第一章.14
マネキンさんが床に置いてある小瓶を左手で1つ拾い、右腕の辺りに近づけると、前腕が横に開く。
「「 !? 」」
それを傍から見ている僕達からしたらホラーの領域だ。
ホラーが大嫌いな僕は一歩下がる。
開いた腕の中は空洞であり、そこに小瓶を入れるとカチリと上手く嵌った音がして、マネキンはこちらを振り向く。
「ひっ!?」
僕の喉から引き攣った悲鳴が漏れる。それが聞こえたのだろう。マネキンの表情は全く動かないのに、僕には嗜虐的に笑っているように見えた。
恐怖に震え、手を胸の前で握りしめながら一歩、また一歩と下がる、マネキンはそれを見ると立ち上がり、弄ぶように僕の速度に合わせてゆっくりと近づく。
そして終わりが訪れた。
僕の背中が壁にぶつかったのだ。慌てて右を向いて、スペースが有る事に気が付いた僕はそちらに行こうとして動けなくなる。
マネキン左腕が伸びてきて、僕の目の前を塞いだのだ。左手はそのまま壁を押さえ、『ドン』と音がする。僕はゆっくり正面を向けるとそこにはマネキンの顔が迫っていた。
「ぅっぁ、」
僕は恐怖で声が出ない。
表情の無いはずのマネキンが堪えきれない様に愉悦で染まった事を感じる。
僕は恐怖で目をギュッと瞑ると、頬を温かい物が流れるのを感じる。気が付かないうちに涙を溜めていたようだ。
それから少しして何も起こらないので、僕はそっと目を開けると、それを見た。
羽交い絞めにされるマネキンと、それを行う親友である。
英雄は空中にある窓に向かって睨みつけている。
「ふぇ・・・・って、あ、そうだよ!! 操作してるのマレフィさんだった!!」
僕は事態に気が付くと慌てて英雄の後ろに回り込みマレフィさんを見る。
「何考えてるんですか!!」
「だって仕方ないじゃない!! いい匂いがして、蠱惑的な女の子にあんな可愛い仕草をされたら理性を保つなんて失礼じゃない!! これがあの時の私視点の動画よ。これを見てから私を断罪するといいわ!!」
そう言って新たな窓が出現し、動画が流れ出す。マネキンの力も弱まっているようで、英雄もそちらを見る。
「「・・・・」」
そこには大人の女性が、こちらを涙目で見つめ、胸の前で両手を握りしめながら恐怖でゆっくりと後ろに下がり、壁にぶつかった事で目を見開いて逃げ場を探すために慌てて左を向き、そこを妨害されて、良い意味(?)での壁ドンをされた、見る側からすれば嗜虐心が震える女の人がいた。
だが非常に残念な事にこの人の顔は僕と同じであり、あまりこれと言って感じる物は無かった。
「で、これが一体どうしたんですか?」
「待て、遊馬、これは非常にいいものだ。」
「そうよ遊馬君。これは来週行われる『見守る会』の定例報告に提出するわ。間違いなく最優秀賞よ。」
報告会なのになんで賞があるんだよ・・・・・
「なあ遊馬―」
「近寄らないで。」
英雄はその言葉を受けて急に膝から崩れ落ちた。
「マレフィさん仕事をしてください。」
僕が平坦な声で言うと彼女はブンブンと首を縦に振った。
その後立ちあがった英雄とマレフィさんが内緒話をしていた。
「あの言葉と目のセットは効くな・・・・」
「そうね。でもあの眼は私があの子にさせてこそ価値のある物なのに、上手く行かないわね。」
「いつまで内緒話しているんですか、いい加減始めましょうよ。流石に疲れたのでお風呂入って寝たいです。」
僕が溜息をついて言うと二人は頷いた。
「っと、そうだ風呂で思い出した。 まだお湯を溜めて無かったな。俺がやるからそっちは自分の事をやれ。」
そう言って英雄は備え付けの隣の部屋へと入って行った。
水の音が聞こえだしたのであっちは任せよう。早く入りたいな。
そこで僕はふと気が付く。
「血を抜いてすぐにはお風呂に入っていいの? たしか2時間ぐらい待てとか聞いた気が・・・・」
僕が愕然としながら聞くと。
「傷口は回復魔法で塞ぐから問題ないわ。でも失った血までは戻らないから少量とは言え1時間は待ちなさい。」
マレフィさんの言葉に僕はガックリと項垂れた。
マネキンはもう一度小瓶の所へと行き、残りの小瓶も右腕に全て格納した。
「ねえマレフィさん、さっき一本だけ格納してこっちを見たよね? やっぱり確信犯?」
「い、いえ、違うのよ、何も考えずに一本格納して、君達が初見だった事を思い出して、引かれるかな?と慌てて振り返ったら遊馬君があんな顔してたから、ついイタズラしたくなっちゃって・・・・・ごめんなさい。」
正直に話したし謝ったから良しとしよう。
「その話はもういいです。で、どうやって採血するんですか?」
そう言うとマネキンは右手の掌を見せて来て、掌の中央部分からチューブの付いた針が一本伸びてきた。
「分かり易いでしょ?」
「うん、良く分かりました。それと僕は条件に引っかかって献血経験は無いですからね。」
そう、体重が軽すぎて僕は献血に参加したことは一度も無い。
「分かったわ。まずは椅子に座って、はーい両腕を出して。」
言われた通りに座り、差し出した僕の肘の少し上あたりにチューブを巻きつける。
「うーん、右腕でしようかな?」
そう言って何らかの薬品が染み込んだ布で腕をこする。
そして針が刺されるので僕は別の方を見る。
「い、痛い。」
「注射だからね。」
「あ!! 腕が温かい!?」
「肌に触れているさっきの管に血が流れているのよ。それが温かいのね。」
5分ほどしたら針を抜かれて止血された。その後に自分で回復魔法を掛ける。止血必要だったのかな?
「今の一連の流れだけど、実はほとんど必要ないの。だって魔法があるから殺菌とかも終わってたし。
だからこれは遊馬君とお医者さんごっこをしたい私が頑張って覚えたのよ。」
僕の貞操って男の時より危なくないかな?
そう思い、微妙な視線を向けていると、英雄が戻ってきた。
「あとは溜めるだけだから少し待て。本当にファンタジーにお風呂が有るんだな。嬉しいけど複雑だぜ。」
僕は辛いことを忘れるように彼に言う。
「血を抜いた関係で僕はすぐに入れないし、補助魔法の練習をするから、英雄が先に入りなよ。」
「そうか、ならそうするよ。溜まるまで俺も回復魔法をもう少し頑張るかな。」
「よし、小瓶への移し替えは終わったわ。ここに置いておくから。それと、お風呂溢れさせないようにね。それじゃあお休み。毎晩私の夢を見てね。」
そう言ってマネキンは光に包まれていなくなり、マレフィさんは窓越しに手を振っていた。
この人も色々と頑張ってくれているし、少しぐらい悪乗りしてあげてもいいのかな?
そう思った僕はお礼を言った。
「ありがとう、マレフィ姉さん。」
笑って言うと、数秒動きを止めたマレフィさんは、幸せそうな笑顔で電話を切った。
「なあ、お前そのうちあいつに襲われるぞ?
「大丈夫でしょ? その時はその時だし、僕からしたら今は英雄だって危険人物だよ。」
そう言って苦笑した。
それから僕は補助魔法を習得し、英雄はなんとか回復魔法を覚えたが、僕に比べると光が弱いのできっと効果も低いのだろう。
そして交互にお風呂に入り。いざ寝る段階になり、2人で目を逸らしていた問題を直視する。
「少し広いとはいえ元々は1部屋でベッドが1つ。予備の布団は無い。そこで僕に考えが有る。」
「聞こうか。」
「一緒に寝るのは諦めるとして、英雄は僕の匂いが分かるんだよね?」
「諦めない策ではないんだな。ああ分かるぞ。かなりいい匂いがする。」
その言葉に僕は顔を赤くして俯く。
「ぅぅぅ、そ、その匂いは種類が変わるみたいだからさ、眠たくなるタイプを英雄が選べばいいんだよ。」
「俺まで恥しくなるから止めてくれ・・・・ま、まあ匂いは考えるだけで変わるからたぶん行けると思う。効果が薄かったら本気で発動させるからな? そうすると俺は起きるのが遅くなると思うから起こしてくれ。」
「了解。ルルおいで。」
僕はずっと待機状態だったルルを顕現させる。
「ルルごめんね。しばらく寝床は床になるけど大丈夫?」
僕が聞くとルルは頷く。
「ありがとう、おやすみ。」
そう言って頭を撫でてあげた。
「鍵も掛けたが、ルルがいるなら防犯は大丈夫だな。よし寝るか。初日から色々と有り過ぎた。キツイ。」
「うん、純粋に朝は起きられる気がしないよ・・・・それじゃあお休み。」
ベッドに入ってすぐはドキドキしたが、それも一瞬で、僕達はすぐに泥のように眠った。
次の日の朝、僕は何かに体を揺さぶられて起きる。
「うぅん、んん?ルル、おはよう。」
犯人はルルの様で、ベッドの縁に前足を掛けて、僕を鼻で揺すってくれたようだ。本当に賢くていい子。(でもこれ知らない人が見たら狼に襲われている所だよね。)
そんなくだらないこと考えながら体を起こして隣を見ると英雄が寝ていた。
部屋を見回して改めて異世界に来たことを実感し、時計を見て朝の8時30分である事を知る。
「ルル、僕達が昼に集まるのを聞いていたから起こしてくれたんだ。ありがとう。」
そう言って撫でてやると嬉しそうに目を細めた。
とりあえず僕は顔を洗い、英雄を起こした。
「朝に可愛い系の美人に起されるって最高だな。」
こいつの馬鹿な発言を聞き流し僕は早く顔を洗ってこいと言った。
その間にマレフィさんに言われたことを思い出す。
(そう言えば最初のうちは朝起きたら連絡しろって言われてたな。)
とりあえず僕はマレフィさんを赤い石で呼びだすと、
「うーん、変な所は無いわね。残念な美女とかになりたくなかったら、身だしなみはしっかりと気を付けなさい。」
僕のチェックをしてくれた。正直言うとありがたい。
「あなたの召喚できる子の中にサキュバスとか言葉を話せて、人型で女の子ならそう言う事を色々と教えてくれるわよ。女同士で宿に泊まった時に私を呼ぶのは拙いからね、次はサキュバスにしておきなさい。別に男の精を吸わせなくても、遊馬君の魔力を供給されるなら喜んで我慢すると思うわよ。それじゃあ今日も1日頑張ってね。」
と言い、通話を切った。
それと同時に英雄も出て来たのでルルを体に収納し、着替えるのを待って食堂に向かった。




