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87-1

 夏休みも中盤に差し掛かり、課題もほぼ終わった椿は暇を持て余しすぎて誰かと遊びに行きたい衝動に駆られていた。

 だが、部活動や生徒会の仕事がある千弦や杏奈は忙しく、遊びに行こうと椿が誘っても中々予定が合わない。

 ならば、鳴海を誘えばいい話であるが、実のところ椿はかれこれ一時間ほど携帯電話と睨めっこをしている。

 理由は至ってシンプルだ。

 これまで、椿は鳴海と二人で出掛けたことが全くないので、彼女がどういった場所を好むのかも分からないし、いきなり誘って用事があったらお互いになんだか気まずくなりはしないだろうかと思って悩んでいる訳である。


 椿がウンウン唸りながら携帯電話の前で正座していると、いきなり携帯電話が震えだす。

 すぐに椿が携帯電話を持って画面を見ると、鳴海から電話が掛かってきていた。

 なんというタイミングの良さ! と思い、椿は通話ボタンを押して電話に出る。


「はい」

『あ、朝比奈様ですか? 鳴海です』

「えぇ、朝比奈です。鳴海さんからお電話なんて珍しいですわね? 何か急ぎの用事がお有りなのかしら?」

『あ、いえ。急ぎという訳ではないのですが……。あ、あの! 朝比奈様は、クラシックコンサートに行ったりしますか? クラシックはお好きでしょうか?』

「えぇ、演奏を聴きに足を運ぶこともありますから」


 海外の有名なオーケストラが来日した時や有名な音楽家の演奏を聴きに行くことがあるので、椿はそう答えたのだが、もしかしたら鳴海はコンサートにでも誘いたいのだろうか。


「実はですね。親からクラシックコンサートのチケットを貰ったんですけど、日付が今日だったんです。それで急なんですけど、朝比奈様と一緒にと思ったのですがどうでしょうか?」

「私は別に構いませんが、念のために両親へ伺ってみますので、少々お待ちになっていただけるかしら」


 椿は一旦電話を保留にして、リビングに居る両親にクラシックコンサートに行ってもいいかということを訊ねる。


「まぁ、お友達とお出掛けなの? あまり遅くならないようにね」

「劇場がそこだったら、ウィーン・フィルのコンサートだね。楽しんでおいで」


 あっさりと両親から許可が出たので、椿は部屋に戻って鳴海にOKが出たことを伝える。


『良かったです。あ、では待ち合わせはどうしましょうか?』

「あの、鳴海さんさえよろしければ、コンサートの前にティーサロンでお茶でもしませんか? 終わった後は一緒にお食事でもどうかと思ったのですが、予定がお有りかしら?」

『え? よろしいのですか!?』

「えぇ。コンサートだけで終わるなんて、少し寂しいと思いまして。それに鳴海さんとゆっくりお話もしたいですし。花火の時はゆっくりお話できませんでしたから」


 鳴海と初めて二人でお出掛けするのにコンサートが終わったからサヨナラなんてあっさりした別れを椿がするはずがない。


『……私も朝比奈様とお話をしたいと思っていたんです! 私がよく利用しているティーサロンがあるんですけど、どうでしょうか? そこは紅茶のスイーツが有名なんですが』

「では、そちらで。時間はどうしましょうか? 私は準備に時間は掛かりませんが、鳴海さんはどうですか?」

『あ、私も準備はすぐに終わりますので。では、一時間後くらいにお店の前で待ち合わせということでよろしいですか?』

「えぇ。では、一時間後に」


 椿は静かに電話を切った後に大急ぎで準備に取り掛かる。

 準備に時間が掛からないと言ったがあれは嘘だ。

 着ていく服を選ぶのに時間が掛かるに決まっている。

 杏奈辺りが今の椿の行動を見たら、確実にデート前の行動をしていると突っ込みが入っていたはずだ。


「コンサートだもの。やっぱりワンピースよね。佳純さん、レモン色と水色のどっちがいいと思う?」

「どちらもよくお似合いです」

「ありがとう。でも今はどっちか選んでくれると嬉しいんだけど」

「夏ですので、レモン色の方がと思いましたが、コンサートが目的ですので、あまり色が派手ですと」


 佳純のアドバイスに椿は確かにその通りだと頷いた。


「こちらの、襟にボタンのついたものはいかがでしょうか?」


 佳純が取り出した折り返した襟にボタンの付いたグレイのワンピースを見て、椿はそれにすると即決する。


「着替えが終わったら髪のセットしてね。サイドを編み込んで後ろでひとつにまとめるのやってくれる?」

「畏まりました」


 椿は急いで着替えを終え、佳純に髪のセットをしてもらう。

 なんとか一時間以内に準備を終えることができて、椿はソファに背中を預けてため息を吐いた。


「椿様。旦那様からお出掛けなさると伺いましたが」

「あー。志信さんに連絡するの忘れてた。ごめんね、あと十分後に出掛けるから車を出してもらえるかしら?」

「畏まりました」


 それからきっちり十分後に椿は待ち合わせの場所へと向かう。


 約束の時間よりも少しばかり早く到着したが、問題は無い。

 待ち合わせの場所には腕時計と睨めっこをしている鳴海の姿と、少し離れた場所に本家から派遣された護衛の姿があった。

 椿は早足で鳴海へと近づき、声を掛ける。


「鳴海さん。お待たせしました」

「あ、いえ。私が早く到着しただけですので。あ、今日も髪をまとめていらっしゃるんですね。お可愛らしいです」

「ありがとう。鳴海さんのワンピースも上品で素敵ね。よく似合ってますわ。それに今日は髪を下ろしておりますのね。雰囲気が大人っぽくなっておりますわね」

「ありがとうございます」


 お互いに褒め合っている間に、志信がお店の人に言って席を用意してもらっていたらしく、二人を店内へと案内する。


「護衛がいるので二人きりではないのが申し訳ないのだけれど」

「いえ、むしろお一人で出掛けることのほうが危険ですよ。私は気にしてませんので大丈夫です」

「そう仰っていただけると助かりますわ。それで、こちらのお店は紅茶のスイーツが有名だとか。鳴海さんのお勧めはございます?」

「そうですね。アールグレイのチョコレートパフェはお勧めです。チョコレートの甘さとアールグレイの香りが口に入れた瞬間に広がるんですよ」


 鳴海の意見を聞いた椿の頭の中は、もうアールグレイのチョコレートパフェでいっぱいであった。


「でしたら、私はそちらを頼みます。鳴海さんはもうお決めになりました?」

「私はダージリンのチーズケーキにします」


 少しして、注文したデザートと紅茶が椿と鳴海の前に置かれる。

 椿はスプーンでチョコレートをすくい口へと運んだ。

 途端に口の中にアールグレイの香りが広がり、チョコレートの甘さやアイスの冷たさを堪能する。

 パフェを三分の一ほど食べた椿は一気に食べるのは勿体ないと思い、一旦スプーンを置いた。


「鳴海さんがお勧めされていた理由が分かりましたわ。本当に美味しいですわね」

「お口に合ったようで何よりです」

「えぇ。……と、ところで鳴海さんは休日はどのように過ごされているのですか?」

「休日ですか? こうして一人でティーサロンに来るか図書館で勉強しているかのどちらかですね」


 鳴海は椿よりは友人が多いと思っていたので、一人で行動していることに多少なりとも驚いた。


「では、朝比奈様は休日はどのようにお過ごしですか?」

「私は、鳴海さんと似たような感じですわね。図書館には参りませんが、自宅で勉強しているか読書をしているか、妹や弟達と遊んでいるかのどちらかですね」


 椿がそう答えると、鳴海は首を傾げてしまった。 

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