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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編・完結済み

おちんが食べたい

作者: 椎名

Twitterで募集していた『夏のおちん企画』http://privatter.net/p/719134

に参加させて頂きましたー!


純な大人を振り回す小悪魔京都弁ショタをどうぞお楽しみください(^ω^)



 ──はじめは、あまりの暑さに蜃気楼が見えたのだと思った。

 それ程、上り坂の先に立つ少年は美しかった。






「あんさん、よその人やねえ」


 蜃気楼が口を開く。少し高い、子供の声だ。


「目、ちゃんと見えてはる? 顔色悪いけど、しんどなっとるんとちゃう?」


 カランカランと。軽やかな下駄が猫の鈴のように鳴って、蜃気楼の来訪を報せた。


「……君は、人間、か?」

「…………ああ、あかんわ。完全に暑さにやられてはる」


 ふいっ、と艶やかな黒髪が揺れて、着物の袖がはためいた。


「ついてきぃ。日影、案内したるさかい」


 カラン。カラン。暑さに地面すらも熱を吸って灼熱地獄と化している中、その音はひどく涼しげだ。前を行く蜃気楼は上等な着物に身を包んでおり、おそらく薄手のシャツにズボンといった軽装の僕よりも余程暑いのだと思う。それでも、季節など我関せず焉といったその姿は、尚更、人間味を見せない。彼が座敷わらし等の魑魅魍魎の類いだと種明かしをされても、はあ、それはそれは。と手を叩いて納得してしまいそうだ。


「何しに来はったん? よその人が来るなんて久々や。どなたかのおしとさん?」


 透き通った白い肌に影が掛かる。さわさわと泳ぐ木々達。成程、確かにここは猛暑とは思えない程に涼しい。彼は涼しい場を見付けるのが上手いという、猫が化けた姿なのかもしれない。


「おしと?」

「お客さん、いう意味やよ」

「ああ……。少し、取材を。売れない物書きをしていてね」

「へえ、本を書かはるん。せやったら、うちはあんさんをせんせい、て呼ばなならんね」

「やめておくれよ、まだまだ駆け出しなんだから。恥ずかしいったらありゃしない。君は……」


「みやび」


 ふわりと、夏風が戯れに蜃気楼を揺らした。


「雅、いうん。よろしゅう」




 ──嗚呼、彼は夏の魔物だ。




 ‐‐‐‐‐




「へえ。なら、せんせいはここに後三日は居はんのやね」

「先生はやめておくれよ……」

「いややわ。ええ大人が照れはって。あー、おかしい」


 クスクスと蜃気楼──雅が袖を口元に淑やかに笑う。ひどく女性的な仕草だ。着物から少年だと思い込んでいたが、もしや少女だったのだろうか。顔立ちも幼いながらに整っており、少年よりも少女と名乗られた方が余程しっくりくる。白い肌にはきっと赤い赤い紅が似合う。匂い立つような色気は地方特有のゆったりとした話し方からか。──こんな幼子に色気を感じるなど、僕は思っていた以上に疲れているのかもしれない。


「そなら、宿でも探してはるん?」

「そう、だな。その前に、地主の方に挨拶でもと思っていたのだけれど……」


 所在を道行く人に尋ねようと考えていたが、この暑さだ。中々地元民が捕まらない。そんな所に現れたのがこの少年──少女かもしれないが今は少年と表記しておこう──だったのだ。


「ふぅん……」


 共に腰掛けた茶屋の風鈴が、細やかに風の音を奏でる。雅少年は猫のように瞳をツイ、と細め僕を見上げると。


「ねえ、せんせい? ──僕のおちんにでも、呼ばれはる?」

「は……」


 リン──

 風鈴の音が、意識の遠くへと消えた。


「おち、え、」

「流石におしとさんとして呼ぶんはすこーし厄介になってまうけど、うちのお友だちをおちんに呼ぶんやったら問題はあらへん筈や。そいで、そこから裏でちょちょいと口利きしたる。……うち、あんさん気に入ったんよ」


 にっこりと、目の前で愛らしい子猫のような笑顔が弾ける。なんだこれは。僕は何に誘われているんだ。


「大丈夫。こわないよ。怒られたらうちの所為にしたらええ」

「いや、待ってくれ、なんの話なんだ」

「それとも、大人なせんせいにはうちのちんまいおちんなんかでは満足でけへんやろか?」


 コロコロとつられて上がる笑い声に、ようやっと目の前の洒脱した少年にからかわれたのだと悟った。


「君、そうやって大人をからかうのは、」

「大人なんやったら、うちを丸め込むくらいしてみせて?」


 カランカラン。下駄が踊る。苔の生えた石畳の上を滑る軽快な音。


「ほな、行きまひょか」


 艶やかな少年は、コテリと小首を傾げ瞳を細めると、僕の手を引いて軽やかに歩き出した。


「お、おい、君、」


 ──一体、何がどうなっているんだ!




 ‐‐‐‐‐




 申し訳程度に舗装された道を進むと共に、チラホラと瓦屋根が見えてきた。住宅街へ差し掛かったようだ。自然と、それまで見なかった人影も現れ始める。


「おい、あれ」

「ああ、土御門んとこの」

「今日も土御門んとこのいとさんはええべべ着せてもろて。別嬪さんやわぁ、ほんま敵わん敵わん」

「ほんまに。おなごのうちらですら霞んでまうわあ。隣に並ぶやなんてとても」


 クスクス、クスクスと、少年と年の近い子供達から笑いが洩れる。……穏やか、とはとても云えない雰囲気だ。

 確か『別嬪』とはこの地方で誉め言葉の類いの筈だが……ならば何なのだろう、この子供達の奇妙な様子は。


「……いややわぁ、おねえはん方の美貌に敵うわけありまへんやろ? うちは男児ですえ? もっと自信持っておくれやす。男児を女子(おなご)と間違えるやなんて、暑さにやられてはる証拠ですわあ。水でもかぶらはったらどう?」


 キンッと空気が冷えた、ような気がした。

 ──これは、揉めている、のか? それにしては両人共、清々しい程に笑顔だ。


「あら、なんや怒ってはる? 怖いわあ、堪忍したって? 喋り方から何から、えらいかいらしいからおなごにでもなりたいんか思て心にもないおべんちゃらかいてしまいましたわぁ。ぜんぶ世辞やさかい許したってなあ?」

「勿論わかっとりますえ。端からあんさんにそないなおつむあると思っとらんさかい。うちこそごめんなぁ、世辞とはいえ男児をおなごみたいに誉めるやなんて、おなごのあんさんにそない惨めなことさせてしもうて」


 ギンッと、両者の間に火花が散る幻覚すらも見え始めてきた。

 今の季節は夏だった筈だ。なんだこの底冷えとした寒さは。人の笑顔をここまで怖いと思ったのは初めてだ。


「……は、くだらん。行きまひょ、せんせ」


 シャツの袖を柔い指で引かれ、歩みを再開する。背後から少女のものらしき視線を感じた。


「ええと、今のは、」

「うちが自分より器量好しやからって、ああやって嫉妬しては嫌味言うてきよるん。これやから女っていややわ。男もやらしい目で舐めるように見よってからに。去勢したろか。うちの言葉が女寄りなんとか、見た目が軟弱なんやらをからこうとるんよ。ほんま、嫌な奴等。あないしててんごしよってからに、うちに口で勝とうなんざ百万年早いわ。生まれる所からやり直せ。……あー、ひっぱたきたい。女に生まれたことを感謝せいっちゅうねん。男やったら金的かましとるとこや」


 カンッカンッと下駄が毛を逆立てた猫の威嚇のように音を立てる。幼い見た目に反して実に年季の入った恨み言であった。……これは、男か女か迷ってしまったとは冗談でも言わないほうが良さそうだ。


「あれは嫌味だったのか」

「せや。別嬪もいとさんも女に使う言葉。うちが女寄りなんはうちの所為とちゃうゆうのに、ほんま腹立つわあ。今かて、うちが珍しいお客人捕まえてんのが気に食わんで、あないしておちょくりに来よったんや。いけずばっかや。ケツの青いすかたん共が」


 ブツブツと愚痴を呟く姿は、先程までの人離れした雰囲気とはまるで違っていて、どこか微笑ましさすらも感じさせる。上等な人形に途端に血が通ったように見えて、思わず笑みを浮かべた。


「君も、そう変わらない歳だろう?」

「あないな奴等と一緒にすなや!」


 意固地に大声を上げる雅に、どうしようもなく愛しくなって柔らかな髪を撫でていた。

 本当に毛並みの良い猫のような手触りだ。扱いづらい気性も、まさに貴位の高い猫そのもの。


「な、なんやの、急に。子供扱いせんとって」

「ああ、すまない。君も人間だったのかと安心してね」

「……まだ言うとんの」


 ぷくう、と膨れた頬に笑いを苦く変える。この少しの間に随分と印象が変わってしまった。ひねくれてはいるけれど、十分に愛らしい子供じゃないか。

 こんな子供が──


「そやったら、安心してうちのおちん食べてくれはるやんね?」

「え、」


 再度、顔の筋肉が固まった。


「うちな、お友だちをおちんに呼ぶん夢やったんよ。嬉しいわあ、せんせは特別。うちのはじめての人や」

「は、初めて!?」

「安心してなあ。満足させる自信あんねん、これでも」

「満足!?」


 何やら不穏な言葉の連続に、たらたらと可笑しな汗が吹き出る。

 幼児言葉で男性の局部をお、お、おちん、ちん、と呼ぶ習慣がある地方のことは、知識として知っている。が、まさか、こんな品の良い少年が情婦の真似事をするだなんて。いや、きっとこれはからかわれて──?


「……なんなん、せんせいもやっぱ怖いとか言うん? うちが大丈夫言いよるのに、うちの家ばっか気にするん?」

「あ、いや、そういう問題ではなくてだね、」

「なによ、もう。よそ者のせんせいなら大丈夫やと思ったのに」

「み、雅くん」


 しゅんと小さな頭を項垂れさせる少年に、なんとも云えない罪悪感が僕を襲った。

 いや、しかし、彼の誘いは大人として頷いてはならないものだ。こんな幼い未熟な蕾を、僕の手で無惨に開かせてしまうだなんて。僕の、手で、彼を……


「──せんせ?」


 くらりと目眩がした。ゆったりと首を倒して見上げてくる雅少年の、真珠のような肌の白さに疚しい心が構わないだろうと急き立ててくる。僕の中の恐ろしい獣が、牙をずるりと舌で舐め彼を吟味している。

 着物の合わせから覗くうっすらと浮かび上がった鎖骨のなんと艶かしいことか。肌の触り心地はそれはそれは上等な絹のようで、腿の裏など掴んで上げれば程好い弾力が──駄目だ、これは暑さの所為だ。幼い彼を性の対象としてみるなんて。こんなこと、大人として許されな────


「……せんせ、食べて?」


 ──コクリと、僕は頷いていた。


 ああ、やはり彼は夏の魔物だ。




 ‐‐‐‐‐




「はい、到着。裏から入るさかい狭い道行くけど、堪忍したってな」


 随分大きな屋敷を素通りしてその裏へ。しかし屋敷の敷地を抜けたわけではない。

 この豪勢な日本和屋が彼の住む家なのだろうか。もしや、家族の誰かがこの土地の有権者の一人なのか。だとすると、父君、いや彼の年齢からすれば祖父か。

 そんな人の子供にお、お、おちんなる歓迎を受けても良いのだろうか。


「なんや緊張してはるん? せんせいったら、存外に臆病なんやねえ」


 美しい枯山水の庭を背に、くるりと袖を舞わせる彼は本当に魅惑的だ。嗚呼、認めよう。彼の色香に僕の獣はすっかり捕らえられてしまった。


「口数も少のうなって、……ふふ、むっつりはんやねえ。そんな期待しとるん?」


 ツツと唇を覆って瞳だけで笑う艶美な魔物は、僕の疚しい欲望すらも見抜き余裕綽々に嘲笑ってみせる。こんな子供にいいようにされて、しかしそこに悔しさを覚える間もない。彼の魔力に飲み込まれんとするのに必死なのだ。

 情けない大人だ、僕は。色欲ばかりが大人になって、どうしようもない男だ。


「ああ、ほら、着きましたえ。うちの部屋どす」


 小さな小さな、それこそ茶席のにじり口とも見間違う程に隠れた裏口から室内へと案内される。ふわりと香る麝香葵。障子から柔らかに入り込む光は、夏の日差しに焼かれた(まなこ)を優しく癒した。


「ほな、そこおっちんしとって」


 机の向かいの座布団を指され、ぎこちない動きで正座する。


「大丈夫、気ぃ楽にしててな。ここにはだぁれも来んから……」


 そうろりと畳を白い指が滑って、それが彼自身の膝の上へと上り、


「ほな、おちん取って来ますわ」


 …………………………ん?


「ああ、ええよええよ、足崩してて。誰も礼儀作法なんぞ見やせんのやし。ちゃんと残っとるかなー。前にあのあほんだらに勝手に食われてしもたからなぁ」

「えっと」

「まぁええわ。なかったら御前様んとこからふんだくったればええだけの話や」


 ストンッと立ち上がった雅少年は、僕の間抜け面などまるで見向きもせずに長廊下の向こうへと消えていく。


 ──ええと、つまり、どういうことだ。

 残された僕はただただ瞳を瞬かせるばかりだった。程無くして。


「はい、お待ちどーさん」


 コンッと目の前に置かれた瑞々しい和菓子の数々。透き通った寒天から、光を屈折させて覗く餡や天ノ川を模した練切。涼しげな葛切にはとろりとした黒蜜が掛けられ、さらには金箔らしきものまで散らされている。なんと豪華なもてなしだろうか。


 いや、しかし。そうじゃない。そうじゃないだろう。


「うち用やから一口で食べられるようちぃこおなっとるけども、味は保証できんで。うちん家には舌の肥えたうっさいお方がぎょうさんおるさかいね。生半尺なもんは出しよらん。そいでもつまんで待っとって。あんじょうよう捕まったら面通りできるようお上の人に話通しといたるさかい。ああ、嬉しいわあ。うち、お友だちをおちんに呼んだん初めてやねん。これで御前様にも自慢できるわ」


 ふにゃりと、果汁滴る桃でも口一杯に頬張ったかのように手を添えて笑う雅。それを見るや否や、胃の下辺りを粗紐で絞める錯覚が僕を襲った。


 これは、これはもしや、僕はとんでもない勘違いをしていたのではないだろうか。

 おちんとは、おちんとは────


「おちん、て、」


 思わずと搾り出た声に、きょとりとビー玉のような瞳を覗かせた雅は──一瞬沈黙すると、ふと思い当たった事柄ににぃんまりと悪戯な猫のような表情を浮かべて。


「……ああ、せんせったら、なんややらしいことや思うてはった?」


 雅少年の、人とは思えない未熟で艶めかしい美貌が目前へと迫る。


「あんね、おちんいうんはね……」


 吐息が耳朶を擽り、蕩けるような猫撫で声が混乱する脳内を支配した。そして。



「──おやつ、ゆう意味やよ」



 夏の魔物は、ケラケラとそれは楽しそうに笑った。







「あ、これ先生のエッセイですか?」

「おや、また随分と懐かしいのを出してきたね。まだ新人時代の作品だよ」


 本と紙とインクと、独特の臭いを纏った室内でゆったりと椅子に腰掛けていた男は、若い男の持ち出した一冊に気恥ずかしさ半分に苦笑いした。


「これ、実話なんでしょう? すごいですねぇ。この少年、とんでもない曲者だ」

「はは、まったくだよ。未だに忘れられない」


 彼の濡れたような黒髪とひねくれた笑顔、そして女性的な仕草は、どれだけ時が経とうとも鮮明に思い出せる。それこそ、夢に見てしまうくらいに。


「このあと、結局どうなったんです?」

「ああ、案の定その子が地主の家の子でね、何から何まで世話してくれた。順調に育っているならあの子ももう大学生、いや、高校生くらいかな。きっと相変わらず周囲を振り回しながら飄々と笑っていることだろうよ。あの歳で、あの美貌で、あの色気だ。それは大物になっているに違いない」


 すっかり馴染んでしまった眼鏡を中指で押し上げ、追憶に更ける。

 悪戯な夏の魔物は、ほんの少しの気紛れで僕の心を盗んでしまった。愉快だと笑うには、当時の僕にはあまりに濃厚すぎる出会いだったのだ。──いや、きっと今も変わらない。


「ああ、いや、そうじゃなくて。いや、それもあるんですけれど、」

「なんだい?」


 はっきりしない男の物言いに、手に握った羽根ペンを止めて、じい、と彼を見上げる。


「──どうだったんです? 彼の『おちん』は」


 さわりと、麝香葵が揺れる。今年も、風が夏の匂いを運んでくる。



「ああ。とても美味しかったよ。──彼の『おやつ』はね」


方言がわからなかった方へ

○おしとさん:お客さん

○いとさん:お嬢さん

○べべ:着物の幼児言葉

○別嬪:美人、綺麗

○てんご:悪戯事、悪ふざけ

○ぎょうさん:沢山

○あんじょうよう:うまいこと


○おちん:おやつ


他にも読めない所ありましたら連絡お願いします。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ショタが妖艶! たまらない! 京都弁の喧嘩のシーンが 情景が浮かんでとてもゾクゾクします! [一言] はじめまして。まち子と申します。 仮面にキスをからひそかにストーカーしておりまして、…
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