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ツンデ令嬢と朴念仁紳士(後編)

 そんなこんなで、ナターリエが修と出会って一年が過ぎ、彼は通訳なしでドイツ語を話せるくらいにまで上達していた。

 また、ナターリエの日本語も上達し、修と朝比奈家の使用人の会話を聞き取れるくらいになっている。

 

 さて、肝心の二人の仲であるが、周囲の人間からは、お互いの気持ちを確認していないものの多分両思いなんだろうな、というように見えていた。

 ナターリエの父親は誠実な人柄で仕事のできる修を評価しており、娘婿として認めていたことから、二人の仲を静かに見守っている状態なのである。

 後はタイミングだけだな、と周囲が思っていたときに、ナターリエは修から驚くべきことを言われてしまう。


「日本に帰る!?」

「ああ。ドイツでの下準備は終わったからね。後は父に任せることになる。だから、俺は日本に戻って」


 それから修は色々と言っていたが、ナターリエの耳には入って来ない。

(修が居なくなる? もう会えないってこと? どうしてよ、ずっとドイツに居ればいいじゃない)

 どうして、どうしてという言葉が彼女の頭の中を回っていた。

 気付いたときには修の姿はなく、どうやって会話を終わらせたのか、ナターリエは記憶になかった。


「……日本に帰る、ですって?」


 言葉にしたら妙に悲しくなって、ナターリエの目に涙が浮かぶ。

(このまま会えなくなるなんて嫌。だってもう、どうしようもないくらいに私はシュウが好きなんだもの。諦めるなんてできない)

 目をギュッと瞑り、彼女は涙が零れるのを堪えた。


 その後、ナターリエは自分の部屋に一週間ほどこもりきりになり、家族を心配させていたが、考えに考えて彼女はひとつの決断をする。

 勝負服に着替えて使用人に着飾ってもらい、彼女は修の会社へと乗り込んだ。


 受付で修に取り次いでもらい、彼女は執務室へと通された。

 いきなり現れたナターリエに修は驚いていたが、すぐにいつもの優しげな笑みを浮かべる。


「立ちっぱなしもなんだから、座ったら?」

「いいえ。ここでいいわ。シュウ、話があるの」


 真剣なナターリエの表情に、修も笑みを消して向かい合う。


「私、考えたの。考えて考えて、決めたのよ」

「うん」

「私、改宗するわ」

「は!?」

「日本は仏教なんでしょう? だから仏教徒になるのよ」

「待って。ちょっと待って。話が全く見えない」


 額に手を当てた修は、ナターリエを止めた。

 勢いで言ってしまおうと思っていた彼女は、止められたことに頬を膨らませる。


「どうして分からないのよ!」

「いきなり改宗するって言われて、理解できる奴がいたら見て見たいよ!」

「だって、そうしないとシュウと一緒に居られないじゃない! だからよ!」

「俺と……? って、え? 一緒に来てくれるの?」

「え?」

「この間、日本に一緒に来てくれないかって言ったら、無言のままだったから、てっきり嫌なんだとばかり」


 修が日本に帰るということにショックを受けすぎて、その後の話をナターリエは聞いていなかったのだが、まさかそんなことを言われていたなんて彼女は思わなかった。

(ちゃんと聞いておけば、悩まずに済んだのに!)

 恥ずかしくなった彼女は赤くなった顔を見られたくなくて床に視線を落とすと修の足音が近づいてきて、彼の足が正面で止まる。


「タリア。顔を見せてくれないか?」

「嫌よ」


 彼女は真っ赤になっている顔を修に見せたくなかった。


「タリア。君の顔を見て、言わせてくれないかな?」

「私の望む言葉じゃなかったら許さないから」

「察しが悪いと言われ続けてきた俺だけど、さすがに今回は自信があるよ」

「……本当?」

「本当だよ。信じて」


 そこまで言うなら、とナターリエはおずおずと顔を上げると、目を細めてこちらを見ている修と目が合い、彼女の胸が高鳴る。

 真剣な表情を浮かべた修が口を開く。


「君を愛している。俺と一緒に日本に来て欲しいんだ」

「それだけ?」

「俺の側に居て欲しい。タリアじゃないと嫌だ。タリア以外の女なんて考えられない。俺に君の未来を預けて欲しい」


 修の言葉にナターリエの目頭が熱くなる。

 けれど、ここで泣くわけにはいかない、と彼女は手の甲で目を拭い、フンッと鼻を鳴らす。


「そこまで言うなら、側に居てあげるわ」


 いつも通りのナターリエに修は笑い声を零した。

 何を笑っているのかと文句を言おうとしたが、彼女は修に抱きしめられてしまった。


「シュウ!?」

「幸せにするよ」


 耳元で聞こえた声にナターリエは動きを止めて大人しくなった。


「浮気したら許さないから。相手の女を殺して、シュウも半殺しにしてやるわ」

「しないよ」

「あと、毎日愛してるって言って」

「五分に一回は言うよ」

「それは言い過ぎよ」


 我が儘だなぁ、と修が楽しそうに声に出す。


「そうよ。私は我が儘なの。気が強いし可愛げもない。後悔しても知らないんだから」

「我が儘なのも、気が強いのも可愛げがないのも、全部、俺から見たら可愛いよ」


「うぅ」と呻いたナターリエは、耳まで真っ赤にさせて修の胸に顔を埋めた。


「それから、すごく言いにくいんだけどね。別に改宗する必要はないんだよ。日本にもキリスト教の信者は居るし、他の宗教の信者もいるから。肩身が狭い思いはしないと思う。気持ちは嬉しいけど、生まれたときから信じている神様なんだから」

「それを早く言いなさいよ! こっちがどれだけの覚悟で口にしたと思ってるの!」

「うん。ごめん。本当にごめん」


 ナターリエは、謝れば済むと思ってるの! と言いたかったが、本当に申し訳なさそうな修の顔を見て、口を閉ざした。

 結局のところ、ナターリエは修に勝てないのだ。


「……で、いつ日本に行くの?」

「引き継ぎがあるから、半年くらいはかかるかな? その間に、グロスクロイツ社長にタリアとの結婚を許してもらわないといけないし、結婚の手続きとかもあるし」

「お父様なら大丈夫よ。シュウは気に入られているから」

「だといいんだけどね」


 などという会話を経て、ナターリエと修は正式に付き合い始める。


 修の気が変わらないうちにということで、すぐにナターリエの両親に詳細が伝えられ、二人の結婚を祝福してもらえた。

 一ヶ月後には、日本から呼び寄せた修の両親とも顔を合わせ、フランス人形のようなナターリエを彼の母親が気に入り、揉めることもなく結婚の許可がおりたのである。

 こうして、諸々の手続きを経て、二人は結婚し、日本へと向かったのだった。



 日本での結婚生活は順風満帆だとは言えなかったが、ナターリエにとってはとても幸せなものであった。

 外国人ということで、心ないことを言われることもあったけれど、そういう声から修や朝比奈家の使用人達が庇ってくれたのである。

 守ってもらえているということが、何よりもナターリエを安心させた。

 ホームシックになったときも、修のフォローがあって乗り越えることができた。

 おまけに四人の子宝にも恵まれたのだから。


(幸せって、きっと、こういうことなのね)


 朝比奈家の書斎で書類に目を通している修を眺めながら、ナターリエは目を細める。


「お茶を持ってきてもらいましょうか?」


 すっかり日本語が板に付いたナターリエが、よどみなく口にする。

 そのまま使用人を呼ぼうとした彼女を、修は手で制した。


「私に淹れてほしいのですか?」

「いや、二人っきりの時間を邪魔されたくないだけだよ」


 ニッコリと笑みを浮かべる修と目が合い、ナターリエは顔が熱くなるのを感じるが、彼の手にはまだ書類がある。


「二人という割には、シュウは書類ばかり見ていますね」


 ナターリエの拗ねた口調に修は書類を机に置いて、ポンポンと自分の膝を叩いて彼女を呼び寄せる。


「シュウは、そうすれば私が大人しくなると思っているのですか?」

「どうだろうね。単純にタリアを膝に乗せたいだけかもしれないよ」

『口の上手いこと』


 ポツリとドイツ語で呟いた言葉は、修にも聞こえていたはずなのに彼は表情を全く変えない。


「タリアに対してだけ、私は饒舌になるみたいだ」


 余裕ぶった修を軽く睨みながらも、ナターリエは彼の膝に腰を下ろした。

 

「愛しているよ」

「それだけですか?」

「出会った頃は、こんなに美しい女性がいるのかと見惚れたけれど、年齢を重ねるごとに美しさが増していくのに日々驚いているよ。でも、これ以上綺麗になられたら、ちょっと困るかな」

「ちょっとだけですか?」

「……物凄く困る」

「ふふっ」


 満足のいく答えが得られたことで、ナターリエは笑みを浮かべ、修の首に手を回し、顔を近づけて触れるだけのキスをして、頬を染めて嬉しそうに彼を見下ろした。

 修はナターリエに手を伸ばし、彼女の髪や耳を触っている。

 その後に彼女の手を取り、手の甲に唇を落とした。

 修の行動に満更でもない表情のナターリエであったが、耳は真っ赤。

 平静を装っている彼女を見て、修は口元を緩めた。


 微笑み合う二人。

 これが朝比奈家の日常である。

 と、同時にこれを毎日見せられている幼い子供達は堪ったもんじゃないと、いつも視線を逸らしているのであった。

朝比奈夫妻のお話はこれで終わりです。

次の更新は、来年になると思います。

頑張って書きますので、しばらくお待ち下さいませ。

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