第一章.19
翌朝、僕達はいつもの様に準備をすると、昨日買った道具とウェストポーチを装備する。
アイテムボックスの素は新しく買ってきた布袋に使った。
これは人によって使い方が違うらしい。メインのバッグに使う者もいれば、僕達の様に収集物用とする者や、念の為にスペアへ使う者と様々だ。ポケットの様な小さすぎる物には使えない。
ちなみにアイテムボックスとは鞄を入り口に見立てた空間であり、収納した物は鞄の中ではなく、空間魔法で作った別空間へと収納される。なので、本来の鞄としても使う事が出来るので容量は思ったよりも多くなる。だが血や脂の滴る物などはアイテムボックス側へ入れる事が多い。ボックスの素はまた結晶体に戻す事が出来、前述のような生ものを入れた場合は、その状態で洗剤を使い洗う事で臭いや汚れを落とす。大体の冒険者は、肉用、素材用、道具用と小分けにするのが普通だ。とは言っても僕達駆け出しにそんな余裕は無い訳で・・・・
「片方が素材で片方が肉用か。容量は少ないが贅沢は言えないな。」
英雄が布袋を見ながらぼやく。
「皮はともかく、肉は牛みたいなタイプだったら1頭入りきらないね。重ね掛け出来るみたいだし、まずはこれから拡張しないとダメかな。」
僕も無駄が出るのを悲しい顔で考える。すると英雄が、
「まあ、洗えばいいだけだから、今日は二つとも肉用にして、元々の布袋に素材を入れるか。とりあえず大物1頭を目標にしよう。」
そう力強く言うので僕も頷き街を出る事にした。
Fランクの仕事は、ほとんど受ける必要は無い。
理由は単純で、Fの腕だと街の周りを巡回して魔物を討伐する程度なので、一々張り出して取り合いをするより『ゴブリンを5体倒せ』として常時受け付け、対象の証明部位を規定数持ってきたら達成とする事により、仕事の手間を一気に減らしているのだ。さらに街の安全も向上するので一石二鳥なのである。
街を出て街道沿いに少し進み、衛兵の姿が小さくなったところでルルを顕現する。
「ようやくルルの出番だな。期待してるぞ。」
英雄がルルの頭を撫でながら言うと。任せろと一声鳴いて駆け出して行った。
僕達はルルの進んだ方向を進み10分ぐらいしたところでルルが走って戻ってきた。
「ルル、もう見つけたの?」
僕が首を傾げて聞くと、頷いて僕達へ付いて来る様に促す。
僕達は頷き合い駈けだした。
「最初はさ、ゴブリンとかスライムじゃねえの?ああ、ここだとグリーンゼリーか。」
英雄が嬉しい様な悲しい様な微妙な顔をしている。
「まあ気持ちは分かるけどさ、最近だと珍しくないし、仕留めれば純粋に美味しいんだから素直に喜ぼうよ。モグラ数匹とか大芋虫とか大ヤマネコに遭遇するより良いじゃないか。」
僕が遠い目で言うと英雄に。
「ああ、しっかりと全部引き当てて教訓を何度も築き上げた奴の言葉は重いな。」
と言われた。
僕だって遭遇したくてしたんじゃない!!
『まだ、行ける』と思った時に、しっかりと帰る事を選んだら遭遇してプレイ時間を吹き飛ばされたんだ!!
そんな世界の養分になってしまったトラウマは放っておいて、目の前にいるのは眠そうな目をした山羊だった。
名前はフラッシュゴートと言って、体が数回発光した後に強い光を放ち、相手の目を潰した所に体当たりを仕掛けるという恐ろしい奴である。証明部位は角だ。
この角自体が素材となる為、一緒にお金にしてくれる。
山羊なので人は食べないのだが、悲しいかな魔物の習性で人を襲う為に、討伐の対象となっている。ランク自体はEだが目さえ潰されなければどうと言うことは無い。
ルルの案内を受け、風下に行き隠れて観察していると相手が1体だけだという事が分かる。
「近くに同業者もいないみたいだし、狙わない理由は無いね。どうする?」
優秀な索敵を行うルルを撫でて、英雄に聞く。
「決まりだろ。今日は軽く経験を積む程度の予定だったんだ。こいつを倒して帰ろう。ルルが反対側から牽制、俺が首を狙う。お前は俺達に補助を掛けて、ルルに力を渡したらここに隠れてろ。」
僕達は頷くと行動を開始する。まずは僕からだ。
『マイティフォース!』『イレイズサウンド!』
僕は二人の身体能力を上げる魔法と、行動時の音を消す魔法を使った。(音の方は僕が未熟なので足音だけだ。)
「ルル、お願いね。」
僕はそう言って自分の魔力を譲渡してグッタリと座り込む。見た目は地味だが結構キツイのだ。最低限走れるだけの分を残し全て送ると、ルルは今まで以上の速さで駈け、相手の後ろに回り、風上に立つことでわざと山羊に気付かれる。
奴はルルに気が付き『ヴェェェェェッ!』と威嚇するように嘶く。
対するルルは今まで以上に耳をピンと張り、全く臆さずに犬歯を剥き出しにして『グルルルルッ』と唸り声をあげている。格好良い。
良いんだけど、正直怖い。あれが敵になったら嫌だな。
フラッシュゴートがそれに怖気づき、体をこちらに対して横に向けた所で英雄が剣を抜いて走り出す。
英雄の装備で金属は剣と盾のみ。足音は消えているが鞘の留金がかちゃかちゃと音を立てる。だがルルに恐怖する相手は気が付かない。あと一歩で首に剣が届くという所で山羊はこちらを振りむく。だがルルがそれを見越して一気に距離を詰める。
驚異を感じない人間と、本能的に恐怖した相手では、やはり優先順位が違う。
フラッシュゴートは無防備にルルを見て、逃げる為に前に走り出そうとしたが、正面に回り込んだルルを見て竦み上がった所を英雄に切り伏せられた。首に1撃を浴びせ確実に仕留める。
そして心臓が動いているうちに僕が近寄り、魔法で土を盛り上げる事で頭が下になる様に傾斜を作る。血が流れ易くなる為だ。その後二人で協力して講習の通りに内臓を取り出したり、水を生み出して血を流したり、ブロックごとに解体したりと大忙しだった。ルルに食べるか聞いてみると、首を振ったのでとりあえず資料で調べた使える所は全て回収し、残りはルルが掘った穴へと埋めて街へ戻った。これだけで布袋とアイテムボックスは一杯である。1度しか戦っていないので、まだお昼だ。
人が多くなる前にルルを収納して門に並び、詰所の衛士に冒険者プレートを見せると無料で中に入れる。ここに来た頃が懐かしい。そんな僕に英雄が声を掛けてくる。
「うむ、まだ地図が埋まっていないようだ。」
僕の壊滅一歩手前の記憶が蘇り涙目で『止めて』と言うと頭を撫でて謝って来た。
「こら、撫でるな。」
そんなやり取りをしつつギルドへと向かい今回の獲物を売却して、仕事の成功報酬を貰った。状態が良い事もあってこいつ1頭で僕達の1週間の宿代となった。ありがたや、ありがたや。
そして帰ろうとした所でアデリーナさん達と会い、アドリアーナさんの呪いが完全に解け、医者からもOKを貰った事を聞いた。後は体力を戻すだけなのだが、あそこまで衰弱していたので少し時間が掛るそうだ。
3人は今までで一番の笑顔を向けて報告してくれた。
つい涙が出そうになったが、頑張って耐えた。美人の前では格好良くいたい。
その時にジーナさんが僕に獲物を狙う目を向けていたのだが、カリーナさんが尻尾を掴む事で抱きついて来るのを止めてくれたのは助かった。
何でも前回の抱き心地と香りが非常に満足したそうで、そのまま連れて帰りたいと再三にわたって漏らしていたそうだ。カリーナさん、本当にありがとうございます。
話が終わるとそれを見計らってイヴァンさん達が現れ、僕達を訓練へと連行した。こちらを見る彼女たちに悲しい目を向けて助けを求めたのだが、サッと目を逸らされた。
僕はいつもの個室ではなく、少し広めの部屋に連れてこられた。と言っても人は誰もいない。魔法は事故を起こした時の被害が大きいので、基本は個室になる様だ。コートで練習するのはある程度実力がついてからだ。
「それじゃあ今日は新しい子の召喚をしてみましょうか。」
ジナイーダさんがすごく楽しそうに言う。
そう、実を言うと数日前から召喚について考えていたのだが、ジナイーダさんから『後学の為に見せて?』と有無を言わさぬ圧力でお願いされたので、今日まで我慢していたのだ。我慢していただけあって僕も楽しみである。
とりあえず召喚本を取り出して彼女に渡す。
「なるほど、基本的な説明に今呼べる子達が書いてあるのね。」
ジナイーダさんが興味深げにページを進めている。
その間に僕はルルを顕現させて頭を撫でながら考えていた。
本音を言うと僕だって元とは言え男の子だ。
機械もそこそこ流通している世界だから、腕に付けるパソコンとか銃型の召喚道具とかも憧れたのだが、ここは王道のファンタジーという事で本にした。考えても見てくれ、あんな精密機械を持って転がり回るのは無理だ。僕は逸般人では無い。
講習期間中、マレフィ姉さんに聞いたら、『実力を上げると道具無しで召喚出来る様になるよ。行く行くはノータイムで腕を前に出すだけで仲間を召喚出来る様になれるからね。安心して、私は上着を奪ったりしないから。』と言われた。
言われなくても僕は分かっている。奪われる時は上着ではなく僕自身だという事が。
「それで、狼はルルちゃんがいるけど、新しい子はどっちにするの?」
僕は既に決めていた。
「次はサキュバスにしようと思います。ふわふわと探索はルルがいるし、森の奥に潜ることは暫く無いでしょうからフクロウはまたの機会ですね。」
そう言うとジナイーダさんは頷く。その目は早く見たいと言わんばかりに輝いていた。
両手に狼でモフモフの楽園も考えたが、今は汎用性を上げよう。
僕はルルの時と同じように左手で本を持ち、右手を地面に向けて、体の中に道を作る。
(道を作るのが簡単になってる。これが訓練の成果なのかな? ふぅ・・・・来い!!)
僕の中を前回よりも熱い物が流れて行く感覚に体が震える。魔力量が上がり、召喚自体が強力になった為だろう。そろそろ道を強化する為に操作の練習に力を入れないと不味そうだ。
目の前にある開いた空間に闇が広がり、その中から美しい金髪を腰まで伸ばした美女が現れた。こちらを微笑む彼女の顔は薄く開いた目と合わさり非常に魅力的で、蠱惑的に唇を舐める様に僕は頬を染めてボーっと見惚れていた。
「こら、貴女が魅了されてどうするの。」
隣から呆れた声が聞こえ、頬を抓られて僕は正気に戻った。
サキュバスは悪戯が成功したので面白そうに笑っている。おのれ・・・・
綺麗な髪と整った顔に目を奪われていたが、よくよく見ると悪魔の羽根に細い尻尾が生えている。
何故だろう?無性に撫で回したい。
僕がそれを見ながらゴクリと喉を震わせると。彼女は笑顔を崩さずに、警戒しながら一歩下がった。心なしか頬が引き攣っている様な気がする。
「主が主なら、子も子か。」
ジナイーダさんが深い溜息を吐いた。




