第二章.3
その後はいたって平穏だった。ギリギリだった事はお互い無かった事にし、部屋で少し時間を潰した後にギルドへ行って仕事を探す。
これは単純に朝のラッシュを避ける為だ。荒事に慣れた筋骨隆々の男たちが躍動感あふれる動きで依頼を奪い合い、カウンターに持って行き、外へ出ると言う一連の力強い流れの中に、僕の様な体格の人間を放り込んだら激流に流されて行くだけで仕事の選別どころでは無い。なにせ英雄ですらパワー負けするタフガイやナイスガイだらけなのだ。埋もれて見えなくなった時に攫われる可能性も0ではない。
というかこれはイヴァンさんとジナイーダさんに本気で気を付けろと言われた。初めて朝ラッシュに遭遇した時、僕をちらりと見た最後尾の人達が何かを小声で言い合うと、それが筋肉の大河に伝わって、川が入り易い様に割れたのだが、あの時に入っていたらと思うとぞっとする。こいつら森にいた大型の食虫植物と一緒だ。
で、非力な人間がどうするかと言うと、このラッシュが終わった頃を見越して依頼を探しに来るのだ。
残るのは冒険者ネットワークにリストアップされた嫌な依頼人や、比較的危険な物に、専門技能が必要な仕事が残る。
そして僕らが受けられそうな仕事と言えば。
「森、森、森、森、冒険者として他の仕事は無いのかな?」
「森以外の仕事も認めて欲しいな。」
と掲示板の前で溜息を吐く。
似た様な者は他にもいるので、視線が合うとお互いに苦笑する。
いや、前回エゴールの仕事もしたぐらいだから、森での仕事は可能だ。だが、本能に刻まれた恐怖と、同じ場所は飽きると言うとてつもなく私的な理由で渋っているのだけなのだ。
「随分と、調子悪そうだね。」
予定していた路銀稼ぎの夢が思ったよりも大変で凹む。
「俺達がやると面白そうなものはあるが、絶対にお勧めしないな。」
英雄は一枚の依頼書を指差す。それを覗き込んで僕は失笑した。
『森の調査依頼』
『平原の調査依頼』
『洞窟の調査依頼』
「僕達が調査に行くなんて、まず間違いなく大物が出てくるに決まっているじゃないか。パスパス。」
これで現地に向かったらどうせトンデモ生物と遭遇する自信がある。そうしたら今度こそ死ぬだろう。自分たちの命を捧げて、この街に厄介事を持ち込むなんて悪質過ぎる。
「街の手伝いか平原に狩りに行くか訓練をするか休むか・・・・どうする?」
投げ遣りに聞いて来た親友を見て溜息を吐く。
「訓練をして新しい子を増やすのも良いかもね。あと少しで行けそうな感じだから、訓練も悪くないんだけど、そうするとお前の相手がいないんだよね。」
今度は英雄が溜息を吐く。基礎訓練は別の時間を取っているので、今無理に入れる必要は無い。
僕らは本気で困っていた。
「なあ、そろそろ本格的に情報収集するのも悪くないんじゃないか?」
僕は首を傾げる。
「どういう事?」
「図書館に行って見ないか? 前に場所だけ聞いて一度も行ってなかっただろ?」
その事を思い出してからの行動は早かった。
「偶には休暇も良いよね。」
「ああ、今の仕事は歩合制なんだ、少しぐらい休んでも文句は言われないさ。心にゆとりのある職場って良いもんだな。」
2人で強く頷くと、ギルドを後にして宿で装備を外し、街にある最大の図書館へと向かった。
「す、すごい大きさだね。」
「ああ、地元と同じぐらいのサイズだと思っていたが、これは・・・・・」
僕達は図書館の外観を見ただけで驚いて立ち止まった。元々、図書館自体が片手で数えられるぐらいの使用回数だったので、もっと大きな施設があっても知らなかった可能性はあるのだが、これは大き過ぎた。
「土地が有り余っている頃に建てたから大きいのかな?」
「かもな。とりあえず入ろうぜ。」
僕は頷くと英雄の後をついて建物に入る。受付に聞くと利用料などは無いならしい。しっかりと納税の義務がある国だからだ。ちなみに冒険者の住民税は免除される。この話を聞いた時僕達は『根無し草から徴収したら暴動になるから当然だな。』と笑っていた。
「さて、何から調べる?」
「国内の事と王国かな? あとは美味しい物を食べたいから特産品。」
僕達は頷いて案内板を見ながら目的の本を探し回る。
この国の西にある王国はとてつもなく厄介な国なのだ。行かないにしても、最低限の情報は仕入れておけとマレフィお姉ちゃんから口酸っぱく言われていた。
どれぐらい困るかと言うと、この平和な国が、自国を守る為に国境線を全て壁で覆い、立ち入りを完全に禁止する程だから性質が悪い。
国境線という長い範囲に亘って軍隊を配置し監視するという力の入れ様からどれだけ嫌らっているのかが良く分かる。平原の生態系が少し狂ったらしいが、そこまで手を打たねばならなかったのだ。
理由は非常に簡単で、王国は人間至上主義だからだ。
亜人種は塵以下の扱いをされるので、多種族が協力して生きるこの国とは犬猿の仲である。この国を隔てる壁は『政治』ではなく『防衛』の為に必須なものであり、当時建築に関わった人達は喜んで従事した事が有名だ。防壁は国境線の少し手前に配置しておいて、相手が挑発行動で少し踏み越えた瞬間に、魔法で爆撃をするという徹底ぶりだ。
領土を侵犯したので相手の言い訳など聞かず、即攻撃を行う。
これに憤慨して戦争を起こされたが、この国は軍隊だけでなく、ギルドの力も強い。商人ギルドと魔術師ギルドが経済や流通を、冒険者ギルドと傭兵ギルドが戦力や情報収集に力を入れる事で圧勝した。それからは学んだらしく、砦を作って睨み合いをしている。
現在も戦力以外の協力を続けている為、経済力は緩やかに低下している。真綿で首を絞めているのだ。
相手の国は頭が非常に緩いらしく、国レベルで『我が国の物は我が国の物、貴国の物は我が国との共有資産』という理解できない思想を掲げているのだが、非常に残念な事に、国土が豊富であり、輸出入の関係でどの国も手を出せないのだ。(この国は両方を一切禁止している。)
植民地化しても『国民があまりに自分勝手すぎて使えないので乗っ取る必要もない。』という考えも強いらしい。
そう言ったものを少しだけ詳しく調べて僕達はげんなりする。
「絶対に近寄ったら駄目だね。」
「これなんて読んでみろ、典型的な悪い貴族じゃねえか。」
そこには村娘を貴族が力で奪っていく事が当たり前と書いてあった。
「こっちなんてどう?」
人身売買が当然である事を彼に見せると顔を歪める。
「僕が行くとどうなると思う?」
「1発アウトだな。道端で酷い目に遭って、貴族向け商品にラインナップ。変態に購入されて倒錯的に楽しまれる未来しか見えないな。俺が想像しているのはエロゲだが、実際は中世の拷問みたいになるだろうな。聞きかじっただけで、アレなんだ。ここには回復魔法もあるし、終わらない地獄だろう。」
2人で重い溜息を吐く。
「イヴァンさんが昔仕事で行ったらしいんだが、本に書いてある事は優しい方らしい。ジナイーダさんを連れて行かなくて本当に良かったと言っていたからな。」
あまりに衝撃的な発言にお腹が痛くなる。
「情報操作じゃなくて事実なら救い様は無いね。さて、次は国内にしよう。」
努めて明るい声でこの話は切り上げる。そんな、生きている間絶対に行きたくない国ベスト3に堂々とノミネートされそうな国よりも、この平和な国で楽しい冒険者人生を送りたい。
「北の山岳地帯では採掘で、南の肥沃な大地では農業。東に行くと広がる大海か・・・・何この凄過ぎる国?」
「しかも、管理された魔物の生息地がしっかりとあるから、余程の事が無い限り資源には困らないだろうな。街道や交通の便もかなり整備されているし、小さな村でさえ学問を教えていて識字率どころか一般教養も高い。それに慢心しないで結構な規模の学術都市まである。」
僕達に暗い考えが横切る。
「冒険者の内に預金作っておかないと、引退後が危ないかもね。」
「何で異世界に来てまで年金みたいな心配しないといけないんだ・・・・」
溜息を吐いて頁を捲って行き、とある島国で止まる。
「これが僕達の出身地になっているヤナギか。」
「マレフィさんの話だとファンタジー化した日本だったか? 心躍るな。」
2人で頷き主食の『米』と『味噌汁』を見て、目頭が熱くなる。
食するまで泣くんじゃない。
「目的地は決まったね。」
「ああ、この国からも船が出ているみたいだな。Dランクになったら行って見ようぜ。」
固い決意を胸に秘めて、僕達は書籍を片付けると、目標の為に歩き出した。
人間、目の前に餌をぶら下げられると単純なものである。
飽きるという気持ちは我慢する事にした。
翌日、余り物の依頼を眺めながら僕達は悩む。
「森での討伐依頼か・・・・オーク? なんでこんな人気の依頼が残って―ああ、中層手前なら仕方ないか。」
「慣れてきた頃が一番危ないからね。だからこの依頼はパスで。」
「常時募集だから少し安いが、魔物の素材集めが張り出されているし、今日はこれに行くか。」
「あ、それならこっちの常時討伐依頼と被るから決まりだね。それじゃあ早速向かおう。」
目的のある苦労は楽しいのだ。森と言う薄暗い場所に、僕達は光の道を見つけていた。




