第一章.23
「あ、ウサギだ!! あれがレイルラビットってやつかな?」
「色と見た目はそうだな。確か全力で体当たりして来るんだったか?」
「うん、馬の脚に攻撃してくるみたいで、関係者からはかなり嫌われているみたい。」
僕達はルルの鼻を頼りに平原を歩いていると、早速魔物を2匹見つけた。名前と特徴は今言った通りの奴なのだが、肉が美味しく、狩り易いとの事で初心者のお供とも言われている。
「一匹はルルにお願いして、もう一匹は僕達が倒す?」
「そうだな、それで行こう。」
『マイティフォース!』
「それじゃあ頑張ってね。」
僕の言葉にルルが頷き、大回りをしてレイルラビットへと近付く。それを見た英雄と僕は正面から向かって行く。
英雄に気が付いたウサギは2匹とも名前の通りに突っ込んできた。
一匹は駆け出すのが遅れたのだが、そこをルルは逃がさずに後ろから襲い掛り、首へと噛み付く事で容赦なく仕留めていた。
「こいつら相手なら俺達の必要はないな。それじゃあ、行って来る。」
そう言って英雄は速度を上げた。
「そうだね。よーし、それじゃあ転ばすよ?」
僕が射程ギリギリの所へと走ってきた獲物に対して、前足が着地する瞬間を狙い、魔法で土を掘り起こす。子供の砂遊びで作る様な小さな溝だが、足を取られ、バランスを崩したウサギはそのままゴロゴロと転がってしまった。そこへ英雄が剣を振り下ろし仕留める。
ルルも自分の分を銜えて近寄ってきた。
「はい、良くできました。」
ルルを撫で、戦利品を受け取って解体を始める。英雄も自分で始めたようだ。
「とりあえず2匹だな。でもこいつってたしか・・・・」
「うん、簡単に狩れるから買取価格は高くないんだよね。」
「ルル、狙いはこの前の山羊とこいつ以外で俺達が狩れそうな奴だ。いけるか?」
『ウォン!』
英雄のオーダーを聞くと嬉しそうに走って行った。
「麻薬捜査犬とかも遊ぶ感覚で覚えさせるってテレビでやってたな。」
「プラフィといいルルといい、こんなに頑張ってくれているのに、最上のご褒美が僕の魔力って言うんだから、本当に助かるよ。」
僕達はルルの走った方角へと移動を始める。
次に現れたのはゴブリンが4体だったが、補助を掛けた英雄が2体をすれ違いざまに仕留め、そこに襲い掛かった1体をルルが噛み殺し、そのルルを狙った個体に英雄が剣を突き立て殲滅した。実に呆気ない物である。
「野盗を倒した後にゴブリンは弱いな・・・・あいつらの時と違って、返り血を浴びても大した高揚感を感じないし。」
『クゥゥン・・・・』
英雄が今一つの評価だったのを聞いて悲しそう耳を下げて鳴いたルルを撫でながら僕は笑ってあげる。
「大丈夫だよルル。まだ出会った事の無い相手に案内してくれたんだから、それでいいの。疲れてなかったら次に行こう?」
それを聞いてルルは嬉しそうに次を探しに行く。
「ブロンズからは正式な依頼が出るけど、俺達ってこのまま狩り主体でも大丈夫なんじゃねえか?」
「ルルが恐ろしく優秀だからね。否定はしないよ。」
そうして次の獲物を見つけた知らせを受けて僕達はワクワクしながら向かう。
そこで見たのは羊だった。
「あれってたしか平原最強の異名を持つハルシシープってやつか?」
「うん、何でも相手に幻惑を見せるらしくて、これを討伐した時に精神的ダメージを負った人間は数知れないそうだ。」
僕達は恐怖からごくりと生唾を呑む。
幻惑の被害例で有名なのは襲ってきた冒険者PTに幻を見せて同士討ちをさせた事例らしい。
だがもっと恐ろしい事がある。こいつの特技の1つに、相手を錯乱させるという精神面に対する状態異常攻撃を行えるのだ。というかこっちで何より嫌われる。
頭が幸せに包まれてしまった被害者が自分の性癖を暴露し合ったり、そう言った趣味が無い同性が熱く抱き合ったり、クールビューティーなお姉さんや筋肉ムキムキの大男が甘えたりなど様々だ。
皆その時の記憶はしっかりと残っているらしく、この時に受けた被害は、皆見なかった事にするのが暗黙の了解である。
ちなみに被害者はこの大平原で思いっきり声を出して恥ずかしさを薄くするのが恒例だ。
「・・・・・記念すべき1体目だもんね。倒さなきゃ駄目だよね?」
「ここまで精神的に嫌になる敵ってF○7の神○屋敷に出るあいつみたいだな。」
「ベクトルは違うけど言いたい事は良く分かる。実を言うと僕あいつ倒した事ないんだ。全部逃げた。トン○リより怖いんだもん。」
僕達は近寄るのを躊躇い、少し距離を置いて件の羊を眺めていた。
「なあ1つだけ頼みがある。」
「奇遇だね僕もだよ。」
「俺がどんな奇行をしても、絶対に忘れてくれ。決して掘り返さないでくれ。」
「分かった。その代り僕が奇行をしたら絶対に忘れてね?掘り返してネタにしないでね。」
僕達は頷き合い、覚悟を決めて戦いへと臨む。
倒し方は以前のフラッシュゴート戦と同じで首を一撃で叩き斬る作戦だった。
身体強化と消音の補助をルルと英雄に掛けて、力を譲渡する。作戦は上手く嵌り、英雄が首を斬って油断した時にそれは起こった。
僕から見ると英雄が首を切って、ハルシシープが横に倒れた事を確認し、英雄の隣へと歩いたのだが、親友は全く微動だにしなかったのだ。
心配になり顔を覗き込んだ時に僕は事態の深刻さを理解した。こちらを見る英雄の目が据わっていたのだ。その目は僕を捉えたままで。
「ひ、ひでお? まさか、幻惑を見せられてるの?」
同士討ちの話を思い出した僕は体を襲う恐怖から、ゆっくりと後ろへ下がるが、腕を掴まれ止められた。
「・・・・」
こいつの顔には何も浮かばず、ただ僕だけを見据えていた。ルルを見ると、苦しむ様に地面へと蹲っている。
「わっ!?」
僕はそのまま草原の上へと強引に倒され、上へと跨られる。英雄は冷たい目で僕を見下ろすとそのまま右耳の辺りに顔を近付け、髪から胸へと顔をゆっくり動かしていく。その時の息遣いから、こいつが香りを楽しんでいる事が分かり、僕は暴れる。
「英雄、止めてよ!! 今ならまだ許すか― ひゃっ!?」
英雄は僕の胸元へと舌を出して、頭を下げた道をなぞる様に耳の付け根へとそれを添わせる。
必死に押しのけようとする手は右手で頭上へと拘束され、強い力はどれだけ暴れても緩みはしない。
「んっ、ば、馬鹿!!それはマズッ!?」
自由な左手で服の上から胸を弄る。暴れる度にお腹や太腿へと固い物が当たるのを感じて、僕は全身を動かし抗うが、拘束は解けない。そして手は服の上で遊ぶのを止めて、シャツを持ち上げながらお腹へと直接指を這わせ、胸へと至る。鎖骨付近の味を楽しまれながら、ブラを少し上へとずらそうとした所で僕は涙を流しながら言った。
「ひでお、僕は気にしないから、絶対に後悔するなよ? 責任を取れとも言わないから、思い出しても絶対に気にするな。」
自分の不安を消すように、正気へ戻った後、苦しむであろう親友を心配して、精一杯に笑う。
それを見たこいつの瞳に理性が戻ってきた。
「――――――!!」
英雄は慌てて体を起こし、僕から降りると荒く息を吐きながら、顔を逸らしている。
「ハァハァ、くそッ、はぁ、遊馬、本当に、すまん。」
絞り出すようにそれだけを言うと、息を整えようとする。罪悪感からか、こちらを見ようとしない。
動悸が落ち着き出したのを感じてゆっくりと体を起こす。
「英雄、始まる前の約束を覚えてるよね? 僕は忘れるし、お前を許すから、後悔するな。だから、こっちを見てよ・・・・」
僕が弱々しく言うと英雄はこちらを見てくれる。
何かを言おうとしては止め、息が整いだした所で、ようやく言葉になる。
「すまなかった、許してくれてありがとう。その、怖くないのか?」
こいつは気まずそうに視線だけを逸らした。
「怖くないと言えば嘘になるよ。今までを振り返っても、ここまでされたのは初めてだったしね。」
僕がそう言うとこいつは俯く。
「でもお前なら襲われても納得できると思う。同じベッドで1週間以上を共にしてたんだ、1度ぐらいこうなっていても、おかしくはなかったんだよ。それを今回みたいな事故に会うまでずっと我慢していたお前を凄いと思っても、嫌いにはならないよ。ちゃんと止まってくれたしね。」
僕の言葉を聞き、漸く目を合わせてくれた英雄はもう一度謝ってくる。
「うん、もういいよ。さあ、解体しよう。狩りが終わったら食堂で酔っ払うまで飲もうよ。その為に袋一杯までしっかりと稼ごう。ね? 解体は僕がやるから、平原に向かって何か叫んでいても良いよ。」
少し時間が必要だろうと思った僕はとりあえず英雄を置いて、討伐証明の耳を削ぐ事にした。異常から復帰したルルも心配そうにこちらを見ていたので、『大丈夫だよ』と言い撫でる。そして、全ての原因へと冷たい目を向けた。
(この糞羊め・・・・次に戦う時は魔法を覚えて遠距離からなぶり殺しにしてやる。)
耳を削いだ後、決意を固めた所で後ろから大声が聞こえる。
「美味しかったし、軟らかかったぞおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
僕はそれを聞いて吹き出した。
「な、何を言ってるんだお前はッ!?」
振り返り顔を赤くしながら犯人を見ると、第二射が放たれる。
「いい匂いで止まるのが惜しかったです!! ごちそうさまでしたああああああッ!!」
僕を見て、ニヤリと笑ったこいつを止めないと恐ろしい事になると思い、飛び掛かろうとするが、距離を詰める僕よりも、口を動かすだけの英雄が速かった。
「最高に興奮しましたあああああああああああああッ!!」
僕は恥ずかしさで真っ赤になり俯く。
「ぅぅぅぅ、心配した僕が馬鹿みたいじゃないか!! もういいよ馬鹿!! 知らない!!」
そう言って僕は忌々しい羊の解体へと全力で意識を向けた。後ろはまだ何か叫んでいるが、僕はそれに合わせてルルに遠吠えをさせながら作業に集中する事で、それ以降の内容を聞かずに済んだ。
その後は怒る僕の頭を撫でたり謝ったりとする大馬鹿と一緒にフラッシュゴートを2頭狩り、街へと帰る事にした。
「なあ、本当に悪かたって。いや、俺も恥ずかしくてさ、こんな馬鹿を出来るまで叫んだんだよ。考えても見てくれ、いくら相手が良いと言っても、押し倒した親友とすぐに今まで通り付き合えるか? な?」
その言葉に僕は理解を示すが、それでもこいつをジトッとした目で見る。
「本当に楽しんでなかった?」
「楽しんでなかった。」
「本当に?」
「本当だって。」
「はぁ・・・・もう良いよ。ほら、街が見えたし列に並ぼう。」
そんなこんなで無事(?)に街へと帰ってきた僕達はギルドへと向かう。事故はあったものの、魔物と出会う間隔が短かったので時刻はまだ午後3時だ。
受付で素材を全て売り、報酬を受け取った所でイヴァンさんとジナイーダさんに声を掛けられた。
「よう、お疲れさん。大量だったようだな。」
「ええ、でも大変でしたよ・・・・しっかりとハルシシープの洗礼を受けました。」
げんなりとした僕の言葉にギルド内が静かになる。
ジナイーダさんが僕を抱きしめ、落ち着くように背中を撫でてくれた。
「もういい、もういいの。忘れなさい。それにあいつには皆苦しめられたの。貴女だけじゃないわ。だから気にしなくてもいいの。ここにいる冒険者たちはみんな貴方達の味方よ。」
そう優しく言葉を掛けてくれた。それを聞いて多くの仲間たちが頷く。
(あれ?これってもしかして寄り付く虫を遠ざけるのと、英雄に一泡吹かせるチャンスじゃ?)
僕はそう考えて言った。
「ははは、大丈夫ですよ。洗礼は受けたと言っても聞かされた話に比べると僕はまだ軽い方ですから・・・・」
そう言って、ジナイーダさんの服を握りしめる。
「辛いのは僕じゃなくて英雄ですよ。僕は、押し倒されただけで済みましたから大丈夫です・・・・」
そう言うと、ロビー内の温度が下がるのを感じた。
「ま、待ってください、2人とも!! 確かに押し倒しましたが俺は何も―」
英雄が冷や汗をダラダラと流しながら慌てて弁解しようとする。もうひと押しだ。
「そうですよ。英雄の言う通りで何もありませんでしたから大丈夫です。その、ちょっと胸を触られたりとか、えーと、色々されただけです・・・・ジナイーダさん、僕はだいじょ―」
言葉の途中でジナイーダさんは僕の手を引き、いつもの個室に引っ張って行く。その時に先輩方やイヴァンさんの冷たい視線が英雄に突き刺さっているのを見た。辛うじて聞こえたのはイヴァンさんの底冷えするような声で紡がれた、『坊主、話がある。少し付き合え。そうだな、訓練所に行こう。』という言葉だけだった。
ふふふ、実際に行動を起こした今の貴様は活殺自在なのだ。泣くがよい。
マレフィお姉ちゃん、天罰は下りましたよ。でも命までは取らないで下さいね。
僕はそう祈り、英雄に反省を促せたのだった。




