います。この度は危ない所を助けていただいて本当にありがとうございました。」


女の人は手をパタパタと振って答える。


「ああ、気にしないで。と言うか、本当の事を言うとね、私は君に怒られる立場なんだよ?」


その言葉に僕と英雄は首を傾げた。


「遊馬君も落ち着いたし、順を追って話そうか。まずは私の自己紹介からね。私の名前はマレフィよ。職業は女神様で管轄してるいのは2つ。1つはこの世界よ。一応言っておくけど、あなたを誘拐した神とは完全に無関係だからね。」


と自己紹介してくれた。そうか、それであの糞野郎と同じ感じがするのか。一瞬だけ同族だと思ってごめんなさい。

というかマレフィ様、さっき僕が固まったのに気付いてたのか。


「続けるわね、あなたを攫ったのは私とは別の神で、名前はアザルストって言うの。イタズラの神で、いつも色んな被害を出すから彼個人の評価はかなり低いわ。でも仕事の評価は恐ろしく高いから、仲間内で色々手を回しても辞めさせられなくて、神々にとっては頭痛の種よ。」


 今回の哀れな被害者は僕だったらしい。なんでそんなピンポイントで狙われなくちゃいけないのか泣きたくなる。

マレフィ様は心底うんざりしているという顔をして説明を続けた。


「君を攫った目的は分からなかったけど、あいつが私たちに悟られない様、綿密に準備していた事と、遊馬君のその恰好を見たら大体察しがついたわ。辛いだろうけど、少しだけ思い出して欲しいの。アザルストは何か言ってなかった?」


 話の途中から震えていた僕の頭を撫でながら、申し訳なさそうに聞いて来たので僕も覚悟を決めて口を引く。


「あの男は僕を妻に迎えたいって言いました。目を付けたのは12年前らしく、それからずっと準備していたそうです。」


覚悟を決めて要点だけ話した僕の手を英雄がそっと包んでくれた。僕とは違い逞しくて大きな手だ。普通なら絶対にさせないが今はありがたい。


「そう、やっぱりね・・・・あなたを助ける時の事なんだけど、実は私達2人だけじゃなくて他の神様にも協力を仰いでいたのよ。どうりで防壁が強固だった訳だわ。」


納得している神様を他所に英雄の顔が固くなっていく。

長い付き合いだからこそ分かる。これは何か重大な問題がある時だ。

僕は英雄の顔を見ながら、手を強く握り返し驚いてこちらを向いた彼の目を見て頷くと、彼はおずおずと聞きだした。


「大体の事情は分かった。そろそろ確信的な事を聞かせてくれないか?貴女はあの男の事を俺に、これからの為に話す必要があると言ったし、こいつの事を無事ではないと言った。そこを聞かせてくれ。」


え?待って、無事ではないって何の事?

僕が口を開くより早く女神様が答えてくれた。そう、最悪の御言葉と共に。


「ええ、わかった。二人にとっては非常に辛い話になるけど、聞いてもらうわ。

まず『これからの為に』って方だけど、これは純粋に、攫われた理由次第ではこれから遊馬君が狙われ続ける事を想定して言ったものよ。そして残念な事に彼にはこれから気を付けてもらわないといけなくなったわ。

次の『無事ではない』ってのだけど、これが非常に拙くてね・・・・遊馬君はこの世界で生きる事が出来なくなったの。」


 僕はマレフィ様が言った最後の言葉が理解できなくて動きが止まり、英雄は相手を射殺すのではないかと言うぐらい彼女を鋭く睨んでいた。

沈んだ声で話は続く。


「理由を説明するわね。本来この世界とさっきの世界では物のあり方が全然違うのよ。英雄君は絶対に事故が起きないように神を1柱付ける事で消滅を防いだわ。でも神々の加護が一切ない遊馬君は向こうの世界で生きる術はない。というより、物理的に無理なの。ねえ遊馬君、あいつは君の身体の事って何か言ってなかった?」


僕はあの花の部屋で言われたことを思い出す。

『君の体がほとんど動かないのは、君の身体をこちら用に作り変えている最中だからだ。頭が上手く働かないのは、新しい身体の事を含めて、こちらの世界の知識を押しこんだ為だよ。』

震える唇でどうにか言葉を紡ぐ。


「向こうで最初に起きた時の僕は体があまり動かず、頭も重くてまともに動けませんでした。その時に身体を作り変えている途中だとあいつは・・・・・でも、待ってください!!

次に起きた時に脱走をして、その時二人に助けてもらったのですが、僕が起きる度にあいつは『予定より早く起きた』と言っていました! 未完成の状態であれだけ動けたのであれば、この世界でだって―」


僕は願望と共に早口で捲し立てたが、マレフィ様の言葉で遮られる。


「世界の壁って言うのはね、言葉で言うほど薄くはなくて、私達ぐらい高度な存在がしっかりと対策をする事で漸く何とかなるものなの・・・・

貴女の身体が未完成で動けたのはアザルストが連れて来てからずっと保護をしていたからで、恐らく逃げた時も最初から気がついていたはずよ。私たちが助けに行った時、あなたは動けなかったでしょ?あれも保護の延長線上にあるものよ。今は私が保護をしているからこちらで生きているの。」


 その言葉に心当たりのあった僕は項垂れて目を閉じて考える。


(そっか、もう駄目なんだ。死にたくない・・・・・死にたくないな。落ち着け、10代の学生じゃないんだ。泣き喚くより先に出来る事を探そう。)


「方法は何もないんですか?僕はまだ死にたくないです。生贄とかが必要なら潔く諦めますが、何か方法があるのであれば教えてください。」


目の前にいる超常の存在である神をまっすぐに見て僕は尋ねた。


「勿論あるわ。逆に言うとこれしかない。すっごく簡単に言うと、今あなたの身体はまだ安定していないから、私の力を使えば、ある程度だけど形を変える事が出来るの。それを使って私の管理するもう1つの世界で生きてもらう方法があるわ。これはあなたが捕まった世界が私の管理先と比較的近いからできる荒技なの。こちらの世界に合わせるのは環境が違い過ぎて、頑張っても2年ぐらいが限界よ。」


 どうやら今の僕は紙粘土で例えると封を切って形を整える段階らしく、固まるまでにマレフィ様の力で色々と整形が出来る様だ。

 あ、僕は紙粘土の詳しい工作方法なんて知らないからあくまで例えだからね。最後に触ったのなんて小学校だよ。

 家族や友人と二度と会えなくなるのは辛い。

でも、生き延びる方法はある。

後はその世界がどのような世界か聞かなければ。世紀末を迎えている世界に行くぐらいならこちらで穏やかに死にたい。


「可能であれば行き先となる世界の事を教えてください。行った所で生活できない世界であれば、延命しても意味が有りません。」


 僕はそう言った後、どう説明しようか考えている神様を他所に、二度と会えなくなるであろう隣に座る親友を目だけでチラリと見て考える。


(ずいぶん英雄が静かだな? って当たり前か。二度と会えなくなるんだもんね。当事者じゃなくても考える事なんていくらでもあるか。)


そこへ考えをまとめた女神様が口を開く。


「今から遊馬君を送る世界は剣と魔法の世界よ。エルフやドワーフに獣人とか魔人が大勢いるファンタジーの世界ね。よく小説とかで見るみたいな調味料すらない発展途上ではなく、国にもよるけど魔法を使って栄えているから生活には困らないはず。差別の激しい国に行かなければ奴隷とかも少ないかな。

今回、管理者でありながら間に合わなかった事に対する謝罪の意味も込めて安全な場所への転送とかはやらせてもらうわ。そこについては後で詰めましょう。」


 言い終わったマレフィ様は目線でどうするかを聞いて来たが、生き延びる事が出来るのであれば僕の答えは決まっている。


「分かりました。それでお願いします。あの、こちらでの僕の扱いはどうなるのでしょうか?行方不明となると、残る家族は体面的に厳しいのですが。」


 誰もが目を背ける問題だが、僕には両親が残っているしサービス業である以上、風評被害は洒落にならない。無鉄砲な10代でも、社会を知らない学生でもないのだ。こういう事はしっかりと確認しておかねば。


「そのあたりも含めて後で詰めようか。とりあえず方法として、家族や近しい者にだけ真実を告げて行方不明にするとか、存在を無かったことにするとか、事故で亡くなるとかだね。でもね、君はそれより前にもっと大事なことを決めてもらわないといけないの。」


え?現代人にとって社会的な死より大事な事って何?


「君の身体の事だよ、私が整形できるのはごく一部の根幹とそれ以外だけなんだ。で、私が触れない根幹の1つに性別の項目があるんだけど・・・・え!? ちょっ、そんな顔しないで!! ほ、ほら、英雄君も吃驚しているでしょ? 泣かないでぇ・・・・」


 今の流れでその言葉の先を予想できない訳ないじゃないか・・・・さっきまで真剣な表情で何かを考えながら話を聞いていた英雄でさえ驚いている。今の顔はそんなに酷いのだろうか?

僕はつかえながら先の言葉を促す。


「あー、えーっとね・・・・うん、その、予想出来ているみたいだけど、君はこれからね、女として生きて行かないといけないの。」


この日僕は、男として大切なものを失うことを告げられた。


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