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12月に入り、内部進学のテストが行われた。

椿は無事に合格し、来春から中等部に進学する事になった。

恭介や杏奈達も合格したと聞き、安心したと同時に嬉しい気持ちでいっぱいになった。


肩の荷が下りた椿は、毎年恒例の水嶋のパーティーに晴れ晴れとした気持ちで参加する事が出来る。

今年は伯父が社長に就任して1年経ったと言う事で、いつもよりも招待客が多くなっている。

昨年も招待客は多かったが、引退する祖父がメインであった為、祖父の関係者が圧倒的に多かったのだ。

代替わりして伯父が中心となった今年は、伯父の関係者が多く招待されている。


それはつまり、伯父と同年代の人が招待されると言う事である。

伯父と同年代なので、その子供も椿や恭介と同年代になる。

いくら椿が恭介の婚約者とは言え、まだ子供だ。招待客の中には、あわよくばと思い、自分の子供を恭介に近づけさせる者もいるだろう。

令嬢達に囲まれる恭介が容易に想像出来て、椿はまた彼から助けを求められるのかと思い渋い顔をした。


自宅でドレスに着替え、髪とメイクを使用人に任せている椿は、パーティの進行予定を思い出しながら、どのタイミングで恭介に近づき、令嬢達から彼を助け出そうかと考えていた。

主催者の息子である恭介を開始早々から独占するのは、あまり良い事とは言えない。

それに、椿が完璧な令嬢っぷりを周囲に見せつける事で両親の顔を立て、さすが水嶋の血を引くご令嬢だと思わせなければならない。


「お母様、今回、菫はお留守番ですか?」


椿の背後に陣取り、着飾られていく椿を見ていた母親に問いかけた。

この時間になっても菫はドレスに着替えもせず、自室で本を読んでいたのを椿は見ていたので疑問に思ったのだ。

母親は鏡越しに椿と視線を合わせると、少しだけ困ったように微笑んだ。


「えぇ。少し体調が悪いみたいで、念のためにね。ぐずっていたけど、正月に朝比奈の本家で行われる新年会には参加させるからと言って説得したのよ」

「…熱があるのですか?」


母親の方を振り向こうとした椿は、使用人によって頭を掴まれ前を向かされた。

仕方なく、鏡越しに母親と目を合わせる。


「微熱なのだけれど、パーティーで興奮して熱が上がると思って今回は見送る事にしたのよ」

「さっき見かけたら、部屋で本を読んでいたわ」

「あの子ったら、あれほど寝ていなさいと言ったのに…!」


椿の言葉を聞き、母親は足早に部屋を出て行った。

先ほどチラリと椿が見た時は具合が悪そうには見えなかった。

微熱と言う事だったので、寝込むほどではなく、横になっていても暇だったから抜け出したのだろう。


「子供って本当に面白い」


ボソッと椿が呟く。

椿とは違い、予測がつかない子供の行動が本当に興味深くて面白くて仕方がないのだ。

純真無垢で天真爛漫。子供ならではの発想に椿は毎回のように驚かされ、笑わされる。

大人にはバレバレの嘘を吐いたり、内緒だよ?と言って周囲に聞こえるほどの声で耳打ちしてきたりと、見ていて飽きないのだ。


仕事上あまり無駄口を叩かない使用人は、椿の一言を耳にし、「いえいえ、貴女様も相当に面白いお方です」と思ったが、口に出す事はしなかった。


椿の準備が終わり、母親が使用人に弟妹達の事を頼み、両親と椿は車に乗り込んだ。

両親は共に、椿の令嬢っぷりをもう分かっている為、口うるさく言う事は無かったが、移動中ずっと夫婦でクリスマスの予定を話していた。

父親は24日に会社を休む予定らしく、朝から夫婦でデートに行く予定だそうだ。

椿は父親の部下が本当に可哀想だ、とイチャイチャしている両親を見ない様に窓の景色を眺めながら思った。


車が会場に到着し、椿は車から降りると、両親の後に続いてホテルの会場内へと向かった。

会場内へと入った椿は、去年よりも広い会場に圧倒される。

並べられた料理はどれもこれも美味しそうで、家で食べて来なければすぐにでも皿に盛って食べていた事だろう。


まだパーティーが始まるまで時間があったが、すでに多くの人が会場内に居り、椿が辺りを見渡すと、チラホラと同年代の少年少女達の姿が目に入る。

中には鳳峰の生徒も居て、あそこの会社とも水嶋は取引があったのかと知り、椿は驚いていた。


椿がキョロキョロしている間に時間になり、伯父の挨拶が始まった。

長くも短くもない、それでいて簡潔にまとめられたスピーチに、改めて椿は伯父の頭の良さを実感し羨ましく思った。


その伯父であるが、独身である彼にアプローチをする女性は多い。

だが、伯父は無くなった伯母一筋だと公言していることもあり、他の女性の誘いには乗らない。

周囲には子供が恭介だけでは心許ないと言われていたが、妹であり椿の母親でもある百合子が樹を出産したこともあり、そういった声は少なくなった。

樹は確かに朝比奈の人間ではあるが、朝比奈陶器には既に優秀な人材が多数居り、樹が跡を継ぐ可能性は限りなく低い。

父親である薫が三男と言う事もあり、尚更、後継ぎとしては見られていない。


仮に樹が水嶋に就職すると言ったところで、人材が豊富すぎる朝比奈側が反対する事はまず無い。

水嶋側としても、恭介を支えてくれる信頼できる人間が1人でも多く欲しいと思っている。

ただし、これは樹自身に野心が無い事が前提の話である。

樹自身が水嶋の後継者になるのだと言う野心を持っていたら、水嶋側は徹底的に樹を排除しようとするだろう。

まだ3歳の樹がどう成長するかは分からないが、あの両親であれば間違った性格には育たないのではないかと椿は楽観している。

もし、そうなった場合は、椿が鉄拳制裁で大人しくさせればいいだけだとも考えていた。


そんなモテる伯父は恭介を引き連れ、関連会社の社長や、取引先の社長と挨拶を交わしていた。

独身女性達はチラチラと伯父を横目で見て、挨拶が終わるのを虎視眈々と狙っていた。


うわぁ…と言う目で女性達を見ていた椿は、ドレスを着ていつも以上に可憐な姿の千弦が1人で歩いているのを発見した。

千弦もパーティーに招待されていた事を知り、挨拶をしようと椿は千弦に近づく。


「ごきげんよう、千弦さん」


千弦の背後から椿が声を掛け、立ち止まった千弦が振り向いた。

やや上に視線をずらした千弦は声を掛けて来た相手が椿だと気付き、微笑み挨拶をする。


「ごきげんよう、椿さん。さすが水嶋様のパーティーですわね。規模が違いますわ。水嶋様のパーティーにお呼ばれするのは大変名誉な事ですから、夢でしたのよ」

「今年は伯父が社長に就任して1年目ですから、気合が入っておりますのよ」

「そうでしたのね。…もしかして今回、藤堂が招かれたのも、私が椿さんと仲良くしていたからかしら?」


そうだとしたら、椿さんを利用したみたいで少し心苦しいですわ、と千弦が小さな声で呟いた。

確かにそれもあるだろうが、水嶋としても藤堂と親しくなりたいと言う思惑もあるのではないかと椿は思っていた。

藤堂家も様々な事業を経営しているから、間違ってはいないはずである。


「私が友人と呼べる相手は片手で数えるくらいしか居りませんもの。その私が親しくしている相手が居ると知って、伯父は嬉しかったのでしょうね。それに藤堂家と言えば、鉄鋼業でも有名でしょう?新しい事業で力を貸して欲しいのかもしれませんわ」

「それでしたら良いのですが。…ところで」


千弦はそれまでの憂いた表情を一変させた。


「水嶋様が女性に囲まれておりましたわ。助けに参りませんの?」

「囲まれない方が可笑しいでしょう?いつもの事ですわ」

「貴女は水嶋様の婚約者なのですから、独り占めする権利がありますでしょう?」


椿はてっきり、恭介を助けに行けと千弦から忠告されると思っていたので、まさか心配をされるとは思いもよらなかった。

予想外の事を言われ、椿はポカンとしてしまう。


「何ですの、その顔。確かに、私は水嶋様をお慕い申し上げておりますけれど、友人の婚約者を取る程、相手に困っておりませんのよ」


椿の表情がお気に召さなかったのか、千弦はフンと顔を逸らした。

やはり椿は、千弦のこう言った真っ直ぐで筋を通すところが好きだな、と再確認した。


「気に障ったのなら申し訳ありません。あの、今までがあれでしたでしょう?てっきり今回もそうだと思っておりましたからつい」

「…言い訳は結構ですわ。それに私の自業自得な部分がありますし、気にしておりません」


そう言いながらも千弦は椿から視線を逸らしたままであった。

すっかりへそを曲げてしまった千弦の機嫌を取ろうと、椿は会場内の料理で何がおすすめかを話す事にした。


「千弦さん。あちらのテーブルにある杏仁豆腐は、このホテルの名物なんですの。お召し上がりになりました?」

「いいえ。…それと、食べ物に釣られるのは椿さんだけですわ」


少し機嫌を直した千弦は、私は食べ物になんて釣られないわ、と言う態度を取っているものの、杏仁豆腐が気になっているらしくチラチラとテーブルを盗み見ている。


「まぁ、そう言わずに。まだパーティーは始まったばかりですから、楽しんで下さいな。私は挨拶回りがありますので、これで失礼致します。では」

「主催者側は大変ですわね。それでは、また後で」


千弦と別れ、顔見知りの方々に椿は挨拶をしていく。

大人達の当り障りのない褒め言葉を聞き流しながら、椿は愛想笑いを浮かべていた。

大体、このような場で本音を話す人間はいない。

だが、上辺の言葉だと分かっている分、聞き続けるのは苦痛以外の何ものでもない。


ようやく挨拶が終わり、椿は壁にもたれかかりホッと一息ついた。

落ち着いたところで会場内を見てみると、なんとも華やかな光景が広がっていた。

その中で、椿は1人の少年に目を引かれる。

会場内の真ん中の辺りに居た少年は時折、周囲を見渡しては無表情でボーっと突っ立って居た。

見たところ椿よりは年下に見えるが、低学年には見えない。

あそこに居たら他の人の邪魔になるのではないかと思い、椿は少年に近づいて行く。


「僕、ご両親とはぐれたのかしら?」


少年は自分に近づく椿に全く気が付いていなかったようで、声を掛けられて初めて彼女を視界に収めた。

椿に訊ねられた少年は、首を横に振る。

思わず椿は「声を出せ!」と怒鳴りつけたくなる気持ちを抑えた。


「会場の真ん中で立ち止まっていると、他の方の通行の邪魔になりますわ。はぐれた訳ではないのでしたら、端に行きましょう」


椿は少年の背中を押し、誘導する。

少年も椿に抗う事なく、大人しく従った。


「ここでしたら大丈夫ですわ。近くに料理もありますし、死角と言う訳でもありませんから、ご両親の目に留まりやすいでしょう。それではパーティーを楽しんで頂戴ね」


ごきげんようと椿は言って、その場を離れようとしたが、少年にドレスを引っ張られてしまう。

どうしたのかと思い、椿が振り返ると、少年が無表情でジッと椿を見つめていた。


「私に何かご用でしょうか?」


そう問いかけると、少年は無言で首を振る。

では何なのだろうと待っていると、それまで無言だった少年が口を開いた。


「…ありがと」


か細い声ではあったが、少年は確かにありがとうと呟いた。

相変わらず表情に動きは無かったが。


「どういたしまして」


きっと少年は極度の恥ずかしがり屋さんなのだと察し、椿は少年が料理を取りに行ったのを確認した後でその場を離れる。


椿が会場内を歩いていると、皿に料理を乗せて黙々と食べている杏奈を見掛ける。

思えば、杏奈も割と自由な人である、と黙々と食べている杏奈を横から眺めながら椿は思った。

椿の視線を感じたのか、杏奈が手を止めて椿の方を見たと同時に片手を上げてヨッと無言の挨拶をする。

頼むから多少は取り繕ってくれと椿は脱力しそうになる。


「さすが水嶋様のパーティーね。相変わらず料理が美味しいわ」

「千弦さんとは大違いのこの反応」

「あら?藤堂さんも招待されていたのね。これだけ人が多いと分からないわ」

「パーティーの度に真っ先に料理に飛びつくからでしょう」


傍から見れば不作法であるが、陶芸家に嫁いだ令嬢の娘のことなど、周囲は重要視していない。

せいぜい、結婚前に親交があった人ぐらいしか話し掛けに来ないだろう。

だからこそ、杏奈の振る舞いは大目に見てもらえていると言っても良い。


「私は椿ほど食いしん坊じゃないもの」


杏奈は料理の乗った皿を片手に持ち、口を尖らせているが、説得力がまるで無い。

先ほどの杏奈の言葉に納得が行かず、反論しようと椿が口を開く。


「食いしん坊ではなくて、私は食い意地が張っているだけですわ」

「それ、意味はほぼ同じだからね」

「言葉のイメージの問題ですわ」

「結局変わらないじゃない!」


食い意地が張っていると言う言葉の方が、食いしん坊よりはマイルドだと椿は思っている。

そうこうしている内に、杏奈は皿の料理を食べ終え、近くを歩いていたスタッフに皿を渡した。


「そう言えば、向こうで水嶋様が囲まれていたわ」

「千弦さんからも言われましたわ。相変わらず大変そう」

「時間的にそろそろ行くんでしょ?」


杏奈の言った通り、椿はそろそろ恭介を助けに行こうと思っていた。

パーティーが始まって時間が経っていたし、ホテルの外にあるクリスマスツリーがライトアップされる時間が迫っていたからである。

そこで杏奈と別れ、椿は恭介のところへと急いだ。


女の子に囲まれている恭介を見つけるのは容易である。

小学校6年生にもなった恭介は随分と背も伸びていた。

なので、女の子の中に居ても、頭が出ている分見つけやすい。


恭介はつまらなさそうな顔をしながら、周囲の女の子の話に適当に相槌を打っている。

椿は徐々に近づき、一番外に居た女の子の肩に手を置いた。

肩に手を置かれた女の子が振り向き、相手が椿だと知ると、慌てて後ずさった。

移動した事で、他の女の子にぶつかり、その子が自分にぶつかった女の子と椿を視界に入れ、後ずさる。

その動きが伝染し、恭介のところまで行く道が出来た事で、椿は颯爽と歩いて行く。


見た目が派手で自己主張の強そうな女の子が椿に気付き、睨み付けて来るが、それを無視し、彼女は恭介の腕に手を絡ませた。


「恭介さん、外のクリスマスツリーがライトアップされるんですって。ホテルの人が特別にバルコニーで見学してもいいと仰っておりましたの。一緒に参りましょう」

「…仕方ないな。上着を忘れるなよ」


それまで、女の子から何を言われても生返事だった恭介が、椿にはきちんと返事をしていた姿を見て、女の子達はショックを受けている。

先ほど椿を睨み付けてきた少女も、悔しそうに歯を食いしばっていた。

しかし、面と向かって椿に何かを言う勇気は無いのか、立ち去る椿達を睨み付けるだけである。


スタッフから上着を渡され、椿と恭介はバルコニーからツリーがライトアップされる様子を見ていたのだが、思った以上に退屈で盛り上がりに欠ける。


「あれってさ、絶対電気代の無駄だよね」

「イルミネーションの良さが分からん」


情緒が全くない2人にツッコミを入れる人間はこの場には居ない。


「椿」


ふいに恭介から呼ばれ、椿は隣に居た恭介を見上げた。


「このまま中等部に進学するんだってな」

「うん。杏奈も千弦さんも居るしね。あと恭介と佐伯君も」

「悪いな」


本当に済まなさそうに恭介が口にした。

果たして彼はどこまで知っているのだろうかと椿は考え込む。


「何かあればすぐに言えよ」

「そうね。何かあればね」


恐らく何かあるとすれば恭介の方である。


「恭介の方も何かあれば、まずは自分で頑張ってね。どうしようもなくなったら手を貸すわ」

「お前の手を借りなきゃいけない状態になる訳ないだろ」


鼻で笑った恭介を見た椿は心の中で、余裕な発言は今だけだぜと呟いた。


椿としては事前に美緒の事を恭介に言う事はしたくなかった。

会った事のない人間の悪口を吹きこむことになるし、美緒の事は恭介自身で判断して貰いたかったからだ。

それに、椿が美緒の事を甘く考えていると言う事もある。

都内で病院を経営していると言っても、水嶋には遠く及ばないし、母親の実家の秋月家も年々、規模を縮小していっている。

加えて、美緒の性格を考えれば、恭介が彼女を好きにならないだろうと椿は思っていたからだ。


椿が考え込んでいると、恭介が何かを思い出したのか口を開いた。


「そうだ、貴臣もパーティーに来ていたんだが、お前気付いてたか?」

「佐伯君が?杏奈と千弦さんとは会ったけど、見かけてないわ」

「そうか。椿にも挨拶したいって言ってたからな。後で会場内に戻ったら探してやってくれ」

「了解」


返事をした椿は、佐伯が両親と来ていると仮定し、ある考えが脳裏に浮かび、声を出した。


「千弦さんが佐伯君のお父さんに会ったら嘘がばれる!」


椿の言葉を聞いた恭介も理解したのか、椿と顔を見合わせた。

こうしちゃいられないと2人は急いで会場内へと戻り、恭介は佐伯を、椿は千弦を探す事になった。

誰にも言うなとは言ったが、お菓子を提供した佐伯の父親は別だ。

それに律儀な千弦の事だから絶対にお礼を言いに行くはずである。

会場内で走る事は出来ない為、椿は速足で歩きながら、千弦を探していた。

時折、周囲から話し掛けられ足を止めたが、なんとか千弦を見つける事が出来た。


最悪な事に、佐伯の父親と話している最中であった。

いや、まだ間に合う!と椿は千弦に近づいた。

すると、千弦と話していた佐伯の父親が椿に気付いた。

佐伯の父親と視線が合い、椿はその場で目礼した。


「初めまして、佐伯様。朝比奈椿と申します。貴臣さんとは恭介さんを通じて良くお話しさせていただいております」


緊張の為か若干早口になってしまったが、椿は佐伯の父親に話し掛けた。

佐伯の父親は穏やかな笑みを浮かべながら椿に喋りかける。


「初めまして。息子から椿さんの事は良く聞いているよ。息子と仲良くしてくれてありがとう。あの子は少し引っ込み思案な所があるから、友達が出来るか心配していたけど、こんなにも可愛らしいお嬢さんと友達になるとは思いもよらなかったよ」

「まぁ、そうなのですか?」


まさか佐伯が家で椿の事を話しているとは知らず驚いた。

ただ、恭介の事を話すついでとして椿の話題を出していただけのような気もする。


佐伯の父親と千弦を交えて当たり障りのない会話をしていると、息子である佐伯が早足で椿達のところへとやって来た。



「父さん」

「あぁ、貴臣か。話に聞いていた以上に綺麗なお嬢さんじゃないか。びっくりしたよ」

「余計な事は言わなくていいから。ほら、挨拶がまだ済んでないでしょ」

「貴臣は恥ずかしがり屋さんだね。余計な事は何も言ってないと言うのに。残念だが、息子からストップがかかってしまったからね。名残惜しいけれど、これで失礼させていただくよ。次は是非、家に遊びに来てもらいたいものだね」

「父さん!」


佐伯に背中を押され、佐伯の父親は退場して行く。

息を切らしている佐伯と椿は顔を見合わせ、無言でお互いを労わった。


「椿さん、随分と慌てていたみたいですけれど、どうなさったの?」

「…ちょっと込み入った話がありまして」

「あぁ、お菓子の件でしょう?佐伯君のお父様には何も申しておりませんわ」

「へ?」


千弦の意外な答えに椿は間の抜けた返事をしてしまう。


「2人きりならいざ知らず、このように人が大勢いる場所で話す訳ありませんわ。…ちょっと考えればお分かりでしょう?全くもう」


椿は自分の早とちりだと知り、途端に恥ずかしくなる。

佐伯も同様に思ったのか肩を落としていた。


「ですが、お2人の反応から察するに、あの件について、佐伯君のお父様は何もご存知無いのでしょうね。そう言う事は最初に仰って頂かないと困りますわ」

「「ごめんなさい」」


椿と佐伯は同時に謝罪の言葉を口にした。


「別に怒っている訳ではありませんわ。次から気を付けて下さればね。そうそう。椿さんが仰ってた杏仁豆腐をいただきましたわ。甘さが控えめで濃厚でした」


気落ちした2人をフォローする為か、千弦が椿が勧めた杏仁豆腐の味を褒めた。


「でしょう。千弦さんのお口に合ったようで安心したわ」


褒められた事で、椿の機嫌はすぐに直った。

一緒に居た佐伯にも杏仁豆腐を勧め、しばらく3人はその話題で盛り上がった。


そして、全てが終わった後で、令嬢達を撒いた恭介がやっと椿達と合流した。

だが、椿と佐伯の顔を見た恭介は、全て終わった後だと気付いてため息を吐き、それを見た椿に白い目で見らるハメになった。

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