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 文化祭が終わってから美緒は全くといっていい程、恭介の側に近寄ってくることがなくなってしまった。

 理由としては美緒はグループ内の揉め事でかかりきりになり、恭介の側に行く時間が無くなったからである。

 美緒が恭介の側に寄ってこなくなり、小松と千弦の問題も解決したということで、椿も今は恭介の側から離れている。

 つまり、恭介の側にいる女子生徒が誰も居ないということになり、彼の側にはこれまで近寄れなかった美緒のグループ以外の女子生徒達がこぞって押し寄せてきていた。

 まるで初等部の頃を思い出す構図であったが、あの頃と違うのは恭介がきちんと意思表示をするようになったことである。


 あれは、休み時間に篠崎と話している恭介の周りを女子生徒が囲んでいたときのことであった。

 篠崎と話しているにも拘わらず、女子生徒達は恭介に向かって引っ切りなしに話し掛けていた。

 女子生徒達の声があまりにうるさかったからか、ため息を吐いた恭介は女子生徒達を軽く睨み付ける。


「僕は篠崎と話しているんだ。会話の邪魔しか出来ないのなら向こうへ行ってくれ」


 一瞬で恭介の機嫌を損ねたことを理解したのか、女子生徒達は一斉に黙り込んだ。

 女子生徒達が静かになったのを確認した恭介は再び篠崎と話し始める。


 美緒が側にいた一年ちょっとの間で恭介も成長したということだ。

 初等部の頃は、我慢の限界がきたら椿の元に逃げてきた恭介のことを思えばかなり逞しくなったと椿は感動する。

 これはもう、恭介のフォローはせずとも大丈夫なのではないかと椿は思い、美緒とその周囲の人間にだけ集中することにした。

 だが、彼女達は内輪揉めしているだけで何かを裏でしている気配も噂もない様子である。


 美緒達に動きが全くない状態でどうしたものかと椿が廊下を歩きながら考えていると、すれ違った生徒達の会話が聞こえてくる。

 彼女達はもうじき始まる生徒会選挙の話をしており、椿はもうそんな時期なのかと考えていた。

 今の時期は立候補期間となっており、生徒達の話によると篠崎が生徒会長として立候補しているようである。

 ゲーム内の篠崎とこちらの篠崎は、多少性格の違いがあるものの根本的なところは変わらないのだな、と椿は感じていた。


 まるで他人事のように椿は考えているが、生徒会役員になる気が全く無いので仕方ない。

 そう思っているのは椿だけではない。

 鳳峰学園に通う生徒の大半は良家の子供だ。習い事で忙しいとか面倒だとかの理由で生徒会長以外の役職に率先して立候補する生徒は少ない。

 毎年、教師が真面目で成績優秀な生徒に声を掛けて、生徒会役員にならないかと勧誘しているくらいに少ない。

 今年も少ないらしく、何人かの生徒が教師から声を掛けられている。

 噂によるとその内の一人が鳴海で、彼女は生徒会役員になることを断ったらしい。

 ある日の休み時間、いつものように椿に話し掛けてきた鳴海に噂の真相を聞いてみることにした。


「そういえば、先生から生徒会役員にならないかと推薦されたとか?」

「えぇ。でも断りました。元々人前に立つのは苦手なんです。出来たとしてもクラス委員長が限界ですよ。それに責任も大きいし、私には向いてませんね」

「そうかしら? 何事も経験と申しますし、会計か庶務でしたらあまり表に出ずに済むのでは?」

「学園内で生徒会役員の鳴海って周知されてしまうじゃないですか。どこに行っても『あ、生徒会役員の人だ』って注目を浴びるのは嫌なんです」


 鳴海は心底嫌そうな顔をして話しているので、本当に嫌なのだろう。

 元々、椿自身が目立つ存在であり、他の生徒から注目を浴び続けていたので鳴海の言う事も理解出来る。

 椿は良い意味でも悪い意味でも人から注目を浴び続けてきたので、ある程度は慣れてしまっているが、鳴海のように比較的大人しくて真面目な人は、他人から見られるというだけで緊張してしまうのかもしれない。

 

「先生は立候補者がほぼ居ないからと仰ってましたけど、自分よりも家柄が劣る人間の下につくのは嫌だから他の役職には立候補しないって話なだけじゃないですか。そのくせ選挙になったら篠崎君に勝てないからって生徒会長には誰も立候補しないとか我儘すぎます」


 生徒会長以外の役職に率先して立候補する生徒が少ないのはこういう理由でもある。

 名門といわれる家柄の生徒が生徒会長に立候補した場合は、他の役職もすんなりと決まるのだが、そうでない場合は中々決まらない。

 今のところ生徒会長に立候補しているのは篠崎だけである。彼の祖父は警視庁に勤めるお偉いさんではあるのだが、篠崎家は昔から続く由緒正しい家系という訳ではないことから、何代も続く名門と言われる家の生徒達は彼を下に見ているのだ。

 全く下らないと椿は思う。

 

「家柄がよろしくても、中身が腐っていては意味がありませんわね」

「全くです」


 鼻息荒く鳴海は口にしたが、目の前に家柄が良すぎるものの生徒達からの評判が悪いと言われている椿が居ることに気付き慌て始める。


「あ、違うんです! 私は朝比奈様のことをそう思っている訳ではないんです!」

「貴女はただ私の言葉に同調しただけでしょう? そんなに慌てずとも分かっておりますわ」


 穏やかに微笑みながら口にした椿を見て、鳴海はホッとしている。

 

「……すみませんでした。それよりも、朝比奈様は生徒会役員に立候補しないんですか?」

「私が立候補したら、本当に誰も立候補しなくなりますから」


 嘘だ。ただ面倒なだけだ。

 学級委員長も、生徒会役員もやりたい人がやればいいと椿は考えている。

 そもそも、こんな考えの人間が上に立っていいはずがない。

 きちんと学校や生徒のことを考えられる人物が上に立つべきである。


「それもそうですね」


 あっさりと椿の言葉を肯定した鳴海であったが、少しくらい否定して欲しい。

 鳴海にあっさりと肯定され、少しばかり落ち込んだ椿の元に佐伯がやってくる。


「朝比奈さん」

「何かご用でしょうか?」

「うん。あのね。恭介君が放課後、サロン棟まで来て欲しいって言ってたよ」

「サロン棟に?」

「そう。あといつもの個室じゃないから、受付で恭介君の名前を言って案内して貰ってって言ってたよ」

「……そうですか。ありがとうございます」


 用件が済んだ佐伯は自分の席へと戻っていった。

 恭介からの呼び出し、それも違う部屋にである。物凄く怪しい。

 むしろ怪しくない理由を教えてもらいたいくらいに怪しい。

 それに、なぜ佐伯に伝言を頼んだのだろうか。携帯のメールで教えてくれればいいのに。


「水嶋様からのお呼び出しって珍しいですよね」

「そうですわね。恭介さんは用事が無い限り、ご自分からいらっしゃることはございませんもの。それに放課後はサロン棟の個室で顔を合わせておりましたから、用事があればそこでお話してましたし」


 だからこそ、恭介が朝比奈家の使用人である真人の目が届かない場所で椿に何の用があるのかが分からないのである。

 まぁ、行けば分かるか、と楽観的に考えた椿は放課後になるのを待った。



 授業が終わり、放課後となったことで椿は鞄を持ちサロン棟へと向かう。

 サロン棟の受付で恭介の名前を告げて椿の学生証を差し出すと、スタッフの一人が「こちらです」と案内してくれた。

 案内されたのは二階の個室。

 スタッフがカードキーで扉を開け、椿を中へと促した。

 

 椿が個室の中へ入ると、恭介は正面のソファに座って紅茶を飲んでいた。

 恭介の対面には篠崎が座っており、彼もまた紅茶を飲んでいる。

 給仕に勧められ、椿は恭介の隣に腰を下ろした。


「それで話とは? 篠崎君もいらっしゃるなんて伺っておりませんわ」

「まぁ、とりあえず紅茶を飲んで落ち着け。それとフィナンシェとカヌレも食べてゆっくりするといい」

「……何を企んでおりますの?」


 椿に甘い物を強引に勧めるときは大抵碌でもないお願いを椿にする場合のみである。

 何をお願いするつもりなのだと椿は疑いの眼差しで恭介を見たが、彼は尚も紅茶とお菓子を勧めていた。


「……そこまで仰るなら頂きますが」


 そう言って、椿はカヌレを手に取り頬張る。

 椿がカヌレを食べるのをジッと見ていた恭介は、彼女が食べ終えたところで口を開いた。


「お前をここに呼び出したのは、教室やカフェテリアだと他の女子生徒が寄ってきて面倒だったからだ。別に秘密の話でも何でも無い」

「そのような理由でしたか。てっきり私はどんな無理難題を押しつけられるのかと」

「水嶋」


 黙ってこれまで椿と恭介の話を聞いていた篠崎が急に声を掛けてきた。


「朝比奈さんにも頼むのかい?」

「一応だ。本命は篠崎が話していた人物だが、こいつでも役には立つからな」

「ちょっとお待ちになって。何のお話をされてますの?」

「生徒会副会長の話だよ。俺は一緒に仕事がしやすい水嶋に打診したんだが、人の下で働くのは嫌だと言われて断られてね。それで俺が副会長に相応しいと思っている人物と知り合いの水嶋にその人を紹介してもらうことになっているんだよ」

「本命は別だが、一応な」


 つまり、本命に断られたことを考えて、保険として椿に声を掛けたということか。

 そう理解したと同時に、椿は考えるよりも先に口が動いてしまった。


「私に投票しない生徒は全員、地獄につき落とす」

「公明正大、綱紀粛正の生徒会をどす黒く染めようとしないでもらえるかな!?」


 勢いよく立ち上がった篠崎が大声を張り上げる。

 素知らぬ顔で紅茶を飲む椿と、頭を抱える恭介。

 一瞬で椿は副会長に、というか生徒会役員に相応しくないと篠崎に示したのである。


「大体、恭介さんが生徒会長になって篠崎君が副会長ではいけませんの?」

「面倒」

「生徒会長の方がやりがいがあるからね」


 お前らちょっとは妥協しろよ!


「……それで、本命の方はいついらっしゃるの?」

「委員会の集まりがもうじき終わるだろうから、もうすぐだな」

「そうですか」


 すっかり脱力した椿はフィナンシェを手に取り、食べ始める。

 

 しばらくして、部屋にノックの音が響き誰かが来たことを知らせる。

 扉が開いて現れた人物を見た椿は、確かにこれほどの適任者は居ないと理解した。


「水嶋様、何のご用なのでしょうか? あら、椿さん。それに篠崎君もいらっしゃるの?」


 なぜこのメンバーが? と首を傾げている千弦に椿はソファに座るように勧める。

 立ちっぱなしでは話が進まないと思ったのか千弦は篠崎の隣にほどほどの距離を開けて座った。

 

「藤堂」

「はい」

「僕と篠崎を助けてくれないか?」

「理由は存じ上げませんが、何かお困りなのですか?」


 回りくどい話の始め方だなと椿は思ったが、とりあえず黙っておくことにした。


「……生徒会選挙の立候補期間なのは知ってる?」

「えぇ、ポスターが貼られておりますから」

「現時点で、生徒会長以外の役職の立候補が居ない状態なんだよ。特に副会長は誰もなりたがらない。水嶋にも断られて後がないんだ」

「そこで藤堂。お前だ」


 ようやく話が見えたのか、千弦は納得したようであった。

 しばらく考え込んだ千弦が重々しく口を開く。


「……申し訳ございませんが、私は弓道部の主将ですのでこれ以上役職を増やす訳にはまいりません」

「そこをなんとか!」


 よほど切羽詰まっているらしく篠崎が千弦に向かって頭を下げている。


「あ、頭を上げて下さい! お気持ちは良く分かりますが、自分の実力以上のことは出来ません。忙しすぎて中途半端な仕事をしてしまい、皆さんに迷惑を掛けてしまうのは目に見えておりますもの」

「なら、椿に副会長になってもらうしかなくなるな」

「え?」


 椿が副会長になると聞き、千弦は視線を彼女に向けた。

 千弦がこちらを見たタイミングで、無表情のまま椿が喋り始める。


「副会長になったら権力を駆使してカフェテリアのメニューにピロシキを追加する」

「意外と庶民的な権力の使い方ですわね! そもそもピロシキだけ追加してどうなさるのよ!」

「じゃあボルシチも」

「ロシア料理から離れなさい!」

 

 椿のボケに思わず大声を出して突っ込みをいれてしまった千弦は項垂れた。


「藤堂。こいつが副会長になったら鳳峰学園は終わりだ」

「ある意味平和ではありますけれどね」

「大体、私が副会長に立候補したら本当に誰も立候補しなくなりますし、推薦されても断られてしまいますもの」


 だから千弦が副会長に相応しいのだと椿は視線に込めてみる。


「藤堂さん。俺は君が弓道部の主将も生徒会の副会長もこなせると思っているよ。それだけの実力が君にはある」

「……買いかぶりすぎですわ」

「買いかぶってなんてないよ。……俺は君以上の適任者は居ないと思っている。決断力に優れ、リーダーシップがあり、常に公平な判断ができる素晴らしい人だと。だから藤堂さん。俺に力を貸してくれないか?」

 

 切々と訴える篠崎を見て、千弦の気持ちは揺れているようである。

 

「藤堂さん。俺も他の生徒会役員も君のフォローは最大限しようと思っているから。人の上に立つ才能がある藤堂さんに副会長になって欲しいんだよ。だから頼みます!」


 篠崎は再び頭を下げたが、千弦は混乱して忙しなく視線を動かしていた。


「ですから、頭を上げて下さい!」

「藤堂さんが副会長になると約束してくれない限りは頭を上げないよ!」

「分かりました! 分かりましたから! 頭を上げて下さい!」

「副会長になってくれる?」

「なります! なりますから!」


 言質をとった篠崎は頭を上げて笑顔を見せた後、千弦の手を取り握りしめる。

 男性に手を握られ、千弦は顔を真っ赤にしていた。


「藤堂さん、ありがとう! 君が副会長になってくれたら百人力だよ!」

「わ、分かりました! 分かりましたので、手を離して下さい」


 千弦から言われて、篠崎は顔を真っ赤にしている彼女に気が付く。


「あ、ごめん。嬉しくてつい」

「いえ、申し訳ございません。慣れておりませんので過剰な反応を見せてしまいまして」

「いや、俺が何も考えずに行動したせいだよ。申し訳ない」


 いやいや、私が俺がと謝罪し合って一向に話が進まない二人を見て、我慢しきれずに椿が声を掛ける。


「お二人共、そろそろよろしいのではなくて? それから千弦さん、立候補の期限は今週末までですからね。立候補してくださいね」

「期限のことは存じておりますわ。明日、先生のところへ伺います。心配なさらずとも私は一度口にした言葉を翻したり致しません」


 本当に立候補するのか疑う椿の言葉に、千弦は気分を害したようでジロリと睨まれてしまう。

 椿は苦笑しつつ、そっと彼女から視線を外した。

 「全く」と口にした千弦は椿を睨むのを止めて紅茶を飲み始める。


「大体、立候補したからといって私が副会長に当選するとは限りませんわよ」

「それはない」

「そもそも他に立候補する人がいないよ」

「組織票でぶっちぎりで当選しますわ」


 と、三人は一斉に首を振りながら答える。

 三人が口にした内容に納得いかないのか千弦は首を傾げていた。

 

 結局、千弦以外に副会長に立候補する生徒は居るはずも無く、他の役職も立候補した生徒がそれぞれ一人だけだったことから選挙は行わずにそのまま全員が生徒会役員に就任することになったのである。


 新生徒会が発足してからというもの、椿は千弦と篠崎がよく話している場面を目にすることが多くなる。

 会長と副会長だから、連絡事項など話すこともあるのだろうし大変だな。と見掛ける度に椿は思っていた。

 また、弓道部の主将と副会長を兼任している千弦なのだが、やはり忙しいのかサロン棟にくることが減ってしまった。

 本人曰く「仕事に慣れれば時間が作れるとは思いますので」とのことだが、千弦に会う時間が減ってしまい少しだけ椿は寂しく思ってしまう。

 

 そもそも千弦は椿の隣のクラスなのだから椿の方から会いに行けばいいだけの話である。

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