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第一章.34

その日の夜、僕達は宿の部屋で召喚本を開いて向き合っていた。

「鬼ってどんなのだろうね? ウステ○オの傭兵でも出てくるのかな?」

「円卓からわざわざ飛んでくるのか? 勘弁してくれ。」

軽く酔った勢いで話し込み笑い合う。

「吸血鬼はどんなのが出てくるんだろうな?」

「きっと恐ろしい事になるんじゃないかな? 宗教国家に目を付けられて、恐ろしい事されるんだよ。」

僕達はかなり盛り上がっていた。

「そう考えるとお前ってヴ○ルキリーなんだな。」

「死の先を行く仲間達か・・・・いいよね!!」

一応言っておくが、この宿の防音は確かである。そして僕達は騒いでいるが、声量は落としてあるので周りに迷惑はかけていない。さらに、防音の魔法が上達して来たのでしっかりと対策もしていた。

暫くそのまま話していたが、プラフィから『明日に障りますよ』と言われた事からお開きとなる。


そんなこんなで2日が経ち、予定通りイヴァンさん達は仕事で別の街に向かうので、訓練は終わりとなった。ジナイーダさんが召喚に立ち会えない事を凄く残念そうにしていたのだが、僕の力量があと少し足りなかった。無念である。



「熊に抉られたのがもう少し下だったら、ポーチとかアイテムボックスまで破壊されてたんだね。危なかった。」

「生きているだけでも奇跡なのに、いざ生き残ってみると欲深くなるよな。」

僕達は買い物に来ていた。あの戦いで装備は完全に買い直しとなったので、報酬があっても出費的にはかなり辛かったりする。

2人ともウエストポーチまで失ったが、ベルト部分が焼失したか千切れ飛んだだけなので、ボックスの素が回収出来たのは不幸中の幸いであった。ただしあれだけ地面を勢いよく転がったのでポーションの様な瓶類は全滅している。

「いざ必要な物を書き出したら、結構多いねこれ。宿の部屋を増やさなくて良かったかも。」

僕の呟きに英雄は大仰に頷いた。

「下心が無いと言えば嘘になるが、節約を宣言した俺もここまで直結するとは思わなかったぜ。さて、まずは武器と防具だな。」

その後、前回より少しだけ質の良い装備を選び、失った道具類などを揃えて冒険可能な状態へ戻ると、新装備が試したくなり街の外へ、ルル・チチリと共にフラッシュゴート狩りへと出かけた。

訓練の甲斐もあり、1週間のブランクは殆ど感じず、性能も獲物もバッチリであった。

日が傾き出したのを機に街へと戻り、ギルドで換金して昇格試験の話を聞く。

「昇格試験ですね? お二人の試験内容は前回と同じで毒草の採取となっております。」

エルフのお兄さんが少し申し訳なさそうに言うが、これしかないのであれば諦めざるを得ない。

「分かりました、それを受けます。前と同じで、朝に受け付けを済ませたら試験開始ですよね?」

英雄がエルフさんと話して、2人で申し込みの書類を書いて提出する。

「はい、確認しました。では、明日以降3日以内にこちらで受付をしてください。」

僕達は頷いてギルドを後にし、今度こそ昇格する為に宿でゆっくり休む事にした。



「はぁ、ここに来るとレッドベアに襲われたのが昨日の事みたいに感じるな。」

「うぅ、お腹痛くなってきた・・・・早く終わらせて帰ろう。ここは精神的によろしくないよ。」

英雄と共に盛大な溜息を吐いて森を探索する。ルルは付近で警戒してもらい、チチリはここから目的地までを自由に飛んでもらっている。

途中ゴブリンやコボルトと遭遇したが、足場が悪いぐらいで特筆する事も無く殲滅した。空しいものである。

「お、毒草ってこれか?」

「うん、見た目は間違いないね。ルル、これで合ってるかな?」

ルルを見ると、頷いたので安心して摘み取ろうとする。

「ああっと!?」

「遊馬!!」

毒草を切ろうと、左手で葉の部分を掴み、右手でナイフを近付けると、いきなり両腕にツタが巻き付いて、僕は引き倒される。

「いったい何―」

僕は見てしまった。人を丸呑みできるサイズの食虫植物みたいな魔物が僕を捕えている事を。

「た、助けて英雄!! え、ちょ、こいつ牙が付いてるよ!?」

僕は見た目がウツボカズラみたいなやつに引っ張られていた。口の部分に生えているギザギザの歯が恐怖を倍増させる。隣のハエトリソウが羨ましそうに彼を見ていた。

「この野郎、モルボ○とかアルル○ナみたいな夢のある奴なら兎も角、ただの触手に好き勝手させてたまるか!!」

英雄が僕の隣に駈けつけ、お腹に右腕を巻き付けると、地面に足を掛ける事で減速する。

「遊馬、そのまま燃やしちまえ!!」

「ふぇ!?」

僕はこの時漸く気が付いた。両腕に巻きつかれて真っ直ぐ引きずられているのだ。手は魔物の方に向いているので、狙いを付けるのは非常に簡単だった。

「あ!? こんのぉ 『フレイムスロワー!!』 燃えろおおお!!」

こちら射程圏に入る事を今か今かと眺める食虫植物へ、僕は慈悲なく火炎放射を放った。これはファイアーボールと違い、近距離から中距離にしか届かないが、その分威力のある初級魔法である。

僕を拘束していたウツボカズラが炎に包まれ、触手も中ほどから焼き切れて自由になる。少しずつ延焼しているのがもどかしく、僕は近づきすぎない距離で火炎放射を浴びせ続けた。あっという間に灰になった事を確認して、ハエトリソウへ視線を向けると、飛び火して燃えていた。

「ば、馬鹿!! やり過ぎだ!!」

「ご、ごめん。でも見た目が緑エレメントのヘルプラン○みたいだから手加減したらまずいかな―」

「言い訳してないで、森に水撒いとけ!!」

僕は慌てて彼らの周りや、日の光を遮るほどに生い茂る木の葉に水を掛けていく。

それから少しすると、ハエトリソウは息を引き取った。

「もう死んだかな? それじゃあ水かけるよ?」

「冒険者の心得、『炎で倒した敵は消火しろ』か。確かに風が舞い入って火種が転がるだけで大災害だな。」

英雄が辺りの森を見回して溜息を吐く。

「本当にごめん、やり過ぎた。」

亡骸へ水を掛け終えると空に向かって水魔法を打ち上げ、雨の様に降らせる。

「おお、便利だな。まあ気にするな、初見でビビるなって方が無理だろう。あのサイズだと見た目もエグイし。」

「そう言ってもらえると助かるよ。これはジナイーダさんから教えてもらったんだ。水魔法使いの必須スキルみたいでこの間叩き込まれた。上手い人はこれで痕跡を消して逃げたりするって。」

ちなみに水魔法が苦手な人の為に、使い捨てで周りに散水する設置型の魔道具も販売されている。値段はお手頃で、多くの人が保険に1つは持っている。

魔法の効力が弱くなってきた事を機に群生地を潰さない様、毒草を必要数だけ回収した。

「さて、依頼品も集めた事だし、ギルドに帰りますか。」

「恐ろしいまでに長く、物理的に苦しい、激戦だった・・・・」

僕達はどこか遠くを見る目で頷き、街へと戻りギルドに向かう。報告を終えると、認定は明日のお昼頃になるそうなので、僕達は宿へ帰り、ようやく退院祝い兼昇格祝いを行う事が出来た。

「僕達の前途多難な未来に乾杯!!」

「乾杯!!」

カウンター席で英雄とグラスを打ちつけ合う。座る時に左端へと詰めたが、こいつ曰く『お前が酔って眠った時に、隣に男がいたら危ないだろ?』との事だった。確かに持ち帰られたら悲惨だ。もう少しだけ、あと5ヵ月ほどは男の心でいさせて欲しい。

「お酒も料理もすっごく美味しい。」

「ああ、俺もだ。」

本来であれば先週の内に祝えた事だったのだ。その事実が空腹並のスパイスとなり僕たちに襲い掛かる。

「明日はどうしよっか?」

「昼だから仕事は残ってないだろうが、依頼を簡単に見て、1日休日に当てるのも良いかもな。」

お酒の御代りを頼んで頷く。

「よくよく考えたら僕達ってずっと働くか訓練ばかりしてたんだね・・・・・偶にはそれも良いか。」

「ああ、デートって手もあるが、また二日酔いになるかもしれないからな。」

英雄が妖しく笑うのを見ると、僕は一口飲んで溜息を吐く。

「二日酔いはあり得るけど、デートねぇ・・・・僕を口説くぐらいなら、可愛い子を見つけたら? ここの人達って顔が良い上にスタイル抜群だから、少しぐらい声を掛ければいいのに。英雄がすれ違う美人さんを見ていたのは知ってるんだから。」

「そうだな、否定はしない。」

2人で苦笑し、グラスを傾け、僕は周りに聞こえないように小声で言う。

「僕は心と体の両方に問題があるから、まだそこまでは踏み切れないけど、偶に『この人格好良いなあ』って目で追掛けるんだ。何度も言うけど、本気で男に惚れるのも時間の問題だと思う。」

「・・・・」

英雄が真剣な目でこちらを見てくる。きっと無理してないか心配しているんだろうな。

僕は明るい声で親友に言う。

「だからお前も気にしないで自分の幸せを見つけろよ? せっかく来たのに、独り身は寂しいぞ?」

茶目っ気たっぷりに微笑み、またグラスを傾ける。

そこに英雄が声量を落として聞いて来た。

「もし俺がお前に本気で惚れたらどうする?」

僕はグラスを置くと、真剣な表情を向ける。

「そうだね、もしそうなったら、僕が完全に変わるまでは待って欲しい。そうでないと正しく判断できないからね。今の所英雄にあるのは異性に対する愛情じゃなくて、親友に対する親愛だから、そう思ってくれると嬉しいだろうけど答えられないよ。まあ、お前がそんな気の迷いを起こしたらの話だけどね。」

苦笑して小声でそう返すと、また食事に手を付ける。

「そうか。お前が完全に変わったら俺にすぐ教えてくれ。その時にフリーだったら気の迷いを起こすかもしれないから。」

僕達は笑い合い、祝いを続けた。



(脈無しって訳じゃないんだよな? まあ、前進したから良しとするか。もう少し夢見がちな乙女だったら楽なんだけどな。)

俺は左から甘えてくる遊馬を見る。

「ひでぉ、あーん。」

「あーん。」

うん、美味い。

酔うより先にウトウトし出したから、今日は見れないかと思ったが、何とかなったか。

俺に体を預け、目を薄く開き両手でグラスを持つ姿があまりにも儚げで抱き締めたくなる。他の男を見る事が有るなんて言った時は嫉妬から無理矢理俺の物にしようかとも考えたが、プラフィから体が出来上がるまでは控えろと言われたんだよな・・・・もどかしい。

頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を閉じる。それを見て大事そうに持つグラスを掴み、テーブルに置く。もう半分眠っているのか、反応が鈍い。

元々体を預けているのだが、優しく肩を抱いて引き寄せる。

俺は手持ちのグラスをゆっくりと減らし、遊馬の体温を感じる。こいつが死に掛けて以来、1人になる夢を、置いて行かれる夢を何度も見てその度に俺は跳ね起きた。こいつが帰ってきてからだいぶ良くなったが、それでも未だに見るのだ。血に沈み、冷たくなったこいつを抱き起す悪夢を。

イヴァンさんやジナイーダさんに相談するとセラピーを受けさせてくれ、だいぶ落ち着いたが、心の奥底に塗り固められた恐怖は思ったより深い。

(お前に芳香のスキルが無かったら、俺の弱い所を何度も見せていたんだろうな。なあ遊馬、俺はお前を一人にしないから、お前も俺を置いて行かないでくれ。)

空になったグラスを置き、彼女を抱えて部屋に戻り、ベッドへ下ろす。

「なあ、プラフィ、俺は本気だけどさ、こいつは振り向いてくれると思うか?」

そう聞くと、遊馬から彼女が現れ、困った様に言う。

「正直に言うと分かりません。ですが、主様の心で最も大きなものは英雄様を思う気持ちです。先ほど言われていた通り今は親愛ですが、これが愛情に変われば間違いないかと。」

そう言って微笑むと彼女は消えていく。

「ありがとうな。」

消えたプラフィにお礼を言って、遊馬を撫でる。

「絶対に振り向かせてやる。半年後を楽しみにしてろ。」

俺はそう言って少し悪い笑みを浮かべると寝る事にした。


支え合うのが理想像だが、意識させるまでは格好良くいたいものだ。


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