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 年が明け、今年も朝比奈本家での新年会がやってきた。

 

 椿達家族は朝比奈本家に行き、祖父母に新年の挨拶をする。

 挨拶を済ませてリビングに向かうと、他の親族はすでに全員揃っており和気藹々とした雰囲気の中で談笑していた。

 椿は親族全員に挨拶をして、大人達に最近何があったのかを聞かれ近況報告をしたりして時間を過ごしていた。

 次第に大人は大人達で会話が弾むようになり、子供達はそれぞれ好きなことをし始めたので、椿も飲み物を片手に持ったまま、ソファに座っている杏奈の隣に腰を下ろす。


「明けましておめでとうございます。杏奈さん」

「明けましておめでとう。ホテルの記念パーティーではご苦労様。レオから色々と耳にしているわよ?」

「まさかレオン様がいらっしゃるとは思いませんでしたからね」


 レオン本人から聞いたのか、すでに杏奈に情報が回っていたことに椿は驚く。


「レオン様は杏奈さんになんでも話してしまうのね」

「私しか聞いてくれる人居ないんでしょ? 水嶋様は空返事しかしないだろうし」

「恭介さんは自分の興味の無いことは聞き流す癖がありますからね」

「御曹司なのに、それでいいの?」


 いいわけではないが、まぁ、恭介だしなーと思い、椿は苦笑する。

 それよりも、椿は杏奈に聞いて欲しい話があったのだ。

 杏奈の耳元に口を寄せた椿は小声で彼女に話し掛けた。


「それよりも、ちょっとよろしいかしら? お話ししたいことがございますの」


 杏奈は椿が何を言いたいのか見当がつかないのか首を傾げている。

 大勢の人が居る場所では話しにくいので、杏奈をリビングから連れ出して書斎へと向かう。

 書斎へと入り、ソファに腰を下ろした椿が杏奈に話し掛ける。


「……鳴海さんと友達になりました」

「へぇー……って、あんた達まだ友達じゃなかったの!?」

「すでに友達だと思われてたの!?」

「あんだけ一緒にいたら普通友達だと思うわよ! ていうか内緒の話ってそれ!? そんなことが話したいことだったの?」

「そんなことってなによ! 私にとっては重大ニュースなんだからね!」

「重大ニュースのレベルが低すぎるわよ! 去年色々あったでしょ! 立花さんのこととか藤堂さんのこととかあったでしょ!」


 千弦や美緒の件を出され、椿は途端に勢いをなくしてしまう


「あれは……予想の範囲内というか、驚いたのは驚いたけど、まぁ、美緒だしって納得できたから」

「……まぁ、確かにそれはそうなんだけど。それよりも鳴海さんとまだ友達じゃなかったの? いつも一緒にいるイメージだったからそうだとばかり」


 鳴海は椿のお世話係を押しつけられていると思っていたので、周囲もそう思っているとばかり思い込んでいた。

 だが、杏奈には椿と鳴海がすでに友達だと思われていたことで、周囲との認識のズレがあったのだと知る。


「……ちょっと話したりするだけのクラスメイトだと思われてたんじゃないの? あと私のお世話係とか」

「あのね、藤堂さん、水嶋様、佐伯君、私以外とろくに話もしない奴が頻繁に話してるんだから、勘違いされても仕方ないでしょう?」

「鳴海さんが普通に話し掛けていたから深く考えてなかった」

「あんたって奴は……。でもまぁ、友達が出来て良かったじゃない」


 笑みを浮かべている杏奈に軽く肩を叩かれる。


「そうね。ついでに恭介にこれでもかと自慢してやったわ」


 朝比奈本家での新年会の前、つまり水嶋家へ新年の挨拶に向かった際に椿は恭介にこれでもかと鳴海という友達が出来たことを自慢していたのである。

 友達の少ない恭介は椿の報告を聞いてどこか悔しそうにしていたのが印象的であった。


「五十歩百歩ね」

「私の方が数は勝ってるし!」

「はいはい」


 明らかに馬鹿にした言い方に椿は杏奈の肩を揺さぶって反論するが、彼女は半笑いでこちらを見ているだけであった。


「……これだから友達の多い奴は……!」


 椿が拳をテーブルに叩きつけるとダンッと音が鳴る。

 本気ではなかったので大して手は痛くなかった。

 そんな椿を杏奈は冷ややかな目で見つめている。


「気は済んだ?」

「このリアリストめ」

「でも、私だっていつも一緒に居ることはできないんだし、同じクラスに友達が一人くらいは居た方が楽よ?」

「それは体育の授業で嫌というほど分かってるよ」


 授業でいくつかのグループに分けられる場合は問答無用で教師が椿を他のグループに押しつけることもできるが、二人一組のときはそうはいかない。

 椿と組むのは嫌だからとさっさと他の人と組んでしまうのだ。

 六月までは、あぶれた生徒と椿が組むのが当たり前だったのだが、体育祭以降は鳴海がその役目を変わってくれていた。

 一年生の頃は周防が居たこともあり、気を利かせた彼女が椿と組んでくれていたので問題は無かったのだ。

 

 他の授業で二人一組にならなければならない時も苦労していたので、鳴海には正直感謝してもしきれないのである。

 あぶれた生徒の顔面蒼白な顔を見なくて済むので尚更だ。

 と椿は去年の出来事を考えていたが、そちらは今、問題ではない。

 問題は今年、つまり三学期の件についてだ。

 

「ねぇ、杏奈」

「何よ」

「私、鳴海さんと新学期からどんな顔をして会えばいいと思う?」

「付き合い始めのカップルか!」

「だって! 友達になってから初めて顔を合わせるんだよ!? 第一声は何て言えばいいの!」

「そんなの自分で考えなさいよ!」


 自分で考えても答えが出ないから、椿はこうして杏奈に話しているのだ。


「……だったら、新学期までに携帯で連絡取って慣れれば?」


 椿から縋るような目で見られ、渋々杏奈が提案するが、彼女はそれを聞いて目を見開いて固まってしまう。

 何か変なことを言っただろうかと杏奈が戸惑っていると、椿はしばらく固まった後で口を動かし始めた。


「携帯番号とメールアドレス聞いてない」


 その言葉を聞いた杏奈は頭を抱える。

 

「……なんで聞かなかったの?」

「いや、なんか友達ができたことにテンションが上がりまくって、携帯のことまで頭が回ってなかったというか」

「じゃ、新学期に聞けば?」


 途端に椿は絶望したような表情になる。

 

「何よ。何か問題でもあるの?」

「……どうやって携帯の番号とか聞けばいいの?」

「だから付き合い始めのカップルか! 普通に聞けばいいでしょ!」

「普通!? 普通って何! 何をもって普通と言うのよ!」

「携帯番号とアドレスを教えてくれない? とか聞けば?」

「嫌がられたらどうするの!」


 杏奈はあまりのネガティブな発言をする椿に「知らないわよ!」とさじを投げる。

 杏奈から見放された椿は新年会の最中ずっと、新学期から鳴海とどうやって接すればいいのかを悩んでいたのであった。



 そして、新学期。

 至る所で冬休みにどこへ行ったのかどうやって過ごしたのかを話している生徒達を尻目に、椿の気分は深く沈み込んでいた。

 冬休み中、ずっと鳴海との接し方について悩んでいたのだが、全く答えは出ないまま新学期を迎えたのである。

 いっそ鳴海の家に電話をしようかとも思ったのだが、何を話せばいいのか分からなくて受話器を持ったまま固まってしまい諦める、という行動を休み中何度も繰り返していた。

 妄想の中では鳴海と楽しそうに会話する姿を想像出来ていたのだが、イメージトレーニング通り、そう上手くいくだろうかと椿は不安になってしまう。


 教室に近づくにつれて、椿は胃が痛くなってきた。

 果たして鳴海はどうやって椿に接してくるつもりなのだろうか。これまでと同じような感じなのだろうか。それとも前よりもフランクに接してくるのだろうか。

 いっそのこと彼女のことを鳴海さんからナルミンと呼ぼうかとも椿は思ったが、嫌な顔をされてしまったら立ち直れないので止めておこうと考え直した。

 

 椿がそんなことを考えながら歩いていたら、ついに教室の前まで来てしまう。

 扉にかけた手が微妙に震えているのが分かる。

 深呼吸をして、椿は一気に扉を開けて教室の中へと入る。

 脇目も振らずに自分の席まで行き、椅子に座った。

 鳴海が居たかどうかは、自分の机しか見ていなかった椿には分からなかった。

 これは失敗したと座ってから椿は後悔する。

 だが、今更になって教室内を見渡すのもなんだか格好悪いと思ってしまい、そのまま一限目の授業の準備をし始める椿の元へ佐伯がやってくる。


「朝比奈さん」

「ごきげんよう、佐伯君。私に何かご用でしょうか?」

「うん。八雲さんが呼んでるよって言いに来たんだ」


 佐伯に言われ、椿は教室の出入り口の方へと視線を向けると、こちらを覗き込んでいる杏奈の姿を見つけた。

 彼女は椿と目が会うと小さく手招きをしてこっちに来いと呼んでいる。

 杏奈が来たことを教えてくれた佐伯に礼を言い、椿は杏奈の元へと向かう。


「ごきげんよう、杏奈さん。どうかなさったの?」

「ごきげんよう。ちょっと冷やかしにきただけよ。新年会の時に散々言ってたからおもしろ……気になってね」

「今、面白そうだと仰いましたわね」

「気になったのよ」


 明らかに楽しんでいる様子の杏奈に椿は冷ややかな視線を向ける。

 杏奈はアッハッハと笑っていることから、全く気にしていない様子であった。

 面白いことには全力投球の杏奈を見て、椿はため息を吐く。

 椿も同じように面白いことには全力投球なので、杏奈の行動を強く咎められない。

 逆の立場であったなら、椿も今の杏奈と同じことをしたと思うので尚更である。


「まだお会いしておりませんわ。ですので杏奈さんの期待には添えられません」

「あら、残念……と言いたいところだけど、噂をすれば何とやらね」

「え?」


 杏奈の視線の先を辿ると、たった今登校してきたのか鞄を持った鳴海が教室へと向かってきているところであった。

 鳴海は教室の出入り口にいる椿に気が付くと軽く会釈をして足早に近寄ってくる。

 心の準備が何も出来ていない椿はどうしようかと顔を引きつらせた。急に動悸が激しくなり、どうやって鳴海に話し掛けようかと色々な言葉が頭を駆け巡っている間に鳴海の方から声を掛けてきた。


「ごきげんよう、朝比奈様」

「ごごごきげんよう、鳴海さん」


 何をどう言おうかとあれこれ考えていたせいか、椿は咄嗟に上手く言葉が出ずに情けない声を上げてしまう。イメージトレーニングが台無しだ。

 隣で口に手を当てて肩を震わせている杏奈を椿は横目で睨み付けた。

 だが、杏奈にばかりかまけていてはいけないと椿は鳴海と視線を合わせる。


「昨年のパーティーぶりですわね」

「そ、そうですね」

「お元気でした?」

「あ、はい。元気でした。朝比奈様も元気でした?」

「えぇ」


 ぎこちない二人の会話に尚も杏奈は口に手を当てたまま肩を震わせている。

 杏奈を小突きたい気分であるが、折角鳴海の方から話し掛けてきてくれたのだ。話の腰を折りたくない椿はここがチャンスだと思い切って携帯番号を聞こうとした。


「……そ、そういえば、昨年のパーティーの時にお聴きするのを忘れていたのですが、……あ、貴女の携帯の番号とアドレスを、伺って差し上げても……よ、よろしくてよ」


 緊張のあまり椿は言葉がつっかえた挙げ句、かなり高飛車な物言いになってしまい、言った後で後悔する。

 だが、椿に気を使ったのか、はたまた全く気が付いていないのか、鳴海は特に表情や態度を変化させることはなかった。


「あぁ、そう言えば交換してませんでしたね。後で番号とアドレスを書いた紙を渡すので待ってくれますか?」

「いいえ。私の方から貴女に教えますわ。私のアドレスは番号のままで変更していないので、登録しやすいと思いますの」


 鳴海の方から番号やアドレスを教えられたら椿の方からメールを送らなければならない。文面に悩むのは分かりきっているので、椿は自分の方から番号とアドレスを鳴海に教えようとしたのだ。

 

「とりあえず鞄を置いてきて良いですか?」

「えぇ、どうぞ」


 椿に断りを入れて鳴海は教室内へと入っていく。

 未だに口に手を当てて肩を震わせている杏奈を目立たないように椿は小突いた。


「……ご、ごめん。ていうか椿さん、考えが小狡いわよ」

「存じておりますとも。それでも文面に悩んで結局送れない破目になるのは目に見えておりますから。彼女は私ほど気にしていない様子ですし……というか、ここまで緊張する私が馬鹿みたいですわ」


 緊張した挙げ句に大失敗してしまった椿は落ち込んでしまう。


「そんなに友達が出来たのが嬉しかったわけ?」

「素の私を全く見せていない状態で作った初めての友達なんだから仕方ないでしょう!」


 杏奈に顔を寄せて椿は小声で口にした。

 これまで杏奈や千弦、佐伯達には椿の素を見せた状態であったが、鳴海は違う。

 彼女は未だ椿の素の姿を見たことはないのである。

 そういう状況で友達になれたのだから、椿が失敗しないようにと緊張してしまうのも無理はない。

 

「それもそうよね。ごめんごめん。……でも、あんた声裏返ってたしつっかえるし、普段の擬態はどうしたのよ」


 杏奈は笑いすぎて目に涙を浮かべている状態であったが、それでも普段と様子が違う椿を心配してはいたようである。


「あれ? 八雲さん、どうしたんですか?」


 そこへ自分の机に鞄を置いてきた鳴海が再び現れ、涙目になっていた杏奈に気付き声を掛けた。


「いや、予想以上の反応にお腹が痛くなってきてね」

「体調不良ですか? 保健室に参りますか?」

「あ、大丈夫。時間が経てば治るから」


 まさか笑いすぎてお腹が痛いとは言えないだろう。

 鳴海は「そうですか」と口にしたあとで椿の方へと向き直る。


「携帯を持ってきたので、番号を教えて下さい」


 椿は口答で自分の携帯番号を鳴海へと教えた。

 入力を終えた鳴海は自分の番号を教えるために椿の携帯に電話を掛ける。

 椿は手に持っていた携帯電話の着信を見て、鳴海の名前を登録する。


「私も登録致しました。メールアドレスは番号のままですので」

「分かりました。……あ、あの!」


 いきなり鳴海から大きな声を出された椿はちょっとだけビクッとしてしまう。


「な、何かしら?」

「あの、あの……夜とかにメ、メールしてもいいですか? 勿論暇だったらでいいんですけど! 時間があればで構わないんですけど!」

「も、もちろんよ。勉強が終われば就寝するまでは暇ですし、時間もございますから問題ありませんわ。私の方から貴女にメールを差し上げても問題はなくって?」

「問題なんてあるはずないです!」


 鳴海は首と手を大きく横に振って否定してくる。

 彼女の態度を見て、椿はホッと胸を撫で下ろした。


「でしたら、夜にまた」

「あ、はい! よろしくお願いします」


 なんとも奇妙な会話が終わり、椿と鳴海は杏奈に別れを告げて教室内へと戻っていく。

 二人の後ろ姿を見つめていた杏奈は小声で「付き合い始めのカップルだ……」と呟いたのだった。


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