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情報収集とその結果

 恭介からレオンに関する詳細を聞いた椿は、その場で項垂れていた。


「ということで、数年頑張れ」

「道のりが遠い……」

「レオンを待たせた報いだろ。自業自得だ」


 優しい言葉を口にしない恭介に椿は絶望する。


「焦って余計なことをするなよ。あと好きだと簡単に言うな。初恋を拗らせている男には逆効果だ」

「過去に初恋を拗らせた男に言われたくない」


 正にお前が言うな、という言葉に我慢できなくなった椿が突っ込みをいれる。

 言われた恭介は、自覚があるのか口籠もった。


「大体、好きだって態度で示せってどうすればいいのよ!」


 勢いのまま、椿は拳を机に叩きつける。


「方法は色々とあるだろう? 思い浮かばなかったら、誰かに聞けばいいだけじゃないか」

「誰かに聞く……」


 チラリと椿は恭介を見るが、すぐに首を横に振った。


(女性慣れしている人に聞いた方がいいわね。恭介は、ある意味で特殊だもの)


「今、凄く失礼なことを考えてないか?」

「考えてないわよ。レオンのことは、誰かに聞いて作戦を考えてみる。聞いてくれてありがとうね」


 じゃあ、と言って、椿は恭介と別れて迎えの車に乗った。


 しばらく走ったところで、椿は運転している志信に声をかける。


「志信さんはさ~。女性のどういう態度にドキッとする?」


 すると急ブレーキが踏まれ、椿の体が前のめりになる。


「申し訳ございません!」

「いえ、大丈夫よ。で、どういう態度にドキッとする? どういう態度を取られたら、自分を好きなんじゃないかと思うようになるの?」


 ハンドルにもたれかかった志信は、ブツブツと何かを呟いている。

 どうやら答えてくれる気はないらしい。

 どうしたものかと考えていると、助手席に座っていた護谷が後部座席を覗き込んできた。


「ボディタッチは基本ですね。あと、熱の籠もった眼差しを向けるとか、相手を褒めてみるとか」

「なるほど」

「晃! 椿様に余計なことを言うんじゃない!」


 志信の注意に護谷は動じず、わざとらしく唇を尖らせた。


「志信兄さんは頭が硬すぎ。椿様が望んでいることなんだから、ちゃんとお答えしないと」

「椿様には必要のない情報だろうが」

「必要があるから聞いているんでしょう? そうですよね?」


 護谷に問われ、椿はすぐに頷いた。


「ほら。椿様は男性を落とすテクニックをご所望のようですよ」

「……言い方に気を付けろ。この馬鹿が」


 鋭い目で志信は護谷を睨み付けている。

 彼にとって、椿は未だ幼い頃の印象のままなのである。


「志信さん、落ち着いて。私は、ただ、どうやったらレオンに好きだと伝えられるのか考えているだけよ。不特定多数の男性を口説きたいわけじゃないの」

「……そうですか。レオン様を」

「だったら、押し倒せばいいじゃないですか」

「晃!」


 志信の長い腕が護谷の頭を掴み、そのまま窓へと押しつけた。

 痛みに呻く護谷に椿は慌てて志信を止めようとする。


「落ち着いて、志信さん!」

「そうだよ、志信兄さん! 落ち着いて! 俺の綺麗な顔が崩れるじゃないか!」

「むしろ崩れてしまえ」

「護谷先生は火に油を注ごうとしないで!」


 収拾がつかなくなると椿は志信の腕を掴んだ。


「止めないで下さい。こいつは一度、痛い目を見ないと学習しない男なのです」

「そういう性格だって私は分かっているから、大丈夫よ。失礼だと思ったら、私がちゃんと注意するから」

「え? 椿様から怒って貰えるのですか?」


 目を輝かせている護谷を見て、椿は彼を心配する気持ちが綺麗になくなってしまう。


(どうして、怒られることに喜ぶのよ!)


「お、怒るわけじゃないわ。注意するだけよ」

「椿様の機嫌を損ねないように気を付けねばなりませんね」


 ニコニコと笑っている護谷を見て、椿は引いてしまう。


「前から思っていたけれど、護谷先生、変わりすぎだと思うわ」

「いえ、以前までの椿様に対する態度が特殊だっただけで、晃は元からこのような性格です」


 そうなんだ、と椿は遠い目をした。


(まあ、血縁関係のない娘なんて私だけしかいなかっただろうしね。この護谷先生と一年くらい付き合いがあるけれど、未だに慣れないわ)


「……別に前のような態度でも構わないのだけれど」


 むしろ、そうしてもらいたいとすら椿は思っている。

 対して、彼女からそう言われた護谷は顔色を変えた。


「それは椿様に対して、あまりに無礼です! 椿様は俺に死ねと仰るのですか!」

「その無礼な態度を取っていたのはどこの誰だったのかしらね!」


 つい椿は突っ込みをいれてしまった。

 いや、これは突っ込まれるようなことを言った護谷が悪いと彼女は自分に言い聞かせる。


「あの頃の俺は、愚かだったのです。どれだけ謝罪しても俺は自分を許せません。だからこそ、俺は椿様がどこに行かれようと、死ぬまで付いていく覚悟を決めたのです!」

「重い。覚悟が重い」

「もしも、椿様がレオン様とご結婚なされることになったら、そのときは、俺がドイツまで付いて行きます! 志信兄さんは朝比奈家に留まるでしょうけど、俺が付いていますから安心して下さい!」

「え? 志信さんは来てくれないの?」

「いえ、椿様が付いて来いと仰れば、付いて参りますが」


 冷静に答えられ、気心知れた人が側に居てくれるということに、椿は安心した。


「も~。志信兄さんは薫様に雇われている身でしょ! 簡単に椿様に付いていけるわけがないじゃないですか!」

「薫様は椿様を大事に思っておられる。椿様のお味方が一人でも居れば安心だと許可を出されるに違いない。それはお前が口を出すことじゃない」

「俺の方が役に立つのに」


 窓に押しつけられているのに、器用に文句を言うものだと椿は感心しているが、本題から大分逸れていることに気が付いた。


「志信さんも護谷先生も言い合いしてないで。結局、どういう態度にドキッとするの?」


 改めて椿が聞くと、志信は体を強張らせ、護谷は目を輝かせた。


「それは、レオン様をドキッとさせたいということですか?」


 護谷の問いに椿は無言で頷く。


「ならば、やはりボディタッチが効果的ではないかと思います。そっと腕に触れてみたり、肩に触れてみたりしてみてはいかがでしょうか?ただ、やりすぎるとからかわれていると思われるので、褒めることを挟みながらやるのがよろしいかと」


 なんだかんだで、ちゃんと答えてくれる護谷に感謝しながら、椿は心のメモの書き留めた。


「で、志信さんは何かないの?」


 結局、答えてはくれなかった志信に椿が問いかけると、彼は何とも言えない表情を浮かべていた。


「椿様。志信兄さんは、女性とあまり接したことがないので、そういったことに耐性がないのですよ」

「でたらめを言うな」

「付き合っても、一ヶ月以内に毎回振られてますから」

「振られてない。ちゃんと話し合って決めている」

「別れを切り出されているのですよ。悲しいことですね」


 志信さんは護谷の顎を思い切り掴んだ。

 それは、真実であると肯定しているだけなのに。


「本当のことを言われたからって俺に当たらないで下さいよ!」

「俺はお前みたいに無責任じゃないんでな」

「俺だって、ちゃんと付き合ってますよ! それに今は俺はフリーですし!」

「過去は変えられないぞ……!」


(ああ、また言い合いが始まってしまうわ)


 志信と護谷、この二人の組み合わせは大変相性が悪いと、椿は学んだ。


「ちょっと護谷先生は黙ってて。私は志信さんの意見を聞きたいのよ」


 そう言うと、護谷はすぐに口を閉ざした。

 いつもこうならいいのに、と思いつつ、彼女は志信を見る。


「……男は、好きな女性に触れられれば、それだけで喜ぶものです。単純なのですよ。なので、節度を持って接すれば、レオン様も椿様がご自分のことを好きだと思われるのではないでしょうか?」

「節度を持って……。適度なボディタッチをしつつ、やりすぎないように心掛けるのね。うん。頑張ってみるわ」


 椿は小さくガッツポーズをした。


 後日、椿は来日したレオンに対面して緊張しつつ、言われたことを忠実にこなそうとしていた。

 何気なく彼の手を取った椿を不思議そうに見つめていた。

 焦った彼女は、緊張のためか思いがけない言葉を口にしてしまう。


「て、手相を、見ようと思ったのよ」


 もっと他に理由はなかったのか! と椿は自分に突っ込みをいれるが、言ってしまった手前後にも引けない。


「あのね。……私、最近手相を勉強しているの。で、ちょっと手を見せてくれないかしら?」


 椿は自分で言っておいて机に頭を打ち付けたくなった。

 ボディタッチが基本だと聞いていたが、これは絶対に違うというのは理解している。

 だが、レオンは狼狽えることもなく、彼女の言うままに手を見せてくれた。


「見てくれるんだろう?」


 何の疑いもなく手のひらを見せてくれたレオンに、椿は自己嫌悪していた。


(こうなったら、全力で触れさせてもらうわ!)


 立ち直りの早い椿は、ある意味、開き直り、ガシッとレオンの手を掴み直した。

 そうして、マジマジと彼の手を眺める。


「生命線はしっかりしているわね。あまり感情を表に出さないタイプなのかしら。集団行動が苦手みたいね。あと、あまり冒険はしたくないタイプっぽい」

「凄いな。当たっている」


 当たっているも何も、苦し紛れに椿が単に彼の性格を述べているだけである。

 レオンの小指をフニフニしながら、彼女は乾いた笑いを漏らした。


「手相って凄いのよ」

「過去と未来が分かるというのは聞いていたが、想像以上だな。椿は占い師になれるかもしれない」


(そうね。レオン専属の占い師にならなれるかもしれないわね)


 死んだ魚のような目をしながら椿は遠くを見つめている。

 手相も何も、彼女は占ってなどいないのだ。

 全て知った上で言っていることに信憑性など全くない。


「レオンは、いつか詐欺に騙されるんじゃないかと心配になるわ」

「まさか。俺は疑り深い性格なんだから、見知らぬ他人に言われたところで頷くわけがないだろう」


 見知った相手ならどうなのかしらね、と思いながら、椿は、へヘっと笑った。


「ついでに逆の手も見せてもらえる?」


 こうなったら、両手を触ってやると開き直った椿がそう言うと、レオンは疑いもなく反対側の手を差し出した。


「逆の方は未来のことが分かるのよ」

「へぇ。そうなのか。手相って凄いんだな」


 レオンは感心しているが、それは過去に聞きかじった情報なだけだ。


(なんで、自然とボディタッチができないのよ!)


 と、椿は心の中で叫んだが、彼女の性格を考えればそれも当然。

 自分で自分が情けなくなりながらも、彼女はレオンの手をマジマジと眺めた。


「……事業で財を成すみたいね」

「へぇ。新たな事業を興そうかと思っていたが、勧めても問題は無さそうだな」


 それは分からないわ、と思いなら、椿は適当にレオンの性格から導き出されることを述べたのだった。

 


 後に、椿はレオンから、物凄い占い師だという全く嬉しくもない称号を得ることになる。

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