第一章.31
イヴァンさんとの訓練が始まって2日、ようやく遊馬の目が覚めた。
俺がお見舞いに行くと笑って迎えてくれ、お互いに生き残った事が嬉しくて、抱き合って涙を流した。
こいつの柔らかさと温かさがとても心地よく、そのまま押し倒してしまおうかとも考えたが、ジナイーダさんが気付かれない様に、こっそりと入って来ていたらしく、後ろからわざとらしく咳払いをされ、俺達は硬直する。
遊馬は見られていた事が純粋に恥ずかしかったのか赤くなり、俺はそのまま野獣になる所を見られなくて良かったと、冷や汗をダラダラ掻いていた。
だがジナイーダさんのこちらを見る目は薄く笑っていて、俺の狙いは見透かされていた様な気がする。
「そっか、今はイヴァンさんと訓練をしてるんだ。いいなぁ、僕も早くベッドから出たい。」
「馬鹿な事言わないの、予定通り1週間は絶対安静よ。ただでさえ重傷を負っていたのに、回復専門でない私が治したから貴女の体には大分負荷がかかっているのよ。」
「まあ、しばらくは大人しくしてろ。その間に俺は先に進ませてもらうから。」
お互いに同じゲームを買って、友人に先に進まれる悔しさは1プレイ主体なら良く分かる辛さだ。
そのまましばらく話をして俺達は施設を後にした。
退室時にジナイーダさんから『退院したら中級魔法を教えてあげるから、今はしっかり休みなさい。』と言われて、目を輝かせる遊馬が可愛くて後ろ髪を引かれたが、この後も訓練をする予定なので、泣く泣く出る事にしたのだ。
(とりあえずあいつが宿屋に帰ってきたら、一度酔わせよう。どれだけ心配したかベッドの上で聞かせよう。)
俺は退院後の黒い楽しみを胸一杯に広げ、訓練に打ち込むことにした。
「早いもんだな。お前が起きてからもう一週間か。」
「ほんと、一時はどうなるかと思ったよ。熊パンチを貰った時に半分以上意識を持って行かれて、奇跡的に生き残ったと思ったら1週間はベッドの上。退屈過ぎて大変だった。」
遊馬はつまらなそうに頬を膨らませている。大人の女がそれをするというギャップが良い。凄く良い。
「うわっ!? もう、頬を突かないでよ!」
「あ、すまん、つい。」
俺達は宿の自室に帰ってベッドに腰掛けると、早速イチャついていた。幸せだ。
だと言うのにこの馬鹿は理解できない事を言ってきた。
「あー、このベッドの感触が懐かしい。英雄もここ1週間はずっと一人だったから眠り易かったんじゃない? レッドベアの報奨金がかなり高かったし、折角だから2人部屋に―」
「駄目だ。」
俺は全て言い切らせない。
「え?で、でも―」
「駄目だ。」
こんな美味しい状況をもう手放すだと?論外だ。
「おいおい、確かに今回の収入はかなり高かった。だが装備を1つ上のランクで整えて、宿代まで増えたらすぐに無くなるぞ? 今週一杯はイヴァンさん達も街にいるみたいだから全部訓練に当てたいって言ったのはお前じゃないか。今のうちに少しでも節約しないと後が怖いぞ。俺達がまだアイアンだという事を忘れるな。」
俺はわざとらしく溜息を吐き、遊馬の肩に手を置いて言った。
「う、うん、確かにそうだね。ちょっと浮かれ過ぎてた。ごめんね、もう少しだけこの部屋で付き合って。」
チョロイぜ。
「気にするな。美人と同衾なんて最高だからな。俺は全く困らん。」
「美人って言うな。それに、ただ一緒に寝ているだけだろ。何が『全く困らん』だよ、しっかりと反応させてた癖に。朝は仕方ないとして、夜はなんて言い訳するの?」
いかん、ジト目で見上げてきやがった。夜だと?風呂上がりの上気した肌に、異性の良い匂いと、スキルを耐えるのがどれだけ大変だと・・・・よし、思い知らせてやろう。
俺は隣に座る遊馬の肩にそっと手を伸ばす。
「さて、それじゃあマレフィお姉ちゃんに連絡を取りますか。」
そう言って立ち上がり躱された。
「・・・・・・」
そのまま通信用魔道具をポーチから取出し、こちらを振り返る。
「ど、どうしたの?」
「いや、何でもない。訓練で疲れたのかな? さあ、早く連絡しちまおうぜ。」
俺は何事も無かったかのように微笑む。それを見て隣に座ると、疑うことなく電話を掛けていた。いつもの窓枠が現れて俺達はそちらを注視する。
そこには素晴らしい笑顔の女神が映っていた。1つ困る事があるとしたら、目が全く笑っていない事だろう。
『ふふふ、久しぶりね2人とも。で、何か言う事は?』
間違いなく怒っていた。
「その、心配かけてごめんなさい。」
「いろいろ迷惑かけてすいませんでした。」
俺達は迷わず頭を下げた。そうだよな、死に掛けたのであれば魂回収に何かしら動いてる筈だもんな。無駄足に終わらせてしまった事は素直に謝らなければ。
『私はね、怒っているの。あと少しで遊馬君の魂を回収して私好みに調きょ―』
電話はすぐに切断された。
「良かったのか?」
「うん、良いよ。取るにたらない世迷い事を聞かされるよりは、ぐっすりと寝て明日に備えよう。」
遊馬が眩しい笑顔で俺に告げる。何と言うか、本当に強くなったよなこいつ。
彼女の持つ魔道具が音を立てて震える。
「・・・・・」
「出ないのか?」
彼女は深い溜息を吐いてそれを起動させた。そんなに嫌なのか?
「何か言う事は?」
『まあ、暴走した事は認めるわ。それよりも、退院おめでとう。』
女神は笑顔を向けて無かった事にしようとしたが遊馬のジトッとした目は続いている。このままでは話が進まないので俺の方から切り出した。
「あ、マレフィさん、聞きたい事が有るんですけど。」
俺がそう切り出すと彼女はすぐに食い着いて来た。流石に気まずかったらしい。
「俺が遊馬の血を使ってレッドベアを倒した時に、なんで俺は死ななかったんですか?」
そうイヴァンさんもジナイーダさんも不思議がっていた。遊馬はその時を見ていないので俺の言葉を聞いてギョッとしていた。まだイヴァンさん達の協力で生き残れたとしか教えていないのだ。
『ああ、あれね。聞けばそれだけかってガッカリするわよ。遊馬君が吹き飛んだ時に剣と一緒に体にも血が飛んだでしょ? 剣の方は攻撃に使われたけど、身体に付いた方が貴方の纏う魔力に反応して障壁になったのよ。』
俺はそれを聞いて少しがっかりする。
『もうしかして進化とかパワーアップとか期待した?』
マレフィさんは困ったように笑っている。
「・・・・期待してました。」
俺は恥ずかしさから両手で顔を覆う。良かった、イヴァンさん達に自分の力かもとか言わないで本当に良かった。
遊馬が頭を撫でてくれる。
「マレフィお姉ちゃん、その時の映像とか画像って無いの?」
彼女が聞くと『あるわよー』と答えて、窓を隣に追加して、そこで動画の再生が始まった。
ご丁寧に遊馬が戦闘不能になる所からだった。
「うわー・・・・よく生きてな僕達。英雄、さすがにこの怪我は酷いよ。」
遊馬が気遣わしげに俺を見てくる。
『2人とも似たような物でしょうが。初見のF○Eにいきなり突っ込むなんて、冒険者舐めちゃ駄目よ?』
これには俺達も言い返す。
「好きであんな化け物と戦うか!!」
「そうだよ!! 鹿で痛いほど経験を積んだのに、命を粗末にするわけなないよ!!」
俺達の言葉にマレフィさんは溜息を吐いて笑う。
『本当に経験を積んだの? 危険を確信しながらカンガルーに突っ込んで殴殺されたのは誰だったかしら?』
その言葉に遊馬は横を向いた。
「そういえば体験版がどうのって言ってたな。」
次は耳を押さえる。
『もう、ゲームじゃないんだから、命は大事にしなさい。いくらなんでも死地に飛び込み過ぎよ?』
全く持って遺憾である。何度も言うが、俺達だって好き好んで遭遇した訳では無いのだ。と言うか元々は毒草の採取である。
「一応聞いておきたいんですが、俺達の不運っぷりにアザルストは関わってないですよね?」
俺の言葉に遊馬がハッとなりこちらを振り向く。そう、こいつとこの世界に来ることになった元凶である神様だ。
あの男とマレフィさんの世界が近いからこちらに来る事が出来たという事は、探す範囲は一気に絞れるという事だ。
あの時の事を思い出したのか、遊馬は青い顔で震えながら俺のシャツを握りしめている。
『今の所は違うけど、特定されるのは時間の問題ね。むしろ特定されたらあの手この手で確保に移るだろうから、今のうちに実力を付けておきなさい。現行犯で逮捕しても、その時に遊馬君があいつの物になっていたらアウトよ?』
俺は嫌な顔をする。やはりあいつが手を出す前に俺が―
『だからと言って英雄君が手を出すのも許さな―』
俺は迷わず通話を切り、震える遊馬の肩を掴んで抱き寄せる。
「力を付ければいいそうだ。どっちにしろ俺達に出来る事はそれだけだ。さあ、今日はもう寝ようぜ?」
俺がそう言うと、こいつは涙目で見上げてくるので、頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「大丈夫かな? ちゃんと逃げられるよね?」
弱々しく言う親友を無理やりベッドに寝かせて俺は言う。
「当たり前だ。それに見つかったとしても、直接干渉はしてこない筈だ。上手くやろうぜ?」
俺は隣に潜り込んで、まだ震える手を握ってやる。
「ありがとう。」
「ああ、今日はもう寝ようぜ。明日からの訓練は厳しいぞ?」
そう言って笑いかけてやると、遊馬は微笑んで、眠りだした。
(アザルストが早いか、俺が早いかの違いだから安心しろ。)
そう考えると、俺も疲れからゆっくりと眠る事にした。




