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 水嶋家のパーティーが終わり、学校では出席者から話を聞いた生徒達が椿と恭介の話で盛り上がっていた。

 これで椿は恭介の婚約者ではないと皆が知るところとなった訳である。


 また、パーティーで透子が恭介の彼女として周知されたこともあり、二人は登下校や昼休みなど一緒に居ることが増えていた。

 未だに透子に対して嫌な顔をする生徒は居るものの、ほとんどの生徒は恭介が椿にすら見せたことのない表情を彼女に見せている光景を見て、敵う訳がないと諦めてしまったようである。

 

 そして、生徒達が次に気になっているのは椿のことだ。

 初めから婚約者ではないと知っていた椿。

 彼女の祖父が周囲から守るために婚約しているように見せていたと告げた時、椿はいつものように涼しい顔であったと生徒達は聞いていた。

 裏で椿が暴れたのかもしれないが、レオンとのこともあるし彼女が何を考えているのか分からずに生徒達は好き勝手に噂話で盛り上がっている。

 噂の張本人である椿は自分の噂話よりも、美緒と話をすることしか考えていなかったため、生徒達の声を全く気にしていなかった。


 というのも、水嶋家のパーティーで秋月家と和解し、椿の祖父も美緒の祖母である秋月久乃に謝罪し、許されてはいないものの、もういい、という言葉をもらっていたので、このタイミングであれば彼女は動けると思っていたからである。

 それに椿は透子から、美緒が随分と落ち着いてきていると聞いていたこともあり、今であれば、お互いに落ち着いて話ができると彼女は思っていた。

 椿は第一印象で決めつけて、彼女の本質を見ようともせずに敵だと決めつけていたことを詫びようと思っていたのである。

 そう決意した椿は、休日に志信に頼んで病院まで送ってもらった。


「ここでいいわ」


 美緒の病室のすぐ近くで、椿は志信に一人で病室に入ることを告げると、彼は少しだけ眉をピクリと動かせる。


「ですが、椿様」

「私は立花さんとケンカしに来たわけじゃないもの。大丈夫よ。何かあればすぐに呼ぶから」


 それでも納得していない志信を残し、椿は美緒の病室の扉をノックして開けた。

 ベッドに横になっていた美緒は、突然の来訪者である椿を見て驚いて目を見開いている。


「な、なによ。こんな姿の私を笑いにきたの?」

「違うわよ。私は貴女と話をしにきただけ。今の貴女を笑う権利は私にはないわ」


 いつもと違う椿の口調に彼女が何を考えているのか分からず、美緒は警戒していた。


「ねえ、話が長くなるから座ってもいい?」

「……勝手にすれば」


 椿は持っていたお見舞いの品をテーブルに置いた後で、椅子を美緒のベッドの近くに持っていき、腰を下ろした。


「それ、焼き菓子の詰め合わせ。あと国内と海外の旅行雑誌を私の独断と偏見で持ってきた」

「……何が目的なのよ。それにその喋り方なに? いつもみたいに喋ってくれないと調子が狂うんだけど」

「ああ、あの令嬢言葉ね。あれは武装してただけだから、今は必要ないでしょ。それに、こっちが私の素だから。いつもはこっちの口調で喋ってるの」

「は?」


 いきなり何を言い出したのかと美緒は椿を凝視している。

 椿が何をしに訪ねてきたのか分からず、美緒は身構えながら彼女の言葉の続きを待っていた。


「そうだね、何から話そうか。やっぱり時系列順に話した方が分かりやすいよね」


 さて、彼女は真実を知って怒るのか、泣くのかと心配になりながらも椿は口を開いた。


「あのさ、四歳の時に倉橋家の離れで貴女と会った時のことを覚えている?」

「…………覚えてる」

「あの時、貴女は私に『ここは恋花の世界なんだ』って言ったでしょ?」

「言った……」

「あれで私も思い出したの。自分が『恋花』の悪役令嬢だった倉橋椿だってこと」


 過去の発言が恥ずかしくなり、顔を赤くさせていた美緒は椿の言葉を聞いて勢いよく彼女を見た。


「どういう」

「私にも前世の記憶があるってこと」


 予想もしていなかったことを告げられ、美緒は呆然としている。


「あれで、私は母親がまだ生きてるから間に合うと思って行動しようと思ったの。それに、私は立花さんがどうしても人を思いやれる性格だとは思えなかったし、恭介とくっつかれると貴女の母親が出てきて私の家族が引っかき回されるし、母が泣くことになると思って、貴女の邪魔をしてたってわけ」

「じゃあ全部、最初から知ってて……」

「うん。知ってた」

「なら、なんで最初に言ってくれなかったの! 言ってくれてたら、私は馬鹿なことをしなかったのに……!」

「言ったところで、当時の立花さんは話を聞いてくれないと思ったからよ」


 椿の言葉に美緒は言われた通りだと思ったのか気まずそうに視線を逸らす。

 前までは癇癪を起こしていただけなのに、随分と変わるものだと椿は美緒の様子を見て感じていた。


「でも、話を聞いてくれなくても、しつこく何度でも立花さんに言うべきだったのかもしれない。最初の印象で敵だと決めつけて、貴女のことを知ろうともしなかったことは謝ります。本当にごめんなさい」


 そう言って椿は美緒に向かって頭を下げた。

 我儘で傲慢、人を見下している椿しか知らない美緒は、彼女の素の姿に戸惑っている。

 他人に頭を下げるような人間ではないと思っている美緒はどう反応していいものか悩んでいるようであった。


「べ、別に。多分、貴女が前世の記憶があるって言っても、私は貴女を敵視するだけで現実だとは思わなかったと思うし……。それに私も、色々とやったし」

「それでも、私は貴女から目を背け続けてきたんだから、謝らなきゃいけない。結果として、立花さんはここが現実だと分かったから良いようなものの、分からなかったらもっと酷い結末になってたかもしれないし」

「ならなかったわよ。透子が居るから、結局、私は現実を直視しなきゃいけなかったんだと思う」


 手元に視線を向けた美緒は静かに口にした。

 彼女の中で透子の存在はとても大きなものになっているようである。


「どうしたら、どうやったらあの子みたいになれるんだろう。……どうやったら、人に好かれるように、なれるんだろう……?」

「立花さんはこれからでしょう? 他人の言葉に耳を貸せるようになった立花さんは、きっと変われる」

「……なれるか、な? ……だ、誰かにっ、愛される人間に、なれるかな?」


 シーツを握る美緒の手に零れた涙が落ちる。

 肩を震わせ、涙に声を詰まらせている美緒の姿は、とても十八歳だとは思えなかった。


「それは、これからの立花さん次第だと思う」

「……私、次第」


 美緒はしばらく考え込んだ後で「……今日は疲れたから」と口にする。

 時間を置いて考えた方がいいと思った椿は彼女の病室を後にした。


 椿が駐車場へと向かっている途中で、外のベンチに座ってぼんやりと木々を眺めている女性が目に入った。


「……あれって小松さんよね?」

「一番迷惑を掛けたから謝りたいと立花美緒が立花家の方にお願いして小松さんと椎葉さんを呼んだと伺っております。これからお見舞いに向かわれるのかもしれませんね」


 志信の言葉に、そう、と口にした椿は小松の方へと向かって行き、素早く彼女の隣へと腰を下ろした。

 いきなり人が座ってきて驚いた小松は、その人物を見て朝比奈椿だと気付き更に驚いている。

 咄嗟に逃げようとして腰を浮かせた小松であったが、逃げられるのを見越した椿に腕を掴まれて再びベンチに腰を下ろした。


「三年ぶりくらい? 元気だった? 学校生活はどう? 思い出はいっぱい作れた? それから、大学は決まったの? 付属大学? それとも鳳峰大学?」

「え? え? あの……」


 矢継ぎ早に質問され、小松はテンパっている。

 怖いと思われないように先に混乱させてしまえ! という椿の作戦は成功した。


「なんて、質問攻めにして悪かったわね。別に小松さんをどうこうしようなんて思ってないから、安心してよ」

「……あ、あの、何か雰囲気が違いませんか? 朝比奈様ってそんな感じでした?」

「そんな? ああ、やけに気さくな感じになってるってこと?」


 椿が訪ねると小松は全くその通りだと言わんばかりに何度も頷いた。


「まあ、私の口調のことは気にしないで。それよりも、ここに来てるってことは、立花さんに会いに来たのよね? さっきまで私が面会してたから待ってたの?」


 椿の問いに小松は無言になり表情を曇らせる。

 小松は大人しい性格をしていることから、一人で美緒に会いに行くのが怖いのかもしれない。


「……立花さんに会うのが怖いの?」

「怖いというか、どうしたらいいんだろうって思って」

「というと?」

「椎葉さんは私よりも先に美緒様に会ってるんですけど、美緒様からこれまでのことを謝罪されたって教えてくれたんです。椎葉さんは美緒様にこれまでの鬱憤をぶつけたみたいなんですけど、美緒様は私にも謝罪するつもりだって聞いて私はどうすればいいのかなって思いまして」

「それは文句を言うべきか、許すべきか、それとも許さないか、ということ?」


 小松は「……はい」と弱々しく呟いた。

 文句を言えるほど彼女は強くないが、許せるほど心が広い訳でもない。だからこそ、美緒の謝罪に対してどう反応をすればいいのか分からず、ここで悩んでいたのである。


「別に今日決めなくてもいいんじゃない? ごめんなさいをして、いいよ、なんていうのは小学校までしか通用しないことだし。もし、どうすればいいのか分からないなら、立花さんからされたことに対して貴女がどう思ったかを告げてみたら? 辛かった悲しかった、止めて欲しかった。なんでもいい。それは文句でも何でもない。自分の気持ちを言うことで、貴女もすっきりするだろうし」

「どう思ったか、ですか……」

「謝られたら絶対に許さなきゃいけない訳じゃないし、それを決めるのは小松さん自身よ。まずは立花さんに会ってみたら? 怖いなら、病室までついていくけど?」

「……いえ、大丈夫です」


 と、言って椿を見る小松の顔は何かを決意したかのような表情であった。


「話を聞いて下さってありがとうございました。朝比奈様の言う通りに、美緒様に自分の気持ちを伝えようと思います。それで美緒様に怒鳴られなければいいんですけどね」

「頑張って」

「はい。それでは、失礼します」


 椿に向かって頭を下げた小松は、そのまま美緒の病室の方へと向かって行った。

 どうなったのかが気になった椿だが、これは小松と美緒の問題である。

 両方にとって良い結果になればいいと思いながら、椿は病院を後にした。

次が最終話となります。

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