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3学期が始まったが、相変わらず美緒は恭介について回っていた。

だが、以前にも増して篠崎が頻繁に恭介のところへ来ているため、彼に話しかけられない状態になっている。

美緒が篠崎に文句を言っている姿を椿は見かけることもあったが、少しずれたところのある彼にはまったく意味が通じていないのか、斜め上の返答をされては地団駄を踏んでいた。

 

一方で、恭介は出掛けた先で購入したものを篠崎にお土産として渡したりと、端から見れば仲の良い友人同士の交流をしているようである。

大多数の生徒は、恭介と篠崎が友人同士であると思っているのではないだろうか。


そんなある日の放課後、椿と千弦は杏奈に誘われサロン棟の個室で時間を過ごしていた。


「篠崎君、今度のテストにかなり力をいれているみたいですわね。家庭教師を増やしたりしているとか」

「『今度のテストで俺の全てを賭ける』とか言ってたみたいよ?」


この日、恭介と佐伯は習い事があるため、部屋には椿と杏奈と千弦しかいない。

 

「最終決戦みたいなこと言ってフラグ立ててるけど大丈夫なの?」

「さぁ? 本人の努力と水嶋様のケアレスミス連発があれば何とかなるんじゃない?」

「よっぽど精神的ダメージが無いかぎり、恭介がケアレスミスするなんて思えないんだけど」

「そこら辺に関しては、本当に化け物じみてるわよね」


何とも勝手なことを言っている椿と杏奈であったが、平常時の恭介がケアレスミスをするとは思えない。


「まぁ、篠崎君のことはいいのよ」

「本題それじゃなかったの?」


恭介が居ないときを狙って呼び出されたので、てっきり篠崎の話だと思っていた椿は拍子抜けしてしまう。


「本人から話を聞いた方が良いと思ってね」

「何がよ」

「今年のバレンタインのことよ」


杏奈の言葉を聞いた椿は途端に顔を歪ませる。


「レオがうるさいのよ。私の方に色々聞いてきてさ。椿も椿でレオ関係のことは黙ってるし」

「適当に言っておけばいいんじゃない?」

「適当に言っても突っ込んで聞いてくるからばれるのよ!バレンタインも近づいてきてるし、最近ほぼ毎日電話かかってくるんだから!そのせいで私の勉強時間と睡眠時間が犠牲になってるんだからね!」

「完璧に八つ当たりじゃない!」


明らかに自分の時間が減って面倒になっただけという杏奈の考えに、思わずツッコミをいれてしまう。


「椿さん、レオン、様と仰るのは」


今まで2人の会話を聞いていた千弦が、誰のことを話しているのか疑問に思ったのか声を掛けてきた。


「レオン・グロスクロイツ。朝比奈のお祖母様の弟さんのお孫さんで、杏奈のハトコにあたる方よ」

「確か、お二人のご親戚でしたわね。彼のお名前だけなら耳にしたことがございますが、椿さんとも交流がお有りだったとは初耳ですわ」

「あー、まぁね」

「あら?何か話しにくい事情でもお有りですの?」


歯切れの悪い言い方の椿に、千弦がすかさずツッコミをいれる。

どう答えたものかと椿が考えていると、杏奈があっさりと理由を話し始めてしまう。


「レオはですね。椿のことが好きなんですよ。だから今年のバレンタインのチョコを貰いたいから私に探りをいれてきてるんですよね」


ちょっと奥様聞きまして?という軽さで口にした杏奈の言葉に、千弦は頬を赤らめながら椿と杏奈を交互に見る。


「ま、まぁ。そうでしたの?いつの間にそのようなお話に?」

「1年生のときから交流はあったんですけど、6年生のときに朝比奈陶器の創立記念パーティーがありましてね。そこで色々あって恋に落ちてしまったんですって」

「その色々を伺いたいですわ」

「ス、ストップ!ストーップ!」


話が長くなりそうな雰囲気を察知し、椿は2人の会話に割って入る。

話の腰を折られた2人は不満そうな顔を椿に向けていた。


「杏奈! 口が軽すぎよ!」

「言いにくいかと思って、気を利かせたんじゃない」

「普段は素知らぬふりする癖に、こういうときに限ってあんたって奴は」

「椿さん。私が好奇心に負けて伺ってしまったのが悪いのですから」


千弦に腕を掴まれ、とても申し訳なさそうな表情をされてしまっては、椿はこれ以上杏奈を責めることができなくなってしまう。


「千弦さんがそう言うなら」

「良かったですわ。で、八雲さん。バレンタインの件とは?」

「結局、それも聞くの!?」


興味津々な様子の千弦に杏奈は事情を説明する。

本人の許可など、もはや必要としてない様子に椿はソファの肘掛けにもたれて現実逃避をし始める。

真横では、杏奈と千弦が他人の恋バナで大いに盛り上がっていた。



こうして迎えたバレンタイン当日。

あれから、杏奈や千弦に口うるさくチョコを用意しろと言われたことで、椿も覚悟を決めてお店でチョコを購入していた。

ちなみに、菫と杏奈と3人で今年もバレンタイン用にチョコレートマフィンを手作りしている。

 

去年と同じく、椿は菫に付き添って倖一の家へとチョコレートマフィンを届けにいっていた。

これまた去年と同じく、倖一はその場でチョコレートマフィンを食べて、おいしいおいしいと口にしていたのである。

 

「チョコレートマフィンおいしかったぞ。あと菫、鳳峰学園の初等部に合格したんだってな。すげぇな!」

「あ、ありがとうございます!ほんとうは倖一さまと同じがっこうにいきたかったのですけれど」

「葦原小学校は男しか通えないから仕方ねぇよ。あんま落ち込むな。あ、そうだ!俺、やっと剣道の試合に出られそうなんだ。暇だったら見に来てくれよな!」

「わぁ、おめでとうございます!ぜひうかがわせていただきます!」


倖一からの初めてのお誘いに、菫は目を輝かせている。


「つっても、試合に出られるのは早くて夏なんだけどな。出られるって分かったらすぐに連絡するからな」

「おまちしてます!」


子供達の微笑ましい約束を椿は、笑顔を浮かべながらも内心は歯ぎしりしながら眺めていた。


倖一の家から帰宅後、リビングでは、今日の思い出話を菫が母親に嬉しそうに伝えていたので、椿はこっそりと自室に戻っていた。

椿が机に向かい勉強していると、ドアの向こうから使用人に声をかけられる。


「もう夕食の時間なの?」

『いえ、レオン様がいらしておりますが、いかが致しましょう?』


使用人から告げられた言葉に、本当に来たのかと椿は机に突っ伏したい気持ちになる。

幸い、父親はまだ帰宅していない。さっさと目的のブツを渡してお帰り願おうと思い、椿はレオンに会う旨を使用人に伝える。


用意していたチョコを使用人から受け取り、椿は玄関へと向かう。

だが、そこにレオンの姿は無かった。

不思議に思い、椿は通りがかった佳純にレオンの居場所を尋ねる。


「一階のリビングにお通し致しました」

「そうだったのね。ありがとう」


家に上げてしまっては、渡して即解散が出来なくなってしまった。

レオンが帰る前に父親が帰ってこないように願おう。

そう思いながら、椿は一階のリビングの扉を開ける。


部屋の中には、まるでこの家の主のような態度をしたレオンがソファにふんぞり返っていた。

彼は椿を視界にいれると立ち上がり、椿の方へ笑みを浮かべながら近寄り、挨拶をしてくる。


「夏以来だな。しかめっ面をしていても、お前の美しさは変わらないな。それから、また身長が伸びたんじゃないか?」

「お久しぶりね。わざわざドイツから来るなんて、物好きなものだわ」

「俺が日本に居ないとルールが適用されないんだろう?」

「その情報源は杏奈?菫?」


椿の問いかけに、レオンはノーコメントとだけ呟いた。


「……まぁ、いいわ。学校はどうしたのよ?まさか休んだとか言わないでしょうね」

「冬休みだから安心しろ」

「外国は休みが多くて良いわね」

「日本は休みが少なすぎるんだよ」


日本のことを言われてしまうと返答に困ってしまう。

無言になった椿に向かって、レオンが片手を差し出してくる。


「ん」


差し出した指を動かして、目的のブツを寄越せと意思表示してくる。

態度が大きすぎやしないだろうか、と思いつつも渡さなければ終わらないので、椿は大人しくレオンにチョコの入った紙袋を手渡した。


「見たことのないブランドだな」

「日本のチョコレートブランドだから知らなくて当たり前よ。海外のブランドのは食べ慣れてるだろうし、目新しさもないでしょう?」

「俺のために選んでくれたのか。ありがとう」


椿としては、レオンのためなどではなく、ありきたりなブランドのチョコを贈って彼から文句を言われることにより、滞在時間が伸びるのはご免だから、と考えただけのことである。

さぁ、渡すものは渡したし、さっさとお帰り下さいというオーラを出しながら椿はソファから立ち上がった。

椿と同じく立ち上がったレオンは傍らに置いてあった紙袋を持つと、椿に向かって差し出してきた。

条件反射で思わず椿は、紙袋を受け取ってしまう。習慣とは恐ろしいものである。


「これは?」

「ドイツでのバレンタインは夫婦やカップルのためのイベントなんだ。だが、俺と椿は付き合ってもいないし、将来を誓い合ってもいない」

「そうね」

「だから、これは俺個人の気持ちだ。深く考えずに受け取って欲しい。ただの自己満足だから気にするな。受け取ってくれるだけでいい」


畳み掛けられるように言われたことで、椿は戸惑いつつも感謝の言葉を述べてプレゼントを受け取った。


「開けてみてくれるか? 気に入ってもらえると嬉しいんだが」


言われた通り、椿は紙袋から小箱を取り出して蓋を開けると、女性の姿が彫られているカメオが収まっていた。


「これは……」

「見ての通り、カメオだ。ペンダントとしてもブローチとしても使用できるようにしてある。好きなほうを選んでくれ」

「でも」

「金の無駄遣いって言うんだろう?それは大伯母様が元々持っていたものだ。家に保管されていたのを見つけたから、椿にプレゼントしたいのだが、と大叔母様本人に聞いたら許可がでたのでね」


つまり、このカメオはレオンの大伯母にあたる朝比奈の祖母が日本に嫁ぐ前に、実家に置いていったものということである。

さすがに、半世紀以上レオンの家に保管されていたカメオに対して、値段がどうこうだとか言うつもりはない。

朝比奈の祖母が良いと言っているのであれば、断るのも野暮というものである。


「では、ありがたく頂戴します」

「まぁ、グロスクロイツの家にある物は、いずれ全て椿の物になるんだがな」


一瞬の間の後、椿は乾いた笑いを、レオンは心底嬉しそうな声を上げて笑った。

レオンの脳内では、すでに椿が嫁入りすることが決定事項として盛り込まれているという事実に冷や汗がでる。

 

「レオン様、じきに旦那様がお帰りになられます」


冷や汗を流している椿に気が付いたのか、使用人の純子がナイスタイミングで話しかけてきた。


「もう、そんな時間か。薫に見つかると面倒だからな。名残惜しいがそろそろ帰ることにしよう」

「わざわざドイツからご苦労様ね」

「惚れた女に会いにくることは、苦労の内に入るわけがないだろう?」


何を当たり前のことを言ってるんだ?と言いたげな顔をしてレオンは椿の顔をジッと見ている。

レオンに限らず、外国人というのは感情表現がストレートだ。

慣れる慣れないの問題では無く、真面目な顔をしながらこのようなことを言われると、一瞬でも椿はドキッとしてしまう。

すぐに、正気に返りはするのだが。


「……このまま、空港まで行くの?」


玄関に移動し、使用人からコートを受け取り、帰る準備をし始めたレオンに向かって椿は声を掛けた。


「いや、恭介に顔を見せた後で帰る。次は夏休みか、夏まで椿に会えないのは辛いな」

「……あんた待つとか言ってた割に、行動が伴ってないのはなんでかしらね」


去年の夏にレオンは何年先だろうと待つとか言ってたのに、やけに積極的すぎやしないか、と椿は思っていた。


「目の前に極上の餌がぶら下がってる状態で、ずっと"待て"ができると思うか?隙があれば、つけ込もうとするのは当たり前だろう。俺は大人しく"待て"ができるほど、忠犬ではないからな。そういうことだ」


つまり、口説くことは止めない、ということかと理解し、椿はレオンから視線を逸らしてため息を吐く。


「心配しなくても、椿の計画を台無しにするような愚かな真似はしない。これまで通り、椿と話したり、会ったりすることを許してくれるならば、俺はお前にとって忠実な犬であり続けると誓う」


レオンはそう言っているが、裏を返せば、それができない場合は椿の手を噛むことになるだろうと言っているようなものである。

YESしか答えることを許されない問いに、椿は再びため息を吐いた。


「どうぞお好きに」


椿は決して『いいよ』とは言わずに、『勝手にすればいい』という答えを出した。

レオンは、椿に肯定的な返事をさせるのが目的だったようで、椿の言葉に満足げに微笑んでいる。


「では、好きにさせてもらうよ。……あぁ、そろそろ出ないとまずいな。それじゃあ、夏にまた会おう」


片手を上げて別れの挨拶をしたレオンは、名残惜しそうに朝比奈家を後にした。


そのわずか15分後に父親が帰宅し、椿はレオンと鉢合わせしなかったことにホッとする。

玄関ホールで父親にお帰りなさいと声をかけると、ただいまと返してくれた彼は、鼻を軽く動かして何やら匂いをかぎ始めた。


「……他所のオスの匂いがする」


父親の勘の鋭さに、椿は笑顔のまま凍り付く。

首を傾げながら真顔で椿と目を合わせてきた父親が口を開く。


「誰か来た?」

「え?」


素直にレオンが来たと言おうかどうかを椿が悩んでいると、背後から子供の足音が聞こえてくる。

足音が止まると同時に、腰に軽い衝撃を受けた椿が目線を下に向けると、抱きついてきた菫の姿が目に入り、彼女は自然と笑顔になる。


「姉さま!お母さまがレオンさまのおみやげをいっしょに食べましょうって……。あ、お父さま。おかえりなさい」

「菫ちゃん、ただいま。ちょっと椿ちゃんとお話があるから、後で行くよ。先に食べてていいからね」


菫にあっさりとばらされてしまい笑顔のまま固まっている椿と、笑みを浮かべている父親。しかし父親の目は笑っていない。


「そっかー。今日バレンタインだもんね。来たんだー」

「いやー本当に物好きですよねー」

「僕の居ない隙に来るってのが腹立たしいよね」


全く、と言いつつも父親はそれ以上レオンを責めるようなことは言わなかった。

どうやら父親の中ではバレンタインは除外ということになっているようで、椿は面倒なことにならずに済んでホッとしたのだった。


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