第一章.3
俺は佐藤英雄。今年で大学卒業予定の何処にでもいる普通の男だ。
あ、いや、普通なのかな?
実を言うと俺には子供の頃から好きな奴がいる。
家はお隣さんで家族ぐるみの付き合いがある相手なんだが、名前は『鈴木遊馬』そいつは困ったことに俺と同じ性別だった。
いや、同性愛を否定するわけじゃない。むしろ好きだったら別にいいんじゃね?ぐらいの感覚でいる。
一応言っておくが、俺は普通に異性が好きだ。だが、そいつは同性なのに見た目が色々と問題なのだ。
その遊馬だが、肌は白く顔は女の子っていうよりも人形みたいで周りにいる女の中ではぶっちぎりで可愛い。あいつが何かで困り、自分で解決できなくなった時、真っ先に俺に相談してくれるのが密かな自慢だった。
あいつ自身その容姿はコンプレックスがあるみたいで、中学に入ってすぐの頃、肩ぐらいまで伸びていた髪を一気に短くしたことがあるけど、本人も含めて皆で似合わないと言って、無理矢理ベリーショートにして事なきを得た。
それからは今まで通り肩ぐらいで無造作に髪を切りショートヘアーにしている。
皆でこうした方が良い、ああした方が良いと洗脳して本人は無造作のつもりだが綺麗に整った髪型となった。
料理が上手く、編み物も得意で、小学生の頃に編んでくれたマフラーはしっかりと保管してある。裏庭で花を育てていたり、我が家の犬に笑顔で抱きついてモフモフしていたりと裏表なく全力で笑う顔が最高に可愛かった。(花を育てる女の子なんて俺の周りには居なかったから、麦わら帽をかぶって微笑みながら水やりをしてる姿は、破壊力が凄まじ過ぎた。)
なんて言うか、超近距離で無防備に理想の女の子をやってくれるんだよあいつは。
ちなみにこの頃に、同じ悩みを持つ仲間で集まって、全く方向性は違うのにボディビルダー関係とか調べたけど、鍛えられた肉体を羨ましく思うだけで、そういった感情は生まれず、当時の俺たちは普通のエロ本を求めた。(その時の逞しい身体に憧れた俺は密かに筋トレを開始する。)
遊馬は上手く立ち回る奴だったので、この手の話でよく聞くイジメも殆ど無く平和な学園生活を送り、同じ高校に入る事となる。(あいつの机に女子の制服が新品で置いてあり、クラスに殺気が満ちた時は、機転を利かせ悪乗りし、あえて着る事で犯人の公開処刑を回避した。その後ファンクラブが結成され秘密裏に数人が処理される。)
高校生となり、俺の体が成長していくにつれて遊馬の細さと女顔はより顕著になって行き、2人して最初は病気なんじゃないかと疑ったぐらいだ。
この頃からあいつは俺を見上げる形になるのだが、上目使いの破壊力が凄まじ過ぎて直視するのが恥ずかしくなる。
高校生活2年目に入って1ヶ月ぐらいが過ぎた頃だと思う、ついに事件が起こった。
クラスの馬鹿が、誰が一番遊馬に相応しいかなんて言い出しやがって、お祭り騒ぎになったのだ。
本音を言うと独占欲からか本気で嫉妬した。
助けを求めてこっちを見てくる遊馬に俺は冷たい視線を送っちまったが、あれは今でも大失敗だったと思っている。
あの後見せた、決意を固めた顔から流れる一筋の涙は綺麗で本当に驚いた。
あいつはそのまま戦う事を宣言したが、相手が悪すぎた。
何故なら遊馬を囲む奴らは1年間あいつの近すぎる距離感(仲の良い男同士なら普通)によって理性をギリギリまですり減らした、ある意味での被害者達であった。
流石にこれを放置するのはマズイと昔からの付き合いがある奴らで上手く牽制を掛けてくれる間に、今にも窓から身投げしそうな遊馬を胸元に引き寄せ、恥ずかしさで死にそうになるのを堪えながら俺のもの宣言をしたのだ。
耐えるためにあいつの身体を本気で抱きしめたのだが、何故か軟らかかった。
協力者に抱き心地を聞かれたときは思わず赤くなったほどに。
リアルファイトが勃発したのは言うまでもない。
だが、問題はそこではない。1番の問題は、胸元から俺を見上げる遊馬が、目尻に涙を溜め、震えながら頬を染めて笑顔を向けて来た時だ。
俺の理性が完全に吹き飛びそうになったのだが、視線を逸らした先にいた嫉妬の炎で身を包む仲間を見て、ぎりぎりで堪えることに成功する。
お礼をすると言って引かなかったから、次の日からお弁当を作ってくれるようにお願いしたのだが、幸せすぎて死ぬかと思った。
協力してくれた仲間にもお裾分けしたが泣くのを我慢してたあいつらの気持ちは良く分かる。
何故なら奴らは非モテだからだ。
あの事件の事は今でも思い出し、自分の器の小ささを自己嫌悪すると共に、あの時の決意に満ちた顔と満面の笑みを思い出して悶えています。
で、あっという間に高校生活が終わり、俺は大学に入りあいつは実家の喫茶店で働いている。
社会に出たから疎遠になると言ったことは無く、一月に1度は休日の予定を合わせて、二人でふらふら遊んでいた。
(そういえば休日の飲食業って稼ぎ時だろうに、なんであいつ普通に休めるんだ?)
大学で俺の名前はかなり狭い範囲だが知られていた。
理由はあの告白事件のせいだ。
あの事件は何故か、小柄で虐められている幼なじみを俺が救ったという話になっていた。
彼女については、俺にアプローチを掛けてくる相手もいたけど、全員今一つで踏み込むことは無かった。それで燃え上がって強く押してくる相手もいたのだが、今の所は何とか回避している。
新生活が2ヵ月ほど続くと普段集まる仲間が決まりだし、そいつらと飲み屋に行ったのだが、その席で友人たちが口を揃えて言ってきた。
「例の話の真実版を聞いた時、最初はお前の事をそっち系の男だと思ってたけど、付き合ってみると全然そんなことないんだよなー」
「それどころか男女問わず、普通にイケメンやってやがるからな。爆発しろ。」
「いくらお前がリア充っぷりを見せても、俺は平気へっちゃらッ!!」
たった2ヶ月の仲だが、こいつらが何か要求をしているのだとは何となく俺も理解できた。
「真実版ってどこから仕入れたんだよ。んで?今度は何だ? 奢りは無理だぞ。それに話を拡散したところで俺はあんまり痛くないから無駄だぞ?」
そんな事をしない連中なのは分かっているので笑いながら続きを促す。
「いや、あんだけ言い寄られてるのに全部断ってるだろ? だから逆に興味が湧いただけさ。というわけで件の彼女君を紹介しろよ。」
「安心しろ、お前も知っての通り、俺たちは4人とも全員馬鹿だ。だから気にする― ん?なんだその自分は違うって顔は? 類は友を呼ぶんだぜ? 」
「というかその彼女が男だって知ってるんだから問題ないだろ? 本当に女だったとしたら俺は外で泣くから気にするな。」
と、ここまでなら紹介する気は無かったのだが・・・・ここに悪魔の囁きが、いや悪魔そのものが舞い降りた。
「英雄、ギブアンドテイクで行こう。実を言うと困っているのは俺たちの方でな。俺の伝手にコスプレ衣装を自作しているサークルがあるんだが、実はそこに借りを作っちまったんだ。」
「んで、向こうは自分の作品を着てくれるネタ枠のレイヤーさんを探しているみたいで、俺らが入ることになったんだが、1人欠員が出てな。手伝って欲しい。」
「話は最後まで聞け、お前の旨味はここからだよ、イベントが終わった後にさ、その衣装借りて来て件の彼女君に着せてみないか?」
俺の心はこの日揺れに揺れまくった。だってあいつのコスプレだぜ?
その、正直言って見たいじゃん?
話を聞く限りイベントって言ってもコスプレしてサークルの看板持って被写体になるだけらしい。なんでも作品の完成度を仲間内で競うローカルイベントらしく、難しく考える必要は無いと言われた俺は・・・・・
悪魔の誘いに喜んで乗った。
実際、仕事自体は大したことなく、何着かコスプレしてポーズを決めるだけで楽な物だった。
俺が担当したのは、胸までしかないピチピチのタンクトップと緑の短パンを穿き、所々で曲がったり捻ったりした縦にかなり長い帽子(?)を被り、左手で握りこぶしを作り軽くポーズを決めるだけの物や、昔夕方の時間帯に放送していた動物型ロボットアニメの主人公が大人(青年?)になってからの腹が見える服装に、伝説の悪魔ハンターの兄であり、日本刀を武器に戦う男の格好に、戦闘機を自在に操る、やとわれ遊撃隊の狐モデルをしたりと楽な物だった。
その日から俺は一部からさん付けで呼ばれたり、鬼いちゃんと呼ばれたり、『ローリングで弾くんだ!!』とか言われながら嫉妬に狂った男たちに襲撃されるようになる。
襲撃犯は言葉通り弾き飛ばしてやり、事なきを得る。
そして仲間内でサークルの関係者に事情を説明すると、遊馬の写真を撮ってくることを条件に衣装を快く貸してくる事になった。
その時俺たちに向かって『これから先、日の目を見るか分からないから、汚れたり破けたりしてもかまわない。むしろボロボロになって、こう、何かを匂わせるような写真が撮れそうならいっその事破いてしまってくれ!!』と全員揃って熱い眼差しで送り出してくれた。
後に知ったことだが、サークルに高校の先輩がいたのが原因らしい。(確証は取れなかったが、あの話の真実を教えたのはこの人だと思っている。どうせ借りもこの件の真相を知る為だろう。)
んで俺達は作戦を練ることにした。
知らない人間を3人も連れてきたら、さすがに驚くんじゃないか?とか、4人+遊馬の日程をうまく合わせたりとか、普通に見せたら恥しがって着てくれないんじゃないか?とかだ。
作戦第一弾として、イベントで俺達がしたコスプレの写真を見せて外堀をそっと埋めだした。
効果は抜群で、タンクトップは大笑いして、獅子型ロボット乗りは目を輝かせて、銀髪のオールバックは顔を真っ赤にしながら『ぅぁ』と呟いて、サングラスをかけた狐はふわふわとした笑みを浮かべていた。
ちなみに一番気に入ったのは日本刀の青い人だそうだ。本人曰くXB○X36○で発売されたシリーズ4番目はアクションゲー最高傑作らしく、実績を実力ではなく努力で全解除するぐらい遊んだと熱く語ってくれた。件の人が出る○NE版は購入して積んでいる様だ。
『面白いんだけど、自分の好きな追加キャラでのプレイがグダグダで練習するのが辛い』と落ち込んでいる。
第二弾は3人にお客さんとして喫茶店へ行ってもらう事にした。
この段階で遊馬を紹介するという要件は7割終わったが、あいつらから今回のコスプレにぜひ協力させてくれと言われ、俺も目先の餌に囚われていたから二つ返事で了承する。
数回行って顔見知りになった所に4人で行って友人だという事を知らせた。
あいつの驚いた顔を堪能し、予定通り時間を潰した俺達が店から出る時に『これからも御贔屓にしてくださいね。』と言いながら向けてくれる笑顔は、慣れている俺でもドキリとして3人は完全に固まる事になる。
あれを何の考えも無く素で行うから性質が悪い。
流れ弾が残る客にも降り注いでいた。
第三弾として遊馬の家に遊びに行った時に軽く酔わし、ゲームで対戦。
罰ゲームでケモ耳と尻尾を装備させてやった。二人で大笑いしたよ。(俺は襲わないように自制心を保つのが大変だった。)
そしてこの日俺は確信していた・・・・
外堀は埋まったと。さあ、攻めよう。
俺は予定通り3人と日程を合わせ、この日の為に製作班により強化されていた衣装を持ち込み、遊馬を誘い自宅で遊ぶこととした。
そして5人でゲームをして全員が1回着替える様に調整する。
ダボダボでコスプレする遊馬は、着替えるたびに犯罪臭がして全員が息をのむ結果となった。(一応言っておくが幼児体型ではない。身長は156cmあるんだ。それなのに彼シャツを超える何か危ない雰囲気を感じたのだ。)
着替えの時に起こる衣擦れの音を聞くたびに4人で牽制し合い、道を踏み外さないように助け合ったのだが、ついに1つの事件が起こる。
それは、フワフワパーツの付いたコスをすると遊馬が撫でてくれることから始まった。
俺がライオンちゃんの鬣を装備した時、遊馬は遠慮なく撫でていたのだが、その時1人が不用意にこう言ったのだ。
「遊馬なら男同士だけど絵的にも大丈夫だから鬣にギュッとしがみついたら?」
この時俺たちは既に飲んでいた。
素面でやっていける程生着替えは優しくなかったのだ。
既に呂律が回っていない遊馬はじっと俺の首に絡みつく鬣を見た後、慌てた様に
『ふぇ?いぁ、そりゃあ僕らって飛び付きたいけど、さすがに邪魔にらるって。』
そう言いながら苦笑して断ったのだが、この時は俺もどうかしていた。
俺は言ってしまったのだ。
「別に構わないだろ? 俺達しかいないし、お前がモフモフ好きなのは皆知ってるし。」
そう、今までの反応からこいつがモフモフ大好きな事を全員とっくに理解している。
「い、いいの?」
頬を染めてこちらを凝視する遊馬を見て俺は笑いながら
「別にそれぐらいなら大丈夫だって。」
そう言った瞬間、遊馬は俺に飛び付いてきた。
丁度、別のゲームに変えようとして本体の電源を切っていた為に、テレビ画面はブラックアウトしていたのだが、そこには俺の首というか鬣に顔をこすりつけて満面の笑みを浮かべる美女が映っていたのだ。
俺は言葉を失いゆっくりと3人を見回すと、それぞれが冷たい目で笑いながら頷き、残りのコス衣装でモフモフパーツが付いているものを確認、俺たちはバレない様に共闘して遊馬を着せ替えるのではなく、本気でモフモフ装備狙いにシフトした。
結果は勿論みんなが幸せになった。他の奴に突撃する所を見るとちょっと俺の心がささくれ立ったが、あの幸せそうな笑みを見たら何も言えないさ、何もな。
翌日学校であった3人は俺に小説投稿サイトを教えてくれ、同時に『ts物』と呼ばれる作品に出会わせてくれたこいつらに俺は心の底から感謝の言葉を送った。
だってそれまで性転換物なんてエロゲとエロ本ぐらいしか知らなかったからな。
普通にファンタジーしているのを見ると色目抜きで面白い。
遊馬がこれになってくれたらと皆で相談したものだ。
その後コス写真を例のサークルに持って行った時は大変だった。
4人で相談して全部無難なポーズの物を持って行ったのだが、サークルの面々は狂喜乱舞し、満場一致で連れてくるのは危険だと判断。
働いているから難しいと言って安全確保。そのかわり新作着せて写真撮るなら大丈夫かもしれないと言い、お互いに利益をもたらす次回への布石を置いて部屋を後にした。
この時の写真は俺に熱烈なアピールを続ける女性陣を殲滅する結果となる。どこから情報を仕入れたのか、本人の働く喫茶店へ『こんな美女が存在してたまるか!! 』と突撃した者も数名いたが、帰ってきた彼女たちは口々に『あれは芸術よ。決して犯してはならない、曇らせてはならない芸術の塊なの。あれは輝く太陽そのものよ。あれはきっと現存する女神に間違いない。あの方は荒んだ私たちの心を嘆き、救うために降臨されたの。』
そう言って俺から離れて行き、変わりに喫茶店の常連となったらしい。
すまん遊馬、厄介事持ち込んだかも。