第二章.10
俺達は脱衣所で聞こえる衣擦れの音を全力で楽しんでいた。
この調子で遊馬を教育して行けばすぐに慣れて他のコス衣装にも袖を通してくれるだろう。
「男物を着せれば早いんでしょうけどね。」
「美人系とか格好良い系だから間違いなく似合うんだろうが、それでは俺達の目的がな・・・・」
2人で神妙に頷く。
そう、俺達の真の目的は着せ替える事や、ただコスプレさせたい訳では無い。いや、夜のお供にぜひ着て欲しいのは認めるが今は違う。俺達の願いとは―
「ハッ、出てくるわよ!!」
「くっ間に合うか!?」
俺達は慌ててドアから離れて、何事も無かったかのように振舞う。
そしてドアの隙間から頭だけを覗かせ、不安そうにこちらを覗う可愛い生き物を見て悶えるのを我慢する。
「ほら、早く出てこいよ。」
「大丈夫よ。素材が悪くないから、何着せたって似合うわ。自信を持って出て来なさい。」
ここで慌ててはいけない。過去の経験からしっかりと学んでいるし、焦らない事を事前に何度もお互いに確認し合ったのだ。さあ来い、あと一歩だ。真の目的である『恥ずかしそうにモジモジする姿』を俺達に見せるのだ!!
顔だけを覗かせて外を見ると凄くわくわくした雰囲気が伝わってくる。
(くっそー・・・・あの楽しそうな表情を見る限りだと、2人とも下心とか無いんだろうな。僕だけ変に意識して馬鹿みたいじゃないか。)
何度か穿いた事があるとはいえ、あまりにも心許無い足回りが不安で、内股を擦り合わせる。
『主様、大丈夫ですよ。いつも通り勢いに任せてしまえばいいのです。』
着替えを手伝ってくれたプラフィが内側から優しく声を掛けてくれる。
「そうだね、行ってみますか。」
僕は勇気を足に込めて二人の前に踏み出す。まあ実際に変わった所と言えば、スカートを穿いたぐらいなので、それだけだと考えてしまえば足取りは軽かった。それでも人からの評価は気になるもので・・・・
「ど、どう? 変じゃない?」
顔が熱い。絶対今赤くなっている自信がある。恥ずかしくてスカートを少し握りながら、とりあえず英雄を見る。
「そう! それを見たかったんだ!!」
とガッツポーズしてくれた。喜んでいいのかこれは?
次にマレフィお姉ちゃんを見ると、自分の体を抱いて悶えていた。
「駄目! このまま持って帰りたい!!」
聞かなかった事にしよう。
僕は深く溜息を吐いて時計を見ると、いつもより遅いぐらいだったので姉を職場に追い返し、満足顔の親友と朝食を食べに行った。
そして自分の失敗を呪う。
食堂で英雄と今日の予定を話している時の事だった。
「取り急ぎは一昨日の件だね。」
「そうだな。次点でフロウの装備品か。」
朝食を食べ終わりコーヒーを飲みながら相談しているのだが、後ろから聞こえる声に額を押さえる。
『アスマさん、気合入ってる。今の話からしてもデートだよね!?』
『ヒデオに死を・・・・』
『いつものパンツスタイルも格好良いけど、今日は大人の女って感じで良いな・・・・』
『そうか、ヒデオとアスマちゃんをセットで頂けばいいんだ。』
元男としては若い女の子から刺ささる視線が得に辛かった。
「とりあえず、場所変えるか。」
「うん。」
立ち上がった僕の肩を英雄が抱いて二人で食堂を後にする。
その事に部屋へと帰ってから気が付き、両手で顔を覆った。楽しそうに笑う犯人はボディに一発入れる事で沈めておく。
「ふぅ・・・・で、どこから行こうか?」
「先にギルドだな。あっちで話を聞いてから買い物に行こう。フロウの武器は斧だから、イヴァンさんに聞いてからの方が良い。」
いつもより少し遅いぐらいだったのでフロウに出て来てもらうと、僕達はすぐにギルドへ向かったのだが、道中では視線なんかよりも、もっと恐ろしい物を味わった。
「色気の無い話で本当に申し訳ないんだけどさ、この動き辛い状態で襲われたらと思うと非常に怖い。やっぱり僕はズボン派だね。」
「何かあったら俺が抱えるしかないな。お姫様抱っこで良いか?」
「その前に剣で良いから武器を貸してくださいね? 素手で守れって言われたらかなりきついですよ。」
『危険に合わない為にはどうすれば良いのか?』というある意味永遠の命題が有るのだが、自分が狙われた時や突発的な事件に巻き込まれた時以外は、『本能的や少し考えて危ないと思った所に近づかない。』というのが正解だと僕と英雄は考えている。そんな自己防衛意識が高いからか僕の足は重かった。服装の羞恥心など身の安全に比べれば取るに足らないのだ。
「その、悪かった。やらせたのは俺達だけど、ここまで実害が出るとは思わなかった。本当にすまん。」
申し訳なさそうに謝る英雄に僕は苦笑する。
「良いよ気にしなくて。その分いつも以上に気を張って警戒してくれてるんだから。もしもの時はお姫様抱っこで逃げてくれるんでしょ?」
2回も治安の良い街中で襲われている側としては、さすがに警戒を完全に緩めることは出来ない。だが今回は僕の機動力が大幅に落ちた事で英雄がしっかりと護衛に付いてくれていた。フロウもいるので最悪の事態にはならないだろう。
「頼りになる親友と弟分がいて助かったよ。」
そう笑ってやると二人に苦笑いされた。
通い慣れた道を通り、顔見知りさん達から色々と言われ、ギルドの近くまで来た頃には、服装の苦手意識は無くなっていた。だが警戒は怠らない。いきなり美人お姉さんズに襲われたのは僕達にとって密かなトラウマなのだ。
ギルド内に入って受付を目指すと早速ジナイーダさんに捕まった。イヴァンさんもだけど、どのタイミングで補足されてるのか毎回疑問に思う。
「来たわね・・・・ってあら? 似合ってるじゃない。今日はデート?」
手を口に当てながら、楽しそうにふふっと笑う彼女を見て、僕に悪戯心が湧きあがった。
『デート』の言葉に反応した一部がこちらを覗っているのでタイミングはバッチリだろう。何か良く無いものを感じ取ったのか英雄が止めようと肩に手を置くが僕の方が早い。
「知り合いと英雄に無理矢理穿かされました。」
チラリと後ろに控える親友を見ると、止められなかった事を後悔したのであろう沈痛な面持ちでいる。
『さあヒデオ、詳しく話してもらおうじゃねえか。』
『なんでそんなに青い顔してるんだ? いつも訓練する仲だろ、俺達を信じろよ。』
『ダァーイスンスーン』
『何故だ!? 何故こいつだけこんな美味しい思いをするんだ!!』
よし、種火は出来上がった次は燃料を投下しよう。
「他にもスカートのたくしあ―もがっ!?」
狙いに気が付いたのだろう英雄が後ろから右手で僕の体をホールドし、左手で口を押える。
(チッ、失敗に終わったか。まあ良いや、次は・・・・ってあれ?)
先程まで騒いでいた反応が無くなった事を訝しみ辺りを見回すとこちらを驚愕の表情で見ていた。
「みんな、確かにスカートの事は―って、どうしたんですか?」
英雄も状況がつかめていないのか弁明を途中で止めて困惑している。隣に立つフロウを2人で見るが視線を逸らされるので自分で考えるしかないだろう。
(え?もしかして、スカートがずり落ちたりしてないよね!?)
普段しない服装なので慌てて下を向いて彼らが固まった理由に気が付いた。英雄の僕を拘束する手が、左胸に置かれているのだ。
『あ、こいつ死んだな。』とは思ったのだが、ここで庇えばさらに憎しみを貯めるであろう事は想像に難くない。
でも行動しない訳にはいかないので左手で僕の胸に置いている英雄の右手首を叩いてやると親友も気が付いたのか徐々に体が震えだした。
「もごもごもご?(とりあえず放したら?)」
何を言ったのかニュアンスで伝わったのだろう、密着する身体がビクリと震える。こちらを感情の無い瞳で見る先輩方が正直怖い。
だがそこでピタリと英雄の震えが止まった。
「もごもご?(どうしたの?)」
窮地に立っている親友の顔を覗おうとして、首を頑張って動かそうとしたのだが、次に感じた感触で硬直する。
「もご!? (うわ!?)」
胸に添えられた手が、僕の胸を弄ったのだ。具体的に言うと、軟らかさを楽しむ様に2回ほど。それも周りに見せつける様に。
『死ぬ前に少しぐらい良い思いさせてくれ。』
密着している僕にしか聞こえない様な小さな声だったが、それはとても強い意志の籠った言葉に聞こえた。
「ふっ、最高に軟らかくていい匂いですよ。」
静かに、だが力強く放たれた言葉は聞く者に確かな波紋を広げる。意識を取り戻した傍観者たちは、無言で武器を取り出すのだった。
『本当に軟らかそうね・・・・決めたわ。このままPTに連れ帰って皆で楽しみましょう。獣人をここまで誘惑するんだもの、仕方ないわ。とりあえず今の持ち主は埋めなきゃ。』
『あんな所に憎しみの塊がいます。』
『ええ、います。』
『ヒデオ、俺は、何かしそうだ・・・・』
決して声を荒げずに、こちらをしっかりとロックオンしながら静かに呟く彼らに英雄だけでは無く僕も冷や汗が出た。
というか獣人の人達が僕を見る目が最近は特におかしい。男女問わずにかなりの熱い視線を送るのだ。
このままここにいても危ないし、僕を離して訓練所へとお客さんを連れて歩き出した親友に付いて行くのも怖いので、後ろで呆れているジナイーダさんから報告を聞く形で個室へと逃げた。フロウは迷わず僕に付いて来ている。こいつは長生きしそうだな。




