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第一章.32

ゆっくり瞼を開けると見慣れた宿屋の天井が目に入る。

そのまま深く息を吸って吐き出し、隣から感じる温かさに安心して、そちらへ顔を向けると親友が幸せそうに眠っている。それを見て僕の目から熱いものが一筋零れ、袖で拭う。

時計を見ると朝の8時。僕は荷物から着替えを取り出してシャワーを浴びる事にした。

熱めのお湯を被り目を覚まし終えると、準備を済ませて英雄を起こす。

「おはよう英雄。」

「んん? あー、おはよう。」

タオル渡してやると、眠そうに目を擦りながら洗面所に行こうとしてピタリと止まる。

「そのさ、おかえり。」

それだけ言って、すぐに顔を洗いに行った。

心配してくれたのだと分かると、気恥ずかしさからルルとチチリを呼び出し、少し荒く撫で回した。プラフィはあの時の怪我が酷いらしく、今は召喚を解除状態にして静養させている。魔道具の障壁、庇ってくれたプラフィ、どちらか一つでも欠けていたら即死だっただろうと僕達は考えている。そう考えると彼女が肩代わりしてくれたダメージは凄まじい筈だ。暫くはゆっくりと休んで欲しい。

モフモフを楽しんでいると、英雄が出て来て準備を整える。

僕達は食堂へ移動すると、久しぶりに会った顔見知りの皆が声を掛けて来てくれた。

『良く帰って来たな。帰るまでが冒険だ、形はどうあれ胸を張れ。』

『怖かっただろ? さあ、俺の膝の上に座って。』

『愛しているんだ、君だけを!!』

『抜駆けするとはとんでもない奴だ・・・・』

いつもの反応に僕は胸が熱くなる。

彼らと簡単に挨拶を交わすとお決まりのカウンター席に座る。息子君が無事で良かったと本当に嬉しそうに笑ってくれた。僕も笑い返して頬を指で掻き、英雄と一緒に朝食を頼む。マルコヴナさんと女将さんからも『災難だったな』と苦笑される。

僕達はいつもより少しにぎやかな朝食を取り、自室へと帰った。この世界に来て一番美味しい朝ごはんだったかもしれない。

「よーし、それじゃあ何があったか説明するか。」

英雄は僕が眠っている間に集めていた情報を教えてくれた。

「まず今回のレッドベアだが、完全に人災らしい。」

僕はその言葉に驚愕する。

「別の街から来た馬鹿な商人が、森の奥で採れる特産品の薬草を集めようとして、命知らずで駆け出しの全く知識が無い傭兵を焚き付けたんだ。ご丁寧に、遠くの街で契約した奴らだからこっちの危険性を全然知らなかったみたいでな。全員が意気揚々と森の奥へ。想像の通りレッドベアの縄張りに入り、情報を持っていた商人が真っ先に食われた。」

ベッドに転がり溜息を吐く。それを見て英雄も疲れた様に続ける。

「馬鹿な駆け出し君達だったが、さらに救いようが無かった。レッドベアの事は知っていても、自分たちで倒して名を上げようとしたんだ。結果半壊。」

僕は聞きたくなくなってきて、片腕で顔を覆う。

「森の熊さんは人の味を覚えた上に怒りで大興奮する事になった。残った連中は全力で逃走を開始。どんどん森の手前まで誘導して、採取メインのブロンズ冒険者PTを巻込み大事へ。あ、この時に相手側の素性が分かったらしい。」

今日の訓練って何するんだろう?楽しみだな。

「彼らは大怪我こそしたものの、レッドベアの狙いが傭兵だった事で命からがら逃げ出して事無きを得、大急ぎで馬車を走らせて街へと帰還。ギルドにいたイヴァンさん達へと話が通り、俺達の救出に出動。」

中級以上は才能が大事らしいから苦労しそうだな。1週間で何種類覚えられるんだろう?

「で、件の傭兵君達は熊をさらに浅瀬へ誘導して餌になったらしい。そして運悪く付近には俺達がいた。後は俺達が文字通り命懸けで倒して、イヴァンさん達に回収され今に至る訳だ。何か質問は?」

僕は体を起こして英雄に言う。

「特に無いね。自己責任だし巻き込まれた以上、冥福を祈る必要もなさそうだ。そんな事より、装備を揃えるのは訓練の後で良いよね?」

英雄の顔を見ると苦笑しながら頷く。

「同感だ。さすがに悪質過ぎて、傭兵ギルド本部へここの領主とギルドマスター連名で抗議が送られたらしい。さて、俺の武器はお前のショートソードを借りているから、構わないぞ。しかし装備だけで見ると初めてこの街に来た時より貧相になったな。」

今度は僕が苦笑する。

「早く装備を揃えて昇格試験を受け直したいね。」

英雄が頷き、そのまま色々と予定を決めて、ギルドへと向かった。



僕達がロビーに入り、テーブルに掛けて時間を潰しているとイヴァンさん達が到着し、いつもの訓練へと移る。

「さて、今日から中級を教えるけど・・・・・1週間じゃ基礎が限界ね。」

僕はその言葉を聞いて愕然となる。

「攻撃魔法と相性が良くないんだから仕方ないでしょ。中級の基礎操作を覚える事が目標ね。とりあえず今日はリハビリに当てるから、これに魔力を流しなさい。」

僕は項垂れながら魔力切れで足腰が立たなくなるまで水晶と格闘する事になった。

「ふーむ・・・・貴女、入院中に練習していたわね? 絶対安静って言われたでしょ?」

今日の分が終わると、ジナイーダさんが笑顔で聞いてくる。怖い。

「す、少しだけですよ! あんな所で汗だくになれる訳無いじゃないですか。」

僕は慌てて弁明する。

「実践するから見ててください。」

僕は魔力を薄く延ばし、ペラペラの正方形を作る。それを折り紙の要領で形を変え、折っては開き整えていく。

「驚いたわね、こんな訓練方法考えもしなかった。完全にお国柄が出ていて面白いわ。」

ジナイーダさんが興味津々に見てくる。

目標は鶴なのだが、僕の技量では途中で止まってしまい、霧散した。

「折った後の形状や折り目も、全て自分で維持し続けないといけないから、見た目よりも圧倒的に難しそうね。」

感心したように彼女は呟く。そうなのだ。見た目は空中で折り紙を折るだけだが、元が紙ではないので兎に角手間がかかる。折り曲げた時に手を抜くと、触れた面同士が溶け合い謎の物体に変わるのだ。病院で維持と操作を同時に行えるハイブリット訓練法を発案した時、僕は言葉に出来ない達成感を味わっていた。

「まあ、それぐらいなら許してあげましょう。」

僕は安堵から深く息を吐く。

今後の予定を話すと今日は解散となり、背中に背負われてロビーで待つボロボロな親友の隣に下ろされる。2人は楽しそうに笑いながら去って行った。

「ハードそうだね。」

「そっちも足が笑ってるぞ。」

僕達はその言葉だけを交わし、20分ほど休憩して宿屋へと無事に帰還した。

久しぶりに背負われたが、もう慣れたものである。本当はこれからレッドベア撃破のお祝いをする予定だったのだが、僕達にそんな余裕は無くなっていた。

僕は純粋に魔力切れだが、英雄は目のハイライトが消えていた。とりあえず食事を終えて部屋に戻り2人ともシャワーを浴びる。

(さて、少しだろうけどケアをした方が良さそうだな。)

僕は一緒にベッドへ腰掛ける親友を見上げる。

「話せば少しは楽になるぞ? 何があった?」

僕は微笑んで優しい声を出す。

英雄がとても疲れた目で僕を見る。大丈夫だろうかこれ?

「今日な、シルバーの魔法剣士さん達と模擬戦をさせられたんだ。ただの戦闘訓練なら良かった。でもな、そうじゃなかったんだ。」

気力の籠らない声を聞いて僕は立ち上がり、英雄の正面へと周り胸元へ抱き締めてやる。

「皆口々に言うんだ『アスマちゃんを独り占めしやがって!!』とか『背負った時の感触を教えやがれ!!』とかな。確かに背中に当たる柔らかな感触は最高にたまらないさ。でもな、訓練後にそんな下心が残る訳ないだろう? それなのにあいつら―」

とりあえず力いっぱい抱きしめてやる。

「あー、うん、まあ、良く頑張ったな。」

何度か撫でてやると『もう大丈夫だ』と言われたので離れる。

「さあ、今日はもう寝よう。明日も大変だぞ?」

僕がそう言ってやると、英雄も頷きお互いにベッドへ潜り込んで朝を待った。

これは時間に任せた方が早そうだ。


翌朝、久しぶりにルルに起してもらったのだが、頬の辺りを鼻で突いて来たのが可愛くてしばらく撫で回していた。

「よし、準備終わったぞ。飯に・・・難しい顔してるけど、どうした?」

英雄がこちらを怪訝な顔で見ている。

僕は英雄が準備している間に何気なく召喚本を開いたのだが、少し困った事になっていた。

「ねえ、これ見てよ。」

僕は親友に本を渡し、反応を覗う。

「あー、こりゃあ悩むわな。どうする?」

同じページを何度もパラパラと捲りながら聞いてきた。

「実は呼べるかどうか試してみたんだけど、まだ実力不足っぽい。ジナイーダさんに相談して、場合によっては攻撃魔法関係から中級の基礎鍛錬にシフトだね。」

英雄が頷いて本を返してくれる。

新しく増えた項目をもう一度見て僕の頬が緩む。


呼べる仲間の種類が増えていたのだ。


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