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カナダ滞在三日目、イエローナイフまでの移動である。
約四時間という飛行機の移動で椿は前日に寝るのが遅かったこともあり、クタクタになっていた。それは他の生徒もそうだったようで、教師から集合時間までホテルの部屋で待機を命じられた瞬間にあちこちで「よかったー」などの声が上がる。
勿論椿もよかったーと思った内の一人であり、鳴海を連れてホテルの部屋に行き、仮眠を取って疲れた体を休ませた。
ほんの少しであるが仮眠を取ったことで頭がすっきりした椿は防寒対策をバッチリして集合場所へと移動する。
オーロラを見る施設を借りているらしく、施設内の移動は自由だと教師から伝えられ、椿は杏奈と共に施設を見て回る。
「一応、オーロラを見るチャンスは三回あるのよね」
「滞在中に見られればよろしいのですが、この三日間で完璧な夜型人間になりそうですわ」
という会話をしながら一通り見て回り、椿が暖かい飲み物を飲みながら腰を落ち着けていると背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「イエローナイフには初めて来たが、中々良いところだな」
椿はゆっくりと振り向くと佐伯と篠崎と共に居る恭介が立っていた。
「恭介さんは、旅行中はほとんど引きこもりですものね」
「バカンスに来ているのに人混みに巻き込まれたくないだけだ」
「そうですか。それにしても、ここは時間がゆっくりと流れておりますから、落ち着きますわね」
「あぁ、バンクーバーの喧騒とは大違いだな」
恭介は自然がいっぱいの場所に癒やされているようである。
確かに無駄な光がないので椿も妙に落ち着く気がしてきた。
「それよりも、椿。父さんとお祖父様に何をお土産として買ったんだ?」
「私、メール返しませんでしたっけ?」
「いつもみたいに返した気になってほったらかしになってたんだろう? 万年筆の他にもお土産を買ったんだが、被ってたらどうしようかと思ってな」
「あら、申し訳ございません。伯父と祖父のお土産でしたら、私はネクタイピンを購入致しました」
ホッとした表情をしている恭介を見ると、万年筆の他に買ったお土産は被らなかったようである。
「ちなみに恭介さんは万年筆の他に何を購入なさったの?」
「名刺入れだ」
恭介のセリフを聞いた椿は候補の中に名刺入れもあったことから本当に被らなくて良かったと心から思った。
「では、かぶっておりませんわね。安心しました。ところで、週末は伯父様もお祖父様もご自宅にいらっしゃる?」
「あぁ、多分な」
「では、お土産を渡しに参りますので、こちらでも連絡致しますが、恭介さんからも伝えて下さいませんか? 特にお祖父様の機嫌を良くした状態に持っていっていただけると非常に助かります」
「お前、本当にお祖父様が苦手だな。いい加減慣れろよ」
呆れた言い方の恭介に椿は曖昧な笑みを浮かべる。
冗談が通じず、常に威厳たっぷりの相手はいつまで経っても慣れないし苦手なのだ。
「努力は致しますわ」
「そう言って何年目だよ。まぁ、分からなくはないから、一応機嫌を損ねるようなマネはしないでおく」
「助かります」
椿はその場で軽く頭を下げて感謝を示すと、恭介は満更でも無い様子を見せている。
恭介の扱いが簡単すぎて逆に心配になるレベルである。
「ところで、自由行動では佐伯君や篠崎君と出掛けたのですか?」
「あぁ。二人の買い物に僕がくっついて行ってただけだがな」
「恭介君たら『これは日本で買える。これも日本で似たようなデザインがある』とか言って全然買わないんだよ? それも含めてのお土産なのにね」
「買ったとしても家族用ばかりだったね。水嶋はあまり物欲のないタイプなの?」
「……ご自分の欲しいデザインと現物のデザインが少しでも違っていると納得できないタイプなだけですわ。ですので買うまでに時間が掛かるのです」
篠崎と佐伯、杏奈は同時に「ああ」と妙に納得していた声を上げる。
反対に恭介は少々仏頂面である。
「納得のいくものを買うのに時間を掛けるのは悪いことじゃないだろ」
「別に悪いとは申し上げておりませんでしょう? 人それぞれということです」
「見方を変えれば倹約家ってことでしょ?」
「無駄遣いしないのは素晴らしいことだと思うよ。水嶋はきっと見る目がありすぎるんだろうね」
「水嶋様のイトコは、やれチョコレートだ、クッキーだと買い漁ってましたから、それに比べれば全然マシですよ」
杏奈のセリフにかなり引っかかった椿であったが、面倒なこともあり、彼女と言い合いを始める気はない。
恭介の方は、彼の人となりをよく知っている面々のフォローもあり、なんとか機嫌を治してくれた。
その後、少しだけ世間話をした後で恭介は椿に別れを告げ、篠崎と佐伯を連れてどこかへと行ってしまう。
恭介と別れた椿が杏奈と会話を再開すると、あちらこちらから急に生徒達の興奮した声が聞こえてきた。
「椿! オーロラ!」
杏奈は興奮しているのか、"さん"を付けることなく空を指差している。
慌てて椿も空を見上げると、夜空には見事なカーテン状のオーロラが出ていた。
「……すごい」
神秘的な光景に椿は口を開けて、オーロラを見上げている。他の生徒も黙って見上げているのか辺りはシンと静まりかえっていた。
「これは……すごい思い出になるね」
「本当……」
椿達は黙ったまま、終了ギリギリまでオーロラを目に収めたのだった。
過去には三日間とも見られなかったという話も聞いていたので、最初の日にオーロラを見られて幸運である。
そして翌日もオーロラを見ることが出来て、椿は杏奈達とラッキーだったねぇ、などと言い合い喜んだ。
残念ながら最終日は見ることが出来なかったのだが、生まれて初めてオーロラを見られて彼女は感動で胸がいっぱいになる。
こうして、楽しい出来事が沢山あった椿の修学旅行は終了した。