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88-3

 ミネストローネとパエリアの匂いによだれが垂れそうになりながらも椿達は生徒会室へと到着する。

 両手がふさがっている杏奈に代わり、椿が生徒会室の扉をノックすると、すぐに書記の七尾が扉を開けてくれた。

 彼女は目の前に居た椿を見て驚くことはなかったので、なぜここに来たのかという理由を最初から知っていたのかもしれない。

 七尾に「どうぞ」と言われ、椿と杏奈は生徒会室へと足を踏み入れる。


 文化祭の真っ最中なので、机にはプリントの塔が出来ていたが、部屋自体は整理整頓されており綺麗であった。

 椿は机に向けていた視線を前に向けると、篠崎の隣に恭介が居ることに気付く。

 彼は優雅にお茶を飲んでおり、忙しそうにしている生徒会役員達を眺めていた。

 視線を動かした恭介が椿を視界に納めると指で机をトントンと叩き、こちらに来るようにと椿達を呼んでいる。

 偉そうな態度をとる恭介の顔面に椿はパエリアをパイ投げの要領で投げつけてやりたい気持ちになる。

 だが、そんなことは出来ない椿はせめてもの抗議として持っていた荷物を乱暴に机の上に置いた。


「あ! お前っ!」

「あのメールはなんなんですの? なぜ恭介さんが生徒会室にいらっしゃることを書かれなかったのですか? 人に物を頼むときはそれ相応の態度がございますでしょう?」

「長文を書くのが面倒だったから」

「でしたら電話でもよろしかったのでは?」


 一触即発の雰囲気に椿や恭介の素を知らない生徒会役員達はヒヤヒヤとしている。

 だが、杏奈も千弦も椿が令嬢として恭介に注意している時点で彼女はまだ冷静であることを分かっていた。

 だが、この部屋の主でもある篠崎は椿の素など知らないので、普通に二人にストップをかける。


「生徒会室で揉め事を起こさないでくれる? 水嶋も自分が生徒会室に居ることをちゃんと伝えないとダメじゃないか。折角、朝比奈さんと八雲さんが好意で買ってきてくれたっていうのに」

「……それは、悪かったと思っている」

「朝比奈さんも腹が立ったのは分かるけど、落ち着いて。最初からけんか腰に言われたら誰だって意固地になって謝れないよ」

「その点は謝罪致します。申し訳ございませんでした」


 篠崎の取りなしによって、イトコ同士の言い合いは収束する。

 だが、なぜ恭介が生徒会室に居るのかを椿は不思議に思った。


「篠崎君、なぜ恭介さんが生徒会室に?」

「立花さんに追いかけ回されていて不憫に思って匿っていたんだよ」

「え?」


 意外な答えに椿は驚いた。美緒はグループ内部での揉め事から恭介の側に来ることがほとんどなくなっていたからである。


「最後の文化祭ですから、一緒に見て回りたかったのかもしれませんが、さすがに水嶋様が拒否なさっている以上は、ねぇ」

「藤堂が立花の足止めをしてくれている間に、生徒会室へと連れてきたって訳だよ」


 偶然であろうが千弦と篠崎が通りがかってくれたことは恭介にとっては幸運である。


「水嶋は朝からずっとここに居るからね。中等部最後の文化祭なのにどこも見て回れないのは残念だろうと思って、見回りをしながら色々と買って差し入れをしていたんだ。でも、パンフレットを見ていてワッフルとか食べたくなったらしくてね。それで朝比奈さんにメールを送ったってこと」

「そのような事情がお有りでしたのね」


 諦めていないとは思っていたが、美緒が出てくるとは。彼女の取り巻きは何をしているのか。こういう時に美緒を止めるのが彼女達の役目だろうに。


「椿さん」


 ため息を吐いた椿に向かって千弦が呼びかけてきた。

 彼女は心配そうな顔をして椿を見ている。


「あのようなことがあったにも拘わらず、立花さんと向かい合っていただいてありがとうございます」

「……私が何を申し上げようと、彼女はもう手出し出来ないということが分かっておりますから。あまり言い過ぎなければよろしいのでしょう? 私は当たり前の注意しかしておりませんから大丈夫です」


 ハッキリと言い切った千弦であるが、椿の権力の上に胡座をかいている状態は好ましいとは思っていないらしく彼女から視線を逸らしている。

 真面目で不正を許せない千弦は、椿を免罪符にすることを後ろめたいと思っているのだ。

 だが、あの場ではああ言わなければ千弦を助けられなかったし、彼女の名誉を回復させることも出来なかった。

 何より、蓮見との約束もある。汚い部分は椿の方に任せてくれていればいいし、ドンと構えていてくれればいいのにと思ったが、それが千弦なので仕方がない。

 

 椿との会話を終えた千弦は、すぐに椅子に座って何かの作業をし始める。

 千弦に習って他の生徒会役員も仕事をし始めてしまい、椿と杏奈は途端に居心地が悪くなる。


「今、お茶を用意しますので空いている席に座って下さい」


 書記の七尾にそう言われ、椿達は彼女の言葉に甘えて椅子に座った。

 恭介はと言えば、椿達が買ってきた食べ物を黙々と食べている。


「やらないぞ」


 椿の視線を受けて、恭介は彼女が自分の食べ物を狙っていると思ったのか先回りして注意をしてくるが、椿は全くそんなつもりはない。

 ただ見ていただけであるというのに失礼な人間だ。


「中等部最後の文化祭だというのに、ゆっくり出来ないなんてお可哀想に、としか思っておりませんわ。大体、それは恭介さんのものでしょう。一度差し上げたものにまで執着致しません」

「そうか、悪かったな」


 あっさりと謝罪の言葉を口にした恭介に驚き、椿は目を見開く。

 恭介は驚かれたことが気にくわなかったのかムスッとした顔をしている。


「申し訳ございません。恭介さんが素直すぎて何が起こったのかと思ってしまいまして」

「本当にお前は失礼な奴だよな!」

「でしたら最初から素直になればよろしいでしょう?」

「人が下手に出たらこれだ」


 椿と恭介のやり取りを下級生である生徒会役員達は目を丸くして見ていた。


「皆さん、手が止まっておりましてよ」


 千弦の一言に我に返った生徒会役員達は仕事を再開する。


「水嶋様と椿さんはイトコ同士ですし、一時期水嶋様のご自宅で暮らしていたこともあって仲がよろしいのよ。ですがお二人の立場もございますから、人の目がある場所ではあのようなことはなさいませんの。ここが個室ですので気が緩んだのでしょう」


 千弦の説明を聞き、生徒会役員達はなるほど、などと口にして納得してくれた。

 相変わらずフォローが上手いと椿は千弦を尊敬の眼差しで見つめる。


「私をご覧になるくらいお暇でしたら、書類の枚数を数えて下さる?」

「こちらの山でよろしくて?」

「えぇ。三種類ありますでしょう? 三枚一組でお願いします。八雲さんはホッチキス係をお願いしますわ」

「ナチュラルに巻き込まれてしまったわ」


 そう言いながらも杏奈はホッチキスを手に持つ。

 

「七尾さん、諏訪すわ君。そろそろ見回りの時間なのでお願いします。残り二時間弱ですので気を抜かないようにお願いしますね」

「分かりました」

「では、いってきます」


 二人が連れ立って出て行き、残った面々は食べている恭介を除いて作業を再開する。

 合間合間に生徒達があれはどうなっているのか? とかの問題を生徒会室に持ち込んでいたが、椿は黙々と作業を続けていた。

 椿はずっと下を向いていたので生徒達は部屋に朝比奈椿が居ることに気付いていない。

 また、恭介も死角に移動していたため、騒がれることもなかった。

 ようやく椿が三つの山を全て処理したときには一時間以上が経過していた。


「あと一時間で文化祭も終わりですわね」

「仕事をお願いしておいて何ですけれど、他のところをご覧にならなくてよろしかったの?」

「ワッフルも頂きましたし、野点にも参りましたので思い残すことはございませんわ。それに来年は高等部の文化祭がございますもの。そちらも楽しみにしております」

「それならばよろしいのですが」


 大体、行きたい所があれば椿はさっさと移動するのだから、千弦が気にする必要はない。

 

「文化祭で生徒会役員の皆さんがどのような行動をなさっているのか拝見できて面白かったです。貴重な体験が出来ました」

「椿さんのことですから、人混みから離れた静かな場所に居られて幸運だと思ってらっしゃるかと」

「それもありますわね」

「全くもう」


 千弦が呆れた声を出し、杏奈と恭介が苦笑している。

 

「最後の一時間くらい見て回りましょうか」


 杏奈に声を掛けて椿は立ち上がり、部屋に居る面々に挨拶をして二人は生徒会室から出て行く。


 結局、恭介は最後まで生徒会室で過ごしていたらしく、校舎内で彼とすれ違うことはなかった。

 こうして、中等部最後の文化祭が終わったのである。

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