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ロミジュリ未満④

 自宅へと帰った菫は、待ち構えていた両親によって応接間へと案内された。

 神妙な顔をしていた父親と不安そうにしている母親。

 それだけで菫は、先輩が言っていたことが事実なのだと分かってしまった。


 菫の向かいに両親が座り、ゆっくりと話し始める。

 話された内容は、菫にとって衝撃的なものであった。

 母親に離婚歴があり、姉の椿とは半分しか血が繋がっていなかったこと。

 母親の前夫が良い人ではなく、愛人を母屋に住まわせて、母親と椿を離れに軟禁していたこと。

 そうして、その前夫が倖一の父親の又従兄弟であるということ。


「本当なら菫が大人になってから話そうと思っていたんだよ? 倖一君のこともあるしね」

「……私は、もっと早くに教えて欲しかったです」

「菫ちゃん!」


 立ち上がった菫は、振り返ることもなく自分の部屋へと駆け込んだ。

 ベッドに突っ伏した彼女は、ポロポロとあふれ出る涙を止められない。


(お姉様と半分しか血が繋がっていなかったなんて……。それにお母様やお姉様を苦しめていた人が倖一様の親類だなんて……。そういえば、おば様は私が倉橋家に行くと困ったような顔をされていたわ。あれは、こちらの事情を御存じだったからだったのね。私ったら、存じ上げなかったとはいえ、なんてことをしてしまっていたのかしら)


 母親の離婚歴や椿と半分しか血が繋がっていないことにショックを受ける以上に、菫は自分の存在が倉橋家の人達を苦しめていたことにショックを受けていた。


(六年くらい前に倖一様がよそよそしくなって、私と距離を置こうとしていたのは、きっとこの事実を知らされたからだわ。なのに、私ったら気付かずに付きまとって……。いつも優しくして下さっていたけれど、迷惑だと思われていたわよね。倖一様は、お優しい方だから、ハッキリと仰ることなどできなかったでしょうし。本当に、自分で自分が嫌になるわ。なんて自分勝手だったのかしら)


 菫は自分が倖一を苦しめていたことに自己嫌悪している。

 知らなかったとはいえ、許されることではない。

 

(これからどうやって倖一様と顔を合わせれば良いのかしら。ううん。もうお会いするべきではないのかもしれない。諦めなければならないのかしら。だって、倖一様と親しくしていたら、お母様もお姉様も嫌な気持ちになるでしょうし。倖一様のご両親も同じよね)


 幼少時に助けてくれたヒーローであり、ずっと好きな相手を諦めるという決断をすぐにすることは菫にはできない。

 己の幸せを取るか、相手の幸せを取るか、答えの出ない問いを彼女は繰り返していた。


 菫が、どうしようと悩んでいると、部屋の扉をノックする音が鳴る。


『菫、ちょっといいかしら?』

「……はい」


 ベッドから菫が起き上がろうとすると、ガチャッという音がして椿が部屋の中へと入ってきた。

 彼女は菫の許まで近寄り、ベッドの端に腰掛ける。

 柔らかな笑みを浮かべ、菫は頭を撫でられると、安心したのか収まってきていた涙が再び溢れてきてしまった。


「一人で悩んでいたら、ネガティブな思考に陥るでしょう? だから、私に話を聞かせてもらえないかしら?」

「ですが」

「ここだけの話にしておくわ。お父様達にも使用人にも言わない。一人で悩んで決めるのは良くないと思うし、話を聞いてもらうだけでもスッキリすると思うわよ?」

「本当に、誰にも言わないでいてくれますか?」

「もちろんよ」


 しっかりと約束してくれたことで、菫は椿を信じて自分の気持ちを伝えようと思った。

 起き上がった菫は椿の隣に腰掛けて、ポツリポツリと口にする。


「あの、お母様に離婚歴があることや、お姉様と父親が違うことはショックでした。ですが、取り乱したりするほどではないのです」

「あら、意外ね」

「だって、お母様とお父様は本当に仲がよろしいし、お姉様だって私を心から愛してくれていることは幼い頃から嫌というほど存じておりますもの」

「これで、私が無理をして菫を可愛がっていたとか言われたら怒ってたところよ」


 からかうような椿の口調に、自然と菫の頬が緩む。

 菫が話しやすいよう、暗くなりすぎないように椿が気を使っているのだと彼女は分かっていた。

 いつだって優しく、慈愛に満ちあふれた椿を菫は尊敬しているのだ。


「ショックだったのは、私の浅はかな行動でお母様やお姉様、倖一様や倖一様のご両親を苦しめていたことです」

「別に苦しんではいなかったと思うわよ?」

「そんなことはありません! だって、お母様やお姉様は嫌な目に合わされたことを思い出すでしょうし、倖一様の家族だって親類がお二人に迷惑を掛けたのですよ? 申し訳なさや気まずさがあって、関わりになりたいと思うわけがありません!」

「でも、前にお母様は倖一君の両親が何かした訳でもないんだから、責めを受ける謂われはないって言ったことがあったから、周囲は実父と倉橋社長とその家族は別だって理解してるわよ。あれから、嫌味を言ってくる人は居なくなったって聞くし」


 そんなことがあったのかと菫は目を丸くした。


「大人達の話し合いで解決しておりましたのね」

「そうね。まあ、物凄く責任感の強い方達だから、こちらに対して申し訳ないという気持ちは持っているでしょうけれどね。当事者じゃないのだから気にしなくても良いのにね」


 被害者であったはずの椿が平然と口にしたことで、軟禁されていた過去はトラウマになっていないのか、と菫は疑問に感じた。


「お姉様は、平気なのですか? 過去のことに傷ついてはいらっしゃらないのですか?」

「まったく」


 力強く言ってのける椿に菫は面食らう。

 表情から強がっているようには見えない。


「実父と言っても、顔を合わせたことなんてないし、思うところもないわね。それに、私は実父よりも今の父が私の父親だと思っているから。あの人がお母様と結婚してくれて、本当に嬉しかったのよ。お母様を愛してくれて、大切にしてくれるあの人を父と呼べることが嬉しかったの」

「お姉様はお強いですね」

「強いのはお父様とお母様よ。お二人が居たから、私は道を間違わなかったのだから。それに菫と樹の存在もね」


 微笑んだ椿に菫は肩を抱かれ、抱き寄せられる。


「私ね、すっごく幸せなのよ。両親がいて妹と弟がいて、家族の仲が良くて、いつも笑顔が絶えない朝比奈家が大好きなの。お母様だってそうだと思うわ。私もお母様も過去は過去として受け入れているんだから、菫が倖一君と会うことで私やお母様が傷ついていると思わないで」


 諭すような椿の口調に、菫は鼻をスンと鳴らす。

 いつだって菫はこの姉に敵わないのだ。


「私は菫にも幸せになってもらいたいのよ。好きな人と結婚をして家庭を築いていって欲しいと思ってる」

「……倖一様のご迷惑にはならないでしょうか? 本当は私と顔を合わせるのすら嫌だったのかもしれません」

「あり得ないわね。考えてもみなさいよ。あの男は優しいけど、断るときはハッキリと断るタイプよ。本当に迷惑だったら、菫と接触なんて一切持たないはずだもの」

「お姉様、倖一様をあの男呼ばわりは止めて下さい」


 見過ごすことができず、菫は口を尖らせる。

 注意された椿は、拗ねたように、だってと声に出した。


「可愛い可愛い菫の愛を与えられているのよ? 相手がどんな人間だろうと腹が立つのよ。これは本能に刻み込まれていることなの。仕方がないの」

「お姉様ったら」

「でも、世の中の男の中では、まだマシな方よ。腹が立つけどね」

「じゃあ、レオン様は?」


 思わぬ菫の反撃に椿はほんのりと頬を染めている。

 椿とレオンが付き合っていることを菫は小耳に挟んでいたのだ。


「あいつは……まあ良い男よ」


 そう呟くと、椿にフイッと顔を背けられたが、耳が真っ赤である。

 こんな彼女を見るのは初めてだった菫は、思わず声を上げて笑ってしまった。


「菫……」

「ごめんなさい、お姉様。ですが、とってもお可愛らしいと思ってしまって」

「別に可愛くなんてないわよ」


 なんて椿は言っているが、菫にとってはどんな彼女も綺麗だと思っているし、可愛いとも思っている。

 落ち着いていて優しくて、物腰が柔らかくて仕草がとても優雅な椿は自慢の姉である。

 ……まあ、これを恭介と杏奈が聞いたら、どこが!? と口にするだろうが。

 

「結婚はいつになるのですか?」

「さあ? 働き始めたばっかりで結婚退職はさすがにできないし、婚約の時期を両家で話し合っている最中だから、しばらくはないかしら? 」

「えぇ!? 私、お姉様のウェディングドレス姿を見たいです!」

「……レオンと同じことをいうのは止めて……。あいつ、会う度にドレスのカタログを見せてくるんだから」


 ゲンナリという言葉が似合いそうなほど、椿は表情を曇らせている。

 椿には悪いと思うが、レオンはずっと彼女のことが好きだったのは菫も知っていたので、ようやく付き合えることになって嬉しいという気持ちが物凄く理解できるのだ。


「あーもう! 話が脱線してる! 倖一君の話をしていたんでしょう!」


 よほど気まずかったのか、椿は自分の膝をバシバシと叩いて、話題を戻した。


「とにかく、一度腹を割って話してみるのがいいと思うわ。相手の本心をちゃんと聞いてみないと、菫だって前を向けないでしょう?」

「そう、ですね。お話を伺うのが怖い気もしますが」

「まあ、大丈夫だとは思うけどね。ついでに告白しちゃえば?」


 唐突に椿から言われた菫は、その場で飛び上がる。


「な、なな何を仰って!? 私は、確かに倖一様をお慕い申し上げておりますが、お付き合いしたいなど、そんな……」

「落ち着いて。いきなり変なこと言って悪かったわよ」


 どうどうと宥められ、多少落ち着きを取り戻した菫はベッドに座り直した。


「……私は、倖一様を好きでいて良いのでしょうか?」

「いいんじゃないの? ダメだったらお父様やお母様から何か言われているはずでしょう? それがないってことは、問題はないってことよ。何にせよ、倖一君と話をしてみないとどうにもならないんだから」

「……お姉様の仰る通りだと思います。本当のお気持ちは倖一様しか分からないのですし、一度、お話ししてみようと思います」


 ある程度の答えが出たことで、菫は心のモヤモヤが晴れる。

 椿の言うとおり、誰かに話を聞いてもらうことで気が楽になった。

 どういう結末になるのか分からないが、それでも菫は動こうと決意したのである。

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