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第一章.16

僕はルルに体を揺すられて目を覚ます。お礼を言い撫でてあげると嬉しそうに尻尾を振る。それを見て微笑んだ僕は顔を洗い、寝間着から着替えて英雄を起こす。

彼の準備が出来たら一緒に食堂へと向かい朝食を取る。2回目とは言え、過ごし易い宿なのでもう慣れてしまった。食堂で顔を合わせた他の冒険者の人たちは『話は聞いたぞ。』『災難だったな。』『イヴァンさんに教えてもらえるなんて羨ましすぎるだろ!!』と声を掛けられた。僕と英雄は苦笑して『全力でないけど、アデリーナさん達の殺気に耐える事が最低条件だ。美人の冷たい視線は凄く辛いよ。』と言うと、嫉妬の炎に狂った連中は一斉に静まり、それを見た人達が苦笑していた。

昨日と同じカウンター席に座りウェイターをしていたマルコヴナさんの息子君が注文を取り、朝食を持ってきてくれた。すごくいい笑顔だったので僕も自然と顔が綻んだ。

暖かい視線が周りから送られているのに気が付いたのか、彼は慌てて仕事に戻った。

「僕が初めて家を手伝った時の事を思い出すね。あの時は常連さんばかりだったけど、気にしている余裕なんて無かったから一生懸命だったな~。」

「ああ、覚えてるぞ。俺もしっかりと冷やかしに行ったからな。客のお姉さんに微笑まれて、お前も慌てていたよな。」

「そうそう、あの人が彼氏持ちだった時はショックだったよ。それから1年ぐらいで引っ越したけど、あの人達には良くしてもらったな。」

そんな昔の事を思い出しながら朝食を続けていると、女将さんから不思議そうな声が掛る。

「あんた達そんなに若いのに、随分と落ち着いているわね。もしかしてハーフエルフかドワーフで見た目より年上だったりするのかい?」

僕達は苦笑して、英雄が答えた。

「違いますよ女将さん、俺達は人間です。ただ、この国だと実年齢よりは年下に見られますね。こう見えて俺も遊馬も23ですよ。」

その言葉に食堂が一気に静かになる。

「嘘だろ!? あの見た目で俺より年上なのかッ!?」

「合法だと? 行ける。」

「あれが、23の肌? それじゃあ、私は・・・・」

「それであの男の人は手を出して無いんだ・・・・大人の信頼って感じで格好良いね!!」

と口々に感想を言い合っていた。

おい、合法って言ったやつ前に出ろ。

予想より大仰な反応を見せる面々に僕は溜息をついて食事を続けた。

朝食を食べ終わり、女将さんと息子君にお礼を言って部屋へと戻り、英雄が言った。

「あの合法って言った奴、俺達が捕まえた変質者を思い出すな。」

「ああ、何故か僕が被害にあったあの事件だな。」

思い出すだけでも悲しくなるあの事件だ。



当時中学生だった僕達の前に、街を騒がせる目元の辺りだけマスクを被った、全裸の変質者が現れたのだ。

クラスで教師から注意があった時、クラスの全員が可哀想な目で僕を見た。

その目はこう語っていた。『このクラスで最初に引き当てるのならお前だ』と。

勿論、僕の沽券に係わるので全力で否定したさ。それなのに英雄達は僕の言葉に耳を貸さず、道が同じ友人達と登下校の時間を合わして行動する事になった。


(今思えば中学の頃からこいつらの自衛意識って高過ぎるだろ・・・・)


そして集団登校初日に僕達は筋肉ムキムキで全裸の大男に遭遇。

言っておくがその時は僕も含めて全員男だ。だがそいつの目は僕だけを捉えていた。

柔道部の友人と、空手を習っている友人が前衛に立ち、剣道部のエースをやっている友人が木刀で遊撃を受け持つ。英雄は最悪僕を抱えて逃げる為に僕の直衛に回った。

お前のせいでまた僕の扱いが酷くなる。

全裸の変態に冷たい視線を送ると、そいつは興奮したように息が荒くなり喜んだ。

ネット上のエア格闘家ではなく、実際に修練を積んだ武道経験者に敵う訳がないと思っていたが、そいつはファイティングポーズを取り、リズムを刻みながらその場でステップを踏む。明らかに場慣れしていたのだろう。奴は嬉しそうに口角を上げる。

『こいつ、ボクサーか!?』

『俺に任せて下がれ!! 打撃に慣れてないお前らじゃこいつはマズイ!!』

『馬鹿か、体格差を考えろ!! お前は俺と牽制だ、そっちは隙をついて関節を狙え!!』

『警察に連絡してカメラを回したよ、後は時間を稼いで!!』

柔道と空手と剣道が予定通り防衛に回り、通報まで隠れていた後衛が姿を現すと、それぞれが叫び、言葉で牽制する。

だがそいつは止まらず、僕だけに熱い視線を向けていた。あの視線はまるで、この戦いを僕に捧げるかのような決意を秘めていた。

今まで何度も感じた視線を受け、お尻が寒くなる。

変態は体格差から生じるリーチとパワーを巧みに使い、左のジャブで空手を牽制しながら蹴りを往なし、上手く立ち回る事で剣道の間合いから外れ、ゼロ距離主体の柔道に苦い顔をさせて近付けない。

だが拮抗は長く続かなかった。

何度目かの攻防で、最早パターンとなった、空手を壁にして剣道の動きを封じる作戦を、変態は自ら放棄し突っ込んできたのだ。

いきなりリズムが変わったことに空手は対応できず、左と右のコンビネーションを顎に喰らい、膝から崩れる。

そう、僕達は理解していなかったのだ。相手の積み上げた年月と執念、そしてこちらより遥かに長く多くリング上で行われたであろう実戦経験の数々を。

僕たち全員が驚愕する所を奴は見逃さず、続けて剣道の間合いより内に踏み込む。

気が付いた時には遅く、軽い左が顔に刺さり、驚き動きを固めた所で止めの右ボディがねじ込まれ、剣道は吐きながら膝を着いた。

それを見て立ち直った柔道が掴みかかろうとするが、それを見た変態は慌てずに倒れた剣道に攻撃する姿勢を見せる。それを見て焦った柔道は動きが固くなり、リズムが崩れてしまった。そんな隙を変態が見逃すはずもなく、いや、そもそも剣道への追撃自体が釣りであったのだ。万全の態勢で踏み込んできた柔道の頭に右フックを喰らわせて、ダメージで防御が開いた所に数発攻撃を浴びせ倒した。

この時、この変態に賞賛できるのは3人がそれぞれ倒されただけで、後遺症を残すほどの大怪我をさせなかった事だろう。武術をしない僕達でさえもこいつの凄さが分かった。

倒れた面々を見て、『俺より強い奴はいないのか?』と言った風に笑うこいつを見て、意識は有っても動けない3人は悔しさで歯を食いしばる。何でこいつはこの才能をもっと別の方に向けなかったんだ。

そこに警察のみなさんが到着し、変態はそちらへと顔を向ける。

この時僕達が人質的なポジションにあったために警察はこちらへ向うも少し苦い顔をしていた。

その隙をついて英雄は相手の脇腹に対して思いっきり殴りつけた。

だが、リング上で相手の攻撃を受け止める為に鍛え抜かれた肉体は、英雄の攻撃を受け止める。

正面ではないのと意識が外れていたので、少しは痛かったのだろう。

変態は顔を歪めるが、焦らずに英雄に防御の上から攻撃を加え、甘くなった所で、鳩尾へ一撃入れて沈められた。この時に英雄が吐かなかったのはこいつの手加減による賜物だろう。

そして僕は盾を失う。

警察の人たちもこいつの狙いが僕だと気が付いていたので、一気に詰め寄るが、足元に転がる人質に変態が注意を払っているので迂闊に動けない。

だが、考えても見てくれ。どうせ簡単に捕まえられる獲物がいて、尚且つその獲物が抑止力になるのであれば、足元に転がる僕の仲間に拘る必要はあるだろうか?

いや、無い。

変態はそのまま汗で輝く肢体を躍動させ、僕へと突っ込む。

止めようと走ってくる警察さんは距離が遠く、相手に初手を譲ってしまった為に間に合わない。彼らから焦りを含んだ静止の声が上がるが、こいつはもう僕しか見えていなかった。


僕は壁が完全に無くなった時点で鞄からある物を取り出した。

これまでの悲しい事件から所持する事になった天然成分系の催涙スプレーである。

本来は護身用道具であっても、警察の方がいる前で男が取り出すと色々と問題になる代物なのだが、今回駆けつけた人の中に、以前これについて説明してくれた方がいる事に気が付いたのと、暴漢に襲われる寸前な事もあって僕は躊躇い無く使った。


だが、奴はそれにすら対応しきって見せたのだ。

何でこんな奴に狙われなくてはならないのだ。

変態はスプレーが勢いよく放射されると、目を片腕で覆う事で的を小さくし、そのまま走り抜けてくる。そしてスプレーを持つ僕の右手に対して攻撃を加える事でそれを叩き落とした。

焦る僕に対して奴は『ついにこの時が来たのだ!!』と歓喜の表情で抱きついてくる。

仲間たちは、絶望が籠った声で僕の名前を叫ぶ。警官は変態が背後を向いている今しかないと走り寄るが間に合わない。

見上げる変態の顔は全てを成し切った事からか、微笑みながら僕を見下ろす。

その目には狂気を宿しながら。


僕は右手で男の目を狙おうとして、その手を片手で捕まえられる。

そこにチャンスが来た。

抱きつかれた時に身長差から僕の頭は胸元にある。

変態の両手は僕の体と右腕をホールド中なので完全に塞がっている。

その事に気が付いた僕は、左手を使い。


変態の金的を狙った。


その時の事は一瞬だったのによく覚えている。

左半身を引き、変態から逃がさない様に引き戻され、同時に右手を動かし、意識を逸らす。

左手で相手の睾丸を優しく包み、一切の慈悲なく、


握り込んだ。


狙いは簡単だった。何故ならこいつは全裸だ。僕がこの汚い物を触るという覚悟で狙えば密着している以上、難易度はかなり低い。

男は恍惚の表情を浮かべて倒れる。

僕は力の抜けた一瞬を機に、体を捻って飛び退いた。

それを確認した警察の人が犯人を確保。

それにより事件は無事に解決した。


カメラ担当が持っていた水で僕は手を洗い、吐いた剣道は口を濯ぐ。

そうして落ち着いた所に警官の1人がやってきて事情聴取。

現行犯とは言え、男で防犯グッズを持っていた僕に対するその人の視線は冷たい。

だが後ろからスプレーを進めてくれたベテランの人が来てくれて、少し話をする事で御咎め無しとなった。


前にこの人からは、『通報後に我々が駆けつける10分程度の間に最悪の被害が起こる可能性は高い。目の前に犯人がいるのに、その10分を待てるほど現場は甘くないからだ。所持している所を見てしまうと法律的に話をしないといけないから、見えないように持ってくれ。』と言われていた。

その後に『人によっては所持しているだけで良い顔をしない』とも言われていたが、どうやらその様だ。

勿論それが全員ではないのだが、今回対応してくれた人の中に理解力を持つ方がいた僕は運が良かった。


そうして話はまとまり、僕たち6人は感謝状を貰う事となる。

この時の件で己の力不足を感じた武道家組は改めて練習に力を入れる事で、全国大会への出場を果たした。それぞれ僕と英雄とカメラが学校をサボり応援に行ったりもしたのだが、それは割愛しよう。



という誠に遺憾な事件に巻き込まれた事を思い出していた。

「またあんな事になるの?」

僕は遠い目をしながら英雄に聞く。

「さすがに大丈夫だろ? それに後ろにイヴァンさん達が付いたことになっているから、そうそう手は出さないと思うぜ? まあ、相手が男だったらスキルの関係で何があってもおかしくないとは言っておく。」

英雄の言葉に溜息を吐いた僕は何も考えない事にし、英雄と共にギルドへと向かった。

早く講習終わらないかな。


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