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いつもの時間に椿は起床し、身支度を整え部屋を出て階段を降り、家族が既に揃っているであろう1階のダイニングへと足を踏み入れた。

ダイニングではすでに両親が朝食を食べており、出勤する父親はともかく母親は相変わらず早起きだなと椿は思いつつ、朝の挨拶を口にした。


「おはようございます」


椿が挨拶をすると、父親は読んでいた英字新聞から顔を上げ、母親は紅茶のカップを持ち椿の方を向いて、挨拶を返してくれた。

使用人に椅子を引かれ、そこに椿は腰を下ろすとすぐに使用人から朝食メニューの事を聞かれる。


「パンとご飯、どちらになさいますか?」

「ご飯で、納豆も忘れずにね。あと目玉焼きは外側カリカリ、黄身は半熟でお願い」

「それとベーコンを添えて、ですね。お待ちください」


毎朝同じメニューを椿は注文しているので使用人との会話も既にお馴染みとなっている。

メニューを伝え終えた椿は朝食が出て来るのを今か今かと待ちわびていた。

すると、ナプキンで口を拭き朝食を中断した母親が椿の方に視線を寄越しながら口を開いた。


「卒業式の時に花束を2つ持って行っていたみたいだけれど、仲良くしている上級生の方が居たのかしら?」

「えぇ。去年の七夕祭の時に貧血で倒れられた方を控室までお連れしたんです。そのご縁で。と言っても会えば挨拶を交わす程度なので、花束を渡したのも社交辞令の方が大きいんですけど」

「まぁ、貧血で?その子は大丈夫だったの?」

「元からあまり体が丈夫な方ではないみたいですね。深刻な病気とかではないので大丈夫だそうです。その時もすぐに回復されたみたいですし」


それまで心配そうな表情をして話を聞いていた母親は一転、安堵の表情を浮かべている。

聞かれた事には答えたが、それ以上の情報は与えるべきではないと椿は判断し、久世が美緒の親類である事は伏せておいた。


卒業式の時に椿は久世と二階堂に花束を渡していた。

廊下で会えば挨拶を交わしてはいたが、交流を深めていた訳では無いので、本当に社交辞令のものであった。

美緒の母親と繋がる人物と仲良くするのはあまり得策とは言えないので、久世達とは卒業まで付かず離れずの関係だったと言う訳だ。


すると食後のコーヒーを飲み終えた父親が、読んでいた英字新聞を折り畳み始めた。

春休みから昨日まで海外出張に行っていた父親は、椿が制服を着ているのを見て5年生に進級した事を思い出したらしく、そう言えばと喋り始めた。


「椿ちゃんももう5年生だね。月日が経つのは早いなー」

「本当に。あんなに小さかったのに、子供の成長は早いわ」


父親は感慨深げに目を細め、母親も父親の言葉に幼い頃の椿を思い出しているようだった。

5年になり、中等部に入学するまであと2年になった。

椿は同学年の生徒から怖がられ嫌われているので、計画は順調に行っていると言って構わないだろう。

そろそろ藤堂と足並みを揃えたいのだが、常に取り巻きが側に居る以上、椿を嫌っている藤堂と2人で話をする事は無理であった。

敵の敵は味方と言う状態になり、美緒と手を組まれると椿は藤堂と美緒の2人を相手にしなければならず、かなり大変な事になるのは目に見えていた。

それに、藤堂とは個人的に友人になりたいと椿は思っており、美緒の事が無ければ1年の時から親交を深める事が出来たのにと残念に思っていた。

これからの事を考えていたらいつの間にか朝食が用意されており、椿は朝食を行儀良く綺麗に食べながら、この2年の間に何をすべきかを考えていた。

そして、朝食をしっかりととった椿は、登校前の儀式を済ませ(菫と樹を構い倒して)車に乗り込み学校へと向かった。


いつもの様に杏奈に朝の挨拶をし、やや遅れて来た恭介と並んで教室まで歩き、いつも通り授業を受けた。

その日の授業が終わって放課後になり、例の穴場へ行き椿は久しぶりに佐伯とお菓子を食べていた。


「やっぱり朝比奈さん評判悪いね。僕の方にも色々聞こえて来るけど、それどこの情報?って聞きたくなる誤報ばっかだよ」

「でしょうね。でも、分かってくれる人が居れば私はそれで構いませんわ」

「そうかな。実際の朝比奈さんは良い人なのに勿体ないよ」


シュンとしている佐伯には悪いが、椿はそれほど性格が良い訳では無い。

基本的に好きな人にしか優しく出来ないし、人の好き嫌いは割と激しい方なので上辺だけの付き合いしかしたくないのだ。

椿は包装されたお菓子を袋から取り出し、封を破ろうと指に力を入れた時、物陰からふいに声を掛けられる。


「…そこで何してるんだ」


封を破ろうとした椿の手が止まり、佐伯に至っては全ての動作が一瞬で止まってしまっている。

椿はギギギと音がしそうなほどぎこちなく首を動かし、声の主を見た


「…やっほー恭ちゃん」


そこには習い事でさっき帰ったはずである恭介が突っ立って居た。

恭介は目の前に広がる光景に、ただただ目を丸くしている。椿が市販のお菓子を食べている現場に出くわせば驚きもするだろう。

椿は後ろ手に持ったお菓子の包装を破き、中身のお菓子をこっそり取り出した。

戸惑っている今がチャンスとばかりにタイミングを見計らい、椿は一歩、また一歩と恭介に近づいて行く。

間合いに入った所で椿は恭介の頬を掴み無理やり口を開かせ、後ろ手に持っていたお菓子を素早く恭介の口へと突き入れた。


「っそぉい!!!!」

「っおご!」


物凄い抵抗を恭介から受けたが、椿はそれでも恭介の頬から手を離さなかった。

恭介の口に入りきらなかった分のお菓子をポケットに回収し、左手を後頭部に置き、さぁ、咀嚼しろと言わんばかりに彼の口を右手で塞ぐ。


「あああ朝比奈さん!水嶋君に何て事を」

「大丈夫佐伯君!この椿にお任せあれ!」

「お任せって、咀嚼してる水嶋君が物凄い目でこっち睨んでるんだけど!?睨みながらもひたすら咀嚼しているのが余計に怖い!」


佐伯の言う通り、恭介は物凄い顔をして椿を睨んでいた。だが、椿は恭介がお菓子を飲み込むまで手を離す気は全くなかった。

程なく恭介の咀嚼が終わり、お菓子を飲み込んだのを確認した椿は恭介の口から手を離す。

無言で椿を睨み付ける恭介が怖くて、椿はわざとらしく彼から視線をずらした。


「…何か言いたい事はあるか」

「ありません」


椿は制服の袖を捲り、腕を剥き出しにして恭介に差し出した。

恭介は椿の手首を掴み、掴んでない方の手をピースにして思い切り振りかざした。


「ちょ!おまっ!それ絶対痛いやつ!跡残るやつ!待った待っ」


椿が全て言い終わる前に恭介が思い切り力を込めて椿の腕に渾身のシッペを叩き込んだ。


「あっーーー!」


辺りに椿の絶叫が木霊する。

人がほとんど居ない放課後だったので、椿の絶叫が誰かに聞かれる事は無かった。


「痛い。すっごい痛い」

「自業自得だ」


シッペをして満足したのか、腕を組み椿を見下ろしている恭介に赤い痕が付いた腕をさすりながら、椿は恭介に悪態を吐く。

ふと椿が横を見ると、佐伯が腕まくりした腕を恭介に差し出していた。


「あ、あの!僕が朝比奈さんにお菓子を食べさせてたから!僕が悪いんだ」

「いや、今のは明らかにこいつが悪い。大体人の口に無理やりお菓子を突っ込んできた事に対して僕はシッペをしたんだ。佐伯は何もしていないんだからシッペをする必要もないだろ」

「恭ちゃん、もうちょい手加減してよ。女性には優しくしなきゃダメなんだぞ」

「お前は淑女らしくしろ。あともう少し罪悪感を持て」


椿は無言かついい笑顔でサムズアップを恭介に向けてやると、彼は呆れ顔でため息を吐いた。

佐伯は椿と恭介のくだけた会話を目を丸くして聞いていた。


「…もしかして、朝比奈さんてそっちが素だったりするの?」

「おうよ。どう?私の擬態お嬢様は」

「完璧すぎて今の状況に頭が付いていかない」

「そうだろう、そうだろう。さすが私だな。な、恭ちゃん」


恭介の方に目を向けると、彼は頭を抱え「バカだ、こいつ本当にバカだ」と呟いていた。

何をそんなに悩むのだと椿は恭介を不思議そうに見つめた。


「何であっさりばらしてんだよバカかお前!」


今まで椿がひた隠しにしていた本性をあっさりとばらした事について恭介が大声を出し椿を怒鳴りつけてきた。

だが、椿は涼しい顔でそれを受け流し、静かに口を開いた。


「恭ちゃんは知らないだろうけど、私と佐伯君との交流は1年近く続いている。それなりに佐伯君の事は信用しているし、私も佐伯君の弱み握ってるしね」

「弱み?」


頭にクエスチョンマークが浮かんでいる恭介に説明しようとすると、先に佐伯が話し始めてしまった。


「…元々、僕が1人でここでお菓子を食べていたんだよ。父から会社の新商品とか貰って、その消費の為に。それが去年、ここでお菓子食べている所を朝比奈さんに見つかっちゃったんだ。他の人に言わない代わりにこうしてたまにお菓子を一緒に食べるって交換条件出されて、僕もその条件をのんだから。弱みと言えばそれかな」

「なるほど。だが、椿がただ単に食べたかったからってだけな気もするけどな」


さすがいとこ。長い付き合いなだけあって、椿の思考を良く分かっている。

それまで下を向き喋っていた佐伯がバッと勢いよく顔を上げ恭介に詰め寄った。


「あの、水嶋君。勝手な事だとは思うけど」

「別に誰にも言わないし、言うつもりもない。大体告げ口して僕に何の得があるって言うんだ。毒を食べている訳でも無し、誰かに迷惑を掛けている訳でもないのに。一々そんな事で騒ぎ立てたりしない」

「大体、恭ちゃんも共犯だしね」


椿がおどけた声で言ってみると、恭介が呆れた視線を椿に向けて来た。


「お前な」

「食べたでしょ?飲み込んだでしょ?同じもの口にした時点で共犯ですぅ」

「おじ様と叔母様に言いつけるぞ」

「正直すまんかった」


地面が絨毯であったら華麗なジャンピング土下座を椿は披露したい所であったが、生憎と地面は大小様々な石が点在しているので痛いからやりたくないと椿はその場で綺麗に90度にお辞儀し、恭介に誠心誠意謝罪する。

しかし恭介は椿の謝罪に全く納得していなかったが、言い合いをすれば無駄に時間だけが過ぎる事は既に過去の様々な出来事で学習していたので、渋々ながら今回の事は不問に処す事にした。


「それで、次の集まりはいつなんだ」

「仲間に入れて下さい椿様って言ったら教えてあげる」

「おじ様と叔母様と菫に言いつけるぞ」

「佐伯君のお心次第であります」


椿の言葉に恭介は視線を佐伯へと向ける。

佐伯は恭介の視線に一瞬ビクッとなったが、しどろもどろになりながらも6月頃になると思うと答えてた。


「ははーん。さてはお菓子気に入ったな」

「たまに食べる分には良いと思ってるだけだ」


か、勘違いしないでよね!と言う恭介の副音声が聞こえてきそうなセリフである。


「次の時は個室を予約しておく。どうせ八雲もとっくに知っているんだろう?連れて来いよ」

「あいあいさー」

「え!?八雲さんも知ってるの!?」


まさか杏奈まで知っているとは思って無かったのだろう、さらに佐伯が驚き慌てている。

そんな佐伯を見た椿はちょっとだけ佐伯に対し罪悪感を感じてしまった。

さらに恭介の事である、きっと明日から普通に佐伯に話しかける事になるんだろうなと椿は心の中でご愁傷様とだけ呟いた。

異性が2人きりで個室を利用する事は校則で禁じられているので、椿が佐伯と2人で個室を利用する事は不可能であった。

普段も椿が佐伯と喋らなかったのは佐伯が拒否していただけでなく、椿の評判が悪いので佐伯にまで余計な悪評が付いてしまっては申し訳ないと思っていたからだ。

なので恭介が佐伯と話すようになり、その伝手で椿とも話すようになると言う流れに持っていけるのは有難かった。


「あと椿、いい加減『恭ちゃん』は止せ」

「オッケー恭介」


間髪入れずに椿は恭介を遠慮なく呼び捨てにした。


「もう少し悩むフリくらいしろよ!」


あっさりと呼び捨てした椿の態度に、即座に恭介がツッコミを返す。

それを見た椿は、やはり自分の目に狂いは無かった、恭介はツッコミ属性だもんねと思っていた。

ボケ甲斐のあるツッコミに成長してくれて椿は嬉しい気持ちでいっぱいになる。

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