第一章.17
ギルドに到着した僕達を見る先輩たちの視線は明らかに昨日と違っていた。
侮蔑や憤りの視線は無くなり、『災難だったな』という憐みに変わっていた。
これは、喜んでいいのだろうか?
僕は複雑な顔で英雄を見ると、彼も答え辛そうにこっちを見たので、何も聞かないことにした。
それから酒場で少し時間を潰し、講習を受ける。
今日の分は昼で終わり、これからどうするかを考えていると、
「ぐぁ!?」
いきなり横からタックルを喰らった。
「お、おい、大丈夫か?」
僕は痛む体をさすり、犯人であり、現在僕に抱きついているエルフさんを見る。
「いきなりどうしたんですかアデリーナさん・・・・・」
そう、僕に熱すぎる抱擁を仕掛けてきたのは他でもないアデリーナさんだった。
外国とはこんなにもフレンドリーなのか・・・・・
お昼を食べる前で本当に良かった。
僕は周りから向けられる、色んな感情の入り混じった視線にげんなりしながら溜息を吐く。おい、そこでこっち見ながらガッツポーズしてる奴ら、お前らは何を喜んでるんだ。
「ありがとうアスマ君、君が持ってきてくれた素材のお蔭で、アドリアーナの、妹の症状が軽くなったわ!!」
そう言って抱きつく力が強くなる。
何故だ!? なぜ何も感じないのだ!! いや、感じるのは感じるけど、それは親愛とか友情的なものであって、もっと邪なものではない!!
英雄は僕を羨ましそうに見るが、僕の顔は間違いなく微妙だった自信がある。
「ご、ごめんなさい。その、あの子が助かるかもと思うとつい嬉しくて・・・・・」
彼女はその後カリーナさんに取り押さえられて、今はみんなで一緒にギルドの隣に有る食堂(防音室)でご飯を食べている。
「その暴走で昨日は迷惑かけたんでしょうが、もうちょっと落ち着きなさい。」
ジーナさんにジト目で怒られて項垂れているアデリアーナさんは可愛かった。
英雄も同じ考えなのだろうが、この状態が解除される事になっても聞きたい事が有ったので僕は質問した。
「とりあえず、アドリアーナさんの容体はどうなんですか?」
僕が聞くと、英雄が少し残念そうに頷いた。
「ええ、今朝飲ましただけで全然違ったわ。黒く変色していた呪いが、明らかに薄くなったの。あの子自身楽になった事に驚いていたわ。」
彼女は嬉しそうに言う。
僕達は効果があった事に改めて安堵した。まだ治っていないとは言え、人が助かるのは純粋に嬉しい。
マレフィ姉さんの事を信頼しているとはいえ、相手側が持たなかったらどうしようもない。
それだけがずっと気がかりだったのだが、どうやら大丈夫そうだ。
「良かった。素材を提供した甲斐が有りましたよ。次からはもっと友好的に相談してくださいね?」
僕が冗談と分かるように言うと、彼女は謝りながら項垂れた。やだ、何この人。可愛い。
それから5人で食事をとりながら色々と話したのだが、ふとジーナさんが聞いて来た。
「ねえ、初めて会った時からずっと聞きたい事があったんだけどさ、アスマ君って何の香水使ってるの? すっごくいい匂いなんだけど。」
カリーナさんとアデリーナさんも気になっていたらしく、笑顔だが真剣な顔でこちらを見ている。
僕は英雄を向くと。
「それぐらいならいいんじゃね? ここは防音なんだろ?」
とのお言葉を貰った。
3人が頷くのを見て僕は話す。
「えっと、僕は香水を付けていません。僕の体質の1つでして、相性の良い相手に望む効果のある香りを発するんです。眠くなったりとか、心を落ち着けたりとかがあります。本来は相手側の了承がいる物なんですけど、僕のは効力が強い所為で完全に抑え込めないので皆さんは香水と勘違いしたんです。相性が良い人限定とは言え、誰にでも分かるみたいで恥ずかしくて恥ずかしくて・・・・」
そう言って恥ずかしさのあまり俯く。
女性陣からは納得してもらえたようだ。そこにカリーナさんが、
「という事は、ヒデオ君は常にアスマ君の香りを楽しんでいるわけだ。」
と、からかう様に笑って言う。
僕はハッと英雄を見ると、顔を赤くしながら向こうを向いた。こいつ・・・・・早く部屋を借りたい。
「でも私達みたいな獣人からしたらアスマ君ってある意味凶器ね。いい匂いがするから大変だわ。」
ジーナさんが笑いながら言い、そのまま続ける。
「ねえ、アスマ君それって私の方がもっと強く匂いを感じたいと考えれば効果が上がるの?」
そう聞いて来たので僕は頷くと。
「うわ、これ凄い!!」
と言って抱きついて来てそのまま深呼吸する。臭いを嗅がれて顔が真っ赤になるぐらい恥ずかしいのだが、狐の尻尾まで巻き付けて来たので僕はNoと言えず、尻尾の感触を楽しんだ。すっごくフワフワです。
「こら、ジーナ驚いてるでしょ。離れなさいって。」
カリーナさんが溜息を吐いて止めるが、
「いや、カリーナ、これ本当にすごい!! 本当にいい匂いがするよ!?」
アデリーナさんがそう言って燥いでいる。
2人の言葉が気になったのであろう彼女も試したのか、驚いた顔でこちらを見た。
そうやって散々3人に遊ばれた後に僕は解放された。疲れた・・・・
その後少しだけ話をした時に初心者でも受けられる手伝いの仕事がある事を聞き、改めてお礼を言われて解散した。
「いいなー羨ましいなーあんな美人のお姉さんたちに抱きつかれて羨ましいなー」
店を出ると英雄が棒読みで言って来る。
「そうだろう、そうだろう。羨ましいだろう? あまりにもパワフルで僕は捕食されるんじゃないかと思ったよ。」
悲しそうな顔で言うと、こいつは肩に優しく手を置いてくれた。
「さて、さっき聞いた初心者向けの仕事でも見に行きますか。」
英雄がそう言うと僕も頷き、もう一度ギルドへと向かった。と言ってもお隣だが。
初心者用の小さな掲示板に張り出されている仕事を見て僕達が悩んでいると、
「よう、2人とも。 早速仕事探しか?」
聞き覚えのある声が後ろから掛けられる。僕達が振り返るとそこにはイヴァンさんとジナイーダさんがいた。
「こんにちは、2人とも。街の手伝いを探しているの?」
ジナイーダさんは意外そうな顔で僕達を見ていた。
「こんにちは。さっきアデリーナさん達に初心者でも受けられる仕事があると聞いて覗きに来たところですよ。」
僕が答えると、イヴァンさんは
「という事はあいつの妹の事は聞いたか。本当にありがとよ。」
笑いながら僕の頭をガシガシと撫でた。
「痛いですよ!!」
僕が抗議の声を上げると豪快に笑って取り合ってくれなった。まったくもう・・・・
「もう、イヴァン・・・・ごめんなさいね。でも、2人なら手伝いの仕事より、街の外で魔物を狩った方が効率もいいんじゃない?」
そう言ってきた。
それを聞いて英雄は困ったように言う。
「いえ、俺達もそれは考えたんですが、戦闘と解体の講習を受けないと話にならないんじゃないかって二の足を踏んでいた所でして・・・・
解体は明日だから良いんですが、戦闘が最終日なのが痛いですね・・・・」
そうなのだ。僕達は地方出身とは言え現代人である。親族にそう言った事をしている人間がいないので、狩りどころか解体1つ出来はしない。
英雄がむしゃらに剣を振るかルルに戦ってもらえば、何とか倒すまでは行けるだろうが、解体できないのではお金にならない。そもそもこの世界に来てまだ3日目。魔物についても調べていないから、この辺りに何が出るのかも、そもそもどの部位が売れるのかも分かっていない。
事情を察したイヴァンさんがなるほどと顎を摩り、彼から話を聞いていたのであろうジナイーダさんは頷く。
この世界では魔物は傭兵か冒険者が倒し解体までするので、基本的に一般人は解体を出来ない人の方が多い。だから僕達も隠れ里ではしたことが無いと思われたのだろう。
2人は少し見合わせた後に、薄く笑って言った。
「貴方達さえ良ければ、今から稽古をつけてあげましょうか?」
僕達は肌が泡立つ。これは・・・・危険だ!!
「お、俺達は―」
「そうだな、それがいい。よし、今から裏手にある訓練所に行こうぜ。この時間なら空いているから大丈夫だ。」
英雄が逃げようとするがイヴァンさんが追撃をする。
「以前話した調べ物を―」
「遠慮なんてしなくていいの。さ、行くわよ。」
僕の援護はジナイーダさんに潰された。二人とも手慣れ過ぎていませんか?
僕達はそのまま出口の1つから訓練所へと連行された。
何故すれ違う人達は可哀想な目で僕達を見るのだ? これからいったいどんなサバトが始まるんですか?
訓練所はギルドのロビーと同じぐらいの広さで、コートが何か所か作ってある。屋根は無く、周りは壁で囲まれている。そこでは他の冒険者たちが模擬戦や基礎の反復訓練に、人形を使い魔法の訓練を行っていた。実にファンタジーである。
何たって僕達はこの世界に来て魔法らしい魔法なんてまだ召喚しか見ていない。回復と補助は使ったが、怪我はしていないし、比較対象も無かったので確認のしようが無かった。
「よーし、あそこが空いているな。坊主、腕前を見てやる。かかってこい。」
そういってイヴァンさんは英雄を連れて行った。
決意に満ちた顔の英雄を僕は見送り、そーっと観戦に行こうとすると。
「こら、貴女はこっちよ。」
そう言ってジナイーダさんに腕を掴まれて連行された。
ごめん英雄、もう会えないかも。
「さて、貴女にはまず手の内を見せてもらうわ。」
ジナイーダさんは僕を水晶玉の置かれた個室へと連れ込み。開口一番に告げた。
「あの子達は騙せても私たちクラスは無理よ。貴女と一緒にいるその子。訓練しなきゃダメでしょ。」
そう言われた。ルルの事も気が付いていたなんて、この人達が敵でなくて本当に良かった。
「そんなことまで分かるんですね。」
「私は魔法職だからね。巧妙に隠れているけど気が付いたわ。イヴァン達、戦士職の場合はもっと漠然とだけど直感で分かるらしいわ。」
僕は純粋に驚き、ルルを顕現させた。
「あら、随分と可愛い子ね。精霊とは違っていたから何かと思ったけど、なるほど、召喚魔法とは珍しいわね。これは隠すのも分かるわ。私でさえ数回しか見た事ないもの。」
とこともなげに正解を当てられ僕とルルは驚いた。
「ふふ、落ち込まなくても大丈夫よ。ふむ、名前が売れるまでは隠さないといけないから、こっちの訓練は無理ね。他には何が使えるの?」
そう僕に聞きながらルルを撫でる。
ルルは気持ちいいのだろうが、最初にあれだけ脅かされたからか尻尾の元気が今一つだ。彼女も気が付いているのか、困ったように笑っていた。
「今は補助と回復が少し使えます。」
そう言って使って見せた。対象を指定しなかったので、魔法自体は空中で霧散した。
「なるほど、アスマ君本人は完全に支援で、戦闘はこの子達か・・・・武器とかはどうするの?」
「最悪の場合を考えてショートソードか最低でもナイフを使えるようになりたいと考えています。」
そう言うと彼女は頷き言う。
「わかったわ。そっちはイヴァンに見てもらいましょう。私が教えても良いけど、武器については彼に教わるのが一番ね。その代り私が魔法の訓練は見てあげる。」
何故だろう。楽しそうに笑う彼女が、鼠をいたぶる猫にしか見えなかった。
それから僕は備え付けの椅子に座り説明を受けていた。
「私の場合、召喚魔法は使えないけど基礎は同じなの。召喚される相手は呼び手の魔力に大きく影響するわ。だから魔力を上手く操れれば、それだけで戦闘力も上がる筈よ。
現に私は使い魔を持っているけど、魔力の操作が貴女より上手いから、元々の能力は劣っても、ルルには負けないわ。」
そう言って彼女は肩に鳥を呼び出した。鳥はルルが警戒するのを見るが、まったく相手にせず、ジナイーダさんの頬へ顔を摺り寄せていた。
「ごめんねルル、不甲斐無い主人で。」
僕がそう言うとルルは悲しそうな声を上げて足にすり寄る。気にするなと慰めてくれているのであろう。帰ったら思いっきり撫で回そう。
「いいわねそれ。私ももう1匹使役しようかしら?」
ジナイーダさんが言うと肩に止まる使い魔の子が驚愕して彼女を見ていた。
「さて、今から行う訓練は簡単よ。この水晶に魔力を流し込み続けるだけ。」
そう言ってテーブルに備え付けられている水晶を指差す。
「物は試しね。やってみなさい。」
言われるままに僕は水晶に手を置き魔力を込める。
水晶は強く白色に輝き、まるで白熱灯の様だ。
「そのまま聞いてね。これで属性魔法に才能が有るとそれに応じて色が変わるわ。炎なら赤、水なら青と言った風にね。貴女のそれは補助と回復が混ざり合って真っ白ね。光はクリーム色だからそっちの方は無いのかな?輝きが強いのは召喚ね。召喚は透明で強く光るらしいから。」
そう言って解説してくれた。僕の額を軽く汗が流れる。
「ジ、ジナイーダさん、これ、思ったよりもキツイです。」
僕はそう言って彼女を見ると笑いながら答えてくれた。
「それは下から3番目のレベルね。そのまま10分頑張りなさい。でも筋は良いわよ。駆け出しなら2番目ぐらいで様子を見るのが普通なんだから。」
その言葉に嬉しくなる。僕は褒められて伸びるのだ。
それから10分、何とか魔力を流し切って、ジナイーダさんの声で止める。
全身を流れる汗が気持ちが悪い。
「まさかいきなり3を突破するとは思わなかったわ。はい、これで体を拭きなさい。ここには私達しかいないから、遠慮せずに服は全部脱いじゃいなさい。」
その言葉に僕は頷き、遠慮せずに服を脱いで汗を拭く。脱いだ服はジナイーダさんが回収して、目の前に大きな水の球を作りそれに放り込んだ。
「これで簡単に汚れを流して、後は炎と風を合わせて温風を作って乾かすの。女の子には重宝するから、苦手でも練習して早く覚えておきなさい。」
そう言ってウィンクしてくれた。格好良いなぁ。
そのあと服を洗った水を壁際の排水溝に流し(水魔法の関係で掘られているらしい。)温風を当てて乾かしてくれる。下着姿だが寒いと言った事は無く、こちらにも彼女が風を送ってくれるので程よく体温が下がる。
「はい、服が終わったわ。下着はどうする?」
「お願いします。」
僕は即答した。
下着を渡し、洗ってもらった服を着るともう一度水晶に魔力を通せと言われたので、通してみると、今度はさっきよりきつかった。
「ぐっ、これ、もしかしてレベルが?」
「ええ、1つ上げたわ。今は私がいるから遠慮なく汗を掻きなさい。」
そういって笑ってくれた。
「今は魔力の最大量を上げている所よ。ルルで考えると、最大量を上げると力や瞬発力が、操作制度を上げると器用さが上がると考えて。」
その言葉に汗を滝の様に流して頷く。
「今日は丸一日これを続けるわよ。慣れてくると洗濯まで含めて自分で出来る様になるから頑張ってね。」
「はい!!」
僕は気合で返事をして魔力を流した。




