第一章.29
今日はめでたい日だ。冒険者に登録した日から面倒を見ている2人組が昇格試験を受け、おそらく何の問題も無く帰ってくる。
試験の内容は毒草の採取なので不慣れな森に入る事になるが、あいつらなら大丈夫だろう。所々で危険意識に欠けるが、大事な時の判断はしっかりしていやがるからな。
よっぽどの厄介事が舞い込まない限りは問題ないだろう。俺とジナイーダはギルドで軽めの書類仕事を終え、休憩中にその事を話していた。
「どうせなら私が監督役に使い魔を飛ばしたかったわ。」
ジナイーダが残念そうにぼやくのを見て、俺は苦笑する。
「気持ちは分かるがな、今回は戦闘試験じゃないんだ。それにゴールドを出す訳にはいかねえだろ。」
そう答えると、分かっているからこそ納得していない顔をする。
プレートの色が変わる昇格試験にはこっそりと監督官が付く。隠密に長けた者が直接張り付く事もあれば、使い魔を飛ばす魔法使いと、方法は様々だ。
「だってあの子達教えると面白い様に育つんだもの。イヴァンだってヒデオ君の訓練にかなり力を入れているって皆笑っていたわよ。」
痛い所を疲れて俺は視線を逸らす。そうなのだ。俺が今育てているヒデオと、こいつが面倒を見ているアスマは俺達の予想より良く伸びている。筋が良いのは認めるが、決して天才と言う訳では無い。だがあいつらは俺達が教える事を本当に楽しそうに吸収していくのだ。生きる為と言う理由だけでは説明が付かない。どちらかと言うと、好きだからこそ打ち込んでいるというタイプだな。そしてそれをしっかりと実践で生かそうとするから教える俺達もつい楽しくなって力が入る。
「帰って来たらその分まで揉んでやれよ。アスマの奴、攻撃魔法が専門外ならこれから先はお前の様な教える側が必須なんだろ?」
そう言うとジナイーダは楽しそうに笑った。
「ええ、本当に才能の欠片も無いわね。誰でも覚えられる初級はともかく、中級以上はあの子一人じゃ絶対に無理よ。自信を持って言えるわ。」
ボロボロの評価を聞いて俺は笑う。時計を見るとそろそろ休憩も終わりだったので、目配せをして二人で立ち上がると、いきなりギルドに駆け込んでくる奴がいた。
そいつはブロンズの冒険者で3人組のPTだったはずだが、今は1人しかいない。必死になりながら受付に何かを言っている。
間違いなく厄介事だと思い、俺達は溜息を吐いてカウンターへと向かう。
近くに来て分かったがこいつの装備はボロボロに汚れていた。ただの土汚れならいいのだが、残念ながら血を被っている。
「おう、いったい何の騒ぎだ?」
不安を煽らない様に、明るく声を掛けると、そいつは俺を見て泣きながら言った。
「イヴァンさん、森に・・・・あいつが!! 仲間も全員・・・・」
男は膝から崩れ落ち、これは本格的にマズイ事件だと確信して話を聞こうとすると、もう一人ギルドへと駆け込んできた。
「イヴァンはいるか!?」
そいつは俺達と同じ、この街3人目のゴールド冒険者だ。昔から俺と張り合い馬鹿をしている奴なんだが、様子がおかしい。
「アズレト、何があった!!」
別件なのかどうかは分からないが、俺を見つけたアズレトは急いで駆け寄り、震える男を見て言った。
「こいつと同じ案件だ。その様子じゃ何も聞いていないな。」
ゴールドが血相を変えて報告に来た事で事態の深刻さを理解したのだろう。まだ余裕を持ってこちらを眺めていた連中も静まる。
「森の浅い所にレッドベアが出た。こいつらのPTは死人こそ出ていないが被害者だ。残り2人は医療施設に運んで治療中だが、詳しい話は後だ。緊急で依頼を―」
この近辺では上から数えた方が速い厄介事であるレッドベアが出たと聞き、ギルド内は騒然となる。
だがアズレトの話をジナイーダが止めて確認する。
「待って、レッドベアが森の浅瀬で出たのよね? レッドベアの状態は?」
その言葉を聞いて質問の意図を理解した俺の体を電気が走る。
「あ、ああ、かなり興奮状態で手が付けられなく、既に人間を食っているから、見つかれば簡単には逃がしてくれないだろうな。」
最悪だ。
ジナイーダが顔を歪め、それを見たアズレトも異変に気が付く。
「アズレト、実はな、アスマとヒデオが今昇格試験で森に入っている。監督官はシルバーだが、戦闘力は高くない。」
俺の言葉を聞き、彼は青くなる。
その後3人と、カウンター越しに中から近寄ってきた責任者で話をまとめる。
それが終わり俺はロビー側を向いて大声を出す。
「全員聞こえていただろうが、森にレッドベアが出現した!! 知り合いには片っ端から声を掛けて入らないように注意しろ。緊急の依頼も出す、戦闘に自信のあるシルバー以上は受けてくれ!!」
俺はそう言うとジナイーダと頷き、ギルドを後にする。
書類は事務員が、報告は今回の情報を一番持つアズレトが、そして俺達は荒事だ。
お互いが一番できる事を最大限に生かす。俺達は門で事情を話し、衛兵に馬車を借りる。
俺達がゴールドである事と、運び込まれた残りの冒険者を見たらしく、馬車はすぐに貸し出してくれた。ギルドマスターと領主が協力して緊急時の体制を整備してくれたお蔭だ。
御者に衛士が一人乗り俺達は荷台に乗る。急いで出してもらい、地図を広げ、毒草の群生地を調べる。
「一番近いのはここね。」
ジナイーダが指差した所は森を少し入った所だった。今回の被害があった場所に近い。
「あいつらは森に慣れてないと言っていたから、ほぼ間違いないだろう。」
俺は頷き、衛士に地図を見せると、彼は森の入り口まで全速で走らせてくれた。
「お願いだから間に合って・・・・」
ジナイーダの呟く声が聞こえ、俺は拳を握りしめながら到着を待つ。
そこに通信が入った。
『イヴァン、アズレトだ!! 拙い事になった、あの二人の監督官から連絡が来たんだが、どうやら縄張りに入ったらしい!!』
焦った悪友の声が聞こえ、俺とジナイーダは顔を歪める。
戦闘力の低い試験官はそのまま引かせたそうだ。中堅であるシルバーは貴重だから仕方ない。危険を教えに走って、運悪く3人が死ぬよりはアイアンが2人減るだけの方がマシだからだ。分かってはいても遣る瀬無くなる。
そうこうしていると、馬車が目的地に着く。俺達は衛士に礼を言い、荷台から飛び出し森へと入った。しばらく進むと、人の気配がする。
逃げた監督だった。
「良く無事に帰ってきた。このまま真っ直ぐ森を抜けると衛兵と馬車がいる。とりあえずそこまで行って様子を見ろ。今回の事は仕方が無かったんだ、気にするな。過去に無かった事件じゃない。運が悪かっただけだ、ほら、行け。」
アイアンを置いて来てしまった事に責任を感じていたのだろう。自分が早く気付いていればと何度も謝るそいつを励まし、大体の方向を聞き、馬車へと向かわせる。
「イヴァン、急ぎましょう。」
「ああ、こんな所であいつらを死なせるか。」
俺達は頷き、森の奥へと駆け抜ける。
暫く走ると遠くから犬の遠吠えが聞こえる。この辺に犬型の魔物はいない。つまり、
「ルル!?」
ジナイーダ情報を集める為に飛ばしていた使い魔をそちらの方向へと向かわせる。
「っく、まだ結構距離が有るわ・・・・いったい何処にいるのよあの子達は。」
視界を共有した使い魔でも2人が見つからない事から、だんだんと彼女に焦りが募る。
「落ち着け。俺達が冷静にならないと、助けられるものも助けられないぞ!」
そう言うと悔しそうに歯噛みする。
それからもう少し進んだ時だった。
『ドン』と爆音が森に響く。音は俺の戦斧と同じような腹に響く音だ。発信源と向かう方向が一緒な事から俺達の困惑は深まる。
「今のは!?」
「わからない! アスマが使える攻撃魔法は初級だけよ、こんな音が出る物じゃ・・・・見つけたわ!!」
どうやらジナイーダの使い魔が見つけたようだ。これで・・・・
「ヒデオは生きてる、動いてるわ。アスマは何処に・・・・え?」
彼女は愕然とした表情で足を止める。
「とにかく現場に急ぐぞ!!」
俺が活を入れると、こいつは一度深く息を吐いて走り出した。
現場に急ぐ途中で、今度はさっき以上の爆音が響く。俺の戦斧を全力で使った時の様な衝撃が走った。何が起きているかは分からないが、あいつらが、もうすぐそこにいる事だけは分かる。俺達はとにかく急ぎ、そして見つけた。
燃えだす森の中でくたばるレッドベアと、少し離れた所に生えた木の近くに転がるアスマ。そしてその木に背中を預けて満足そうに気を失っている焼け爛れた男をだ。
「っく、遅かったか・・・・ジナイーダ、とりあえず消火を頼む。今なら手間が少ない。」
俺がそう言うと彼女は魔法で水を勢い良く出し、その場から動かずに全て鎮火する。
それを見て二人の下に進むとアスマの体からルルが出てくる。
『ゥォォン・・・・クォォン』
ルルは木にもたれ掛かるボロボロの男に鼻を擦り付けて、俺達を見る。
「やっぱり、こいつはヒデオか・・・・」
考えたくは無かったが、アスマの隣にいるのだ。あいつで無い筈は無かった。
酷い姿だ。体の全面は凄まじい火傷を負い爛れている。足もおかしな方向に曲がっているが、手に至っては原形を留めていない。顔は特に右側が大きく焼けていて、顔を見て判断するのは難しかった。
息をしているのでまだ死んではいない。だがこの程度ならまだ助かる。
ジナイーダがすぐに2人に近寄り、どちらも重傷だが、見るからに虫の息であるアスマを先に見る。そして動きを止めた。
彼女は静かに首を振り、英雄に杖を向けて回復魔法を使う。
生きているが、助けないのであれば、そう言う事だろう。こいつの顔を見ればわかる。
俺は深い溜息を吐くとレッドベアの亡骸へと近付く。
(1ヶ月程度の付き合いか。俺もジナイーダも、娘のように思い出していたんだがな・・・・英雄は助かる。後遺症は残らないだろう。特に腕のダメージが酷いが、完全に欠損した所は無い。あれなら回復が苦手なあいつでも時間を掛ければ治せる。問題は心だな。)
隣に転がる赤い塊は、片腕と頭が完全に消滅していた。首の部分は見事に吹き飛んで、肩以上に焦げている。
(しかし、どうやったらこんなに? こいつと英雄の傷や、森が燃え始めていた事に、ここに来るまでの轟音を聞けば、これが炎関係の何かで吹き飛ばした事は分かる。英雄にこれだけの威力を出すことは不可能だが、あいつのおかしな傷は近距離で爆発を受けたのなら説明は付く。)
考えていると後ろからジナイーダに呼ばれる。どうやら英雄については終わったらしい。俺は3人の所に戻ると、装備や服は焼け焦げているが、先程とは打って変わって、火傷痕は残っても、傷一つない男が眠っている。後は・・・・・
「アスマはやはり?」
「ええ、重要な内臓を引き裂かれているわ。私の回復では、もう・・・・」
涙声で震える相方の頭を撫でてやる。ルルは主が助からない事を聞くと悲しそうに頭を下げて、ジナイーダへと顔を擦る。
「ごめんなさいね、ルル。あなたのご主人様を助けてあげられなくて・・・・・本当にごめんね。」
嗚咽を堪える姿が痛々しい。
俺自身、この子の死を受け入れたくなくて、何か方法は無いかと倒れるアスマを見る。
すると彼女の体からプラフィが姿を見せた。
俺達は青い顔をする彼女を見る。
「お2人 も、 願 が、ありま 。」
たどたどしくはあるが、初めて言葉を発したプラフィに俺達は驚き、顔を見合わせて頷く。それを見るとこいつは嬉しそうに微笑み、足元に広がる血の海を指差す。
「 れを、杖 塗り、 か 復魔 を・・・・」
そう言って消えていく。それを見たルルが慌ててアスマの中へと戻る。どうやら本格的に限界が近いらしい。だが、
「どういう事だと思う?」
「わからん。待て・・・・そう言えばこいつは!?」
俺はこいつらと知り合った一件を思い出す。こいつらが必死に隠そうとしたあの体質の事を。彼女も思い出したのだろう。慌てて地面に広がる血へ杖の先端を浸す。
「それだけで足りるか?」
「わからない。でも制御できない程強力にすると壊死してしまうわ。」
ジナイーダは冷や汗を掻きながら杖をアスマに向ける。
「帰って来なさい。そちらに行くには貴女はまだ若すぎるでしょ? 世界中を冒険するんじゃなかったの?」
優しく問いかけながら、ゆっくりと回復魔法を使う。ジナイーダの顔を見れば、それがどれだけ異常なのかが良く分かった。
「行けそうか?」
「ええ、これなら私でも行ける。少しだけ集中させて、洒落にならない程扱い辛いわ。」
ある程度治療を行うと、魔法を止めて血溜まりに杖の先端をもう一度着ける。
俺は邪魔が入らない様に念の為、辺りを見回す。この状況を見られるのは非常に拙いからだ。いつの間にかルルとチチリも現れて、周りを警戒してくれる。
どうやらプラフィ1人で状態が維持出来る程に回復して来たらしい。俺は熱くなった目頭を擦る。
それを何度繰り返しただろう。後ろから声が掛る。
「終わったわ。助かった。何とか助けられたわ。」
気が抜けたのだろう。ジナイーダは涙を流しながら血塗れのアスマを抱き上げ、頭を優しく撫でる。それを見て俺も涙を流す。彼女は一息つくとアスマを下ろし、もう一度ヒデオに回復魔法をかけ、火傷の痕を消した。
「馬鹿、心配したのよ。さあ、帰りましょう。暫くはみっちりと鍛えてやるんだから。」
アスマを抱えながら立ち上がる。
「俺もヒデオを鍛え直さないとな。さあ、いつまでもこんな所に寝かせておくのは可哀想だ、連れて帰ろう。」
俺はヒデオを肩に乗せ、ジナイーダはアスマを運ぶ。
「おっと、これをこのままにしておくとマズイな。」
俺達は振り返りレッドベアよりも危険な赤い水溜りを見る。
ジナイーダは頷くとそれに水魔法を使い、一気に洗い流した。
「こんな物かしらね。イヴァン、レッドベアの事だけど。」
「ああ、不幸中の幸いか、あいつは爆発で死んでる。俺の戦斧と同じで助かったぜ。」
俺達は頷き合い、森を出る為に歩いた。
「奇跡って起こるものね。」
「そうだな。俺達も何度か経験したが、こいつらは放っておくと、大変な事になりそうだ。なあ、まだ冒険者を続けると思うか?」
「怖い経験をしたけど、この子達は芯が強いからたぶん続けるでしょうね。」
俺達は苦笑する。森の出口が見えて来たので、ずっと警戒してくれていたルルとチチリに戻ってもらい、馬車と合流して街へと帰る。
ギルドに戻ると報告や手続きで色々と忙しいだろうが、それは思考の隅に置いておき、俺は今回の奇跡に心の底から感謝した。




