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86-1

 一学期の期末テストが終わり、中等部は夏休みへと突入している。


 冷房の効いた部屋で椿は宿題をしたり、本を読んだりしてのんびりと過ごしていた。

 合間に、船上ホームパーティー用の着物を仕立てに行ったり、菫と出掛けたりしていたが、基本的に椿は家から出ない。


「椿ちゃん、お友達とお出掛けしたりしないの?」


 ずっと家に居て出掛ける様子もない椿に母親は質問を投げかけた。

 椿に友達が居るのを母親は知っているが、こうも毎日家でゴロゴロしているのを見ると親として不安に思ってしまうのだ。


「杏奈と千弦さんは部活動で毎日学校に行ってますし、他の皆さんも旅行だったりで予定が合わないんですよ」


 椿にとって他の皆さんなど鳴海と佐伯以外に存在しないのだが、友達が異様に少ないことで母親に心配を掛けたくなかった為に話を盛ったのである。

 

「菫ちゃんは、ほとんど毎日のように志信君を連れてお友達のお宅へ伺っておりますのに」

「中等部ともなれば、色々と付き合いもあるんですよ。それに菫は友達が多くて人気者ですからね。いつまで私と遊んでくれることやら」

「毎日、家に居て椿ちゃんは楽しいの?」

「それ、お母様が仰います?」


 椿に外出しないのかと聞いているが、母親も外出はあまりしない人である。

 突っ込みを入れられたことで、ブーメランになっていることに気付いた母親はばつの悪い顔をした。


「……私は……学生時代は友人とよく出掛けておりましたもの。劇場やショッピングに出掛けたりしましたもの」


 母親は自分の学生時代を思い出し、椿のように家でゴロゴロしていた訳ではないと説明をし始める。

 椿としても、母親の学生時代と比べられると何も言えなくなってしまうことから、早々にこの話題を終わらせようとする。


「お母様、家は家、よそはよそですよ」

「それは親側のセリフでしょう? 折角、中等部最後の夏休みなのだから、思い出を作ればよろしいのにと思っているのではありませんか」

「……思い出かぁ」


 思い出を作れと言われても、中々に難しいものがある。

 話したように杏奈も千弦も部活や生徒会で忙しく、休日があったとしても、各々の家の用事があったり他の友人と会ったりするので、予定が本当に合わないのだ。

 八月に入れば鳴海が旅行先から帰ってくるので、一緒にどこかへ遊びに行こうと誘うことは可能かもしれないが、今は無理である。

 佐伯と二人きりで会う訳にもいかないし、彼が恭介と一緒に遊んでいるところに女である椿が割り込んでも邪魔にしかならない。

 

「来週は、朝比奈家主催の船上パーティーがあるじゃないですか。思い出はそこで作れますよ。杏奈も来るみたいだし、他の友人も招待されてるし」


 だから、出掛けなくても大丈夫だと母親に言うと、彼女は「そういうことじゃないのだけれど……」と言ってため息を吐いた。



 その後も椿がどこに出掛けることもなく八月になり、朝比奈家主催の船上パーティーの日がやってくる。

 出席者はドレスコードとして和装が祖母から指定されている為、椿を初めとする家族は着物を着て乗船場所まで向かった。

 樹は今年受験なのだが、受験勉強が順調であるということと彼の性格上、一日くらい休みがないと集中が切れてしまうということで同行している。


 乗船場所に到着した椿達は手続きを済ませて船内へと足を踏み入れた。

 船を貸し切ってのパーティーで親族達や椿を初めとする孫の友人達を主に招待しているらしく、毎年行われている水嶋家や朝比奈家のパーティーよりは招待客は少ないようである。

 

 椿は主催者である朝比奈の祖父母に挨拶をした後で、家族と離れて船内を見て回っていた。

 招待客の多くが良く見知った人達であったことから、椿はすっかり安心しきっていたのである。

 船の中なので迷子になることはまずない、ということが椿の行動を大胆にさせていた。


 一階はアルコールも提供しているメインのフロア、二階は未成年用のフロアとなっている。

 一階にも二階にもビュッフェスタイルで料理が提供されており、一階にはわざわざ呼び寄せたのか、寿司職人が目の前でお寿司を握ってくれるスペースまであった。

 これに椿は驚いたものの、早速お寿司を握ってもらう。

 花火が始まるまで、ゆったりとクルージングしながら招待客は料理と会話を楽しんでいる。


 椅子に座って椿がお寿司を食べていると、人混みの中から着物を着た千弦と佐伯がこちらに向かってきた。

 二人はお寿司を食べている椿を見て、非常に冷めた目を向けてきていたが、椿は食べるのを止めない。


「……目の前でお寿司を握ってもらえるからといって、物珍しさで頼みましたわね」

「炙りトロ、美味しかったですよ」

「味は伺っておりませんわ」


 お寿司を食べ終えた椿は皿をスタッフに渡して、再び佐伯と千弦に向かって口を開いた。


「ごきげんよう、佐伯君、千弦さん」

「ごきげんよう。仕切り直したとしても全く意味がございませんけれどね」

「さっきまで、藤堂さんと主催者の朝比奈様と奥様にご挨拶に行ってたんだ。花火を見る為に船を貸し切るなんてすごいね」


 佐伯はさりげなく話題を逸らし、椿と千弦の意識を花火へと向ける。


「陸は人が多いでしょう? 祖母が花火は見たいけれど人混みが嫌だと仰るので、祖父がこうして船を貸し切ったのだそうです」

「朝比奈様と奥様の夫婦仲の良さは有名だからね」

「そうでしたの?」

「うん。朝比奈様はどこに行くにも奥様をお連れしているからね。それに側から離れないし、仲睦まじい様子を周りは見ていたのもあるし」

「あのようなご夫婦に憧れますわね」

「そうだね」


 千弦と佐伯が口を揃えて言っているが、あれはたまに見るからいいものであって、毎日見ていると胸焼けするぞと椿は思ったが、二人の夢を壊すのはあれなので止めておいた。


「そういえば、花火までに鳴海さんを探さなければならないんでした」

「まだご挨拶なさってないのに、召し上がってらっしゃったの?」

「そこにお寿司とお寿司職人が居たら頼まざるを得ないでしょうよ」

「自信満々に仰ることではございませんわよ!」


 キリッとした顔で言ってのけた椿に千弦の鋭い突っ込みが入る。

 

「藤堂さん、落ち着いて。朝比奈さんも早く鳴海さんを探さないといけないでしょ? さっき見た感じだと一階には居なかったから二階かデッキじゃない?」

「情報提供ありがとう佐伯君! じゃ、私そろそろ参りますわね」


 片手を上げて佐伯と千弦に挨拶をした椿は二階へと向かう。

 椿の後ろ姿を見た千弦は「全くあの方は……」と呟いて肩を落としていた。

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