知らぬは本人ばかりなり①
3月12日に「お前みたいなヒロインがいてたまるか!」の3巻の電子書籍版が配信となりました。
3巻は、とある部分を一から書き直していたり、番外編を3本書き下ろしていたりと加筆しているので、12月に発売された書籍と合わせて電子書籍の方もよろしくお願い致します。
既に書籍を手に取って頂いていたら、本当に嬉しい限りです。
楽しんで頂けていたら幸いです。
朝比奈椿が鳳峰大学に入学してから、早数ヶ月。
彼女は、まあまあ普通の女子大生生活を満喫していた。
とはいっても、高等部から文学部に進学した友人は千弦や蓮見くらいしかおらず、また専攻が違うことで同じ授業を受ける機会も少なく、彼女は相変わらずぼっちではあるのだが、行動範囲が広くなったことで毎日を楽しく過ごしていたわけである。
「……まあ、友達の一人や二人くらいできると思っていたんだけどね」
カフェテリア内で真正面に座っていた白雪は、椿の言葉を聞いてため息を吐いた。
「椿は見た目が深窓の令嬢だし、明らかにどこかのご令嬢だって分かるから、一般の生徒は話しかけ難いんでしょう?」
「こっちが話し掛けても、相手の対応がぎこちないんだけど」
「椿が猫を被ってるからじゃないの?」
白雪の言葉に椿はむぅと口を尖らせる。
それは彼女も分かっている。けれど、長年培ってきた令嬢言葉はそう簡単に抜けないのだ。
~かしら? ~ではなくて? といったように話し掛けてしまい、相手と壁ができてしまう。
「あたしに喋ってるみたいにやればいいだけじゃないの」
「だって、緊張しちゃうんだもの」
相手に良い印象を与えたいという意識が先にきてしまい、上手く喋れないのだ。
つくづく、不器用な性格だと椿は思う。
「だったら、サークルに入ってみたら? いっぱいあるんだし、趣味が同じなら仲良くなれるでしょう? ほら、室内楽サークルとかは? ピアノをずっと習っていたなら、馴染めるんじゃない?」
「だって、サークルに入ったら時間が取られちゃうじゃない。……レオンと電話する時間が減るし……」
ブツブツと言う椿を見て、白雪は視線を彼女から外した。
「だったら、サークルに入る案はなしねぇ」
「でもでも、だってでごめんね」
「いいわよぉ。で? グロスクロイツ様とは、その後どうなの? 夏休みに来るって前に聞いたけど、どこかに出掛ける予定なの?」
もうすぐ始まる夏休みのことを思い出し、椿は頬を染めながら控え目に頷いた。
「家族と一緒に軽井沢に行くことになっているの。帰ってきてから出掛けようとは言っているけれど、場所はまだ決まってないのよね」
「着々と距離は詰めてるってわけね」
「まあ。電話も週に一回するようになったし、徐々に追い込んでいくわ」
グッと拳を握った椿に、白雪は、え!? と声を上げた。
「週一!? 毎日じゃなくて、週一!? それで追い込んだつもりなの!?」
「今までは月一だったのよ。週一ってすごい進歩でしょうよ」
「……月一……。グロスクロイツ様の忍耐力は尊敬するわ」
信じられない、という表情を浮かべる白雪に、椿は首を傾げる。
「確かにレオンには我慢をさせ過ぎていると思っているけれど」
「あのねぇ。好きな子とだったら毎日だって話したいものなのよ! 月一から週一になったとはいえ、それで我慢しているって相当よ!」
「そういうものなの? 毎日電話するなんて、話題がなくならない?」
「なくならないわよ!」
力説する白雪の頬は紅潮している。
そこまでのことなのかと椿はレオンに対して罪悪感を持った。
「……好きな子とだったら毎日、か。白雪君もそうなの?」
「え!? ……え、えぇ、そうね。毎日話したいと思うわよ」
「ふぅん。てことは白雪君にも好きな人がいるんだね」
途端に白雪は動揺し始める。
何かを言いかけては、言葉に詰まっている。
なぜにそこまで動揺するのかと椿は思った。
「す、好きな人くらい居てもおかしくないでしょう?」
「まあ、普通の人だったら好きな人の一人や二人くらいいるよね。その子と上手く行くといいね」
過去に色々と手助けしてくれたことから、椿は白雪を良い人であると思っていたからこその台詞であった。
だが、白雪は屈託なく笑う椿を見て、脱力したように背もたれにもたれかかる。
「……鈍いわぁ」
「何が?」
「ただの独り言よ。椿こそ、グロスクロイツ様と上手く行くといいわね」
白雪は、妙に疲れ切った表情を浮かべていたが、恋に浮かれていた椿は気付かずに、うんと言葉を返して笑みを見せた。
彼女の幸せそうな顔を見た白雪も、同じように笑顔を浮かべた。
「ところでグロスクロイツ様は、いつまで日本にいるの?」
「一応、八月の終わりくらいまでは居てくれるみたい」
そうなのね、と口にした白雪は鞄から一枚の紙を取り出してテーブルに広げる。
紙には、水族館や映画の上映スケジュールなどが書かれていた。
「軽井沢の後は、特に予定は決まっていないのよね? 透子からデートでどこに行けばいいか聞かれて、調べてたんだけど、役に立つかしら?」
「ありがとう! すごく助かるよ! レオンは私の行きたいところに行くって行ってたけど、正直、一緒だったらどこでもいいって思って、中々決まらなかったから」
「……それで付き合ってないってのが信じられないわ」
異性の友達と二人で出掛けるなんて、真のリア充のすることだ。
ぼっちの椿には到底できないことである。
それに恭介という婚約者(仮)がもう居ない状況で二人で出掛けるとなれば、周りから見れば付き合っていると思われても仕方がない。
「やっぱり、外から見たらそうだよね」
「両思いだって確定してるんだから、さっさと告白すればいいだけよ」
「……でも、早すぎない?」
は? と白雪は声に出す。
けれど、椿は真剣な表情で彼を見ている。
「両思いなんだから、早いも何もないでしょうよ」
「でもさ、レオンには恭介のことが片付いたら、自分の恋愛のことを考えるって言ってるのよ。高等部の卒業式で、これからゆっくりでもいいから考えてくれって言われてさ。ものの数ヶ月で好きになりましたって、軽すぎない? 引かれると思わない?」
割とどうでもいい椿の悩みに白雪は絶句する。
他者から見ればどうでもいいことでも彼女にとっては重要な問題なのだ。
身を乗り出した彼女は白雪に向かって、どう? と尋ねる。
「……じゃあ、時期を見て言ったら? 今すぐは止めた方がいいって椿が思っているんでしょう? だったら、その通りにしたら? 半年くらいがいいんじゃないかしら。グロスクロイツ様だって、ここまで待たされたんだから、半年から一年待たされたくらいで諦めるとは思えないし」
「半年から一年……」
「見ているこっちからすれば、さっさとくっついちゃいなさいとしか思えないんだけどねぇ。余計なことばっかり考えてたら、どこぞの女に横から掻っ攫われるかもしれないわよ?」
からかうような白雪の言葉に、椿は、え!? と声に出した。
(これまで私を優先してくれていたから気にしなかったけど、レオンのことを好きな子とか向こうにいるんじゃない? それこそ、海外のパーティーに出席することも多いんだし、令嬢と顔を合わせる機会もあるし……)
高等部のときにレオンが留学してきたときだって、女子生徒達は集まってきていたのだ。
可能性としては有り得る、と椿の気持ちは沈み込む。
視線を落とした彼女に気付いた白雪は、余計なことを言ったと気付き、慌てて口を開く。
「で、でも、グロスクロイツ様は、椿一筋だし、椿以外の女には見向きもしないじゃない。そこまで心配しなくても大丈夫よぉ。惚れ直すことはあっても嫌いになることはないと思うわ」
「それよ、それ」
顔を上げた椿は、人差し指を白雪に向ける。
「それってどれよ」
「心配しているのは他の女の子のことだけじゃないのよ。何より心配なのは、レオンから嫌われることなの」
椿は真面目に言ってのけるが、途端に白雪は呆れたような表情を浮かべた。
「そもそも、それが杞憂だって言ってるのよ。これまで散々、みっともない姿を見せてきたのに、グロスクロイツ様は冷める様子もなかったんでしょう? 今更何を言っているのかしら」
「あああああ~! そうだよ! そうだったよ! 色気より食い気の部分をこれでもかと見せてきていたの思い出したわ! どうして私は、もっと取り繕わなかったのよ」
机に突っ伏した椿を見て「本当に今更よね」と明後日の方向を見ながら白雪は呟いた。