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椿が悪役になると決意し、数か月が経過した。意識して他の生徒と自分は格が違うのだと言う態度を取っている為、順調に椿は生徒達から反感を買い続ける事に成功している。


そして、2年生に進級した年の1学期の終業式後、椿は藤堂が取り巻きの子達と休暇中どこへ行くのか盛り上がってた所にタイミング悪く通りがかってしまった。


「千弦様は夏休みはどちらに?」

「私は家族でギリシャに行く予定ですわ。…あら、朝比奈さん。貴女は夏休みどちらに行かれるご予定で?」

「家は今年妹が生まれたばかりですので家族で旅行は行きませんの」

「あらそうでしたの。寂しい夏休みですわね」


口元に手を当てホホホと笑っている藤堂に向かい、椿はニッコリと微笑み自分の夏休みの予定を告げる。


「その代わり恭介さんと伯父様とモナコとフランスに行く予定ですわ」

「自慢!?自慢ですの!?」


自慢ではないです。貴女で遊んでるだけです、とはおくびにも出さず椿は素知らぬ顔で藤堂の後ろを足早に通り過ぎた。


今年の夏は恭介親子と椿とでモナコとフランスでバカンスに行く事になっていた。

伯父と恭介と行くのは、家族の交流はしたいけど恭介と何喋ったら良いか分からない伯父が椿を無理やりねじ込んだだけだ。

困った時の椿頼みはいい加減止めて欲しいと切実に思う。


終業式の翌日、椿達はモナコへとバカンスに旅立った。

海外は前世含めて行くのは初めてだったので、初日はモナコまでの道中で車窓から見える外国の景色に釘づけになったり、日差しが日本と違うと感動してみたり、高級ホテルのスイートルームに宿泊して内装の豪華さに目を丸くしたりと椿にとって驚きの連続だった。


翌日、椿は人生初の時差ボケで早く目が覚めリビングに行くと、伯父がバタバタと支度をして朝食もそこそこに部屋から出て行くのが見えた。

椿は伯父と入れ替わりに部屋に入って来た宮村に何があったのかを訊ねた。


「専務はフランスにある水嶋の関連会社の視察に行かれました。夕方にはお帰りになる予定です」


おい!誰かあのワーカホリックを呼び戻せ!何の為のバカンスだと思ってんだ!


「留守の間の事は専務から頼まれております。どこかお出掛けになりますか?」

「せっかくの休暇なのに申し訳ないです」

「椿様が謝罪される必要はございません。それに9月に休暇を取る予定ですので大丈夫ですよ」

「それなら良かった。…あ、そうだ。私、朝市に行ってみたいです」


椿は外国の食べ物が気になるし見てみたいと思っていた。伯父が居ない今がチャンスだと渋る恭介を引き連れ、宮村と護衛を伴い椿達は朝市へと向かった。


朝市をやっている広場に到着し、お店に並べられている色とりどりの野菜や果物に椿は目を奪われてしまう。さらにどこからか漂う甘い香りが椿の鼻孔をくすぐる。

フランスとイタリアが近いせいか、両方の食材も見受けられて見ているだけで面白く、見て回るだけで時間があっという間に過ぎてしまいそうだった。

しかし、長居する訳にもいかないので、椿は朝食用に何か買おうと決め店を見て回った。


香ばしい香りが立ち込めるパン屋さんで、朝食用にハードパンとサンドイッチを購入し、他にもいくつか果物やナッツ類を買い込み椿達はホテルへ戻った。

本当は外で食べたいと椿は思ったが、恭介がホテルに帰りたいと言い出したので仕方なく諦めた。


朝食を終え観光にでも行くのかと思えば、恭介は部屋のソファに座り読書をし始める。


「観光には行かないの?」

「どこに行っても人が多いし疲れるからな。僕は基本的に外に出ない」


引きこもりみたいな事言ってんじゃねぇよ。


思わずツッコミを入れた椿だったが、考えてみれば恭介は外でも学校でも大勢の人に注目されているし、日本では落ち着く事が出来ないのだったら休暇くらいはゆっくりしたいのかもしれないと思い直した。

この先海外に行く機会はいくらでもあるのだし、今回は恭介の意見を尊重しようと椿も持って来ていた宿題を広げ、1人黙々と課題を解いて行くのだった。

結局、モナコに居る間は大体ホテル内のプールに行くか部屋に居るかだけだった。

勝手に椿が1人でどこかに行けば恭介が拗ねるのは目に見えていたし、恭介の後のフォローが面倒だったと言うのもあり、しなかった。


数日後、フランスに移動する前日に伯父が突然オペラに行こうと言いだした為、急いでお店でドレスを買って用意をするハメになってしまった。

事前に言っておいてよ!ドレスなんて持って来てないんだから!出国前には必要ないって言ってたよね!?ほんっとあのおっさんは!と椿は購入したドレスに袖を通しながら心の中で悪態を吐くが、実際大変なのは椿を着飾ってくれるお付きの人だろう。

しかしお付きの人は手先が器用だと椿はつくづく思う。

鏡の前に座り、綺麗に結われていく自分の髪を見ていると、まるで魔法でも見ているかのような錯覚に陥る。

大雑把な自分には到底出来ないくらい器用に綺麗に仕上げられ、何度も鏡の前で自分の姿を確認してしまう。


時間が無いんだから見るのは後だと恭介に言われ、椿は腕を引っ張られ鏡の前から移動させられた。

もう少し堪能したかったなと椿は残念に思った。


劇場に到着し、伯父と恭介は知り合いへ挨拶回りに行き、椿と宮村はロビーで待つ事になった。

ジッと待っているのも暇なので、椿がパンフレットを見ていると誰かに背後から話し掛けられた。

海外で椿にドイツ語で話し掛けて来る人物など1人しか思い当たらず、何故お前がモナコに来ているんだと椿は思ったが、この様な公の場で彼に詰め寄る訳にもいかない。

椿は笑顔が引きつらないよう気を付けながら、にこやかに後ろを振り返った。

そこには案の定、予想通り杏奈のはとこであるレオンが偉そうな態度で立っていた。


「お久しぶりですわね。レオン様」

『久しぶりだな椿。バカンスはモナコに来ていたのか。奇遇だな』


日本語で喋る椿とドイツ語で喋るレオンは傍から見れば滑稽に映っている事だろう。

郷に入れば郷に従えと椿は言いたいが、ここはモナコだった事を思い出し、だったら自分がフランス語あたりを話さなければならないのだが、生憎と椿は英語と日本語以外は喋る事が出来ないのである。

英語を喋るのも負けたようで癪に障るし、ここは日本語で押し通そうと椿は尚も日本語でレオンに喋りかけた。


「あら、お1人ですの?ご家族の方はどちらに?」

『挨拶回りだ。そう言う椿も1人か?妹はまだ生後半年ほどと聞くが一緒に来ているのか』

「今回のオペラは有名な歌手が出ていらっしゃるようですわね。私、オペラは初めてなので存じ上げなくて」

『知らないのか?今回の姫役は有名な歌手だぞ。ヨーロッパでは引っ張りだこでモナコの劇場に出る事自体珍しいと言われていたのに』

「パンフレットが英語で読み難いったら。日本語で書けとは申しませんけれど、翻訳出来る方がいらっしゃれば良いのに」


「お前ら会話がかみ合って無さ過ぎだろ」


あまりの会話のズレに我慢できず、思わず恭介は2人の会話に割って入ってしまった。

伯父と挨拶回りに行っていたはずの恭介が呆れ顔で立っていた事に椿は若干驚きを感じつつ、表情に出さないように気を付けながら恭介の言葉に答えた。


「だって私ドイツ語分かりませんもの」

「勉強しろ」

『誰だそいつ』


レオンは訝しげな顔で突然現れ椿と親しげに話している恭介を見ている。

そう言えば恭介とレオンは初対面だったかと思い出し、椿はレオンに恭介を紹介する。


「彼は私の母方のいとこですわ」

『水嶋恭介だ』

『…レオン・グロスクロイツだ』


お互いに相手を値踏みするような視線を投げつけている。

似た者同士だから同族嫌悪にならないか椿は若干不安を覚えた。


だが、椿は恭介が流暢にドイツ語を喋っている事に思わず尊敬の眼差しで恭介を見てしまう。

お前本当に何でも出来るよな。脳みそどう言う仕組みしてんの?と椿は思ったが、そんな事を言える雰囲気でない事だけはさすがに察して黙っていた。


意味の無い睨み合いから先に視線を逸らしたのは恭介だった。

彼は自分の腕時計に目をやり時刻を確認している。


「もうじき開演だ。お父様はまだ挨拶に時間が掛かりそうだし先に席に行くか」

「そうですわね」


そう言いつつ恭介は気になったのか、椿が手に持っていたパンフレットをひょいと取り上げパラパラとめくり始めた。


「しかし王子役はハズレだな。もっと他に技術のある歌手が居ただろうに残念だ」

『それは俺も同意だ。姫役の歌手と並べると見劣りする』


その言葉を聞いた恭介が顔を上げ、レオンに視線を向けると彼も同じく恭介を見ていて互いの視線が交わる。

その瞬間にお互い何かが通じ合ったらしく同時に大きく頷き、手持ちの用紙に互いのPCのメールアドレスを書き込み交換していた。

何なんだ、今の一瞬の目配せで何をお互いに理解したんだと椿は何度も2人を交互に見てしまった。

ちなみに椿はPCを持っていないのでレオンから手紙が送られてくるハメになっている。


ひとしきりオペラ談義で盛り上がった恭介とレオンだったが、開演時間が迫っていると椿に告げられ、半ば強引にまだ喋りたがっている2人を引きはがして自分達の席に移動した。


「恭介さんが初対面の方とあんなに喋るなんて珍しいですわね」

「確か八雲のはとこだったろ。あとお前が普通に喋っていたからな。そう悪い奴でもないと思ったし、何より芸術の好みが合ったのも大きいな」

「仲良くなれそうで安心しましたわ」


相手を信用しても良いと言う土台があったからこそ、あんなに話が弾んだのかと椿は納得した。

その後、開演ギリギリに伯父がようやく姿を現し、席に着いた。

椿から苦情を言われ、伯父は苦笑いで話が長い奴に掴まってたんだと言い訳をし、恭介が伯父の肩を持った事で、伯父が遅れた件は有耶無耶になった。

そしてオペラが始まり数分で椿は来た事を後悔し始めていた。

外国なんだから歌は外国語だし、通常電光掲示板に歌詞が出るのだが全て英語であった為、訳すのに時間が掛かり歌を堪能するどころではなかったからだ。

最後辺りで椿は歌詞を読むのを諦め、最初から歌だけを聴いてりゃ良かったんだと悔やんだのだった。


翌日、椿達はモナコに別れを告げ、次の目的地フランスへと向かった。

着いたのは都市部ではなく、のどかな田舎町の広々とした一軒家。

田舎町とは言えパリまで1時間以内の場所にあるので不便はない。


結婚後、フランスに渡った祖父母は、フランスで日系スーパーや日本食レストランの経営を始め、日本の野菜をフランスで作り各所に卸したりして年々規模を大きくして行ったのだそうだ。

規模を倍にするって言っても日本で会社を興したところで不義理をしたとみなされている祖父と取引しようとする会社は無かっただろう。だから祖父母は海外に行った訳である。

そして、ほとぼりが冷めて跡取りである伯父が4歳になった頃、約束通り規模を倍にしたので祖父母達は日本へ帰国した。

祖父母の身勝手さで1人の女性の運命を狂わせてしまったのだから弁解の余地も無いが、そのしわ寄せが子供や孫である椿達に来ているのだから堪ったものではない。


フランスに来て1週間、ここでも恭介は安定の引きこもり生活を満喫していた。

さすがに外に出ても人は多くないんだからと、朝食後の散歩に付き合わせる事に椿は成功していた。

滞在中毎日決まった時間に決まったルートをアジア人が歩いていると目立つのか、農作業をしているおじさんやおばさん達から話しかけられる事が増えた。

フランス語が喋れなくても雰囲気とボディランゲージでなんとかなるもんだと、農家の人から貰った朝採りした野菜を腕いっぱいに抱えながら椿は思ったのだった。


「なんでフランス語が話せる僕より話が盛り上がるんだ」


納得のいかない顔を浮かべている恭介を横目で見ながら、椿は朝採りしたトマトを齧った。


前述の通り、フランスには水嶋の関連会社があるので、付き合いは避けれないらしく伯父は忙しくフランス中を飛び回っている。

そして椿は家でのんびりするのも飽きてしまっていた。

恭介にも一声掛けたが断られたので、宮村に付き添ってもらいパリまで買い物兼杏奈に会いに行く事にした。

杏奈も夏休み中はパリに滞在していると聞いていたからだ。


両親や妹へのお土産を買い終え、杏奈の滞在するホテルへと向かい彼女と合流した。

ホテルからほど近いカフェに入り、スイーツを堪能しつつ杏奈とのお喋りに花が咲く。

そこで椿はモナコのオペラ会場で恭介とレオンが意気投合した話を杏奈にも教えた。


「ふーん。レオと水嶋様がねぇ」

「似た者同士だから合わないんじゃないかしらと思ったんだけど意外だったわ」

「水嶋様の方は椿の扱いで色々慣れているだろうからね。レオよりも多少大人なんでしょう」


杏奈の失礼な物言いに、椿は思わず頬を膨らませた。

社会のしがらみから解き放たれた中身社会人のはっちゃけくらい大目に見て欲しいものである。


「ところで椿は夏休みの宿題はもう終わらせた?」

「うん。残すは図工くらい」

「何作るか決めた?私は父が陶芸家だから自分の湯呑を作る予定」

「材料費0で羨ましいわ。私は牛乳瓶に粘土貼り付けて貝殻とかくっ付けた貯金箱」

「作ったわー。良く作ったわーそれ」

「ちなみに材料はモナコの海岸で拾った貝殻とパリで買ったビーズ類」

「無駄にお金かけてるわね」


杏奈の所は父親が工房を持ってる陶芸家なので、図工の課題には困らないのだ。

そして、モナコの海岸で拾った貝殻だが、実は恭介が拾った分も含まれていた。

椿が図工で使うと知り、恭介はこっそりと、だが護衛を連れて海岸で貝殻を拾い集めていたのだ。

それを知ったのは、椿がホテルで貝殻を数えている時であった。


『海岸を散歩してたら見つけたから、お前にやる』


そう言って恭介は椿の腕を掴み、手のひらの上に沢山の貝殻を乗せて来たのである。

恭介の性格上、探してくれたのだろうと椿は分かっていたので、有難く貝殻を受け取り恭介にお礼を言ったのだった。

恭介の分も含めてかなりの数の貝殻が集まった為、椿は残った分でフォトフレームでも作って恭介にプレゼントでもしようと考えていた。


「お土産はもう買い終えたの?」


椿が持っている紙袋や箱を見て杏奈が訊ねてきた。

フォトフレームのデザインを考えていた椿は杏奈から話しかけられた事で我に返り、お土産に何を買ったのかを思い出していた。


「一応ね。やっぱりスーさんに買ったのが一番多いわ」

「…着ぐるみ、着せたいよね」

「着せたいわ。絶対スーさんに似合うもの」

「ねぇ、某釣り好きの人思い出すからその愛称は止めてくんない?」


呼び方くらい好きにさせてくれてもいいのにと椿はむくれてみたが、冷ややかな視線を杏奈からもらってしまったので呼び方は変えるしかないだろう。

椿と杏奈は長々と話し込んでしまい、いつの間にか帰る時間になっていた事を宮村から知らされる。

カフェで飲んだ紅茶が美味しかったので、椿は併設されているお店で茶葉をいくつか購入し帰宅した。

家では暇を持て余した恭介がソファの上で体育座りをして、分かりやすく拗ねていた。

拗ねた子供の機嫌を取るのは甘いものに限ると、パリの有名店で買ったマカロンとエクレアを椿が恭介に差し出すと、途端に彼の目の色が変わった。

椿に対し憎まれ口を叩きつつ、恭介はしっかりとスイーツを平らげたのだった。

さらに、スイーツが気に入ったのか、どこのお店の物かと恭介から聞かれ椿が答えると、自分も明日行くから付いて来いと命じられた。


椿の残りのバカンスは恭介とパリに行ってスイーツを買い漁ったり、杏奈とスイーツ巡りしたりしてフランスで過ごし、8月中旬に日本に戻り椿の初海外、初バカンスは終わった。


椿が帰宅すると待ち構えていた両親に「日焼けしてない!?」と驚かれてしまった。

モナコとフランスと言ってもホテルや家に引きこもってばかりだったので、椿は日に焼ける事が無かったのだ。

後は宮村が頻繁に日焼け止めを塗ってくれていたからかもしれない。彼女は『ご令嬢が日に焼ける姿を見たくないので』と言っていた。どうやら理想の令嬢像が宮村の中であるらしい。

しかしながら、椿は両親にまで野生児認定されている事実にガックリときてしまった。

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