愚痴を聞いて下さい
「なんだって、そんなに拗れてるのよ……」
年が明けて授業が始まり、昼食時にクリスマスの出来事を愚痴っていた椿は、明らかに引いた様子の杏奈に、ため息を吐いた。
「それは私が聞きたいわよ。告白したのよ! 一世一代の告白よ! 普通、流す?」
信じられない! と椿は机に拳を叩きつけた。
ドンッという音に、カフェテリアにいた生徒達が一斉に視線を向けてくるが、音を出したのが彼女だと知り、慌てて見なかった振りをしている。
「あ~ほら、レオンだから仕方ないんじゃないの? 片思い歴が長いし、これから口説くんだ! って息巻いていたから、こんなにあっさり告白されると思っていなかったとか」
「だからって、素直に受け取ってくれてもいいじゃない!」
「まぁまぁ、落ち着いて。長期戦を覚悟して頑張りなさいよ。で、レオンは勘違いしたまま帰国したのね?」
「……そうよ」
あれから、正月にきたときにも椿はレオンに、好きだ! と言い続けていたのだが、何を勘違いしたのか彼は微笑みを浮かべながら「ありがとう」としか言ってくれなかった。
「ありがとうって何よ、ありがとうって」
「それ、多分だけど、友情もしくは人としての好きだと思っているわね」
「……あの男」
拳を強く握った椿は、ここにいないレオンに向かって怒りを向けている。
怒りのオーラいっぱいの椿を落ち着かせようとして杏奈は自分のミルフィーユを彼女に差し出した。
「うぅ。美味しい」
躊躇いもなくミルフィーユを食べ始めた椿は甘さで大分心が落ち着いたのか、表情が和らいでいる。
「本当、単純ね」
聞こえないように小声で呟いた杏奈は、パイ生地に苦戦している椿を見て呆れたように笑みを零した。
「ご馳走様でした」
「後でお金を徴収するからね」
「え? 驕りじゃないの?」
「当たり前でしょう? 私の優しさはプライスレスじゃないのよ」
(騙された!)
目の前の餌に釣られて何も考えなかったことを悔やんだが、全て椿の胃に入ってしまっている。
(まあ、いいわ。愚痴代として払おう)
「それで、杏奈。私はこれからどうすればいいと思う?」
「とりあえず、好きって言うのは止めたら?」
「は?」
好きって言わなければ気持ちが伝わらないのに、杏奈は何を言っているのか、と椿は首を傾げた。
そんな彼女に、杏奈は冷めた視線を向ける。
「あのね。何度も好き好きって言ってたら、価値が下がるのよ。それこそ、本当に友情としての好きだと確定してしまうわけ。分かる?」
「でも、私は何度もレオンから好きって言われてるわよ?」
「あんたは短期間で言い過ぎなのよ。レオンは長期休みぐらいしか日本に来なかったでしょうが。時間が開いてたから、気にならなかっただけよ。それに、椿がレオンの気持ちに気付いていたからね。そこら辺の違いもあるでしょう?」
言われてみれば、その通りだと椿は頷く。
ということは、これから椿はレオンに恋をしていることを彼に示していかなければならない。
現状、彼は椿から友情としての好きだと思われいるのだから。
「……レオンに恋としての好きだと思われなければならないのね。難しいな。だって、これまで態度で示してきたのに、スルーされているもの」
「だからこそ長期戦で挑むのよ。あとは周囲から囲い込んでいくとか」
「周囲から? ということは、レオンのご両親を?」
「違うわよ。水嶋様に協力してもらうってこと」
恭介に協力してもらうなんて……と椿は渋い顔をする。
レオンが好きだから協力して、なんて恥ずかしさもあり、彼女は気が乗らない。
「あいつは……透子さんとおおっぴらにデートできるようになって、浮かれているから。忙しいんじゃないの?」
「……て言って、恥ずかしいだけでしょう?」
うっ、と声に詰まった椿は気まずさに視線を逸らした。
「あのね。レオンと付き合いたかったら、恥なんて捨てなさい。恋なんて格好悪くてなんぼでしょうが」
「……分かってるけど。恭介に弱みをさらけ出すっていうのが恥ずかしいのよ」
「プライドなんて、そこらへんに捨てればいいのよ。どうせ、水嶋様は協力してくれるに決まっているんだから。なんだかんだいって、椿に弱いはずだもの」
そうかなぁ? と椿は疑問に思う。
かなり辛辣なことも言われてきているはずである。
文句を言いつつも助けてはくれるだろうが、見返りは求められそうだと彼女は思っていた。
「噂をすれば、水嶋様が来たわよ。ほら、行ってきて」
杏奈にせっつかれ、椿は重い腰を上げた。
そのまま、入り口付近にいた恭介の許へと嫌々向かう。
彼女の姿を見つけた恭介は、嫌そうな表情を浮かべているのを見て、眉を寄せた。
「そんなに嫌なら、僕のところに来なくてもいいんだぞ」
「……諸事情により、仕方なくよ。今、一人? ちょっと時間はある?」
「まあ、あるけど。何か話か?」
「ちょっとね。外でいい? あんまり聞かれたくない話だから」
寒い季節ということもあり、テラス席には生徒の姿はない。
目立つ恭介と一緒にいたら、それだけで注目の的。
恋愛相談をしているところを注目されたくはないという椿の足掻きである。
一方恭介は、誰もいないテラス席を見て、ため息を吐いたが頷いてくれた。
そのまま、二人はテラス席へと向かい、対面する形で腰を下ろした。
「で、話ってなんだ? 透子関係のことか? もしかして、同じ学部の奴から苛められているとか?」
「違うわよ。私のこと」
「は? 椿のこと? 友達ができないから作り方を教えてくれってか?」
「違うわよ! と、友達はいっぱいいるんだから!」
「さっきまで八雲といたくせにか?」
痛いところを突かれ、椿は言葉に詰まる。
やっぱりな、と恭介は呆れ顔だ。
確かに事実ではあるが、言いたいことはそれではない。
「私が言いたいのはレオンのことよ」
「何だ? 愚痴でも言いたくなったのか?」
「そうね。愚痴よ。まずは黙って聞いてちょうだい。……私ね、レオンのことが好きなのよ」
突然の椿の告白に恭介の時が止まる。
彼女が何を言ったのかを理解したのか、呆然としたまま首を横に振った。
「それは……友情という意味でか?」
「あんたもなの!? あんたも私が友情でレオンを好きだとか思っているの!?」
「うわぁ。ということは、愛情の意味での好きってことなのか……」
「うわぁ、って何よ! そんなに意外なわけ?」
「当たり前だろう。あれだけ拒否していたんだぞ? 信じられるか」
過去のことを持ち出されるとどうしようもない。
だが、椿のレオンに対する愛は本物だ。
「で、どうやって想いを告げようか悩んでいるとかか?」
「いや~。それがね」
と、椿はクリスマスからあったことを恭介に伝えた。
話を聞いた彼の顔は徐々に曇っていく。話を終える頃にはテーブルに肘をついて項垂れていた。
「ということで、協力してもらえるかしら?」
「……協力云々の前にひとつ言わせてくれ。どうして事前準備を終わらす前に告白したんだよ! 伝わらなくて当たり前だろう!」
「ちゃんと、事前準備はしたわよ! それとなく私がレオンを好きかも? っていう風にしたもの」
「それとなくで伝わるわけがないだろう! 相手は片思いを拗らせている男だぞ! はっきりと分かるようにしなければ意味がない。って、ああ。だからレオンはあんなことを言っていたのか……」
あんなこと? と椿は首を傾げる。
レオンが何を言ったのか気になった彼女は身を乗り出した。
「何? 何か聞いているの?」
「いや、勘違いでも好きって言われるのは嬉しいなって」
「やっぱり勘違いしてるし! どうすればいいのよ!」
「落ち着けよ。今度、レオンに聞いてやるから」
恭介は、どうどう、と興奮している椿を宥めている。
落ち着きを取り戻した椿は、恭介の提案に全力で乗った。
「お願いね」
「ああ。あと、レオンに好きって言うのは、もう止めておけよ。信じて貰えない状態で言っても意味はないからな」
「それに近いことを杏奈にも言われたわ。でも、悠長に構えてたら、レオンを他の人に取られるかも」
「それはない」
キッパリと断言するが、人の気持ちなどどう変わるかなんて分からないと椿は焦ってしまう。
「いいか。レオンの気持ちを軽く見るな。あいつは、どんなことがあっても椿を思い続ける男だ。ちょっとやそっとの妨害で諦めるものか。だから、お前は態度で言葉で示し続けろ。そうすれば、レオンもお前の気持ちに気付くだろ」
さすがにレオンと長い付き合いだけあって、恭介の言葉には説得力がある。
リア充の言葉に納得した椿であったが、ふと疑問が浮かぶ。
「でも、しばらくっていつまで?」
「そうだな。一、二年は寝かせろ」
「え? そんなに?」
「あのなぁ、お前はレオンを八年も待たせてたんだぞ? 一、二年くらい我慢しろ。ちゃんとレオンから話を聞くから。対策はその後で立てよう」
いいな? という恭介に打開策など考えられなかった椿は、ぎこちなく頷いた。
恥ずかしいからと言えずにいたが、こうして対策を考えてくれることは有難かった。
これなら、プライドを捨てて最初から言っておけば良かったと後悔する。
「……正直、笑われるかからかわれるかと思ってたわ」
「何で人の恋を笑うんだよ。レオンが椿をずっと好きだったのは知っていたし、あいつは僕の親友なんだ。それに椿だって僕をいつも助けてくれていただろう? だから今度は僕の番。滅多に愚痴を吐かない椿が言ってくれたんだ。からかうわけないだろ」
「恭介……」
「でも、普段椿が僕をどう思っていたのかが分かったよ。お前、そんな風に思ってたんだな」
ジロリと恭介から見られ、椿は気まずくなって引きつった笑みを零す。
はぁ、とため息を吐いたのを聞いて、罪悪感が出てくる。
「……悪かったわよ。ごめんなさい」
「まあ、いつもそういう風に接してた僕にも問題があるからな」
「本当に丸くなったわね。透子さんのお蔭?」
「椿がそう思うならそうなんだろう? 透子は明るい前向きな話しかしないからな」
穏やかな笑みを浮かべて語る恭介を見た椿は、本当に透子が彼と結ばれて良かったと心から思った。
椿では恭介のこんな顔は見られなかっただろう。
「で、椿はレオンのどこを好きになったんだ?」
不意打ちで聞かれた椿は目を見開く。
レオンのどこを好きになったのか。それを言うのは非常に恥ずかしい。
けれど、恭介との付き合いは長いし、協力してくれるのだ。全てをさらけ出す必要があることも彼女は理解している。
言おうと決意した椿は、モジモジと頬を赤らめて口を開いた。
「きっかけは、高等部の二年のときの文化祭のとき。人に酔って立ち入り禁止の校舎にいたレオンに携帯電話を渡しに行ったのよ。ほら、恭介から押しつけられて」
「ああ、そんなこともあったな」
「それで、しばらく話をしていたんだけれど、一応、晃さんに知らせておこうと立ち上がったら、向かい側の校舎に人がいたのにレオンが気付いて、私の顔を見られないようにって引き寄せられて」
「距離が近くなってときめいたのか」
引き寄せられて驚きはしたが、ときめいたのはそこではない。
「レオンは、自分のことよりも私を守ろうとしてくれたのよ。悪い噂が立つかもしれないのに、私を守れるならそれで構わないって。守らせてくれって。多分、そのときに恋に落ちたのかもしれないわ」
「……なるほど。良く分かった」
「これだけで分かったの?」
「だけっていうか。今の椿の表情を見ていたら、納得した。協力は惜しまないから、頑張れよ。レオンを喜ばせてやってくれ」
言われずとも、椿はそのつもりだ。
そうして、互いに頷き合い、恭介との話を終えた。