第一章.2
ゆっくりと目が覚めて、自分が仰向けに倒れていることを確認する。
体が怠い、頭が重い。
僕は石造りの天井をぼんやりと見上げながら、まるで中世のお城みたいだなと思い、眠る前の事を思い出そうとしてはっとする。
(ま、待って、ここ何処? あの光は、英雄はどうなったんだ!?)
僕は慌てて身体を起こし驚愕した。
だってね、ウエディングドレス着てるいんだよ? 僕。
男だから当然胸はスカスカです。
僕は部屋の中心で床に倒れていたのだが、この床がまた奇妙で、ゲームでよく見る魔方陣が僕の位置を起点として部屋全体に描かれており、僕の寝ていた部分は空白となっている。
だがそこには白い花びらが敷き詰められていて、お尻から感じるクッション性は良く、ほんのりと良い香りもする。
この時僕は現実逃避気味に昔遊んだゲームの事を思い出していた。
その作品は、不思議な結界に街ごと閉じ込められた学生の主人公たちが、心の力で悪魔と戦うRPGである。難易度の調整も良く、もう一度遊びたいと何度も思うのだが、非常に高いエンカウント率と読込みの長さから1度しかクリアしていない。
ラストダンジョンで片道2時間かかるような作品を、社会人がゆっくりプレイできるはずがなかった。
(攻略本の表紙は主人公がお花畑に眠っていたけど、僕は花びらか。)
気に入っている作品だけに本気でがっかりしながら僕は現実を見るために深呼吸をする。
(さて、当たり前だけどここは英雄の家じゃない。心当たりはあの時の光だけ。馬鹿みたいだけど異世界召喚物ってのも考えて行動するか。迂闊に外へは出たくないし、とりあえずはこの服装から考えよう。)
僕が着ているウエディングドレスだが、実はいくつかの考えが浮かび上がっていた。
1. 親切な人が倒れた僕を着替えさせようとして偶然服がこれしかなかった。
(ただし元の服から着替えさせる必要があったのかは不明)
2. 夢。
3. 非情な現実で、僕は見たこともない変態野郎に着替えさせられた。
1の考えは、捉え方次第で3と変わらないという事から必死に目を背ける僕を非難できる人なんていないと信じている。
まだ重い頭では、これ以上考えが浮かばないと諦め、怠い体を無理やり動かし立ち上がった所で部屋に1つだけある大きな木製の扉が勢いよく開いた。
僕が慌ててそちらを振り返ると、そこには白いタキシードを着た金髪の男がこちらを見て一瞬驚くが、すぐに微笑んできた。
(終わった、どうやら僕はこの変態野郎の慰み者となるらしい。)
相手のギラついた目と、体の中心で自己主張をしている膨らみを見て、こいつは間違いなく敵だと認識する。
とはいえ、怖いものは怖いので後ろへ左足を出したところで、いきなり体のバランスが崩れ花びらの中へダイブすることとなった。
「しまっ!? え? 体が動かない!?」
横に倒れた事から俯せになった僕は、慌てて立ち上がろうとした所で自分の異常に気がつく。
嬉々として近寄ってくる男を睨みながら見上げると、男は両腕を広げ、恍惚とした表情でついに言葉を発する。
「ずっとこの時を待っていた!!」
全身を走る冷たい感触に僕はこいつこそ全ての原因だと確信を持った。
「ふふふ、困惑しているようだな?まずは自己紹介をしよう。俺はこの世界で神様をしている者だ。名前はアザルストと言う。」
言葉を聞くと状況を説明してくれそうなので、体の動かない僕は、とりあえず話を聞くことにした。
「初めまして、鈴木遊馬と言います。体が上手く動かないのですが何故だかわかりますか?」
どうせ原因はお前だろうと当りを付けて話す。
「ああ、知っている。君の体だが1日は上手く動かせないだろう。その理由や、ここが何処か等をまとめて話したいのだが、聞いてくれるな?」
そう言ってこの自称神はこちらを微笑む。
先ほどから感じる嫌な感覚を我慢して僕は相手に頷くと、彼は隣に腰を下ろし、説明を始めた。
「その顔から、ここが何処かは何となく分かっているだろうが、改めて言おう。ここは君が今まで住んでいた所とは別の世界だ。信じられないだろうから手っ取り早く魔法を見せようと思う。」
そう言ってこいつは僕の目の前で手から火を出し、球状の水や氷を僕の周りに浮かべ、何処からかいきなり出した木の枝から花を咲かして見せた。
火ぐらいならテレビで手品師がやりそうだから信じなかったが、形を整えて浮かぶ水や氷、いきなり蕾から花を開く木の枝を見せつけられたら流石に信じてしまう。
「分かった。異世界云々については信じるよ。続けてくれ。」
神は理解した事に気を良くしたのか、先を促された事に喜んで頷く。
「では次だが、君を召喚したのは予想通り俺だ。あの光は召喚するための魔法だよ。君が1番危惧しているであろう友人の安否だが、これは全く問題ない。」
俺を信じてくれるのであれば、と最後に付けられたが僕は信じることにする。
信頼していい奴ではないが、今のところ嘘は言っていないと感じていた。
「さて、君の体がほとんど動かないのは、君の身体をこちら用に作り変えている最中だからだ。頭が上手く働かないのは、新しい身体の事を含めて、こちらの世界の知識を押しこんだ為だよ。本来であれば君の目覚めは後数日先の予定だったのだが、どうやら君は予想以上に意志が強く無理やり起きてしまったようだ。」
彼は困ったように笑いながら説明する。
それを聞いて僕はもう眠りたくなった。
なぜって?
思い出してくれ、僕の服装がウエディングドレスだという事を、こいつの服装が白いタキシードだという事を。
式当日でもないのに、態々この格好をさせているという事を・・・・
こいつ間違いなく逃がす気が無い。
きっと体が完成した時が僕の貞操の最後だろう。頭は洗脳されて僕の意識は残らないと信じている。残っていたら困る。
こいつから召喚の目的を聞いてはダメだ、答えはすでに最悪の形で出ていた。
ではどうすれば良いのか?
最善は逃げる事だろう。
その為には体が動く様にならなくてはいけない。
話を聞く限りまだ数日かかるようだし、その間はずっと眠り続ける事が出来そうだ。
そうやって僕が僕であることを守ろうと考えを巡らせている事に気がついたのだろう。
こいつは嗜虐的に笑い、逃げ場を塞いできた。
「では何故君をこの世界に呼んだか、何故そんな恰好をしているのか、それを話そうと思う。」
さようなら、言葉で言い表せない大切な何か達。
ごめん英雄、君が体を張って守ってくれたものが無駄になるらしい。
ごめん父さん母さん、僕はもう駄目みたいだ。
「初めて俺が君を見たのは12年前の事だ。」
昔語りから入るのかよ。
僕が11歳の時だよな?何かあったか?
「君は自宅の庭にある花壇で花を育てていた。覚えているかな?」
覚えているも何も園芸は僕の趣味だ。と言っても別に花を詳しく知っているとか、美しく育てようとした訳ではなくて、近所のホームセンターなどで気に入った種類の種を買って来て無造作に育てているだけだ。
「あの日君は咲いた花たちに向けてまるで芸術の様な、太陽の様に輝く笑顔を向けていたのだ。」
そりゃあ、手抜きで育てていても、自分が植えた花が咲けば嬉しいから笑うさ。
うん、もうやだ、この先を聞きたくない。
今までの悲しい人生経験から予測できる。
「あの笑顔を見た時、俺は心に決めたのだ。君を妻に迎えると。安心するといい、決して苦労はさせない。」
あれ?嬉しくないのに涙が・・・・
「それと、その、恥ずかしい話なんだが聞いてくれ。君も男なら性癖があるだろう?言うまでもないが、どういうシチュが好きってアレだ。」
舌を噛み切ろう。
駄目だ、顎に力が入らない。
「俺が好きなのは、嫌がる相手を俺色に染め上げるタイプの物なんだが・・・・
ここまで言ったら、分かるな?」
ああ、初めて見た時から分かっていたよ、お前が救い様のない変態だという事は。
身体は好きにしていいから洗脳でも何でもいい、僕の心は殺せ!!
「そういうのが好きだからさ、洗脳や心だけを移し替えるとかはしないからね?安心するといい。それに俺たち神は心の美しさが見えるのだが、君の心は最上級だ。それに手を入れるなんて、とんでもない!!」
死にたい。
「君を手に入れる為だけに12年も画策して周りを出し抜き、ようやくこの時を迎えたのだ。さあ、しばらく眠るといい。次に起きた時が俺たちの新たな人生の始まりだ。」
耳元でこの糞野郎が囁いてくると同時に僕は微睡の中へ落ちた。
あれから何日経ったのだろう?
ゆっくりと僕の意識は覚醒する。だがすぐに動いてはいけない。
周りに人気が無いことを確認すると、薄目を開け、目だけを動かして左右を確認する。
誰もいないことが分かると、後は頭と足側に誰もいないか賭けだろう。僕はゆっくりと上体を起こして部屋全体を見回す。誰もいない。
(よし!! たぶんこれが最後のチャンスだ。)
おそらく部屋は前に起きた時と同じだろう。違いがあるとしたら僕がベッドに寝ていることだ。
枕の柄が『Yes』と書いてあってので裏返すが、そこには『是』と書かれていたので『Yes』に戻した。
服装は変わらず、靴は履いていない。
石畳を素足で走るのは少し辛いが諦める事にする。
身体を動かしてみて調子を確かめる。
(うん、本調子ではないけど動ける。頭はまだ少し辛いかな? また予定より早く起きたのかもしれない。よし、脱出しよう。)
木製の大扉に鍵はかかっておらず、部屋からの脱出は問題なかった。
部屋から出ると石造りの廊下が左右に伸びている。
(どうせ駄目元、ここは右だ。)
途中で何度か分岐があったが僕は直感に頼って進んでいくと、目の前にある曲がり角の先から足音が響き僕は慌てて道を引き返した。
(くそっ、でも慌てて探しているような足音じゃなかったから、まだバレていないな。急ごう。)
そうやって足音がするたびに道を変えて進んでいくと、1つの扉の前まで来た。
(くっ、もう道はここだけか。仕方がない、入ってみよう。しかしあの足音ってまさか?)
意を決して、扉を少しだけ開けて中を覗くが暗くて見えない。
舌打ちして引き返そうとすると後ろから足音が響き、僕は慌てて部屋の中に入った。
そして理解する。やはり僕はこの部屋に追い立てられていたのだと。
「よく来てくれたね、俺の花嫁。」
部屋に明かりが灯り、部屋の中央に金髪の変態がいる事に気がつくと、僕は迷わず舌を噛み切ろうとするが体の自由が利かなくなる。
体が浮いて神の前に立たせられると、僕は強く抱きしめられ胸へと顔を埋めた。
「ふふ、まだ身体が出来上がっていないのに、また起きるとはさすがに予想外だ。あんなに一生懸命逃げるから、つい虐めたくなってしまってね。ここに来るまでの恐怖に折れない君の顔は最高に素敵だったよ。」
動けない僕は無防備に耳元で囁かれる。
悲しくて怖くて悔しくて涙が溢れるが、体は指一本動かせない。
(!?)
アザルストは涙を流す僕を見て嬉しそうに口角を釣り上げると、そのまま手をお尻に伸ばしてきて、弄りだした。
(うわ!? さ、触るなあああああああ!? 助けて、誰でもいいから助けて!!)
パニックに陥りながら僕は逃げようとするが、やはり動かない。
密着しているお腹に固い物が当たっているがベルトのバックルだと考えて意識を切り離す。
そして、遂にその時がやってきた。
変態は片手で尻を弄り、空いた片方の手を僕の顎に添えてクイッと上を向かせる。
こいつを喜ばせるだけだと分かっていても、目からとめどない涙が溢れる。
目の前で嗜虐的な喜びに打ち震える男は、僕の唇を奪おうとして、壁へ吹き飛んだ。
「ふぇ?」
僕は茫然として吹き飛んだアザルストを見て、後ろから聞こえる懐かしい声に驚く。
「ほら、いつまでボケッとしてるんだ、それとも本気でそいつと結婚するつもりか?」
恐る恐る振り返る先には、長い付き合いの親友が光の中に微笑みながら立っている。
二度と会えないと思っていた親友との再会と、助かったという事実に気がついて感極まった僕は嬉し涙を流しながら、何も迷わず英雄の胸に飛び込んでいた。
「どうやら今は動けるようだな。ほらしっかり掴まれ、逃げるぞ。」
(あ、そういえば僕動けって、え?)
英雄は僕の腰に片腕を回し、しっかりと抱きしめると後ろの光に飛び込んだ。
2人で光の中へと落ちていき、急速落下を味わうことになった僕はというと。
「ひゃあああああああああああああああああ!?」
情けない悲鳴を上げていた。